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日本人はよく笑顔をなさいますね。悲しい時でも微笑むことが多いですね。 (テレビを見ていても、インタビューを受ける遺族の顔には 「微笑み」 が浮かんでいることが多い)。どうしてでしょうか。


補足:海外日本語教育現場で頑張っている一新米日本語教師です。日本文化が大好きですが、こういう現象をどう理解したらいいでしょうか。
ここの日本人の皆さんの知恵をお借りして優秀な日本語教師を目指して、日本文化を正しくお伝えいたしたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。私の質問に対する方々なりのご返答は私の日本語授業の読解文に活かさせていただきたいので、よろしければ「ですます体」のご説明をお願いいたします。

ちなみに上記の私の質問文におかしい日本語の使い方がありましたら、ご訂正をお願いいたします。

A 回答 (5件)

私はほかの方とはちょっと違う意見を持っています。



まず第一に、日本人は喜怒哀楽を極端に表現しない習慣があります。
ある国での話ですが、道端で男二人が大声で怒鳴り合っている(日本人的に言えば)場面を見たことがあります。
遠くでしたし、外国語なので何を話しているのかわかりませんでしたが、一緒にいた現地の方に聞いたら、「人が集まっていないから喧嘩じゃない」とのことでした。
たぶん何かの議論がエキサイトしていただけなのでしょうが、日本ではまず見ない光景です。

あるいは、国によっては「泣き女」という人がいる国があります。
日本では、どんなに悲しい場面でも、ああいう風にギャーギャーわめくのは下品であるとみなされます。

日本的な美徳とは、感情を外にあらわさないことです。
ですから、日本の伝統的な武道、例えば弓道などでは絶対にガッツポーズなどしません。
うまくいっても、うまくいかなくても、表情を変えないで淡々と弓を射るのが作法です。

なぜ、感情を外に現さないかというと、それは日本人が閉鎖的な傾向があるからだというのが私の意見です。
自分が何をどう思っているかは構わないでほしい、ということです。
日本人は知らない人間に心を開くことはまずありません。
例えば、あなたが、外国で同胞にあったらどうするでしょう。多くの場合は、「君もXXから来たのか」と声をかけるんじゃないと思います。
ところが、日本人はまずこういうことはしません。
「あんたなんか、俺知らない」とツンとした態度で、慇懃に無視するのが日本流です。

微笑、というのは要するに感情を隠しているのです。
積極的に隠すつもりはないのですが、もうそれが生来の習慣になっています。
私は、外国で、普通笑うことはない場面で微笑して、周りを戸惑わせることがあります。
ですから、あなたが不思議に思うのはとてもよくわかります。
しかし、ここで笑ったらみんなは変に思うはずだとわかっていても、生まれついての習慣はなかなかか変わりません。

ところであなたの日本語はほとんど違和感ありません。
私は日本語のネイティブの方の文章だと思い込んで読んでいました。

明らかに直すべき場所があるとすれば、
>私の質問に対する方々なりのご返答は
->私の質問に対する皆様のご返答は

「方々」というのは、その前に書いたことを実行する当事者であるべきです。
例えば、「私の質問をお読みの方々」といえば、「方々」は質問を読んでいる人たちです。
「私の質問に対する方々」は、その語法に合っていません。
「私の質問に答えていただける方々」なら、「方々」の使い方にあっています。

また「なり」、ある決まった特定の視点であることを示す言葉で、「方々」のように不特定多数の視点のそれぞれを意味するわけではありません。
「私なり」「あなたなり」というように使います。

微妙なのが、
>日本文化を正しくお伝えいたしたい
私は、自分が聞き手に対して何かをすることに「お」はつけません。
でも、丁寧語として「お」をつけて悪いことはではないのかもしれません。

私は絶対に使わないのが、
>活かさせていただきたいので
この種の「いただく」は私は聞いていてイライラするのですが、すでに標準日本語になっているようです。
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この回答へのお礼

いろいろご丁寧なご説明やご訂正どうもありがとうございました。ご説明を拝読いたして、理解いたいしました。日本人の優しさをしみじみ感じております。あらためて感謝いたします。

お礼日時:2013/11/30 12:28

他の方が既に回答しているように、相手に対する


思いやりです。

幕末時、母親が死んで笑顔を浮かべたところ、
英国人の雇い主が怒って、殴った、という
記録が残っています。
その英国人は勘違いしたんですね。

新渡戸稲造はその著書「武士道」で、
悲しみを表に出さず、懸命に笑顔を浮かべる
という習慣が、日本人の精神を非常に
繊細なものに育てた、と述べています。
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この回答へのお礼

ご熱心なご説明ありがとうございました。

お礼日時:2013/11/30 12:21

建前としては相手への思いやりなのですが、実際に、その立場になってみると、実は自分のために笑顔になっているのだと私は感じます。



例えば、悲しいことを悲しい表情で誰かに話すと、話した相手も自然と悲しい表情になるものです。でも、悲しいときに、相手にまで悲しい表情をされると、もっと悲しくなってしまったりするんですよね。

なので、無意識のうちに笑顔を浮かべて、相手にさらっと受け流してもらうよう、無意識のうちに願っているんです。

たぶん、悲しいときにわんわん泣く行為って、その悲しみを受け入れている行為だと思うんです。でも、人って、悲しみに向き合えない時もありますよね。

日本の文化って、わりとそういうところがあると思うんです。例えば、国によっては、あいさつ代わりに抱き合ったり、順番待ちの列で赤の他人にピタリと体をつけて並んだりします。そうやって相手に飛び込んで行くことによって信頼関係を築くのでしょうか。

でも日本では、例えば、満員だった電車がすいてきたら、隣の人から少し離れて座り直したりするものです。隣の人にゆったりとした空間を与えることで、相手との距離を尊重するんですね。

笑顔にもそうした効果があると思うんです。「私はこのくらい元気だから、どうぞ心配しないでください」という配慮であると同時に、「どうか空気をこれ以上に重くしないでください。私をそっとしておいて」という願いでもあるのだと思います。

なお、質問者さんは「こういう現象をどう理解したらいいでしょうか」ではなく「日本文化が大好きですが、こういう現象をどう理解したらいいのかと戸惑っています」と言いたいのではないかなと思いました。

前者ですと質問のように感じるので、読み手は「どう理解したらいい? 絶対に教えて」のようなニュアンスとして受け取りがちです。一方で後者は「私は、このように戸惑っている者です。それを踏まえて、『悲しい時でも微笑むのはどうして?』という質問に答えて」という感じがします。
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この回答へのお礼

詳しい素直なご回答ありがとうございました。日本人の表情も日本語も微妙ですね。私の日本語質問文へのご訂正も感謝いたいます。

お礼日時:2013/11/30 12:34

その微笑みは相手に悪意を持っていないことを示すサインです。

悲しいときでもそれを面に出さず、笑みを浮べて相手に接するのは相手に対する配慮なのです。微笑みを浮べながら人に接するのは日本人だけではなく、東南アジアの人達も同じような微笑みを浮べて人に接しているようですよ。

貴方の質問文は大変丁寧でいいのですが、少し丁寧すぎるかも知れませんね。『致します』がこれに当たります。『します』でじゅうぶんです。また敬語を重複させるのは重い感じになります。

『私の質問に対する方々なりのご返答は私の日本語授業の読解文に活かさせていただきたいので、よろしければ「ですます体」のご説明をお願いいたします。』
の部分について、『方々なりの』は変です。『方々からの』とするのがいいでしょう。『ご返答』は『御回答』です。『活かさせて』は『活かして』です。

模範文は次のとおりです。丁寧すぎるのをバカ丁寧と言い、嫌われますからこれを直してあります。

 私の質問に対する回答は日本語の読解文に活かしたいと思いますので、できれば『ですます調』の説明をお願いします。
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この回答へのお礼

やさしいご説明やご訂正どうもありがとうございました。これから気を付けます。

お礼日時:2013/11/30 12:37

 相手のことを思いやっての微笑みです。


しかし、実はその微笑みこそがより悲しさを増すんですね。
大声あげて無きゃいいってものでもないんですね。
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この回答へのお礼

なんとかわかりました。ご返事ありがとうございました。

お礼日時:2013/11/30 12:19

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