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再放送やDVDで観ていると、出てくる主演の男女優が主題歌や挿入歌を歌い、レコードもヒットしているケースが目立ちます。
これって、何故でしょうか、偶然の産物でしょうか?

ex <順不同・敬称略>

石原裕次郎・小林旭・浜田光男・山内賢・浅丘るり子・吉永小百合・和泉雅子他

(1)そういう魅力を基準に、歌唱力や演技力や容姿で選び育てたから
(2)青春映画や歌謡ドラマ的な映画で歌う機会と映画のヒットでレコードが売れる相乗効果。
(3)宝塚と同じようにスカウトや養成、主役への必須条件で選抜選考され始めて名を顕して行くから。
(4)そこそこの歌唱力でも映画の影響・売り出し方で、主題歌がヒットしていた時代。
(5)偶然の一致・その他

A 回答 (2件)

第2次大戦をはさんで長いあいだ休眠状態だった日活が制作を再開したとき、松竹、東宝、大映その他、既存の邦画5社は自社俳優の引き抜きを怖れて、いわゆる5社協定を結びました。

日活の閉め出しを図ったのですね。

やむなく日活は自前で俳優を育てなければならず、無名の若手から石原裕次郎や浅丘ルリ子ら、のちの人気スターを育て上げました。

当時の日本映画界は非常に古い職人の世界で、刻々と移り変わる時代に合わせた新感覚の映画作りなどは毛頭考えていませんでした。しかし日活は、若い俳優とスタッフで映画を制作しなければならなかったため、これが逆に幸いして、当時の若い観客と感性を共有することができました。

いわゆる青春映画、十代の若者を主人公にし、若い観客を対象にした映画は、日本では日活が初めて作りだしたと言われています。それまでの日本映画は黒澤、小津らの文芸大作か型どおりの時代劇、あるいは昭和初期の浅草オペラの感覚を受け継ぐアチャラカ喜劇など、大人向けの作品ばかりでした(大映が若尾文子、南田洋子の主演で「十代の性典」シリーズを撮っていましたが、タイトルから想像されるとおり、中身は大人向けのエロ映画でした)。

こうした作品がいくら出来がよくても若い人々、特に集団就職で都会に出てきた地方出身の少年たちにピンと来るわけがありませんよね。そこで若い観客には日活作品が受け、石原裕次郎らが大スターになったのです。

若い人たちは映画とともに歌が好きです。若い観客に人気のある俳優に歌わせてレコードを出したら、これも大ヒット。裕次郎も吉永小百合も決してうまい歌ではなかったのですが、そのシロウト臭さがかえって若いファンに親しみを覚えさせ、人気を高めました。

背景の説明が長くなって恐縮ですが、こういうわけでご質問の中から理由を探すなら(2)(4)でしょうね。それまでにも俳優がレコードを出した例は少なくありませんが(たとえば高峰秀子が「銀座カンカン娘」でヒット)、日活俳優が多く歌手として活躍したのは、やはり若い人たちの支持があったからでしょうね。大人が買うレコードはクラシックや美空ひばりや洋楽ポップスで、俳優の歌うレコードなどは買いませんでしたから。

日活作品とその俳優たちが日本映画界に果たした役割は、ある意味、ポピュラー音楽界でロックンロールが果たした役割にたとえられるかも知れません。
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この回答へのお礼

ご回答を賜りまして誠にありがとうございます。

>こういうわけでご質問の中から理由を探すなら(2)(4)でしょうね。それまでにも俳優がレコードを出した例は少なくありませんが(たとえば高峰秀子が「銀座カンカン娘」でヒット)、日活俳優が多く歌手として活躍したのは、やはり若い人たちの支持があったからでしょうね。大人が買うレコードはクラシックや美空ひばりや洋楽ポップスで、俳優の歌うレコードなどは買いませんでしたから。

日活作品とその俳優たちが日本映画界に果たした役割は、ある意味、ポピュラー音楽界でロックンロールが果たした役割にたとえられるかも知れません。


詳細に分かり易く、映画史・映画歌謡や歌う銀幕スターの顔ぶれ変遷等をお教え頂き、懐かしく参考に成り、疑問のモヤモヤがスッ~ト晴れたように思います、ありがとうございました。

お礼日時:2013/12/28 10:41

(1)~(5)の中から選ぶ回答ではなくてすみません。


当時の『映画』という物は、現在の映画とは存在そのものが違いました。
数ある娯楽の中の1つではなく、戦後の復興期のNo.1(唯一に近い)の娯楽でした。当然主役を張る俳優が大スターとなり、、人気作品の主題歌は大ヒットしました。日活全盛の時代が終焉を迎えたのも、日本経済の発展とともに他の娯楽が台頭し、『映画』というものの社会的存在が変わってしまった事が一因と言えると考えています。プロモーション手法や俳優さんの力量とは別に、こういった時代背景が最大の理由だと思います。また当時の日本映画は、その頃のアメリカ映画の影響を強く受けています。そのため映画の中に歌(ミュージカルっぽい)のシーンが必ずといっていいほど登場し、主演俳優に『歌う』事は必須でした。これに対して現在は主演俳優が主題歌を歌うという事はあまりありませんよね。
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この回答へのお礼

ご回答を賜りまして誠にありがとうございます。

>数ある娯楽の中の1つではなく、戦後の復興期のNo.1(唯一に近い)の娯楽でした。当然主役を張る俳優が大スターとなり、、人気作品の主題歌は大ヒットしました。日活全盛の時代が終焉を迎えたのも、日本経済の発展とともに他の娯楽が台頭し、『映画』というものの社会的存在が変わってしまった事が一因と言えると考えています。プロモーション手法や俳優さんの力量とは別に、こういった時代背景が最大の理由だと思います。また当時の日本映画は、その頃のアメリカ映画の影響を強く受けています。そのため映画の中に歌(ミュージカルっぽい)のシーンが必ずといっていいほど登場し、主演俳優に『歌う』事は必須でした。これに対して現在は主演俳優が主題歌を歌うという事はあまりありませんよね。

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詳細に分かり易く、分析、考察頂きよく理解出来ました。
たしかに、高田浩吉さん<一説によると初めての歌う映画スター>以来、歌手が映画出演<美空ひばり・江利チエミ・橋幸夫他>や映画スターが主題歌や歌謡曲を歌う流行歌手にも<高倉健・勝新太郎・藤純子他>等のケースが有りますね・・・

その後、分業化&専門化が進んだり、ボーダーレスと言うか和製ミュージカル的な作品や宝塚歌劇や松竹歌劇団出身の歌える俳優、歌謡曲の映画化に合わせて主演する歌手の事例が、ヒット作品を作る中の一つの手法・売り出しの戦略からも目立ったのかもしれませんね。

お礼日時:2013/12/28 04:23

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