プロが教えるわが家の防犯対策術!

知り合いに親の年金で生活してる人(五十代前半)がいます。
大学を出て3年ほど仕事したことはあるようですが、以来ずっと無職とのこと。
精神科への通院をしていますが、障がい者ではありません。
喫茶店を経営したいという夢はあるようですが、病気のためか、努力が続きません。
知り合ったのは20年ほど前ですが、引きこもりの度合いは増すばかりです。
数年前に父親死亡。母親はそれを機に介護が必要な状態となりました。
知り合いは生活の糧を母親の年金に頼る代わりに、介護を一手に引き受けています。
母親が亡くなったら知り合いは収入源を失いますが、生活保護は難しいと思います。
他人事ながら、どうするのだろうと心配になります。

こういう例は、皆さんの身近にもゴロゴロしてることと思います。
皆さんは、できる援助をしながら見守りますか?
それとも知り合いではないことにして切り捨てますか?

今晩から上京しなければなりません。
夕方まではお礼の対応ができますが、それ以降は帰宅後になります。
お礼が遅くなってしまいますが、ご勘弁ください。

A 回答 (4件)

まさに私の同級生が似たような状況です。


母親は寝たきりで、ヘルパーさんは来ますがそれ以外は彼が面倒を見ています。
彼も精神障害があって、しかも母親がこういう状況なので働けないということです。
収入は、母親の年金&障害者手当ですが、カツカツの生活みたいです。

ただ引きこもりではなく、同じ障害をかかえた友人と出かけたり、またデイケアの女性と一緒に歩いている(散歩している)光景は何度も目にします。
精神障害と言っても重度ではなく、一番軽いと言っていました。
もし母親が亡くなったら年金が途絶えるため、生活保護という考えもあるようですが、本人はできれば頼りたくないようなことを言っています。
幸いにして親の実家に住んでいますから、同級生たちは“いざとなったらこの家を売るか、アパートに立て替えて収入を得たらどうか・・・”とアドバイスしています。

私の家からは、ほんの2,3分ですから時々会うし、電話もかかってきます。
まず、切り捨てることはないですが、金銭的援助もしません。
(ただ、飲み会などでは彼の分は少し安くしてあげることはあります)
彼が相談してきたら、“何が出来るか、何が可能か”ということを親身になって考えますし、場合によっては他の同級生と一緒に考えてあげます。
「障害者枠」で募集している企業を、ツテで紹介したこともありますが、“現在は母親がこういう状態なので家を空けられない。でも、思ってくれてありがとう”と言っていました。
ですので回答としては、「できる援助をしながら見守る」ということになります。
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この回答へのお礼

昨今、あたりまえの光景になりましたね。
親の介護のために仕事ができず生活保護のお世話になる人も多いようです。

できる援助は金銭だけではありませんよね。
#1さんのように言葉かけに始まり、諸手続き代行なんてのもひとつかと。
それこそ家を処分するなどという時は、
コミュニケーション能力にやや難があり、一般常識に欠ける面がある知り合いの場合、
周囲の人間が手助けできることも少なくはないと思います。

一人が背負う必要はないと思うのですよ。
知り合いの場合、親御さんは社会に迷惑をかけまいと考えたのでしょうが、
結果、知り合いが社会の中で生きていくための芽を摘んでしまった感もあります。
小さな単位、例えば地域での見守りというのが希薄な昨今ですが、
せっかくインターネットという自宅に居ながらにしての発信ツールがあるのですから、
そういう人はおおいに発信すべきです。
それが、見守りの輪を広げていくことにつながり、
ここで使う言葉ではありませんが、スープの冷めない距離を保つことになりはしないかと。

ご回答ありがとうございました。

余談ですが、私も親の介護を抱えています。
今晩からの上京もその関係です。
父親が老健に入所していて、母親が一人暮らしという状況。
上京は母親の病院への送迎と、父親の見舞い。
月1での上京は、今年で7年目になります。
この数年で、おそらく状況はまた一変するでしょう。

お礼日時:2014/03/26 12:41

介護の経験を活かして介護の仕事につけますよ。



食い詰めたらやらざるを得ない、その時を待ちましょう。
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この回答へのお礼

たしかに、いざとなりゃ人間動くものです。
いざとなったからって生活保護に逃げようなんて人は少ないですし、
それで支給されるほど生活保護は甘くありません。
ただ、五十も過ぎれば、動く気になっても仕事が見つかりにくいですよね。
そうなると次はホームレスの問題が。
知り合いの場合は持ち家ですからその点は心配ないのですが、
なまじ家があるだけに行動範囲が制限されるデメリットはありますね。

親の介護と仕事での介護は別物でしょう。
経験を活かして、自分のメシの種にできればいいのですが、
何十年も仕事したことない人間にそれが可能かどうか。
例えば知り合いの場合は、共同作業所あたりから始めなければならないでしょう。
善意の者達の援助がかなり必要になると思います。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/26 16:51

私もここまで大袈裟じゃないけど、似ています



自宅から実家まで車で1時間約100km

月に1回ぐらいの割合で婆さまの顔を見に帰ります&仏壇の掃除

実家は父・母・婆さまの3人ですが、何もしない母

もしかしたら長年の嫁姑バトルがここへきて反逆体勢に持ち込んだのかもしれません

実家へ帰るたびにお花とお菓子を買って帰るんですが、諭吉に化けます

お掃除ヘルパーさんにもお世話になっているとのこと

しかし介護には素人の一家

いざとなったら私が実家へ帰るつもりでいます
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この回答へのお礼

知り合いの件、大げさですか?
例えば離婚して実家に戻り親と同居。
子供がいるために仕事に就けずの状態から、
子供は大きくなったけれども親が・・・みたいな。
ちょっと乱暴な言い方をしてしまえば、
ニート状態から親が介護の必要な状況になってしまう例。
山ほどあると思うのですよ。

困るのは、その人がにっちもさっちもいかなくなるまで周囲が気付かないこと。
早い目に気付いていれば、周りには打つ手がけっこう残されているんですよね。
#2さんのように、仕事を紹介しようとしてくれる人もいるはずです。

にっちもさっちもいかなくなった状態では、切り捨てたくなるのも人情でしょう。
その前にできることをと考えていかなければならないように思っています。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/26 16:50

背負うならすべてのつもりで。

だから言葉掛けくらいしかしない。他人の人生は自分で組み立てるべきであり、それができないならその親の責任でもある。中途半端な優しさはその者のためにならないこともある。餓死も人生だ。
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この回答へのお礼

言葉かけは援助の一つと思いますよ。
言葉かけの「できる」人は、
飢えて死んでいく人を眺めていることは、たぶん、、、しません。
言葉かけを「したいと思っている」人は、
その人が飢えて死んでいく一歩手前で、その人と関わる機会を持つかもしれません。
言葉かけ「くらいしかできそうもない」という人は、
別の誰かと知り合うことで、その人と関わる機会を得るかもしれません。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/03/26 12:36

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