金星は公転周期よりも自転周期のほうが長く、1日は1年より長いといわれています。確かに恒星を基準にした場合はそうだと思います。しかし、もし金星に立つことができたら、その1日はやはり太陽を基準にしたものを考える必要があると思います。太陽の南中から次の南中を1日とする場合ですが、次のように考えてみました。正しいですか?

まず、公転:自転=1:2(1回公転する間に2回自転する惑星、以下も同じ)の場合は1年=1日。公転:自転=1:1の場合(地球に対する月のように)は1日は永遠に続き、次の日は来ない。この前者2つの間、例えば公転:自転=1:1.5になると1日が1年より長くなります。
次に自転していない場合、公転:自転=1:0の場合は、1年=1日。ただし地表から見た太陽の運行は西から東。さらに自転の逆行、公転:自転=1:-1の場合は、1年=2日。これも太陽の運行は逆行します。

つまり、金星のように自転が逆行している惑星に立った場合で、太陽の運行を基準にした場合は、1日が1年を超えることはないと思います。どうでしょうか?

A 回答 (5件)

ひたすら図を描いて求めました。


その結果、
 惑星のある地点で観測される太陽の南中回数をYとおき、公転と自転の比を1:Xとすると、

  Y=X-1

の関係がありました。
つまり、惑星が1公転の間にX回自転すつとき、太陽はX-1回頭の上を通りすぎます。
もちろん、Yの値がマイナスのときは日は西から昇り、東へ沈みます。
ただし、この結果は、
 X=4,3,2,1,0.5,-0.5,-1,-2,-3,-4
のときの結果からもたらされたものですので、Xの値が大きいときは当てはまらないかも知れません。

まぁ、普通はkeronyanさんの書かれた通り、自転を一日、公転を一年として扱われているようです。
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この回答へのお礼

大変なご尽力ありがとうございます。私の太陽を基準とした場合の金星の1日の考え方が、おおむね正しいといえる訳ですね。これをもとに考えると火星から空を見た場合に、その衛星であるフォボスは火星の1日の間に、2回登って沈むということが導き出せると思います。面白いですね。実際に見てみたくなりました。といっても無理か。また、もし、地球にもフォボスのように1日に2回転するような衛星があったら、古代の人はどう思ったのでしょう。同じ天体と認識できたのでしょうか。昔は宵の明星と明けの明星は、別の天体と考えられていた時代もあったそうですから。などなど、考え出すと、きりがありません。

お礼日時:2001/06/15 15:08

私は年金の専門家でして,「年金」で検索したらこのページが出てきて (-_-;) 思わず読み入ってしまいました。



金星人がいたとして「1日」とか「1年」という感覚が発生しますかね?地球人の感覚で考えてもわからんでしょうな。

年とか日などの「サイクル」というものは,同じ行程を繰り返す経験から得る感覚だと思うんですよ。南中よりはまず日の出について「あ~今日もまた日が昇った。よかった。」と思うから「1日」というサイクルが体に刻まれる。そのうち,「でも待てよ,太陽の出てる時間にも『サイクル』があるな~。」とおもうわけで,そこから「年」というサイクルの存在に気付くわけで・・・。

金星では「日」「年」の感覚ではなく,「雨期」「乾期」みたいな感じで「太陽の時代」「暗黒の時代」みたいな感覚かも知れません。金星人の寿命とそのサイクルとの関係によっても,感覚は違ってくるでしょうし。「おじいちゃんは生きてる間ず~っと太陽というもんを見たことないんじゃよ。」なんてことあったりして。
実際,地球上でもカゲロウなんかはそうかも・・・。カゲロウは「日」とか「年」なんて知らないでしょうね。

金星人の考えることはわからんわ。(x_x)
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この回答へのお礼

面白い回答をありがとうございます。雨季、乾期みたいな感じ、私もそう思います。おじいちゃんの話もおもしろいですね。これはむしろ、例えば天王星に人が住んでいたら(実際には地殻がないから不可能?)を考えた方が面白いのではと思います。1年が地球の80年以上になるわけですから、「おじいちゃんはこの歳になるまで春をずーと待っていたんじゃよ。春はいいねー。」なんてこともありますかね。実際には気温や日照の問題があって、地球の四季とは訳が違うと思いますが…。逆に地球の1年が今よりもっともっと長かったら?などといろいろ考えてしまいました。

お礼日時:2001/06/15 15:32

たとえば月は地球に対して自転と公転がほぼ一緒で、地球を向いている面はずっと地球を向いています。


ここで、これを太陽と惑星の関係に置き換えると月の昼の部分はずっと昼であり、
夜の部分はずっと夜になります。

つまり、太陽の南中を一日にすることはこの場合意味を無くしてしまいます。

汎用的に考えるならば自転を一日、公転を一年という地球的な見方を取ることが妥当性があります。

そこに生活するならば太陽が南中する事を一日の基準にすることが、生活していく上で妥当性があると思います。

今回は単に惑星の公転自転の説明に一日=自転、一年=公転とおいたと言うことではないでしょうか。
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金星人の感覚を想像するなら、私にはdeagleさんよりもsarudoshiさんの方が


正しいように思います。現に我々にとっての感覚的な1日は太陽が南中して
から次に南中するまで(太陽日)であって、南中する約4分前まで(恒星日)
ではないですからね。
ただし、地球人の立場で金星の1年と1恒星日を比較するのは意味のない
ことではないと思います。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。そうです。金星人の感覚を想像しているのです。もっとも現在金星の生命は確認されていないのですが。気温や気圧などの生命が解決するべき問題はたくさんあるようですね。さし当たって、まず金星人の立場に立った1日と1年の感覚に対する私の考えが、正しいかを知りたいのです。やっぱり金星人にとっては1日は1年より短いという、単に私の思考実験に過ぎないのですが、このようなことを説明している文献を知らないので。よろしくお願いいたします。

お礼日時:2001/06/07 10:44

 「1日」の定義が違うからではないでしょうか。



 たしかに金星の場合、自身が1周するより先に太陽が黄道上を1周してしまうので、それを1日と見ることもできます。ですから金星のように公転よりも自転の方が遅いと、1日の定義と1年の定義が逆転しますね。
 しかし、一般にいう1日というのはあくまで「惑星が1回転する時間」ですから、金星人にとって1日は、太陽が黄道上を1周する時間とは関係がないことになってしまうわけです。

 ですからこの問題は、1日の定義をどう見るか、によって答えが変わってくることになります。
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