先日、父が亡くなりました。生きている事がわからなくて毎日が苦しくてしょうがないです。学校にも心を許せる友達もいなく孤独を感じてしまいます。前はサークルに友達がいたので孤独を感じなかったけどそれもやめてしまいました。どう考えればいいか教えてください。なるべく厳しい意見をおねがいします。

A 回答 (13件中1~10件)

不思議ですよね。


わたしも大好きな父を亡くしたときこころにぽっかり穴があいた感じでした。
自分の生活に追われ自分勝手に暮らしてきて何か問題にぶつかるとすぐへこむあたしに「しっかりせんかぁ-!」と、パシン―☆と、頭ひとつ大きな手で叩いて喝!を入れてくれてました父は…

巣立っていったこどもがどんなに遠く離れたところで自由に気ままに飛び回っていてもちゃんとどこかでみてくれていたんですよね。親ってありがたいですね。気にかけていてくれる。亡くなってみてそのありがたさを強く感じる今日この頃です。

なんだろう~???
あたしは、父が亡くなっているのにそんなに淋しさをいま感じていない。
そう、実体や声は目でみれないし耳で聞くことはできないけれど…
いつもあたしの心の中に父はいます。だからかなぁ~淋しく感じないのは…
いつものようにへこたれてると心の中から父の声が聞こえてきそう…
「しっかりせんかぁ-!」ってね!
泣きべそかいてると父に怒られそうで自然とシャキッ!っとしてくるの…


自分は独りだ!と、考えるととっても落込んじゃうよ~♪
あなたがいくつかはわからないけど・…
いまのあなたがここに生をうけていることが、親御さんたちの作品でもある、
亡くなったお父さんが生きていた証でもある。それを忘れちゃいけない。


あなたは、親御さんの最高傑作なんだからそのことに目をむけて!
遠く星空ながめて『お父さん、だぁ――い好き!!』って、心の中で叫んじゃえ!!
あなたは、独りじゃないよ~♪あなたが言葉を発すれば、こうしてたくさんの人が応えてくれる。肩の力をぬいてまわりをみわたしてごらん~あなたを必要としている誰かがきっといるそれと、お父さんはいつもあなたの心の中にいる。
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人生楽が良いですよ。


人なんてこの世の流れの一部の現象にしか過ぎないって思ってるんですけど
だからこそ この社会にも 人がどうだからって言う事を考えて自分を縛るのもやめて
ただただ,自分の感じる総てに対して素直に生きてます
社会のめばゆい物ばかりでなく 自然のすばらしさと偉大さに気付けたし
私は 存在価値とか考えてたけど
それは 人としてもとめていました
私として考える事を忘れてました
だから,私の存在理由は楽で気持ちよくのんびりです。
他にもまだまだあるけど 総てで私です。
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 はじめまして。

こういう質問を聞くと胸が痛くなってしまいます。昨日、大阪の小学校で8人の児童が殺されました。raul7さんと同じように肉親を亡くされた方がいらっしゃる訳です。テレビのニュースではその事件の話題で持ちきりでした。肉親を病気で失ったとか、事件で失ったとかという問題ではありません。家族を失った悲しみは一生忘れることはないと思います。しかし、あなたは生きていかなければならない。今こそあなたが強くならなければいけないときなのです。
 僕は肉親ではないのですが、2年程前白血病で高校の後輩を亡くしたことがあります。その後輩の御両親はたぶんraul7さんと同じ気持ちだったと思うのです。僕とその後輩は同じ演劇部だったので、彼が死んだ後彼の為に追悼公演をしようということになって僕がその台本を書きました。「彼が死んだことは事実だ。その事実を受け入れて僕たちはいかに生きていくか。」ということがテーマでした。
 悲しいのは当たり前です。しかしその悲しさをどうのりこえるかはあなた次第だと思います。がんばって。僕にはそれしか言えません。
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 心を許す友人がいれば、あなたは立ち直るのですか?


 それは、鳥のさえずりとよく似ています。この頃の人々は良く喋ります。何か意味を持って喋っているでしょうか?井戸端会議が、延々と続いており、ふと、息がとぎれると、ボーッとしてしまいます。誰もが漫才師のように、タレント(才能)あふれる人として「笑い」をいかに上手にとるかを巡って努力しています。意味のためでなく「評判をあげるために」。netでもホームページの価値はアクセス数が多いのが勝ち、と。
 私は、鳥は何故啼くのか、知っています。彼らは、人目を気にせず、異性に好かれるためでもなく、ただ自分勝手=恣意に啼いています。そして、自分のくちばしの中で「木霊」している鳴き声に、うっとりしています。
 もともと言葉とはそうしたものです。そして、言葉によってあらわされるあなたの今の気持ちは、そういった鳥のさえずりのようなものです。ただ悲しくて啼いてみると「悲しく啼くおれの声にも哀愁はある」と。そう思うから一層悲しい感情がわいてくるのです。

 私はもっともっと孤独な自分のさえずりを自分の中で「木霊」させてみては、と思います。それは、人と語るより、自分をよく見つめさせてくれます。

 そのような「木霊」の中で、肉親の死、という出来事は、私たちの身体から、肉となっていたイメージをいきなりそぎ落とすくらいショッキングな出来事であった、と言うことを知らせてくれます。豊饒だった父のイメージが噴き出し、その反動でポッカリと穴があいたような虚脱感が起こります。そして次に、何も答えてくれない父に深い「後悔」の念がおこります。

 今、あなたは、美しい鳥のさえずりにも似た「後悔」の旅に出ているのです。慌てることはありません。納得いくまで自分を責め、孤独な自分の歌声を愛し、旅を続けるべきです。言葉で鍛え上げられた、今まで想像しなかった「父」再生のイメージが蘇生してきます。その時がきっとくることを、私は待っています。
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私にも同様の経験があります。

どうせ死ぬのになぜ人間は生きるのだろうかと・・・。その答えはいくら考えてもわかりませんでした。体を悪くするほどつらい期間でしたが、その中で見つけた答えは、生きる意味を知るためには
今を一生懸命生きることしかないということです。おもしろいことに思い切り笑い、自分の周りのことひとつひとつを大切にし、見つめていくこと。つらいことに思い切り涙して、喜びを思い切り喜ぶこと。見逃している日常の瑣末なことを、たった一度きりのあなたの人生のひとつとして
慈しむこと。そんなことで私は救われました。もし、自分がここに生きていなければ、巡り会えなかったかもしれないと思うとつまらない、意味の無いものはないように思えます。少し時間がかかると思います。でも乗り越えてください。
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「孤独」という概念は、人類が発明した文化です。

もともとこの宇宙に無かった境界線を引いたとき、人類の(あるいは人間の)孤独は、始まりました。そのために、人類はふたつの相矛盾する性質を同時に持つことになります。それが同一性と、差異性です。同一性によって「仲間」を欲しながら、差異性によって「自己」と「他者」を区別したがる。これが「孤独」の感情の起源です。

ですから「孤独」を感じない状態は、人間にとって、一種、異常な環境にいると考えていいでしょう。ニーチェは『ツァラトゥストラはこう言った』(氷上英廣訳,岩波文庫)の中で「わが友よ、のがれなさい、あなたの孤独の中へ!」と書いています。しかし,そのふたつあとの断章で、「友情こそあってほしいものだ!」とも述べています。わたしたちは「孤独」ゆえに、「友情(あるいは関係/コミュニケーション)」を欲するということでしょう。

孤独の問題は、人類史的な大問題なのです。

さて、お父さんのこと、お悔やみ申し上げます。わたしも先月、祖父を亡くしました。お葬式は、雨の降る中、地域の人々がお手伝いをしてくれたこともあって、とてもせわしなく流れていきました。わたしは、そんな喧騒から少しだけ離れて、祖父が生前、幾度となく立ったであろう縁側に腰掛けて外を見ていました。眼前に広がる田んぼや、向こうの山々が、紗をかけたように霞んで見えました。涙目の時の、見え方に似ているなと思いました。その日、わたしは泣くということをしませんでした。むしろ、遠くから集まった親戚の方々と、いろいろ話をして、笑みさえ零していました。

祖父の死は、祖父の生を明確にしたような気がします。彼が、生きていた間に関わった人が、大勢、お焼香に来ました。わたしは彼の、生きていた証だと思いました。

ここで、先の問題をぶり返します。先は人間は孤独であり、それゆえ関係性を求めると書きました。わたしが祖父の葬儀で見たのは、紛れもなく祖父の関係性の証明でした。人間の生は、おそらく他者とのかかわり(関係性)の中で浮かび上がってくるものでしょう。関係こそが生であるとさえ、言えるかも知れません。

 「わたし」は「わたし」を相手にして、
 いつも対話に熱中しすぎる。もしさらに
 ひとりの友がいなかったら、どうして
 それに堪えられようか。

 隠遁者(孤独者)にとっては、友はつねに
 第三の者である。第三の者はコルクの浮子
 (うき)だ。コルクの浮子はこの二人の
 対話が深みに沈んでしまうのをさまたげる
 用をする。
              ――ニーチェ

できることなら、友達を探してください。それから、孤独について、「わたし」について、死について、生について考えることを忘れないでください。あなたはいま数百万年を数える人類史的な難問に直面しているのです。
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少し考えてみてください



 私が男だからかもしれませんが、本当に苦しかったのは、
もしかしたら今もどこかで一番苦しんでるのは、
raul7さんのような可愛い子供さんを残して亡くなられてしまった
お父さんではないですか

 父親として残した子供がこんな風に毎日を過ごしているのが、もし
それが解った時、そばにいてあげられない自分の事をお父さんは
どう思うと思いますか?

 生きる事は楽しい事ばかりではありません。
けれどこの世に産まれてきた以上、今を精一杯生きる義務があると思うのです。
それが、亡くなられた方への最低限の礼儀だとは思いませんか?
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大学生でいらっしゃいますか?


自分の人生の展望を真剣に考えはじめる時期にあって、お父様の亡くなられた事は大いに衝撃であった事だろうと思います。自分の人生、というより、父親の人生や、もっと哲学的に人の生きる意味、などという事を思いつめてしまうのは仕方のない事、必然だと思います。
男性でしょうか?
たまたま最近テレビで耳にしたのですが、「男の子は父親の死を乗り越えてはじめて精神的に自立できる」と、あるタレントさんが言っていました。私も大いに同感です。他人事だった死というものが自分にもあるものである事を実感する瞬間だと思います。死ぬまでに何をすればいいのか、とか、何をしても結局死ぬなら自分の問題としては意味がない、とか、いろいろな思いが溢れ、考えているようで何も考えられない、憂鬱な気分が晴れるキッカケなどありそうにない気分なのではないでしょうか。
申し上げたいのは、いま明るく元気に頑張っている人たちの中にも同じ経験を経てきた人が大勢いる、ということです。それを乗り越えるのにかかった時間はそれぞれでも、とにかく頑張り、愉しみ、笑える状態になった人が沢山いて、年長になるほどその割合は高いのです。あなたの今の心情は多くの人が経験してきた事である事を理解しましょう。
心の弱い人が、こんな時に虚無的な思想、ニヒリズムから抜け出せず、人生を達観したように自暴自棄になったりするのです。

生物学的に言えば日本だけでも1億3千万人以上もいる中で一人の生命や人生の意味などほとんどありません。歴史上の著名な人物にしても、その人でなければ別の人がその立場にあるだけの事です。自分の生きる事を考える時に、自分の価値、などという考えを持ち込むのは根本的に誤りです。人生などというものは、正解を考えてからそれにあわせるべきものでもないでしょう。その時その瞬間、自分の判断でやろうと思った事をやる、人の為であれ、自分の為であれ、自分で判断して決める。その積み重ねが人生です。その意味については死んでから考える、くらいの気持ちでよいのです。

抜け出せない気分は解るつもりでおります。自分が何をなすべきか、どうあるべきか、という事を考え、それを実行に移す努力をする。その事で活路はひらけてくると思います。あなたのまわりはそうやって一生懸命頑張ってます。あなたが「人生とは・・」などとひたっていられるのはまわりの誰かの同情や頑張りによって補われているからです。
どうあるべきかがわからない、というのであれば、まわりがどういうあなたを期待しているかを考えましょう。気分的に無理があっても、その方向に努力する事が現状を乗り越えるカギになるはずです。
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なるべく厳しい意見と言うことですので、無責任なコメントをいくつか(すみません)。



1)お父さんのことは時が解決してくれます。
2)世の中にはraul7さんより、苦しんでいる人々がたくさんいます。
3)お父さんのことを理由に、自分を悲観的に考えていないでしょうか?
4)raul7さんの年齢が分かりませんが、少なくとも今まで生きてきた
  人生はまだ半分以下かと推測します。
5)孤独がいやならそれを回避する努力、または逆に孤独を楽しむ工夫
  を自分で考えたらどうでしょうか?

他人のアドバイスを参考にするのは結構ですが、最終的に結論を出すのは
やはり自分自身です。
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この回答へのお礼

無責任なコメントだなんてとんでもない。誰かに尻をたたいて欲しかったんです。自分では何もできないから。大変参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2001/06/15 19:55

 まずは、お父さまについてお悔やみ申し上げます。



 とても親御さん思いなのだなと感心します。ただ、あなた自身、限りある命を持っていることと同様、お父さんについても、いつかは別れが来るものです。

 そして、たぶん、他のご家族の方も、つらい精神状態にあると思います。
できれば、残されたご家族で支え合って欲しいものだと思います。

 親父を亡くしてから、僕自身は、仕事にもサークルにも手を抜かないようにしました。
 時間ができると空虚になって、落ち込むから。
 その後、ケガをして、しばし時間ができたときに、なんの悔いもなくいられた自分の存在に気がつきました。
 葬式の時に、友人たちが、焼香や挨拶をしてくれるにつれ、孤独じゃないんだなとも実感しましたし。

 人生の目的を考えてしまうのは、自分に存在意義が感じられず、孤独と思いこんでいるからでしょう。
 でも、そんな思考の渦の中に、たぶん 答えはないでしょう。

 落ち込む気持ちは分かりますが、学校やサークルには、折を見て復帰することをお勧めします。
 みなさんかかれていますが、人とお話をしたり、鬱積しているものを文字にしてみると、心の整理が少しずつできるものだと思います。
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この回答へのお礼

そうですよね。自分だけが苦しいわけではないですよね。当たり前のことだけどたまに見失うことがあります。支えあって生きていきます。

お礼日時:2001/06/15 19:49

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