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「その案には賛成しかねる」などのように、「かねる」は「○○することが難しい」とか、さらに転じて「○○できない」という意味で用いられています。よって「そのようにいきかねる」は「そのようにいくのは困難だ」「そのようにいかない」という意味だと理解していますが、それは誤用ということになるのでしょうか。
このような質問をするのは、次のようなことを言っている人がいたからです。
> 「かねる」は「○○したいと思っても△△できない」という意味なので、「○○したい」と「△△できない」の主格は、意志を持った同一人である必要があります。
*大辞泉によれば「かねる」の意味のひとつに次の用法が記述されていますので、いまひとつ納得できません(もっとも大辞林には、「…することがむずかしい」という記述はありませんでした)。
4 他の動詞の連用形に付いて用いる。
㋐…しようとして、できない。…することがむずかしい。「納得し―・ねる」「何とも言い―・ねる」
https://kotobank.jp/word/%E5%85%BC%E3%81%AD%E3%8 …

A 回答 (11件中1~10件)

#8です。



>少なくとも私はこれまで「その案には賛成しかねる」=「その案には賛成できない」という意味で使ってきましたし他人の文もそのように理解してきました。

これは、わたしとて同様です。
Mister0413さんのご質問を拝見して、色々考えるうち、どういう意図でこの表現を使っているものか、と考えを巡らす機会をいただくことができた、というだけです。
逆の立場になっていた可能性は大、と言えます。

>「水源にはなりかねる」=「水源にはなれない」という意味であることには同意しますが、「水源として利用したくてもできない」という意味も含まれ得ると思います。

「水源になれない」の主格は「川」です。
しかし、「水源として利用したくてもできない」という文の主格は話者であり、川は目的語になると思います。
水源になれない川について語るとき、そのように語っている人々にとっては、たしかに、その川は「利用したくてもできない」存在なので、あるひとつの状況下で発生している出来事にはなるでしょう。
ただ、ひとつの状況下で発生してはいますが、切り口が異なっているわけです。
「水源になることができない」と「水源として利用することができない」は、文としても意味としても別物になるでしょう。
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この回答へのお礼

> 「水源になることができない」と「水源として利用することができない」は、文としても意味としても別物になるでしょう
これについては、異論ありません。私が言いたかったのは、あくまでも前後関係などから意味的にそのようになり得るということです。
現時点で私の辞書の解釈は次の通りです。
> (大辞泉)…しようとして、できない。…することがむずかしい。「納得し―・ねる」「何とも言い―・ねる」
> (大辞林)【…しようとしてもできない。…することに堪えられない。】
いずれの辞書でも前者が「しようとしても」の意味を込めた第一義、後者は第二義として単なる否定の意味
さて、hakobuluさんも「その案には賛成しかねる」=「その案には賛成できない」という意味で使ってきたということであれば、新たな議論を生じる心配もないと思いますのであえてコメントします。
参考までに中国語と英語の辞書を参照してみましたが、次のように「かねる」は不可能という意味であって、ことさら「○○しようとしても○○できない」というニュアンスを表現していないものが多かったです。もっともそのような意味を表現させることが難しい言語もあるので、一概には言えませんけれどもね。
中日辞典サイト
かねる
(3)难以。(…することができない。)
英和辞典サイト
心を決めかねる
can't make up one's mind
~を見るに見かねる
can't bear to see

お礼日時:2015/04/25 17:07

#10です。



外国語はさっぱりなのですが、触発されてネット辞書を覗いてみました。
〔ためらう〕hesitate ((to do))と訳されている箇所があり、興味深く感じました。
むろん、can not と並んでいたのですが、また、それとは異なるニュアンスを持っているものと解釈されているような印象も受けます。
門外漢ですのでよくはわかりません。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/je2/13183/m1u/% …
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この回答へのお礼

基本的には「ためらう」は実行するかどうかを考慮中ということなので、結果的に未実行(後で実行するかもしれない)という意味でしょうね。
「…かねる」には「…したくても…できない」の意味もあるようですが、「…したくても」の部分と「ためらう」とは一脈通じる部分がありそうな気もしますね。
「…かねる」には私が最初から主張していたように単純否定の意味もあるので、〔…できない〕cannot とも訳せるのだと理解すれば、この辞書の記述に矛盾は生じないと思います。

お礼日時:2015/04/25 23:19

もともとこの問題のきっかけはわたしの発言だったので、話に加わります。

主格に意志がない場合には「~しかねる」は使えないというhakobuluさん(発言数が多くてNo.*では書き切れないので)の主張は全面的に正しいと思います。ただ、あえて付け加えれば、意志があるかどうか分からないけれど、意志あるように扱ってしまうことはあり得ます。
 「猫はブロック塀の上を歩くけれど、犬は歩きかねている。」「あの鳥は羽を傷めて飛びかねている」のように意志ある者と認める場合もあり、さらに「車が泥沼にはまって動きかねている」「家は台風に絶えかねている」「木の枝は雪の重みに耐えかねて、折れてしまった」など、簡単に言えば擬人化でしょうか。この擬人化をどこまで広げ得るかが問題でしょう。(抽象的なもの、観念的なものを擬人化するのは無理でしょうが、「一人歩き」の主格にはなり得るようです)

 ついでに言えば、「~しかねない」の方は、「この岩は通行の邪魔になりかねない」「この様子では雨が降りかねない」のように、意志の有無には関係ないようです。
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この回答へのお礼

議論にご参加いただき、ありがとうございました。
#8へのお礼コメントで述べたように、ようやく歩み寄りの糸口が見えたようです。
> 意志があるかどうか分からないけれど、意志あるように扱ってしまうことはあり得ます
そのようなこともあるから、ますます複雑化するんでしょうね。これまで私はこの件に関する理解の相違が問題になったことはなかったのです(少なくとも表面的には)。
学生時代には国語の読解問題でも、全く支障がありませんでしたしね。この歳になってから、よくぞ問題化したものだと「感心」しています。

お礼日時:2015/04/25 00:50

#7です。



>それでは、主格が意志を持たない場合は「かねる」を使えないということなのでしょうか。

そう思います。
特に典拠もありませんし、学問的な裏づけがあるわけでもないのですが、自分自身の感覚と、辞書の語釈を検証しつつ総合的に判断すれば、そう言わざるを得ない、と考えます。

>私に言わせれば大辞林の【…することに堪えられない】は、まさしく「○○できない」という意味です。単純に不可能と言っているのであって、「…しようとして、できない」という意味はないのです。

「その案には賛成しかねる」
「その案には賛成できない」
このニュアンスの違いについては、どのように思われますか。
前者には、「仮に、賛成しようとして、どんなに好意的に解釈したとしても、どうしても賛成できない」などというニュアンスがあると思うのですが、いかがでしょう。
どちらかというと、婉曲的な否定と言っても良いのかもしれません。
それとも、全く同じで、特に違いはない、とお考えになるでしょうか。

>…することがむずかしい≒…することに堪えられない ←こうではないでしょうか?

「あの候補者は今回の選挙では当選しかねる」という文も自然だとお考えになりますか。
これは、「(候補者が)当選しようとして、当選できない(とわたしが判断する)」という構図なので誤用と言えます。(主格が別人)

>>「あの川の水質はひどすぎるので、この町の飲料水として使える水源にはなりかねる」
これは「この町の飲料水としての水源とすることに堪えられない」つまり「~水源にできない」という意味だと解釈しています。

「水源にはなりかねる」は「水源にはなれない」という意味です。
「水源にできない」という意味に解釈するのは無理だと思います。
「彼女はアイドルになれる」と「彼女はアリドルにできる」の意味が違うのと同じでしょう。
辞書の語釈をもう一度よく検証していただければ、と思います。

>主格が「川」という無生物なのに、どうして「水源になろうとしている」にこだわるのか理解できません。

そういう不合理な構文になってしまうからこそ誤用だと申し上げているわけです。^^
この構文では、「水源になろうとしている」の主格が「川」であることは、たしかでしょう。

逆質問もいくつかさせていただきましたが、そうしたことから、何か糸口がつかめることもあるかと思った次第です。
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この回答へのお礼

ようやくhakobuluさんの言わんとすることが見えてきましたので、糸口もつかめてきたようです。
少なくとも私はこれまで「その案には賛成しかねる」=「その案には賛成できない」という意味で使ってきましたし他人の文もそのように理解してきました。そしてそれで何の問題も生じてこなかったのです。むしろ「その案には賛成できない」には、おのずと「仮に賛成しようとしても、どんなに好意的に解釈したとしても、どうしても賛成できない」というニュアンスが含まれることもあるものだと思っていたのです(だからこそ、hakobuluさんの意図が理解できなかったのでしょうね)。
> 「水源にはなりかねる」は「水源にはなれない」という意味です。
「水源にできない」という意味に解釈するのは無理だと思います。
私の観点からすると、これについても異論をはさみたくなってしまいます。
「水源にはなりかねる」=「水源にはなれない」という意味であることには同意しますが、「水源として利用したくてもできない」という意味も含まれ得ると思います。
このあたりのことが、解決の糸口になりそうですね。

お礼日時:2015/04/25 00:34

#6です。



1.
>以前のような長い議論は避けたいと思います

了解です。
どうも説明が下手で、我ながらもどかしく思います。
若干のご辛抱をよろしくお願いいたします。

2.
>「あいつは将来わが団を脅かす存在になるのは難しい奴だ」がなぜ不自然なのか理解できません。

大事なことですが、大辞泉の【 4 - ㋐ …しようとして、できない。…することがむずかしい。「納得し―・ねる」「何とも言い―・ねる」】という語釈について、再度ご確認いただければ、と思います。
「あいつは将来わが団を脅かす存在になろうとして、なることができない奴だ」と解釈すれば、一見、自然に見えますが、これは違います。
「脅かす存在になろう」としている主格は「あいつ」で、「難しい奴だ」という判断は話者が主格ですよね。
ですから、「…しようとして、できない」という、同一人の主格を想定している語釈には適合しません。
「あいつは将来わが団を脅かす存在になろうとしているが、それは難しい(奴だ)」という文とは、根本的に構造が異なっています。

「納得しかねる」=「納得しようと思っても、納得することはできないと最終的には判断する」
「何とも言いかねる」=「何とか言おうとは思うのだが、思うことはできないと最終的には判断する」
などは、「思う」と「判断する」の主格が同一人なので、語釈にも適合しますし自然な表現にもなるわけです。
単に「~するのが難しい」という意味ではなく、あくまで「~しようとするが・・・」という前提が必須の表現、ということになるでしょう。(その意味で、大辞泉の記述は誤解を招く怖れがあると言えます)
大辞林の場合は、【しようとしてもできない。…することに堪えられない。】となっています。
「堪えられない」と表現することで、「する」と「堪えられない」の主格が同一人であることをわかりやすくしているのだと思います。

3.
>「あの川の水質はひどすぎるので、この町の飲料水として使える水源にはなりかねる」

この場合、「水源になろうとしている」のは誰か?という問題があります。
川には意志がありませんから、「水源になろうとしている」の主格になることはできません。
むろん、「できない(なれない)」「難しい」と(意志的に)判断することもできません。
よって、この例文は誤用になります。
1の冒頭で申しましたが【…しようとして、できない。】という語釈に対応させながら、ご検討くだされば理解していただけると思います。
「あの川の水質はひどすぎるので、この町の飲料水として使う水源にはいたしかねる」であれば自然で正しい日本語になります。

>この例文ならば「この町の飲料水として使える水源になってほしい」と願望しているのは話し手、「水源になりかねる(水源にならない・できない)」と判断しているのも話し手です。

「水源になってほしい」ではなく、語釈に正確に「水源になろうとして」と解釈しないと紛れが生じると思います。
仮に「水源になりかねる(水源にならない・できない)」と判断しているのが話し手であるなら、「水源になろうとしている」のも話し手でなくてはなりません。
「わたしは水に変身することはできないので、この町の飲料水として使える水源にはなりかねる」という文であれば、意味は通じます。
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この回答へのお礼

それでは、主格が意志を持たない場合は「かねる」を使えないということなのでしょうか。そこが平行線をたどっている根本原因のようです。
私に言わせれば大辞林の【…することに堪えられない】は、まさしく「○○できない」という意味です。単純に不可能と言っているのであって、「…しようとして、できない」という意味はないのです。
…することがむずかしい≒…することに堪えられない ←こうではないでしょうか?
>「あの川の水質はひどすぎるので、この町の飲料水として使える水源にはなりかねる」
これは「この町の飲料水としての水源とすることに堪えられない」つまり「~水源にできない」という意味だと解釈しています。主格が「川」という無生物なのに、どうして「水源になろうとしている」にこだわるのか理解できません。
とにかく私があげた例文は、いずれも自然に通じる文だと思っているのです。なぜ#2さんとあなたのお二人から「非常に違和感がある」とか「誤用だ」とか言われるのか、理解できません。
(もちろん、現時点では私が大きな勘違いをしている可能性を否定していませんが)

お礼日時:2015/04/24 18:59

#5です。


要点は2つあると思います。

1.
>「あいつは将来わが団を脅かす存在にはなり兼ねる奴だ」の場合も、無意志動詞ということになりそうです。私にはこれも不自然な表現とは思えません。

勘違いなさっておられると思います。
質問者さんの解釈からすると、
「あいつは将来わが団を脅かす存在になるのは難しい奴だ」という意味になると思いますが、これは不自然な表現でしょう。
たとえば、市議会議員のなり手が全くない状態の市で、「わたしが市議会議員になります」などと言う場合は、意志動詞になると思います。
そして、「推薦していただけるのは有り難いのですが、わたしは、色々忙しいので、市議会議員にはなりかねます」という表現も可能になる。
むろん、「市議会議員にはなるのは難しいですね」とか、「立候補はいたしかねます」といった適切であろう代替表現が想定されるため違和感は残りますが、間違いということにはなりません。

2.
ところで、わたしの主たる意図は、「かねる」が伴うのは意志動詞であるべきこともさりながら、前件と後件の主格は同一である必要がある、ということです。
ただ、お詫びしなければならないのは、「前件と後件の主格は同一である必要がある 」という記述は不完全であった、という点です。
正確には、「前件の願望者と後件の判断者の主格は同一人である必要がある 」と言うべきでした。
以下のように説明をやり直します。

「その案には賛成しかねる」が自然なのは、
『その案には、わたしとしては本来賛成したいのだが、「賛成することは難しい」とわたしは思う』という意味だからです。
『その案には、彼としては本来賛成したいのだが、「賛成することは難しい」とわたしは思う」という意味では使えない、という点が重要。
「賛成する」のような意志動詞の場合であっても、こうした点に留意する必要があると思います。
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この回答へのお礼

いつも丁寧にご回答いただき、ありがとうございます。
以前のような長い議論は避けたいと思いますが、「あいつは将来わが団を脅かす存在になるのは難しい奴だ」がなぜ不自然なのか理解できません。
第三者的、客観的な立場からの文は無数にあります。
例えば「あの川の水質はひどすぎるので、この町の飲料水として使える水源にはなりかねる」ならばどうでしょうか。「かねる」の前に無意志動詞が伴っていることになりませんか。「議員になる」ならば「なる」は意志動詞としての意味用法でしょうが、「水源になる」の「なる」は無意志動詞としての用法ではないでしょうか。この点が根本的に食い違っているようです。
詭弁になるかもしれませんが、この例文ならば「この町の飲料水として使える水源になってほしい」と願望しているのは話し手、「水源になりかねる(水源にならない・できない)」と判断しているのも話し手です。そのように考えれば、「前件の願望者と後件の判断者の主格は同一人である必要がある 」という要件を満たしていることになりませんか。

お礼日時:2015/04/24 16:45

#4です。



>ただし「あいつは将来わが団を脅かす存在になり兼ねない」という表現も存在します。この場合の「なる」は無意志動詞だと思われますので、「かねる」も無意志動詞に使い得ると思っています。

その場合は、大辞泉の【 4-㋑(「…かねない」などの形で)…するかもしれない。…しそうだ。「悪口も言い出し―・ねない」】
という用法でしょうね。
今回のように「かねる」という肯定形で使う場合は、【 4 - ㋐ …しようとして、できない。…することがむずかしい。「納得し―・ねる」「何とも言い―・ねる」】という用法になるでしょうから、やはり無意志動詞は使えないように思います。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/43827/m1u/% …
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この回答へのお礼

「かねない」を肯定形に変えて「あいつは将来わが団を脅かす存在にはなり兼ねる奴だ」の場合も、無意志動詞ということになりそうです。私にはこれも不自然な表現とは思えません。
教えて!goo運営局さん、質問者が納得のいく回答を得たいと思うのは当然のことですし、それを支援するのが最大の目的のはずですよね。
このような質問では質問者が納得のいく回答を得るまでに多少の議論をせざるを得ません。すぐさま削除せず、しばらく続けさせて下さい。

お礼日時:2015/04/24 13:51

#1です。


ひょっとすると、真意が伝わっていないかもしれませんので、もういちど念のためお邪魔いたします。

>…しようとして、できない。…することがむずかしい。「納得し―・ねる」「何とも言い―・ねる」
私は大辞泉にある、この記述を見て
「納得し―・ねる」=納得することは難しい(事実上、納得できないの意味)
「何とも言い―・ねる」=何か言うことは難しい(つまり、何も言えないの意味)
のように解釈しています。

わたしも同じ解釈です。
ただ、「その案には賛成しかねる」は、
「(私は、本来)その案には賛成したいのだが、(私が、実際に)賛成するのは難しい」
「(彼は、本来)その案には賛成したいのだが、(彼が、実際に)賛成するのは難しい」
という意味だと思うのです。
「(彼は、本来)その案には賛成したいのだが、(私が、実際に)賛成するのは難しい」
のように、前件と後件の主格が異なる場合に使うのは誤用ではないか、と申し上げています。
前質問の場合も、「刺激したいのは総理ですが、難しいと考えているのは側近」という構図で、主格が同一でないため誤用と考えた次第です。

わたしの考えでは、前件と後件の「主格は、意志を持った同一人である必要がある」ため、#2さんもご指摘のように、「そのようにいきかねる」の「いく」が意志動詞であれば、こうした表現も可能だと思います。
この場合、「わたしは、本来、そのように行きたいのだが、わたしが実際にそのように行くことは難しい」という意味になります。
しかし、「そのようにいかない」や「うまくいかない」などの「いく」は無意志動詞の意味だと思われます。
もし、そうであるなら、こうした表現はできないように思います。
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この回答へのお礼

再度のご説明、ありがとうございました。
ただし「あいつは将来わが団を脅かす存在になり兼ねない」という表現も存在します。この場合の「なる」は無意志動詞だと思われますので、「かねる」も無意志動詞に使い得ると思っています。
*実用日本語表現辞典
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%AA%E3%82%8A% …
なり兼ねない
読み方:なりかねない
もしかしたらなるかもしれない、変化・成就する可能性がある、という意味の表現。「なり」は動詞「なる」の連用形。「あいつは将来わが団を脅かす存在になり兼ねない」などのように用いる。

お礼日時:2015/04/24 02:56

「いく」の意味にもよります。


地図に示された通りの道順で「行く」ならあり得るかも。
もの事の進展を表す「いく」の時は非常に違和感があります。
>そのようにいきかねる
そのようにいくとは言いかねる、が正しい使用法です。
「いく」かどうかは本人の意思とはほぼ無関係、「言う、言わない」は100パーセント本人の意思。
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この回答へのお礼

「あいつは将来わが団を脅かす存在になり兼ねない」「あいつは将来わが団を脅かす存在にはなり兼ねる奴だ」は正しい使用法であって、このまま通じる文だと思っています。

お礼日時:2015/04/25 17:15

「いく」の意味にもよります。


地図に示された通りの道順で「行く」ならあり得るかも。
もの事の進展を表す「いく」の時は非常に違和感があります。
>そのようにいきかねる
そのようにいくとは言いかねる、が正しい使用法です。
「いく」かどうかは本人の意思とはほぼ無関係、「言う、言わない」は100パーセント本人の意思。
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この回答へのお礼

貴重なご意見、ありがとうございました。
「あいつは将来わが団を脅かす存在になり兼ねない」「あいつは将来わが団を脅かす存在にはなり兼ねる奴だ」についても、本人の意思を明示する形で「言う」「思う」などの語を使わなければならないとは思えません。
特に前者は「実用日本語表現辞典」に掲載されている文でもあり、不自然さを感じていません。

お礼日時:2015/04/24 14:05

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