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「魅せられる」は「魅する」の活用形ですが、でも、どの活用かわかりません。「受身」ですか、「使役受身」で自発を表すのですか。教えてください。お願いします。

A 回答 (13件中1~10件)

OKATさんへ



 いつも適確なコメントに勉強させてもらっています(これは「いたす」にはしにくい)。
 今回はちょっと気になったので、不明点だらけながら口を挟みました。失礼しました。

 サ変動詞について踏み込むと、いろいろ訳のわからない話が出てきます(泣)。
 下記あたりは重要なのでしょうが、当方にはこれでも難解です。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question …

 先にあげたmixiのやり取りは、サ変動詞にかかわるいろいろな示唆を含んでいると思います。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=74742747&comment_c
 当方がなんとなく理解しているのはコメント[4]に書いた下記くらいです。

==============引用開始
1)する 可能形は「できる」
※「勉強する」などの熟語動詞(仮称)なども同様

2)愛する 本来の可能形は「愛せられる」(たぶん)。
※五段活用との混同(五段活用への移行?)が進み、「愛される」→「愛せる」になりつつある。

3)論じる 本来の可能形は「論ぜられる」(たぶん)。 
※上一段活用との混同(上一段活用への移行?)が進み、「論じられる」になりつつある。

4)発する 本来の可能形は「発せられる」(たぶん)。
※「~ッする」「~ンする」は五段活用化はしにくいとされるが、「反する」あたりは微妙かも。
==============引用終了

 1)も本来は「勉強せられる」なのかもしれませんが、よくわかりません。こうなると、「る・らる」→「れる・られる」の変化とどう関係があるのか。なんとなくですが、「勉強せらる」のほうがいいような(ほぼ古語?)。
 現段階でサ変動詞と言えそうなのは、1)を除くと、4)「発する」くらいしか思いつらなくて……。コメント[11]に書いたとおりです。

==============引用開始
開戦の号令が発せられた(受身)
勅命が発せられた(受身)
言葉を発せられないほど疲弊していた(可能)
==============引用終了

 いずれも古くさいので、自分では使いません。でも、使う人は使うのでしょう。
 その意味で「魅せられる」は非常に貴重かも。
 どんどん話がズレてしまうのでこのへんで……。
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No.10およびNo.11のお二方のご発言を読んで、わたしの考えに誤りがあったことを認めます。

「サ変動詞」がこんなに複雑な接続の仕方をしていたことに気が付きませんでした。
No.11の方ご紹介の下のサイトに「日本文法大辞典(明治書院)」の説明があり、それには
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=74742747&comment_c

・現代語
「れる」:五段動詞の未然形、<サ変動詞の未然形「さ」>につく。
「られる」:上一段・下一段・カ変の動詞の未然形、<サ変の動詞の未然形「せ」>につく。

・古語
「る」:動詞四段・ナ変・ラ変の未然形につく。受身の意味の「る」はラ変動詞にはつかない。
「らる」:動詞カ変・サ変・上一段・下一段・上二段・下二段活用の未然形につく。

と書いてあります。わたしは受け身は「れる」しか考えず、「さ」につくで満足してしまっていました。「れる」と「られる」とに別の接続の仕方があるのだと、気がついて驚きました。「日本文法大辞典」はもっとも頼りにしている辞書なので、余計に驚きました。他の動詞にはこのような例はなく、サ変複合動詞全部ではないという制限付きですが。
 試しに古くから使われた「愛す」「辞す」などは平安時代にあったようです。(「古語辞典-旺文社」による)「愛す」(堤中納言物語)「辞す」(能因本「枕草子」)
だが、現代では「愛せられる」ではなく、(人を)「愛される」ですよね。「辞せられる」でなく、(職を)「辞される」ですよね。(ただし、これでは「尊敬」の意味になるようです。「人に愛される」なら受け身。「辞する」は受け身になりそうもない)やはりサ変は「自他同形」。(古語辞典にはそのように書いてあります。)自動詞の場合は受け身にしにくい。(いわゆる「被害(迷惑)」の受け身だから)

「魅する」の用例の中で最も古いと感じたのは次の文語体の文章です。

 第七 歌物語に何の癡言と聞き流せし戀てふ魔に、さては吾れ疾より魅せられしかと、初めて悟りし今の刹那に、瀧口が心は如何なりしぞ。『嗚呼過てり』とは何より先に口を衝いて覺えず出でし意料無限の一語、襟元に雪水を浴びし如く、                                         高山樗牛「滝口入道」

 この時代には使われていたことは確かでしょう。そのような古い形には、No.9の回答に次のように書きました。
    以下コピー

 現代語では使役の助動詞「せる」も受け身の助動詞「れる」も「サ変動詞」の未然形「さ」につくのは前に言ったとおりですが、古語では大きな活用変化の途中で「魅せられる」が一時的に現れた可能性はあります。古くはサ変未然形の「せ」に助動詞の「さす」「らる」がついて「せさす」「せらる」でしたが、比較的新しい時代に「せさせる」「せられる」であったかもしれないということです。(しかし、わたしの乏しい知識では、どの時代か特定することは出来ません)「魅せられ」はある時点でそのまま変化を止めてしまった言い方ということになるかも知れません。

「サ変の話はややこしいのであまり踏み込みたくないのですが……。」とNo.11の方がおっしゃるように、サ変とは全く困った動詞ですね。

>因みに「魅される」という表現、ネットでいくつか散見されます。
 わたしに似て単純な頭の持ち主なのでしょう。

>たとえば、「彼女は、自らダイアナと称せられた」などという尊敬表現は可能だと思います。
 それはやはり前回に「出発せられて」という敬語表現のあることを書きました。

 以上、お詫びを兼ねて、意見を申し上げました。「三省堂国語辞典」の記述は一つの見解としてあり得ると思います。
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サ変の話はややこしいのであまり踏み込みたくないのですが……。


 下一段ですかね。そういう解釈も可能だとは思います。
 当方は下記と考えるのが素直だと思います。

https://kotobank.jp/word/%E9%AD%85%E3%81%99%E3%8 …
==============引用開始
デジタル大辞泉の解説
み・する【魅する】

[動サ変][文]み・す[サ変]不思議な力で人の心をひきつける。「歌声に―・せられる」
==============引用終了

==============引用開始
大辞林 第三版の解説
みする【魅する】

( 動サ変 ) [文] サ変 み・す
(不思議な力で)人をひきつける。魅惑する。 「色香(いろか)に-・せられる」 「人を-・する」
==============引用終了

「れる・られる」にはいろいろな意味がありますが、「魅せられる」は受身として使われることが圧倒的に多い気がします。
 ↑の2つの辞書の例文の「魅せられる」も受身でしょう。
 受身以外の使い方は……。
「どれだけ多くの人を魅せられるか」(可能)くらいはかろうじてアリかもしれません。
「サ変動詞【魅せる】の未然+られる」ですから、先行コメントだとNo.2と同じということになりますか。
「魅する」を使役や使役受身にできるか否かはわかりません。
 語感が働きやすい「愛する」あたりと比較して考えればわかるかも……。

 No.6の考え方ももっともだと思います。
 当方はサ変のことがよくわからず、SNSのmixiでトピを立てて教えてもらったことがあります。
【助動詞「れる/られる」の接続について】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=74742747&comment_c …
 [2]に、『日本文法大辞典』からの引用があります。
================引用開始
[2]
2013年09月01日 11:11

補足。

上記の「日本文法大辞典」より、現代語の「れる」「られる」、古語の「る」「らる」の「接続」の欄について、以下のようにありました。


引用(読みやすく整理して並べていますので、正確には原典をあたって下さい)
---------
・現代語
「れる」:五段動詞の未然形、サ変動詞の未然形「さ」につく。
「られる」:上一段・下一段・カ変の動詞の未然形、サ変の動詞の未然形「せ」につく。

・古語
「る」:動詞四段・ナ変・ラ変の未然形につく。受身の意味の「る」はラ変動詞にはつかない。
「らる」:動詞カ変・サ変・上一段・下一段・上二段・下二段活用の未然形につく。

----------
引用終わり


これによると、
サ変についていえば、古語においては「らる」に統一されていたのが、
現代語において、サ変の未然形「さ」には「れる」、サ変の未然形「せ」には「られる」はつくと、整理できるでしょう。
================引用終了

 おそらく、「魅する」の場合は未然形が「せ」で「られる」がつくということでしょう。なぜ「せ」になるのかは訊かないでください(泣)。
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#7です。


OKATさん、たびたびありがとうございます。

1.
>>「魅する」を使役形にすると「魅させる」でよろしいでしょうか。
さらに、それを受身形にすると「魅させられる」でよろしいでしょうか。
「魅する」というサ変複合動詞については、それでいいでしょう。

ということは、#2のわたしの回答は撤回するまでもない、ということになりそうですね。
とりあえず安心しました。
ただ、ご自身としては、#6でお示しになられたように、「魅すると見せるの合成語」(三省堂国語辞典第7版)であり、下一段動詞と解するほうを信じたいとのご意向、つまり、「魅せられる」は、あくまで受身形に限定される、というお考えですね。
よくわかりました。ここまで来ると見解の相違ということになりそうですから、これ以上、この場で論議するのは避けたほうが良さそうです。
真摯にご対応いただき、感謝申し上げます。
因みに「魅される」という表現、ネットでいくつか散見されます。
「応募の下士官兵はこの一幅の修羅図にただ直截に魅されるようだ」(日本海海戦 岡本好古 著)
https://books.google.co.jp/books?id=aapWBAAAQBAJ …
「フロイトの精神分析による文学解釈再考 W. イェンゼンの<グラディーヴァ>における魅されることについて」(山本 淳氏 論文タイトル)
https://repo.lib.tut.ac.jp/index.php?active_acti …
「 ジョーンズも、ボブ・ガードナー(米)も、オールドコースに魅されるには数年を要している。」( カレドニアン・ゴルフクラブ ホームページより)
http://www.caledoniangolf.net/column10.htm

2.
>しかし、これらが「魅せられる」のような形をとる事があるかと言うと疑問です。「称せられる」「遇せられる」ではなく、「称される」「遇される」ではないでしょうか。

そうですね。
・魅する⇒魅されるー魅させる
・魅される⇒魅させられる
・称する⇒称されるー称させる
・称される⇒称させられる
のように対比できるのでしょうね。
ただ、改まった書き言葉などの場合には、「魅される」「称される」を、「魅せられる」「称せられる」とも表現できるようです。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?sea …
これはサ行変格動詞と考えた場合ですが、「魅せられる」は「魅される」の改まった表現、ということになるのでしょう。
たとえば、「彼女は、自らダイアナと称せられた」などという尊敬表現は可能だと思います。
こう考えてくると、「魅せる」という使役限定の下一段動詞と捉える必要もないような気がしてきますが、これ以上は、他の方の場でもありますから、また別の機会に譲るほうが良いのかもしれません。

3.
さて、「魅せられる」が「魅する」というサ変複合動詞の変化であると考えることもできるようなので、質問者さんのsongczさんに対しては、#2の内容を若干修正する必要があることを、お詫び方々お知らせさせていただきたいと思います。
#2では、
「魅せられる」
・魅せ⇒サ行変格活用「魅する」未然形。
・られる⇒受身の助動詞「られる」終止形。
だと思います。
のように述べたわけですが、この場合、「魅せ」が下一段動詞ではないため、それに続く「られる」は次のように多様な意味を持ち得るということになるでしょう。
・わたしは、一目で彼女の美しさに魅せられた。(受身)
・楊貴妃は、当時、絶世の美女だったので、何も言わなくても家臣たちを魅せられた。(可能)
・桜は古来、日本伝統の花であり、そのはかなげな風情に、人々は自然に魅せられる。(自発)
・クレオパトラは、疲れきった奴隷の前に現われ、その魅力で全員を魅せられた。(尊敬)
つまり、シチュエーション次第でどの用法にもなり得る、というのがわたしの現段階での回答となりますので、このように訂正させていただきます。
むろん、OKATさんはじめ、他の方々がおっしゃるように下一段動詞であるならば、受身の用法しかないことになりますが、それを否定するだけの知識がわたしにはありません。
いずれにせよ、横レスを許可していただきましたおかげで、色々と勉強になりました。ありがとうございます。
OKATさんにも、重ね重ね御礼申し上げます。
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>「魅する」を使役形にすると「魅させる」でよろしいでしょうか。


さらに、それを受身形にすると「魅させられる」でよろしいでしょうか。
「魅する」というサ変複合動詞については、それでいいでしょう。実際に「魅して」という連用形の用例がありました。以下が用例の件数のみ書きます。

 「魅して」 11件  因みに、「魅する」は 49件 「魅せられ」は137件 「魅せる」、「魅させる」、「魅せさせる」、「魅される」 は無し (以上「青空文庫」より)

 現代語では使役の助動詞「せる」も受け身の助動詞「れる」も「サ変動詞」の未然形「さ」につくのは前に言ったとおりですが、古語では大きな活用変化の途中で「魅せられる」が一時的に現れた可能性はあります。古くはサ変未然形の「せ」に助動詞の「さす」「らる」がついて「せさす」「せらる」でしたが、比較的新しい時代に「せさせる」「せられる」であったかもしれないということです。(しかし、わたしの乏しい知識では、どの時代か特定することは出来ません)「魅せられ」はある時点でそのまま変化を止めてしまった言い方ということになるかも知れません。

 なお、サ変複合動詞は「研究する」など、漢字二字熟語のものしか頭になかったのですが、「右往左往する」のような例外もあり、一字の漢字につく「信ず」「感ず」なども多数ありますがこれらは「信じる」「感じる」の上一段に転じてしまいました。しかし、「ず」(ザ変)にならないものも実際にはかなりあって、「賭する」「呈する」「挺する」「遇する」「称する」「瞑する」調べればもっと増えるでしょう。しかし、これらが「魅せられる」のような形をとる事があるかと言うと疑問です。「称せられる」「遇せられる」ではなく、「称される」「遇される」ではないでしょうか。
 やはり、「三省堂国語辞典」の方を信じたいですね。

>「魅せ」が「魅せる」という下一段の未然形ではないことを、先に確認しておく必要があるわけです。
 
 「魅せる」という下一段動詞があるとして考えれば、未然形は「魅せナイ」と「せ」になります。「受け身」と「自発」は全く同形ですので接続関係も同じです。(自発には命令形ないという違いはあります)

 サ変動詞の未然形に「せ」がある理由を,前に「しめる」などの語に続けるためと言いましたが、より重要なことを思い出しました。それは打消に続く形で、「ない」には「し(ない)」ですが少し文語調である「せ(ず)」の為でした。外の助動詞は「せ」には接続しないと思います。
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>どの活用かわかりません


活用は、未然形、連用形・・・・・・のことでは。
「受身」ですか、「使役受身」で自発を表すのですか
切れは、助動詞「られる」の用途の問題です。
魅了させられる、の意味でとれば、受け身になるかな?、思わず魅せられて・・・、なら自発にも該当します。
前後の内容によりおのずと異なります、文法が先にあるのではなく、全体の内容による感性が先です。
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#5です。


OKATさん、ご返信いただき感謝いたします。
もう少しだけ教えていただけますか。

> 改めて「魅する」がサ変複合動詞だとすると、おかしい点があります。受け身形にすると「魅せられる」になるという点です。
 外のサ変複合動詞の例で見てみましょう。
 「回答する」を使役形にすると「回答させる」になります。受け身形にすると「回答される」です。

おっしゃるとおりと思います。
因みに、「回答させる」を受身にすると「回答させられる」となると思います。
そこで、今回お聞きしたいのは、
「魅する」を使役形にすると「魅させる」でよろしいでしょうか。
さらに、それを受身形にすると「魅させられる」でよろしいでしょうか。

OKATさん、あつかましく何度も申し訳ありませんが、大事な点と思われますのでよろしくお願い申し上げます。
akinohotaruさんのご見解も伺うことができれば幸甚に存じます。こちらもぜひよろしくお願いいたします。
songczさん、横レス申し訳ありません。なるべく早く切り上げますので、今しばらくのご猶予をお願い申し上げます。
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前回の回答に問題があったことをまずお詫びします。

辞書万能主義ではありませんが、さしあたって「広辞苑」も「大辞林」も「文語『魅す』に当たる『魅する』(サ変)」としています。
 ここには書きませんが、実際に使われた例を見ますと、「魅せられる」という例が圧倒的に多く、「魅せられて」「魅せられし魂」「魅せられたる魂」等の歌や小説(翻訳)のタイトルに使われていますね。外に「魅して」のような例もあります。ところが、「魅せる」と入力していたらIME(わたしの場合ATOK)から注意があり「魅すると見せるの合成語」(三省堂国語辞典第7版)とありました。
 おそらく、No.1の方の見られたのはこの辞典だったのでしょう。わたしはこの方の説に妙に納得して「魅せる」と「見せる」の事を書いたわけです。
 改めて「魅する」がサ変複合動詞だとすると、おかしい点があります。受け身形にすると「魅せられる」になるという点です。
 外のサ変複合動詞の例で見てみましょう。
 「回答する」を使役形にすると「回答させる」になります。受け身形にすると「回答される」です。「せる」や「れる」という助動詞をサ変動詞に付けると「さ」の形につきます。「れる・られる」「せる・させる」の助動詞では、どちらがどういう風につくかは調べてみれば分かります。サ変動詞の未然形は「さ・し・せ」の三つがありますが、「さ」が「れる」に続き、「し」が「ない」につき、「せ」は「しめる」など特殊な語につきます。
 「魅せる」が下一段であれば、「せ」という未然形に「られる」がつき「魅せられる」なって納得です。
 このように、有名辞書と言えども、後から出た辞書に後れを取る事はあり得るのです。
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#2、#4ですが、横レス質問させていただいた理由をもう少し詳しくご説明しておいたほうが良いと思い、もう一度おじゃまいたします。



「魅せられる」の品詞分解についてですが、
・魅せ⇒サ行変格活用「魅する」未然形。
・られる⇒受身の助動詞「られる」終止形。
というのが私の解釈です。
しかし、#1さんと#3さんは、
・魅せ⇒下一段活用「魅せる」未然形。
・られる⇒受身の助動詞「られる」終止形。
という解釈だろうと思います。
この場合、「魅せる」には使役の要素があるので、「魅せられる」が受身形であることは確定できるでしょう。
一方、「魅する」には使役の要素がありませんから、受身以外に自発の意味である場合もあると思います。
つまり、仮に「魅せ」が「魅する」の未然形であるなら、『受身なのか自発なのかは前後の文脈によって判断するしかない』と、わたしの#2の回答内容を変更する必要が出てくるわけです。そして、その方向に気持ちが傾いています。
しかし、そのためには、「魅せ」が「魅せる」という下一段の未然形ではないことを、先に確認しておく必要があるわけです。
また、仮に下一段動詞の未然形であるのなら、#2の回答内容は撤回する必要が出てきます。合わせて使役形についても教えていただきたい。
これが横レス質問させていただいた理由です。
どちらにしても#2の内容は訂正、または撤回の憂き目に遭わざるを得ないわけで、質問者さんにはご迷惑をおかけすることになり、申し訳なく思っている次第です。
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#2です。


ご質問内容と深くかかわることですので、横レスをお許しいただきたいと思います。
#1さんと#3さんに、ぜひ教えていただきたいことがあります。

#1さんは、【手持ちの辞書には、「見せる」に「人を自然に見入るようにさせる」の意味の意味があるとき、「魅(せる)」の字を当てることがある、という意味のことが書いてあります。つまり、「見せる」と同じ動詞ということになります。】とおっしゃっています。
#3さんは、【だから「見せる」には使役形のような意味合いがあります。しかし、「見る」の使役形は「させる」と言う方の助動詞がついて「見させる」になります。
 その「見る」「見せる」「見える」などの内「見せる」にだけ「魅」の字をあてて「人を魅了する」の意味で使うようになりました。】とおっしゃいました。

これらを拝見すると、「魅する」というサ行変格動詞の使役形として「魅させる」という表現はできない、ということをおっしゃっているように思えるのですが、いかがでしょうか。
もし、できないのであれば、「魅させられる」という受身形も取れませんから、わたしの回答を撤回する必要がありますので、教えていただけると有り難いと思う次第です。
回りくどく述べてまいりましたが、端的に申し上げると、
「魅する」の使役受身形として「魅させられる」という表現は間違いでしょうか?という質問です。
例によって勘違いがあるやもしれず、その場合はご寛恕のほどを。
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