伊藤博文って、朝鮮を日本に併合させた立役者じゃなかったでしたっけ?そう認識していましたが、違っていたようです。伊藤は併合反対だったそうです。ですが暗殺された。それはなぜですか?あんじゅんぐん?という名前でしたっけ。そいつはなぜ反対だった伊藤を暗殺したのでしょうか。なぞです。教えてください。

質問者からの補足コメント

  • 明治天皇の意向とはどういうものだったんですか?明治天皇は朝鮮を併合したかったが、伊藤が独立をさせようと

    していたということですか?

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/08/18 22:17

A 回答 (7件)

統治時代韓国で起きた和夫一家殺人事件などを見ても分かるように、伊藤博文は朝鮮、エべンキ族の本性を見抜いていた、だからやられた。

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そのようですね。

私の聞いたところによれば、朝鮮にはハングルと言う素晴らしい文化があるのだからとハングルを勧めたとも聞いています。
清が滅びて頼る所のなくなった朝鮮を独り立ちさせようとした日本。
韓帝国皇帝が皇太子の時にその養育係だったのが博文である。
アンジュンなんとかの主張には矛盾があり、信用性に乏しいと言うのが判決の中には行っています。それが彼の主張した「大韓帝国を廃止させようとした」と言う部分です。実際に博文は帝王を日本留学を勧めているからです。

しかし良く考えれば博文は世界に通用する王を育成しようとした。ところが韓国では両班は歩くことすらしない、とにかく兩班が動く事は名誉を傷つける行為なのです。
だから博文の行為は兩班の名誉を失わせることでしかなかったわけです
さらにこの時期、いまだ清への冊封体制を誇示しようとするものが多かった。だから皇帝を見限って天皇につくなどと言う事は容認できないことだったわけです。(でも商船の歴史は古代中国と日本を行き来するコウモリ外交しかないんですけどね)ハングルを使わせることも、当時は清についていて漢字が公語ですからとんでもない話だったわけです。
つまり博文が行なった事は結果的に冊封が染み通った大韓帝国にとっては逆効果だったわけです。・・・と言う説を私は有力だと考えています。

今では漢字も英語も捨ててしまった韓国だから歴史を分析することすらできず、アンジュンなんとかを英雄にしていますけど、漢字を捨て中国の傘の中から外れてしまった今の韓国をアンジュンなんとかが見たら嘆き悲しむこと確実でしょうね。
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伊藤博文は初代朝鮮総督でした。


日本の朝鮮支配の象徴でしたから、立派な標的になります。
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とりあえず、とても20代とは思えない文章である件。



質問の主旨は↓でよいのでしょうか。
(「伊藤博文って、朝鮮を日本に併合させた立役者じゃなかったでしたっけ?」については、ご自分で解決できたと判断しました。)

A:>ですが暗殺された。それはなぜですか?

回答A:安重根が以下の勘違いをしたため。

暗殺の理由については、以下の事を日本の裁判所で語ったと言われています。

1:明成皇后を殺害した罪
2:1905年11月、韓国を日本の保護国にした罪
3:1907年丁未七条約を強制的に結ぶようにした罪
4:高宗皇帝を退位させた罪
5:軍隊を解散させた罪
6:罪のない人々を虐殺した罪
7:韓国人の権利を剥奪した罪
8:韓国の教科書を燃やした罪
9:韓国人たちが新聞に寄与しないようにした罪
10:(第一銀行)銀行紙幣を強制的に使用した罪
11:韓国が300万ポンドの負債を抱えた罪
12:東洋の平和を破った罪
13:韓国に対する日本の保護政策を糊塗した罪
14.:日本の天皇の父上である孝明天皇を殺した罪
15:日本と世界を欺いた罪

↑の内容については、シンガポールの英字新聞が発見されています。(画像参照)

B:>伊藤は併合反対だったそうです。

私もそのように思っています。
伊藤博文は日韓関係について↓のように語っています。

【明治日本の対韓政策】(深谷博治著 友邦協会)
「日本は非文明的、非人道的な働きをしてまでも韓国を滅ぼさんと欲するものではない。韓国の進歩は多いに日本の望むところであって、韓国はその国力を発展せしむるため、自由の行動をしてよろしいけれども、ただ、ここにただ一つの条件がある。すなわち、韓国は日本と提携すべしということ、これである。日章旗と巴字旗(韓国旗)とが並び立てば日本は満足である。日本は何を苦しんで韓国を亡ぼすであろうか。自分は実に日韓の親睦を厚くするについては、自分の赤誠を貢献しようとしている。しかも、日清・日露の両大戦役の間、韓国は一体何をしたか。陰謀の外に何をしたか。戦争中は傍観しただけではないか。諸君は、日本が、にわかに来たって、韓国を亡ぼすならんと思うのは、果たして何に基づくのか聞きたいものである。
 日本は韓国の陰謀を杜絶するため、韓国の外交権を日本に譲れというた。だが、日本は韓国を合併する必要はない。合併は甚だ厄介である。韓国は自治を要する。しかも、日本の指導監督がなければ、健全な自治を遂げ難い。これが今回の新協約を結んだ所以なのである」


更に、1905年の伊藤のメモには、「韓国の富強の実を認むるに至る迄」という記述があり、彼は、保護国とするのは国力がつくまでの一時的なものと考えていたと思います。

しかし、後述する義兵闘争が盛んになった為、1909年に桂太郎(首相)と小村壽太郎(外相)の併合方針を是認しました。


理由の1~15についてですが、ほとんど彼の誤解や無知によるものだと思います。

1は、閔妃殺害事件のことですが、伊藤博文や日本政府が直接関与したという資料はありません。
大院君の部下である李周會が「自分が閔妃を殺害した」と供述し、処刑されています。
それに、暗殺団は閔妃の写真を持っていたので彼女だけを殺したとされていますが、現在ではそれは別人の写真とされています。



2は、1905年の日韓保護条約(第2次日韓協約)です。
日露戦争の講和条約で「日本は朝鮮を指導、保護、監督する権利を有する」という条項が基になっています。
こうなった原因ですが、朝鮮は1895年の下関条約で独立しましたが、その後もロシアに擦り寄るなどしており、このような朝鮮の行動によって北東アジア情勢が混乱しており、東洋の治安と朝鮮の保全のために、この保護条約は必要なものでした。


3は、7ヶ条の第3次日韓協約のことです。

↓が協約の内容です。
3A:高級官吏の任免権を韓国統監(当時は伊藤博文)が掌握すること(第4条)、
3B:韓国政府の官吏に日本人を登用できること(第5条)

こうなった原因ですが、高宗は2の保護条約を無視し、1907年にオランダのハーグで開かれた万国平和会議に密使を送り、日韓保護条約の無効を訴えました。
(これは国際条約を無視し行為であり、締結国である日本の体面を傷つけた事になります)
 これの事件で激怒した伊藤博文は、高宗に謁見し電報の写しを見せながら
【かくの如き陰険な手段を以て日本保護権を拒否せんとするよりは、むしろ日本に対し堂々と宣戦を布告せらるるには捷径なるにしかず】
と迫ったと言われています。


4の退位ですが、実は退位を最も強く迫ったのは、朝鮮の農商工部大臣、宋秉畯でした。
(皇帝である高宗を怒鳴りつけたそうです。)


5の軍隊の解散ですが、
 詔書を出したのは、純宗皇帝(高宗の子)です。
理由は、両班制度が残る軍隊は役立たずだった為と、後日に徴兵制を実施する為です。


6は、4の高宗の退位と5の軍隊解散に対して決起した「義兵」を、日本軍が殺したことについてです。
 しかし、その「義兵」は正規の条約に基づいた朝鮮駐留の日本軍を襲うなどしており、それを鎮圧するのは自衛権として当然のことです。
それに、その「義兵」は何故か、朝鮮民衆、日本人、シナ人を襲うなどしています。


7の権利の剥奪ですが、
独立しても、自立できずに1~6のような有様では仕方がないと思います。


8と9ですが、
1~7の結果保護国になった状況で、「反日的排他的教科書」や「反日煽動新聞」を取り締まるのは当然だと思います。


10の第一銀行券の発行ですが、
第一銀行券の使用は1905年で、伊藤統監の就任以前(1906~1909)に発行しています。
それに、それ以前の朝鮮は清国の属国だった為に通貨の発行権がなく、低額の銅銭しかないような有様で、自由経済どころか貨幣経済以前の状態でした。


11については、国債2300万円を募り官吏の間で分配し、この時に土地も奪ったと言っています。
しかしこれらは根拠がありません。


12は、大韓帝国皇帝を退位させる等の行為を言っています。
しかし、大韓帝国皇帝の高宗は、日露戦争中はロシアに通じ、外国人記者を買収し、日本軍の鉄道・電信の破壊を内密に命じる等しています。
これらは明確に日本に対する背信行為です。
(それに、彼は当時のイギリス、フランス等の植民地の国王が同じことをしたら、どうなるか考えた事があるのでしょうか。)


13は、親日派と協力して、保護の名目で大韓帝国に不利な施策を行った(と思っている)事についてです。
これも1~12までの事への誤解によるものです。


14.の孝明天皇の暗殺ですが、
考明天皇の崩御は1866年12月25日で、当時の伊藤博文は長州の三田尻にいましたし、そもそも宮中に入れる身分ではありません。

15は、国際社会に「大韓帝国は無事です」と宣伝したこと(彼の中では事実を欺いている)ですが、
当時は世界最貧国で、清国の属国で、権力闘争による王族の殺し合いや、それらの悪政による両班の横暴、賄賂、人身売買、盗賊の横行など、国とは言えない状態でした。
それを日本が保護国とすることで治安が確立し、朝鮮人の生活は改善されました。
私は、これが「無事」ということだと思います。
(彼にとっての「無事」とは清国の属国やロシアの傀儡になることだったのかもしれませんが)
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安應七(アン・ウンチル)は洗礼名”トマス”のキリスト教信者(カトリック)です。


フランス人宣教師、洪の影響を受けて、フランスに学ぼうとしますが洪に、韓国を支援する阿呆はいないと諭されて諦めます。

父が役人で、大地主の資産家だったので、父に学べといわれて漢学校に通わされますが、遊びに夢中になろ、俺は勉強が苦手なのでヤクザになる!と誓い放蕩息子になり、散財します。
私立学校も二校設立したりしますが、平壌での石炭事業に失敗して、ウラジオストックの暴力団でヤクザの幹部と義兄弟の契りを交わします。

元々学が無かったので、大韓民国が苦労しているのは・・・政治家のせい!
と、日本の愚民のような考えに帰結し、その朝鮮での一番の日本の政治家のトップ”伊藤博文”の暗殺を考えるようになりました。

ちなみに、そんな彼を逮捕したのは、ロシアの官憲です。

中国はまったく無関係ですね。
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>そいつはなぜ反対だった伊藤を暗殺したのでしょうか。



安重根が伊藤博文を明治天皇の意向に反した政策を朝鮮半島で行う逆臣だと思った
馬鹿だったから。
今でもこのテロリストを英雄としている韓国はもっと馬鹿ですが。
(北朝鮮でさえ、馬鹿扱いしてる)
この回答への補足あり
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違いますよ、朝鮮が独立するのに尽力したのが伊藤博文



中国に併合されるのがいいと安重根が、伊藤博文を殺したんです
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