プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

嫁と言う立場ではなくとも、自分よりも年上の方に対する敬意などは、
今時必要ないと思われますか?

例えば姑、舅が多少の礼儀知らずや独りよがりだとして、
その部分は常識の範囲で接するとしても、親に対して
謝らせるべき、とか自分(若い方)が正しければ
目上の人に間違っている、と言えるのでしょうか?

このような質問をしたのは、このサイトで自分の親や、
義父母に対して腹が立つ、もう我慢できないなどの訴えが多い
のですが、よく読んでみると随分と若い人が上から目線な所が
多いような気がしました。

人生の先輩、自分よりも長く生きている人に対する敬う気持ちは
もう若者にはないのでしょうか?
そしてその理由も教えてくださると幸いです。
私自身は、嫁の立場でもあり、姑の立場でもあります。

男性、女性、どちらの立場の方からでも良いのでご意見をお待ちしております。

説明が下手で申し訳ございませんが、ご勘弁を。

質問者からの補足コメント

  • 良い文章がありましたので、補足いたします。

    年齢を重ねるということは、それだけ経験を積むということ。
    自分の祖父母はもちろん、まわりにいる高齢者の方々は皆、
    私たちの何倍も経験を積んできた「人生の師」です。

    この言葉が、目上の人を敬う理由だと私は思っています。

      補足日時:2015/09/21 22:42
  • うれしい

    色々な方の意見が聞けて大変うれしく思います。
    ありがとうございました。

    それぞれ、良い意見が聞けたので、お一人を
    ベストアンサーに決めるのは難しい状態ですので
    決めずに締め切る事にします。

    本当にお付き合いくださり、心から感謝致します。

      補足日時:2015/09/30 09:40

A 回答 (7件)

No.6です。


>次の世代に、私達の思いが伝わる事を心から祈ります。
 あなた方の付き合いを子供達にしっかり見せておく事。それが一番ですね。義理、実に関わらず、人との付き合いをしっかりと見せておく事。
 子供の前で、実だろうが義理だろうが、陰口や愚痴を散々聞かせば、それはそのまま自分に帰ってくる。
おじいさんと孫 グリム童話 <福娘童話集 きょうの世界昔話>( http://hukumusume.com/douwa/pc/world/03/23.htm )
 この話、子供じゃなく親が読むべきお話だと思います。

「我以外皆我師」はこの手の話話題の際に良く使わせていただいていますが、単に尊敬すると言う意味だけ出なく、「他山の石」としての意味もあるのじゃないかと。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。
子供の前で陰口も愚痴も言いません。
喧嘩は見せる事はありますが、普段から
父親、祖父母その他、人を敬うように言い聞かせています。

夫もそういう事は一切口にしません。
私は母の愚痴や噂話が嫌いなので、自分は言いません。

お礼日時:2015/09/29 21:19

上っ面だけを見て考えてらっしゃるようですね。


 まず、「他人に忠告する」と言う事と「不満をいう」は待ったく別の問題ですから分けて考えないとなりません。二つを区別しないで考えると間違った判断になる。

私は理系--へりくつ屋--ですので、
>例えば姑、舅が多少の礼儀知らずや独りよがりだとして、その部分は常識の範囲で接するとしても、親に対して謝らせるべき、とか自分(若い方)が正しければ目上の人に間違っている、と言えるのでしょうか?

 これは、端的に言うと、『年上に対して意見できるか?」と言うことですね。舅・姑・親とかは年上/目上ということですし、「礼儀知らず/独りよがり」は受けた感想ですから、「姑だから」「独善的だから」そんなもの紛れ込ましたら、それが邪魔して判断できなくなる。

「まず他人に忠告/指導する」ということは何でしょう。たとえば、遊んだ後で散らかしていたら、自分の子や知ってる子だと注意しますが、見ず知らずの餓鬼だったら注意しない。それは、そこに愛情があるかないかだ思います。
 愛情とは「対象の幸福を願う気持ち、たとえ自己犠牲が伴っても」だと考えています。鹿って嫌われる事もいとわず、相手にとってそれが幸福に繋がるなら忠告する。
 もしそうだとすると、それを「礼儀知らず」「独りよがり」「余計な世話」と反発してしまったら、次からは意見を聞けないかもしれない。

 吉川栄治が座右としていた「我以外皆我師」と言う言葉を思い出します。
我以外皆我師 - Google 検索( https://www.google.co.jp/search?q=%E6%88%91%E4%B … )
 忠告してくれる。意見を言ってくれる---嫌われるのは分かっていても---は、若輩物にとっては何よりもの財産なのです。
 年を喰うと誰も忠告してくれなくなる。--これは悲しいことです。そうなる理由は、「若造の癖に・・」という反発などがあると、ますますだれも忠告してくれなくなる。

>(目上の)人に対する敬う気持ちはもう若者にはないのでしょうか?
 これは、その人がどう生きてきたかも大きく関わってきます。愛されてそのような忠告--躾をたくさん経験してきた人は、他人からの忠告は率直に聞けるものです。
 小さい時--二歳児--まで、自我が育っていない時期に、きちんと善悪を躾けてもらえた子供は、自我が目覚めても率直にその意見を聞くことができます。しかし乳幼児期に「小さいので分からない」と甘やかされて育つと、自我ができてから怒られても反発するだけで、時には叩いたり大声をだして叱り飛ばす事になります。もちろん精神的にも歪んでしまいます。これは犬を育てると良く分かる。--2ヶ月以内にお尻を叩いたりして厳しく叱る。
 親が子供に遠慮して腫れ物のように扱って育てられると、結局その子は不幸な人生を歩む事になる。

>人生の先輩、自分よりも長く生きている人に対する敬う気持ちは<もう若者にはないのでしょうか?
 それは、その子がどのように育てられてきたかにすべて依存するのです。
 人生の先輩とか年上とかではなく、「忠告」や「教え」を感謝を持って受け入れられるか、そうでないかだけなのですよ。その時は本能的に反発しても、それを受け止められるかどうかだけです。


>私自身は、嫁の立場でもあり、姑の立場でもあります。
 私は夫の立場です。
 新婚時は私は「ウキウキと」別居も考えたのですが、妻は「そんなことしたら、将来うまくいく訳がない」と頑強に反対して最初から完全な同居でした。
 嫁いだ翌日に母は妻に「息子の世話とこの家の台所はすべて渡す」と宣言して、頼まれない限り手も出さなくなりました。
 何か言いたい事があったら、必ず私に言ってました。私の所で取捨選択し、場合によったら議論して納得できる物になってはじめて、母からではなく私からの意見として伝えてました。妻から言いたいと木がある--逆もそうでした。
 私と母は本当に良く議論してました。妻が親とそんなに激しく言い合うなんて信じられなかったようですが、とにかく納得するまで、妥協点が見つかるまで議論はしてましたね。それは子供の時からです。親から決して「親だから」という権威だけで叱られた事はありませんでしたから。
 先年、母は亡くなりましたが、妻にとっては本当に尊敬する母のような存在でした。だって物心ついて実母と暮らすより義母と暮らした時間の方が数倍長いのですからね。今で口癖のように「最も尊敬する女性」「あんな女性になりたい」と言ってますし、私を叱る時も「お母さんに変わって」と言われる。(苦笑)

 あなたのお嫁さんとの付き合い方を知りたいのだと思いますが、それはあなたがお嫁さんを愛していとおしいと思われるなら、色々な意見もあるでしょう。そんなとき、直接言うと角が立つこともありますので、息子さんを経由すれば良いでしょう。息子さんをあなたがきちんと育てられていたら、うまくとりなしてくれるのじゃないかと。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
仰る通りですね。
そして素晴らしいお母様に育てられ、良い奥様にも恵まれ
本当に幸せな人生であると思いました。
育った環境、とてもとても大切な事だと思います。

「我以外皆我師」
No5さんからも同じお言葉を頂きました。
決して自分を過信せずに他の皆を師のように思う。
難しいとは思いませんが、どうしても思えない人も多いものです。
沢山の子供たちを見ていますが、家での子育てがよくわかります。

そして現実、人を敬えない子供たちが少なくない事も。

私の嫁とはとても良い関係です。
遠くに住んでいますのでなかなか会えませんが、
礼儀正しい嫁であることがよくわかります。
息子にもよく褒めています。
そして私の夫も理系ですので理詰めもよく理解しています。
夫も義両親に言われた事は私を通しません。
夫で止めて議論してくれているようです。
最近はその議論もほとんどなくなったようです。
心から夫に感謝していますし、義両親にも感謝です。
私も本当の両親のように義両親を愛していますし、
可愛がっていただいています。

次の世代に、私達の思いが伝わる事を
心から祈ります。
感謝します。

お礼日時:2015/09/29 17:19

「我以外皆我師」との言葉を、このサイトで教えていただきました。

年長者も若輩者もそう思っていれば、平和なんですけどねぇ。

>年齢を重ねるということは、それだけ経験を積むということ。
自分の祖父母はもちろん、まわりにいる高齢者の方々は皆、
私たちの何倍も経験を積んできた「人生の師」です。

私が行きつけの店のお手洗いに「子ども叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」との色紙が張ってあります。まさにその通りだなぁと思っています。

「人生の師」はいたるところにおられるのではないでしょうか。目上・目下かかわらず「人は人を敬うべき」なんでしょうね、きっと。私は不出来で、ちょっとしたこと(眠い、腹が減ったなど)で不機嫌になったりしますが(^^)
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
>>「子ども叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」
ん?なんだろう?と一瞬思いましたが、なるほどなるほど。
良い言葉ですね。

若い人もご年配の方も等しくお互いに敬う世界、理想です。
今の腐りかけた世の中では沢山の惑わしがあり、
その流れが常識としてまかり通る世界では子供たちも
道に迷います。

しっかりと正しい道を反れずに育つ子は当然減っていきますね。
誰でも完璧ではありませんから、感情も左右します。
大切な基盤として底に「人を敬う」心を忘れずに持っていれば
良いのかと思います。
感謝します。

お礼日時:2015/09/23 22:41

多分 平行線をたどる問題ですよね。


上か下かは関係なく 人が人と関係を持つ時 まず考えなければならないのは
相手がどんな人生観を持っているかですよね。
敢えて意地悪な言い方をして相手に悟らせようと促すタイプ。
常に同じ目線まで下がってきて同調しながら相手を促すタイプ。
単純に無神経で我関せずなのに我先を押し通すタイプ。
全て自分が正しいと思い込みを強くして確定権を持ちたがるタイプ。
相手を知りつくした上での遣り取りをたくみにこなすタイプ。
自分が出来る事は人にも出来ると信じて疑わないタイプ。
ざっとあげただけでも コレだけの要素を持っている人間の業
生きた人生に於いて共感できる事が多かった人は 師と呼ぶにふさわしいのかもしれない。
目上でも目下でも尊敬できる人はたくさん存在するよ。
区切るからいけないんだと思う。
主様のおっしゃる事は当然だと思うし 年を重ねているだけで
馬鹿にしたり罵ったりするのは 相手を知りもしないのにと憤慨する。
きっと 主様も分かっていると思います。
そういう類のヤカラたちに対してのご発言だと思います。
どんな年配者たちに対しても平等にとは やはり無理があるとは思いますよネ。
だって、年配者は労わる事のできない人間に育てしまった張本人ですもの。
労わられる筈がありませんよ。
赤ちゃんの頃から 自分の親がご両親様を大切にせず邪魔者扱いしたり
ご仏壇に手を合わせる事すらしなかった姿を目の当たりに見て育つんですもの。
それが当たり前で常識となっている人間に
ああしろこうしろと言ってみてもするわけが無い。
お嫁さんが親の面倒も見ずに だんなだけに行かせてさせてる姿を見て育つ子供が
大人になったからって親と違う事をするとは思えませんものね。
教育自体 何処かで捻じ曲がってしまっているんですよ。
嘆かわしいけど、だからこそ せめて自分だけは忘れずにと
子供にはしっかりと植え付けてきた。
期待もしなければ要求もしない。
確定権もないし、立派でもないもの。強要もせず望みもしない。
どんな子達に育ったのか 年を重ねる毎 楽しみにしているのです。
親だけではなく世の中の高齢者たちに対しての考え方 ゆっくりと拝見中です。
自分の教え 悪かったのか良かったのか(正しいではないんですよね、、、)
それを知って 自分の人生 “花まる” と思って終わりたいもの。 
おのずと 我が子らも 受け継ぐ事になるだろうし。
こんな風に終焉を迎えたいよねって思ってくれるように。
そうやって 人を敬う心を養ってゆくんだとも思えます。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
>どんな年配者たちに対しても平等にとは 
やはり無理があるとは思いますよネ。

確かにそうですね。
人は100人いれば、100通りの人生を送っており、
それぞれ、少しづつ違う価値観を持って育っていきますよね。
親にしてもそうですね。
目上の人を敬うようにと教育する親、礼儀もへったくれもない
子育てをする親もいるわけですし。

家庭内だけではなく、子供たちは徐々に団体生活の中で
色々なルールを覚えたり、お友達の中で揉まれて育ちます。
そこで、良い事も悪い事もすべてその狭い社会の中で
価値観が育まれていくのでしょう。

「親の背中を見て子は育つ」と言うように、
どんな良い事も悪い事も子供は見て、吸収するので
無意識にしている親の言動がやがて大人になる
子供の基盤なのだと思います。

だからこそ、両親も、団体生活の中でも、大人たちは
責任ある行動、言動を忘れてはいけないと思いますが、
大人であっても完ぺきではないですから、失敗も
見せてしまうでしょう。

一番私が言いたいのは、良い事と、悪い事の区別、
せめてこの基本だけでも子供たちに植え付けてあげて欲しいと
感じるのです。あくまでも私の願いですが。

>目上でも目下でも尊敬できる人はたくさん存在するよ。
これもその通りだと思います。
尊敬するべき人に上も下もない。
ここで「平等」という言葉が当てはまるのだと思います。

何にしろ、ご高齢の人と、20代の人を平等とは
どうしても思えないのです。
人間としてすべてが平等である中で、
沢山の関わりがありますが、人生の先輩を無下にしては
いけないのです。
尊敬できるような人ではない方だとしても、
口に出して良い事と、悪い事、この区別が年齢に関わらず
必要な事ですね。
度を越した言動や人を傷つける行為は、
ご高齢といえども慎んでいただきたいと感じました。

お礼日時:2015/09/22 22:49

女性、姑年代の者です。



>例えば姑、舅が多少の礼儀知らずや独りよがりだとして

程度の問題だと思います。
年齢性別出身門地にかかわらず、人は基本的に平等です。
礼儀というのは、その平等=人としての尊厳の上に成立しています。

ですから、どんな立場であろうと、どんな人間関係であろうと、
相手の尊厳を傷つけるような言動は許されません。

たんに、年上だから、目上だから、といった理由で尊敬されるわけではありません。
経験に学ばない人もいますし、同じ経験をしても、何を学ぶかはその人の人格によります。

「能力はなくても、人格はなければならない」という言葉があります。
お互いに「人格」を持ち、それを尊重しあうのが礼儀です。

もしも、経験によって「善きこと」だけを学ぶのであれば、
中高年者の犯罪や、傍若無人なふるまいはないはずです。
50代、60代の性犯罪や汚職、詐欺などの破廉恥行為が起きるはずがありません。

「年寄りに対して優しく」、というのは、
体力も精神力も弱ってきた老人に対して、
「長い生、お疲れでしょうから、大目に見てあげましょう」という気分であって、
「人を人とも思わぬような言動までを許容してあげましょう」ということではないと思います。

「年配者だから敬うのが当たり前」とか
「敬う気持ちはもう若者にはないのでしょうか?」

と、年齢でひとまとめにして考える「世代論」というのは、人間や社会についてあまりに単純な解釈方法です。
世代論は「単純なレッテル貼り」で分かり易いので、世代間の対立や、憎悪を煽るためにも利用されます。

どんな世代にもいろいろな考え、性格の人が多様にいます。
「年輩だから」「若いから」、と決めつけると、「独断と偏見」に陥ることになります。

質問への回答としては、

老人だからと言って、人を傷付け、侮辱する言動が許されるわけではないし、
若い人すべてが人への礼儀を失っているわけではありません。

老人で、自己的で実に醜い言動をする人もいるし、
若くても、沈着冷静な思いやりのある人もいます。

「老人だから尊重されるべき、若いから軽視されても我慢すべき」ということは、老人の我儘と言われてもやむをえません。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>>>例えば姑、舅が多少の礼儀知らずや独りよがりだとして

程度の問題だと思います。

といいながらも、tobirisuさんの仰っている事は極端すぎて、
少々返事に困るところです。
確かにここまで極端に例をあげられれば、上記で私が
言っているように「常識知らずの方に対しては
常識の範囲で接する」と思っています。
そのような目上の方にはそれなりの「礼儀」で接する、
と言っているのです。
たとえ、不条理な場合でも言われた方が、
「言われたら言い返す」のような侮辱をすれば、
関係はより悪くなるでしょう。

そして「若い人すべて」と言っている訳でもありません。
勿論、失礼のない応対のできる若い方々を沢山知っています。

そして「若いから軽視されても我慢すべき」と書かれておりますが、
若い人に対して、そのような態度を取れ、とも
一言も言っておりません。
勿論人として尊重するべきですし、目上の人だからと言って
上から目線で物事を言って良い訳でもありません。

申し訳ありませんが、色々な部分で例えが極端になっており、
同意する事はできません。
>>老人だからと言って、人を傷付け、
侮辱する言動が許されるわけではない

その通りだと思います。

お礼日時:2015/09/22 22:21

ご質問は ごもっとも。


確かにネ。人対人なんだから 身勝手な振る舞いをして言いたい事をいい
遣りたい放題の傘下に置かれた子供らは 遣り切れなさを何処へぶつければいいのかと思案し
その結果 年上だろうがなんだろうが悪い人間には 尊敬も何も無く上から目線でモノ申すしかないだろう。と判断する人間がいても不思議ではないでしょう。
でも
根本的に間違ってると思う。
嫌がらせや何かで遣っているのではなく 正真正銘良かれと思ってやってくれているからと言いながらも謝らせるべきだとか上から目線で言い切るなんておかしいですよ。
特に 嫁姑問題に多いけど今の世の中それだけじゃないでしょ。
ずらぁ~っと介護施設やご年配者のもろもろ 見渡してみて。
何処に お嫁さんの立場の人が 足しげく通って親の面倒を見てる姿に遭遇できる?
対外 息子がニッサン通って 垣間見てる。そんな姿の多くなってきた事か。
嫁や娘が手厚く介護なんて 極まれに見かける程度でしょ。
今の世の中を象徴してるよね。上から目線なんて生易しい。
もっと根本的な考え方が間違ってるんだと思いませんか?
女性が家庭を守る。前バッテンの負ぶい紐で子供を背中に括り付けて
姑の意のままに試行錯誤して同居を遣りこなし自分の居場所を自らの手で勝ち取って
いずれ勢力は逆転し お嫁さんなしでは 手も足も出なくなる姑。
受け継いだ思いを子に託して その子供も代々の家系をつないでいく。
今は? 笑っちゃうよね。
娘を持った親が養子でもないのに跡継ぎの息子を嫁さんの実家横に家を建てさせて
世間には 内の息子の実家はマンション暮らしだから同居は無理だから
自分たちで家を立てて暮らしなさいと言われてね。。。だから横の空き地を買って
建てさせたのよ。スマシテいう親の情けなさ。
違うでしょ?
でも まかり通る世の中になっちゃったんだモノ
嫁が息子を生んで育てて 同じ状況に立たされた時 初めて知る後悔を
今叫んでみたって仕方ないと 自分の生活を地に足をつけて守ってく事しか
考えられないですよね。
上から目線云々より 親に対する思いやりや将来の展望も抱けない人間たちに
望む事は何もないのが現実だと思いませんか。
そういう類の人間は
いつかきっと必ず訪れる自分の老いに苦しむ事になるでしょうね。
主様の考え方は間違っては居ないと断言できますよ。
でも
誰が思考を曲げてしまったのでしょうかね。
笑いに結び付けて捻じ曲げてあおるマスコミ
行政もしかり。
でも
一番は そういう子供に育てた親に責任があると思います。
相手を許して 自分も変わる
妥協する箇所を探し出せない幼稚な人間ばかりになってしまったような気がします。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
>>上から目線云々より 親に対する思いやりや将来の展望も抱けない人間たちに望む事は何もないのが現実だと思いませんか。

確かにそうですね。
自立できるまでご両親に育ててもらって、でも年老いた親の介護は嫌、
と言う子供の多さと来たら、本当に親としては悲しくてたまりません。

私達は何のためにこの子たちを、自分の命までも削りながら
育ててきたのだろう?
そして自分達もきっと子供を育て上げた後、
そのように思うのでしょう。
何故、このような世の中になってしまったのでしょう。
代々続くこのループ、確かに育てた親の責任でもありますね。

「相手を許して、自分も変わる。」素晴らしいですね。
これこそがこの悪のループを止めるカギだと思います。
一番親として子供に教えるべき事が、これなのだと思いました。

感謝します。

お礼日時:2015/09/21 13:36

嫁姑、若い頃私も苦労しました。


母に会えば嫁の悪口です。義姉に会えば母の悪口です。次男の私にしか言えない悩みだったと思いますが、相当苦労したのだろうと思います。
 姑さんは何十年も家庭を支えてきました。その結果、ある程度の財産を残して、貴方のご主人のような立派な人物を育てています。何よりもそのことに感謝する心を忘れてはいけません。夫の少ない給料でやりくりすることも、夫婦げんかも、浮気、離婚の危機なども乗り切っているのです。それを思うと今の嫁なんて楽な物だと思います。
 時代は確かに違います。姑の時代はテレビ以外の情報はありませんが今はネットがあります。離婚も簡単にできてバカな女性がシングルマザーカッコイイなんて憧れています。テレビでは離婚を笑いものにします。昔は離婚は最大の悲劇でした。
 でも今でも若い奥様にとって困ったことはいくらでもあるはずです。そんな時にはまず、姑さんに相談する。知っていることを言われても「そうですね。すごいですね。」とか言って姑と立てる。そんなことを気遣うと良いと思います。
 私はいた山の小学校で相撲大会がありました。おばあちゃん達のグループはぜんざいを作ります。お母さん達のグループは別の仕事をします。そこではおばあちゃん達は嫁の悪口の交流会です。お母さん達は旦那と姑の悪口の交流会でした。
 是非姑さんは老人のグループに入れて貴方は若いお母さん達のグループには行って何でも自由に話せるようになると良いと思います。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
私は老人のグループも、若いお母さんのグループにも
入らせていただいています。
立場的には老人に近いかもしれませんが、でもまだ嫁でもあり、
幸いな事に、私のお付き合いさせていただいている知人たちは
一人も悪口を言う方はいません。

なので、メディアが取り上げる嫁姑問題、夫婦問題など
悪口大会をテレビで煽っているように見える事が
とても残念に思います。
確かに私自身、元姑がとてもきつくて、いつも私を
「馬鹿」扱いされてきましたが、言われてもさほど
気にしませんでした。
若くして「本家」などと言う格式張った家に
嫁いでしまったのですから、言われてもその通り、
仕方がないな、と思っていました。
ましてや、義父母をバカにしたり、自分と同等などと
思えるはずもありません。
何もかも、教わる立場の嫁でしたから。

それでも離婚したのは、身体が知らず知らず負担をかけられ、
病気になっても、元夫は一緒になって親に何も言えない人
だったからです。
妻を守れない夫とはさすがにやっていけません。
今のお嫁さん方は、姑を立てるやり方を知らないのですね。

勿論きちんとしたお嫁さんもいらっしゃるでしょう。
ただ、ここに愚痴を言う方は上手に立ち回れないのです。
何か困ったら姑に相談すれば、どんなに気持ちよく
教えてくださるか。
お友達ではなくて、お義母様に相談すれば関係も良くなる
かもしれないと、思いました。
感謝します。

お礼日時:2015/09/21 13:54

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!