プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

独学でアート作品を作っているわけですけども、あまりにも『独自性』が強いのか、Twitterにのせても、なかなか反応を得ることができなくて、毎日毎晩凹んでまして、夜になったら酒ばかり飲んでます。私の作品を理解して下さいなどと言えることではありませんが、全く理解されないというのも、なんともやりきれません。何か打開策がありましたらご教示願いたいと思いまして、投稿させていただきました。ちなみに私の作品は、アウトサイダーアートというジャンルに属するものだと考えております。よろしくお願いします。

質問者からの補足コメント

  • 作品のインパクトは誰にも負けないと思います。ピカソにもブラックにもゴッホにも岡本太郎にも、奈良、村上にも絶対に負けません。

      補足日時:2016/01/25 21:26
  • これが俺の渾身の作品です。

    「独学でアート作品を作っているわけですけど」の補足画像2
      補足日時:2016/01/25 23:23
  • 「独学でアート作品を作っているわけですけど」の補足画像3
      補足日時:2016/01/25 23:24
  • 私は『自傷』の癖があったのですが、自分の内面の痛ましい気分を作品にすることで、自傷することはなくなりました。きっと、誰かに見てもらうようなものではないので、作品とは言えないかもしれませんが、生々しさこそが表現作品の力だと確信しているので、あえて『作品』と言わせてもらいました。表現方法に絶望していた時に、自分のトラウマこそが揺るがざる最大のモチーフであると気づいたのです。

      補足日時:2016/01/25 23:49
  • ご回答をくれたみなさまへ。このあいだ、のせていただいた2作品は立体でした。今回の作品は平面です。全て思いのままに描きました。ご意見いただけましたら幸いです。なお、撮影環境が今だ不完全であることをご容赦願います。よろしくお願いします。

    「独学でアート作品を作っているわけですけど」の補足画像5
      補足日時:2016/01/27 18:59
  • 「独学でアート作品を作っているわけですけど」の補足画像6
      補足日時:2016/01/27 19:00
  • 「独学でアート作品を作っているわけですけど」の補足画像7
      補足日時:2016/01/27 19:01
  • 「独学でアート作品を作っているわけですけど」の補足画像8
      補足日時:2016/01/27 19:02
  • 「独学でアート作品を作っているわけですけど」の補足画像9
      補足日時:2016/01/27 19:02
  • 「独学でアート作品を作っているわけですけど」の補足画像10
      補足日時:2016/01/27 19:03

A 回答 (10件)

素人です、素人意見として聞いてください。



 Pinterestやインスタでアーティストの作品を拝見させていただくことがありますが、どの方もやはり「見せ方」が上手です。インターネットで公開するならば、三次元の作品を写真と言う二次元で切り取らねばならない「変換」があります。あなたの売りが「インパクト」であるならば、それを最大限見せれるような変換が求められるように思います。

 私が最初二枚の写真を見た印象は、一枚目はギスギスした油彩の抽象画、二枚目はチープに作られた肋骨のように見えました。あなたの求める印象と、かみ合っているでしょうか。――違うと思います。私の審美眼がおかしいのでしょうか、それともあなたの作品がそう見せているのでしょうか、写真という変換によってそう感じさせるのでしょうか、算数のようにひとつの解がないのが難しいところですが、私と言う個人から見たら二枚はどう見えるのか、を以下に示します。

 写真は弱い蛍光灯の下で撮っていますよね。一枚目は遠目では油彩画に見えますが、よく見ると落ちる影が弱いせいで全体がプラスチックのような軽い印象を感じます。加えて多く使われているの赤や紫には光沢が強く、それがそれ単体ではポップアートのようで作品全体をまたひとつ軽くしているようです。そこに質量を持った包帯のような汚れて霞んだ白、質感もわからない紺の塊、全体の形状もわからないまとまりのない集積。そう見えます。
 二枚目も同じ状況下で写真が撮られていると思います。インパクトに重きを置きながら写真からは大きさも伝わってきませんし、向かってくるオブジェクトもないので写真としての迫力もいまいちです。例えば‘この写真’に『優等生の憂鬱』なんてタイトルをつけるならばわかりやすいモノになると思います。長方形の紋切りの土台(外見)、その内部にギスギスした感情(内面)、取り囲むのは真っ白な布(優等生から見た周囲)、作品の下の二隅が切れているのは逃げ出せない暗示?なんて深読みもできますね。下の隅を切らないで、距離をとって孤独を感じさせるように意識させたり、ほかの表現も思いつきます。評論文のようにわかりやすい作品になりますがそれが「優等生」との近似にもなりますね。
 インパクトを重視したいならもっと接写で撮ってみたり、白熱灯の強い光で濃い影を落としたり、土台を考えてみたり、色々考えられると思います。最終地点をツイッターで発表と置くならば、最終地点は立体作品ではなく平面作品です。写真をイメージして立体を作ることも大切だと思いますよ。

 作品である以上、観察者の存在をないがしろにしてはなりません。100mを5秒で走っている気持ちで誰よりも早い気持ちでも、煮えたぎる情熱で作品を手がけても、評価は周りから見た印象によって決められます。観察者にもみ手で近寄り頭を垂れろという意味ではありません。強い情動を抑えろとかやりたいことをするなと言う意味ではありません。もっと根本的な話で他者を意識することが必要だと思います。
 私がこう文章を書いてあなたに伝えようとしていることは私の頭のイメージと文章構成力、あなたの理解力やコンディションという多くの摩擦や変換があってようやくあなたに伝わります。音楽や映画、多くの娯楽やコミュニケーション、芸術もまた多くそれを持ちます。それをときに払いのけ、利用し、ねじ伏せて多くは作られますね。
 美術芸術に関して知識や理解を深めるとよいと思います。この作品、私は結構好きです。発想も面白いですし、自分と向き合った長さがよくわかる、孤独とそれを傍観する安心があるようにも感じます。ただ、たぶんあなたの込めた思いの数%しか私には伝わってないでしょうし、余計な要素が多いように思います。それは明らかに最低限の知識のなさが原因です。
 独自性とは学びを放棄することではありませんし、学ぶことで独自性が失われることもありません。独自性とはルールの中でのみ発揮されるものです。現状を見るに、学ぶことが大事だと思いますよ。

 作品を作って、誰に見せたいのでしょう。同じような行為を繰り返す人に伝えたいのでしょうか、ただ不特定多数への自己顕示でしょうか。何を見せたいのでしょう。切り離された自分自身を傷つけるマゾヒスティックな自傷行為でしょうか、それとも自分と違う他者を傷つける他傷行為でしょうか。同じテーマで作るなら掘り下げてもいいかもしれません。自分と観察者、自分とイメージとしての作品、自分とオブジェとしての作品、自分と自分自身。向き合うのが得意ならばその距離や意味合いを考えてみるのもよいと思います。

 散らかった文章になりましたが以上です。今後の制作、がんばってください。
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この回答へのお礼

熟読させていただきました。長いこと力任せにやってきたことが恥ずかしくなりました。今まで絶対に聞く耳を持たずに、勢いだけできたことが、最大の難点だったと反省しております。
私の描く原動力は、いついかなる時も、自他への攻撃性しかありませんでした。それは自傷であり他傷であり、報復と言ってもいいかもしれません。こういった文章を書く際にも、いささか好戦的な自分を自覚しております。悪い癖です。この点は今後も変わることはないと思いますが、やはり『見せ方』『見てくれる人への届け方』を、もう少し考えてみたいと思います。
『私と見てくれる方のコンディションとの摩擦があって伝わる』とのご指摘には、目からウロコが落ちる思いで非常に感動いたしました。あせりは禁物ですね。
今の自分に必要だと思われる考え方などを、貪欲に吸収していきたいと思いました。そのことによって独自性が損なわれることはないことも理解できました。

ご相談にのっていただき大変感謝しております。へこたれずに頑張っていきます。貴重なご意見、本当にありがとうございました。

お礼日時:2016/01/27 17:13

滅茶苦茶な作品だから自分でアイトサイダーアートを自称してしまうのって、ちょっと免罪符のように聞こえてしまいますね。


『絵が下手糞だから抽象画をやってます』、みたいな。
実際のアウトサイダーアートって執拗な狂気の集中力が無いと描けないような真似できない絵ばかりですが、キャンバスにメディウムとか使って芸術っぽく色をグチャグチャに盛ればそれっぽく描けそうじゃんって感じてしまいます。

アウトサイダーアートって、評価されたいという下心があったらアウトサイダーアートじゃ無いと思います。
評価されたいのは正常な精神である証拠ですから。
ヘンリー・ダーガーも、作品を誰にも見せずに死後発見されてますよね?
それが本当に自分が生きる為だけの作品だったということですよね。
他人に評価されたいのだったら他人がどう思うか、どんな作品が好まれるのか研究勉強するのが必要になると思いますし、他人なんてどうでも良くて、自分の衝動が最優先なんだったら他人の評価を求めるのは矛盾してるかなと。

ジャクソンポロックをちょっと立体化した感じの作品は今時ありがちなので、特に独創性は感じません。
ジャクソンポロックは線の輪郭をすごく気にして制御している感じがありますけど、写真からはあまりこだわりを感じとれませんでした。
『思いつくままに適当ににやったら、偶然こうなったけど気に入ってます』的な。
偶然に頼ってたら他人にも出来るジャンってなるので、簡単には真似できないような差別化が出来ないと、インパクトは無いと思いますよ。
自傷やトラウマを表現する為に黒と赤を多様するというのもありがちだと思いますし、もっと他とは違う感が無いと特に気に留められないと思います。
絵を立体にするんだったら、何故彫塑にしなかったのか、キャンバスにする意味があるのかとか、特に見えてこないので、要するに何となく芸術っぽいだけの段階から抜けれてない印象を受けます。

何が言いたいのかというと、色々な葛藤を乗り越えた先にまた新しい作品が待ってると思うので、大いに生む苦しみを楽しんで下さいという事です。
存命中に評価される絵描きというのは、需要に応えられるサービス精神がある絵描きだけです。
他人の為に頑張る画家はその為に頑張ってるので褒められて当然ですが、自分本位の画家は褒められなくて当たり前です。
鑑賞者が喜ぶサービスや努力なんてしねぇよ!俺の良さが分かるやつだけ来い!っていう姿勢だったら、存命中の評価は諦めた方が幸せだと思います。
死んでも評価されるだけまだ幸運なんですけどね。死んでも評価されない人が殆どなので。
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この回答へのお礼

貴重なご意見感謝いたします。ありがとうございます。葛藤を乗り越えて行きたいと思います。

お礼日時:2016/01/27 01:54

作品画像の添付をお願いした回答者No.4です。


ありがとうございました。

感想はまず、好きです。
色をまき散らした感じはジャクスン・ポロックを3D化した印象、痛みを感じさせる点はフリーダ・カーロを思い起こさせます。
作品のサイズがわかりませんが、これが数メートルあるものなら大竹伸朗のような迫力も得られることでしょう。
(以上のように過去の作家を思い出させるのは、弱点にもなり得ますが)
おっしゃるとおり、従来の美術の枠からはみ出すアウトサイダーというかアールブリュット的な部分も見受けられます。
タイトルがありませんが、ストレートに『自傷』あるいは逆に『他傷』『浄化』というような名前があれば、大きく共感を得られるものになるかもしれません。

あとは売り込み方次第だと思います。
Twitterだけではあまり広がりが期待できないので、Facebookなど他のSNSにも作品を載せたり、ブログなりホームページなりを作ったり、フリーマーケットで陳列してみたり、画廊を借りて個展を開いたり、それこそ公募展に応募したり…、いろいろ方法はあります。
自信を持って多方面に売り込んでみてください。
少なくとも私は好きです。
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この回答へのお礼

大変励みになるお言葉、本当に感謝いたします。私も随分と調子がいいやつだなと、自分自身に呆れてしまいますが、『好き』と言われれば、やはり嬉しいものですね。今日この書き込みをいただいてから、半日よい気分で過ごすことが出来ました。
貴方様にいただいた励みは、間違いなく、今後の創作活動の自信になると思います。
さまざまな角度で、作品発表の場所、機会を探ってみたいと思います。本当にありがとうございました。がんばります!このまま自分のペースで歩んでいこうと思います。

お礼日時:2016/01/26 18:01

私の従兄弟は芸術家で その筋では大変有名らしいのです


でも 作品を見たら 凡人の私にはちんぷんかんぷんです。
日本の美術館で彫刻を作ってくれと依頼されたり
芸大で客員教授したり もう数十年フランスにいて
日本とフランスとイギリスを行ったり来たりしてます。
TVなどに出たこともありますが どれだけその筋で有名でも
私には??^^

また 私の彼もアートが好きで 習い資格も取り
やろうと思えば生徒さんを取ることも可能です。
でも 私個人から見れば 好きなものもあれば すきではないものもあります。

アートは 万人が受けるものでもないし かといって
誰も認めないもの悲しいですよね・・・

いとこが昔インタビューで言っていたことを うっすらとした記憶ですが

最初のころは 自分が作りたいもの 自分がいいと思うものを
手当たり次第に作って満足していた
それは 子供の落書きと同じ
作品というからには お金を出してでも欲しいといわれるものにすること
そうなると客観性と 技術 計算 見せるテクニックが必要となる。
最初はそのジレンマに悩むこともあるが そのジレンマが自分を成長させる。
(いろんな角度で いろんな高さで見ることや 見る時間帯で太陽光のあかりで
イメージが変わること 写真にするときの光や影など全て計算して作ることになる。
というような意味だったはずです)
確かそんなことを言っていました。

貴方も ネット上とはいえただ写真を撮るのではなく
もっと写し方などを考えると 違った見え方でたくさんの意見をもらうことも
可能なのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

勉強になります。見せ方は大事だなと最近考えるようになりましま。見せ方を考えすぎて、独自のスタイルが崩れてしまうのではないかというジレンマは、確かにありました。わざとらしさが大嫌いだからです。見てくださいと頭を下げることも、出来るなら少しにしたいです。商品ではありませんから、サービスはいらないと考えてます。また、私の作ったものは、『作った』と言うよりも、『吐き出した』『心の吐瀉物』、または、『曝露療法』に近いものなので、どうしても『作品』と言いずらいのです。誰も他人の吐瀉物など見たいと思うはずはないのですから、『作品』などと言ったら叩かれるのはよくわかっているのですが、でも、どうしても見てもらいという欲求は抗い難く、相当に強いものがあります。私のように、トラウマによって今も自傷してるいる人達がたくさんいると思います。私が、こういったモノを作る以前に、自傷ばかりしていた頃の、私に似たよう人達に、何かを感じてもらえたらすごく嬉しいと思います。肌を傷つけるのではなく、真白いキャバスを傷つけることです。いささか言葉が乱暴になり恐縮です。しかしこれが、私の現在の、まごうことなき心境であります。
画像を効果的にみせることも、実験してみたいと思います。いろんな角度から考えてみたいと思います。
貴重なご意見、誠に感謝いたします。
ご不快に思われたら申し訳ございません。
長文失礼しました。

お礼日時:2016/01/26 17:55

最近では下手や独りよがりを「独自性」やら「アート」とか言うのか。


それは、バカが髪を染めたり爪に絵をかいて「個性」と言い張るのとどう違うのだろうか。


>負けないというより、比べるものはないですね。

泥沼に沈んでいる状態をオンリーワンと称しているだけ。
まともな者は、そもそもそんなところに嵌らない。


>作品のインパクトは誰にも負けないと思います。ピカソにもブラックにもゴッホにも岡本太郎にも、奈良、村上にも絶対に負けません。
「独学でアート作品を作っているわけですけど」の回答画像6
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
あたなにとってアートとはなんでしょうか?あなたのご意見としてです。バカとは私のことを指してるのでしょうか?バカで全く構いません。バカが髪を染めて、爪に絵を描くことを『個性』とは、あなたが思ってることでしょう。私の作品は独自ですが、そういった髪を染めるとか、爪に絵を書くというような、一般的な流行の個性とは明らかに違います。私の作品は私の『痛み』です。私だけのものです。が、もしこの私の『痛み』に共感してくれたる人が少しでもいてくれたら、作品を見てもらいたいと思いました。励みなるんです。
泥沼でオンリーワンいいと思いますが?まともな者?私は自傷していました。まともじゃないかもしれませんが、まともじゃないから私は私の作品が作れたのです。ご理解が遠いのは仕方ないと思ってます。アートは社会通念を突き抜ける自由を持っております。整備された花壇であろうと、悪臭漂う汚水の泥沼であろうと咲くものなのです。身の程を知らない訳ではありません。身の程を知りすぎたがゆえに、図らずも自分で築いてしまった牢獄を突破するべきだと考えるのです。大変貴重なご意見感謝いたします。ありがとうございます。

お礼日時:2016/01/26 10:31

独学で作ってネットに投稿。


それだけでは単なる趣味で、趣味なら反応なんか気にする必要はない。
誰かに評価されたいと思うなら公募展なり個展なりきちんとリアルに発信することではないか?
イラストならともかくこうした作品はネットで見るのと実際に見るのとでは大違い。
見せ方というのも作品のうちだから、それを間違ってるのだろうね。
あなたの言うインパクトというものが、私にはまるで伝わってこない。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。この画像の写真では作品のインパクトをお伝えすることはできません。色も形も雰囲気も伝わりずらいです。
リアルに見てもらう場所を探すことがやはり大事だと考えております。

趣味で終わらせたくないですし、私にとって作品作りは、生きる意味そのものなので、今後もいろいろと探しながら、がんばっていきたいと思います。ご意見感謝いたします。

お礼日時:2016/01/26 10:38

美術作品に興味があり、以前は都内のギャラリー巡りもしていた者ですが、おっしゃるほどのものなら是非鑑賞してみたいと思います。


今回の質問で作品の画像を添付することなどはできなかったのでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。画像貼りました。是非ご観賞下さい。

お礼日時:2016/01/25 23:37

アートについては門外漢ですが。



ネットって、広いようで狭い世界です。
Twitterに載せたところで、見てくれるのは、あなたのフォロワーさんだけ。
フォロワーが何千何万といる有名人がRTした、とかでもなければ、ほとんどの人はあなたの存在すら知らない状態です。

ネットに投稿すれば、何もしないで広がってく、なんて思わないことです。


そういう意味では、テレビ雑誌等の方がまだまだ影響力があります。


反応が欲しいなら、アート好きやアーティストが集まる場所へいくべきではないでしょうか?
ネットにしろリアルにしろ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。ネットで作品を発信するのは弱いですね。薄々感じておりました。

お礼日時:2016/01/25 23:36

このネット時代で多くの人の目に触れる機会があって評価されないということは、難しいでしょう。

ただ、やり続ける事は大切かとは思いますがね。

ただ、作品のインパクトは誰にも負けないと思います。ピカソにもブラックにもゴッホにも岡本太郎にも、奈良、村上にも絶対に負けません。
という心持ちはいかがなものかと。
そういうエゴというかなんというか、評価されたいのであれば
捨てなければならない気持ちかもしれませんよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。エゴですね。負けないというより、比べるものはないですね。

お礼日時:2016/01/25 23:34

ゴッホは、本人が死んだ後に注目されましたね。


前衛的すぎて、世間の認知が遅れてるのでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。死んでからはさみしいな。

お礼日時:2016/01/25 23:33

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