日本の最大の謎の一つだと思うんですが、天皇がなぜこんなにありがたがられるんですかね? 日本史においても、足利義光とか信長とか、天下を取った武将でも、皇室を廃することはしなかったわけですよね?将軍の周りにいた血気盛んであっただろう武将たちもそんなことはしなかったし考えなかった。

それで天皇が武士たちと違う特別なルーツを持つかというと、中大兄皇子が蘇我氏を倒した、後の時代の武将たちの権力闘争となんら変わらない、武力闘争が天皇の発端ですよね?そんな一族をなぜ武士たちが倒そうと考えなかったのか…
天皇の正統性ってどう説明付けられるんですか?

質問者からの補足コメント

  • >「天皇」は当時の外国との関係によって発生した

    それはどういうことでしょうか?

    中大兄皇子が蘇我氏を倒して天智天皇になったわけですよね?武士の武力闘争と変わらないじゃないですか?

    No.4の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/03/10 17:07
  • 中国には秦の時代は秦の皇帝、漢の時代は漢の皇帝がいて、それぞれその時代には正当性があったんじゃないでしょうか?それ以外に権威を担当する王なんていませんよね?王朝代わりになれば皇帝の系譜も変わったわけじゃないですか?

    私は歴史の素養が薄っぺらなので詳しく論ずることはできませんが、世界ではむしろそういう方が普通なんじゃないでしょうか?

    ヨーロッパの国々でも、この時代は○○朝、この時代は○○朝、とくるくる変わってますよね?

    日本ではなぜそのように、トップをすっきり変えよう、という力が働かなかったのでしょうか?

    世界的に見れば、天皇など、そのようにいつ他の王朝に取って代わられてもおかしくない程の存在だったんじゃないでしょうか?

    No.6の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/03/11 03:31
  • 中大兄皇子は38代目なんですか!?では神話といったあいまいなものでなく、はっきり史実が残っている最古の天皇はいつの時代の誰なんでしょうか?

    No.8の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/03/11 03:33
  • 高尚な歴史分析とはまた別に、小中学生でも疑問に感じるような観点からですが、そもそも天皇家の人たちってそんなにエライのか?ということです。

    質問に書いたように大化の改新も単なる武力闘争ですし、後醍醐天皇なんかも結構人間のクズですよね?足利尊氏など武士をさんざん利用して政権奪取しておきながら、尊氏らに何も見返りを与えず、後に逆に尊氏らを討とうとしています。尊氏がなぜ後醍醐天皇を殺さなかったのか不思議です。

    それ以外でも、現代でこそ天皇家を巡る争いって聞かれませんが、平安時代とか次の天皇の地位を巡る権謀術数の繰り返しですよね?

    天皇家の人たちは先祖代々聖人のような人ばかりだった…というのであればそりゃあがめないわけにはいかないかもしれませんが、そんな歴史上十分ドロドロしてきた家系の人たちを、日本人全員が尊敬すべしってところに、何ら説得力も合理性もないんじゃないですか?

      補足日時:2016/03/12 02:23
  • ん?よく意味が分からないんですが、個人主義だったら、ある時代に質の悪い天皇がいたとしても、他で優れた天皇がいれば、その優れた個人に注目して天皇は偉い!って言えちゃうじゃないですか?

    素晴らしい天皇もおそらく何人もいたでしょう。でも逆におかしな人もたくさんいたとなれば、天皇家をトータルで尊敬するのがおかしくなりませんか?天皇って固有名詞じゃないですよね?歴史ある一つの家系が皇族であり、その一人一人が天皇なわけですから。

    天皇が象徴だから天皇を肯定するのか?ってなるとそこも疑問ですけどね。歴史物語が好きで、王様とか皇族とかそういうものにまつわるお上品な雰囲気が好きな、ロマンティシズムを感じてる人もいるだろうし、昭和天皇や今上天皇がすごく上品で落ち着いていておだやか、話しぶりにも日本人への愛が感じられる…ということで天皇いいじゃん!と思ってる人も多いんじゃないでしょうか?

    No.13の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/03/12 15:42
  • 良いことも悪いことも経験したって、普通ですよね?学生時代に札付きの不良だったけど、今は立派な教師として活躍してるとか、子供のころは手の付けられない悪ガキだったけど今は会社の幹部でバリバリの営業課長だ、とか、そんな人世の中にいっぱいいますよね?

    要するに天皇の人間レベルもそういう一般人と何ら変わりない、天皇の人間レベルは一般人と同等ってことじゃないですか?そこに日本人全員がその人を敬わないといけない、って要素は無いと思うんですけど…

    この家の人たちは尊いですよ~~、

    と、国ぐるみで印象操作してるだけではないでしょうか?

    No.14の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/03/13 10:46
  • 私はただ書かれていることに反応してるだけですよ。おまけであってもおまけの内容の脈絡がおかしかったら、そこを指摘したっておかしくないですよね?あるいはそのセンテンスが全く重要でないと考えるらなら、最初から書かなきゃいいわけですから。

    No.16の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/03/13 15:38
  • 私は「偉い」というのは、「人格のレベルが高い」ということだと考えています。

    今のところ私にとって、ある人が偉いかどうかを判断する基準はそれ以外にありません。

    政治家や社長など社会的地位が高い人だって、人格的に低レベル、軽蔑に値する人だっているだろうし、社会的地位の高い人の家族だろうと、その人個人の人格を見ればいいだけの話だと思います。そもそも私は人の社会的地位に興味がありません。逆に、小学生くらいだとまだその人のキャラクターがハッキリしないかもしれませんが、中学生や高校生でも人格のレベルが非常に高い、尊敬に値する人はいると思います。

    その意味で、おそらく天皇家の大半の人たちは、「偉い」でも「偉くない」でもない、「普通」だろうと私は想像しています。財産も豊富だろうし、豊富な教養も身に着けておられると思うので、そういったものから醸し出される、穏やか、上品な雰囲気はあると思いますけどね。

    No.17の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/03/13 16:52

A 回答 (49件中1~10件)

#48です。

お礼ありがとうございます。

>私の中でポイントは(中略)
①ヨーロッパ・中国の歴史に見られるように、異民族が攻めてくると最高権威が覆ることがある
②日本のように単一民族だと、最高権威は覆らない
この命題はなぜ成り立つのか?ということだったんですが…

必ずしも成り立たないですね。これが成り立ったのは日本だけですから、むしろ「例外」といえるでしょう。

>空気の読めない覇王みたいなのが現れて、天皇家を滅ぼし、あるいは廃位させて、数10年かそこら最高権力を握って、天皇の残党を味方につけた他勢力に逆に滅ぼされてしまったとしても、それはそれでそういう歴史として残るだけだと思うんですよね。(そういう覇王に近かったのが信長なんでしょうが…)

 あんまりそういう考え方をしなかったので、仕事中ちょっと思いをはせてみたのですが(笑)、信長よりもむしろ後醍醐天皇のほうがそれに近くないですか。
 後醍醐天皇や南朝って、江戸時代までは基本的に忘れられていて逆賊の扱いで、水戸学で「南朝が正統」とやったものだから公家も幕府も大激怒、でもそれがけっきょく攘夷につながって、明治天皇が「過去のいさかいを水に流そう」と南朝も一応皇統と認めるようになった、と記憶しています。
 今の私たちは南北朝を教科書で学びますが、明治以前はそれこそ、歴史にすら忘れられた存在だったのが後醍醐天皇だったわけで、日本の史実にもそういうのはちょっとだけある、ということでしょう。

で、質問者様の①,②を考えたときに、考慮すべきなのは「統治の経済性」だと思い至りました。経済性というかリスクとコストですね。
どのような強大な覇王でも、占領した土地を軍事力だけで押さえつけるのは相当にコストがかかりますし、リスクも高いです。自分が生きているうちはいいですが、2代目の時代になって3代目までいけるかどうかは分かりません。豊臣秀吉なんてまさにそうですよね。

ですので、最高権力者というか覇者というのは、常に「統治にかかるリスクとコストを最小限にする」ということを考えます。GHQが天皇制を残したのは、まさにコストとリスクで、コストのほうは天皇に「マッカーサーの言うことを聞くように」と言ってもらえば統治代が安くなりますし、天皇を残して国体を安定させることで当時大問題だった赤化(共産化)も防げたからです。天皇制を廃しした場合、コストもリスクも跳ね上がる、と考えたのでしょう。その上で、天皇とあったマッカーサーは陛下の人柄にも触れて「絶対の安定感」を得たのでしょう。
 私は昭和天皇を敬愛していますが(なにせアメリカにいたときの恩人ですから)、政治的な尺度で見れば天皇であっても歯車に過ぎないと思っています。
 
 有名なマッカーサーと昭和天皇の写真は「いま、この日本の統治者はマッカーサーである」ということを日本人に強烈に印象付け、いわば将軍の勅許と同じ役割を果たしたと言えます。
 ですから、日本の歴史においてこれほど異民族の侵入をゆるしたことはないのですが、たまたま民主主義の新興国アメリカであったことが幸いでした(ソ連だったら大変でした)。500年後日本がまだあるなら、これも「神風」だったと言われるような気がします。

ですので、日本であっても①がおきないとは限らない、②が成り立つ、とは考えないほうがいいでしょう。ただ、単に白村江の戦いで負けた倭国が唐の脅威を感じて統一国家になり、その後の元寇や西洋の進出を拒めただけ、であると考えたほうがいいと思います。
でも、これらを拒めるだけの国家制度や軍事制度が成り立っていたのも見過ごせない事実ではあります。

他国の統治のコストというの参考にした場合、たとえば中国なんかはとても面白いと思います。中国と言うは、漢民族の住む平原に異民族がなんども征服王朝を立てているからです。
 面白いのは、征服王朝のほうが自分たちの文化を捨てて漢民族化することです。漢民族の文化は統治にも便利であり、自分たちのやり方をするよりも、服従を誓った漢民族の官僚組織を使うほうが効率よく統治ができたことでしょう。役人というのは、自分の命が保障されて権力が温存されるなら、自分のボスが誰でもいいものだからです。ですから、モンゴル人も女真族も結局漢字を使う漢人化していくことなったわけです。こういうのって、世界的にけっこうあって、クレオパトラあたりのエジプト王なんてギリシャ人なので日常はギリシャ風なのに、民衆の前に出るときはファラオの格好だったらしいです。それのほうが民衆が尊敬してやりかすかったのでしょう。

>そして日本の武士は古代の豪族や天皇家の縁戚の流れを汲んでいるから、古代の約束に縛られてしまうってことなんですか?それが海外の歴史との違いの説明になるんですかね?

もちろん縁戚関係があるから、というだけではありません。日本は結局、天皇家のもっている権威を使うことが何よりも統治のコストが安かったということだと思います。織田信長だけは「それではこの国の発展は無い」と考えたのかもしれませんし、大陸に進出して皇帝になるには天皇が邪魔だったのかもしれません。そういう発想なら、たしかに統治のコストよりも天皇制の権威が邪魔になるでしょう。

でも、#48にも書いたように、日本人は「長い歴史」に安心感を見出す民族であることはまちがいありません。私の友人に500年以上続く神主の家系の人がいるのですが、この間まで祖父の代で、他界したので自分が継ぐために仕事をやめて帰らなければならない、と言っていました。お父上は「神主は嫌だ!」とドロップアウトしたそうで、お父上が結婚する際は氏子の集まりで「結婚を許すが、子供は必ず神主を継ぐように」と言われたらしく、友人はだいぶ抵抗したようですが、結局神主になりました。

伝統、という言葉で言っていいかどうか分からないのですが、こういうのは地方の庄屋とかお寺とか商家にはいまだに残っており、その最大のものが天皇であるともいえるでしょう。日本の「先祖代々の○○」が守られているのは、こういう民族性も関わっているのだと思います。
ですので、私は①②とも「たまたま、日本はそうならなかった」だけだと考えています。島国であったことがやはり大きな障害物であったことが原因だと思いますが、物好きで強大な異民族がガラガラポンしていれば、今の日本とは相当に様子が異なっていたことでしょう。

>天皇家の人たちだって望んでやってるわけではないかもしれない、この視点は無くすべではないんじゃないでしょうか?
他者さんへのお礼ですが、ちょっとだけ

質問者様は「ノブレス・オブリージュ」と言う言葉をご存知だおもいます。天皇家はまさにこれだと感じます。
もともとどこの国でも貴族というのは「兵学とその他の学問を伝えるために特に集中して富を集めることを許可された家系」という性格があります。騎馬だって、そもそも馬を何頭も飼って乗馬訓練するだけで大変ですし、歩兵の運用とか戦略、国際法などの勉強をするにも、時間やお金がかかります。多くの農民が労働している間に、貴族の師弟は学問や兵法を学んで国の安全と次の世代への継続を図ったわけです。

この考え方からすると「オレは学問が嫌いだし、戦争も嫌いだからやめる」ということはできません。特権と義務は引き換えだったからです。

この考え方を壊したのが啓蒙主義であるわけですが、啓蒙主義が民主主義と深く結びついているのは、特権階級を廃止したゆえに、国というか社会を「自分たち」で守らなければ成らなくなったから、でもあります。エリートを血筋で育てることが出来ない社会というのは「統治のコスト」と言う点において、実は結構高くつく社会であるのかもしれません。

この点において、天皇家は実によく自らの立場と役割を果たしておられる、と思います。雅子妃が精神的にまいってしまったのも当たり前であるといえるでしょう。ですので、これらのことを望んでやっているわけではなく、その家に生まれたから仕方なくやっている、というのは十分にありえることだと思います。しかし、だからこそ私は陛下以下皇族は尊敬に値する、のではないでしょうか。

でも、日本のように、また日本ほどではなくても歴史がある国はどこでもそんなものだと思います。それが統治のコストを安くさせているのであれば、誰かが負担しないといけません。そしてその代わりに尊敬は受けるべきだと思います。

日本の場合は、天皇家だけでなくて、歌舞伎界とか相撲界とか宗教の世界もそうですし、華道・茶道などの世界にも「家制度」があります。それだけでなく、地方の大農家などは跡取りがいないと大変でしょう。
 でもこういう人々がいて、代々社会の土台を安定させてくれているから、日本は平和で安全であると言えると思いますし、そういう感覚が天皇制の維持にも役にたっていると私は考えます。

なんか天皇制というより「日本の社会風土」に話が飛びましたが、結局そういう統治のレベルまで行くと、やはり日本の天皇制は特殊だな、と思うわけです。
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この回答へのお礼

いやはや、大変感動いたしました。私のようなものにここまで幅広く、深い解説をいただき、もったいない限りです。

統治者はリスクとコストを計算する、伝統とは何たるか?大変理解が深まった気がします。

phjさんもわかっておられると思いますが、こんなことを書いているのは私が結局単なる中2病で(笑)、よく内実のわからない権威への疑問を表明したい!という、まあ子供の心理に駆られていたからです。

理屈やうんちく抜きでいえば、私は学生時代理系でしたし、それを別としても元々超世間知らずだったので、社会音痴なんですね(^^;)いい意味でいえば社会に対する子供の疑問を持ち続けられる…とも思うんですが(汗)それでも歳を取るにつれて少しずつ世間一般の常識を覚えて?保守的な考え方の何たるか?ということも少しずつ覚えてきたつもりなんですが、何かの拍子に疑問が飛び出すことはあるんです。

私はもともとそういうズレた人間なので、伝統とかよく分からないルール、自分から見て居心地のよくないのにのさばり続けている常識、といったものに生理的にすぐ疑問、反感を感じてしまうんですよね。

天皇に関して言えば、自分なりに理解できたと思えるところもあったんですが、それでももっと幅広い観点から理解したい、もっと深く理解したい!という思いがあったのであえて質問しました。気になるテーマに関してはとにかく深く理解したい、というこだわりも強い方だと思います。あいまいな言葉でなく、歴史検証を踏まえつつ分析的に説明してくれる大人はいないのか?と、求めてのことです。

アメリカにお住まいであったということであれば、そういう欧米社会では、世の中のファジーなことも徹底して議論してお互い納得しあう、という文化というか土壌があるんじゃないでしょうか?

私は日本の、世の中のファジーなことも、それが伝統や常識であれば有無を言わさず守らされる、強制される、といった雰囲気にもすごく違和感を覚えます。

ですのでできればこういう風に、今後も少しずついろんな疑問を解消したりほぐしていけたらな~と思っている次第です。

日々いろんな疑問を感じているだろう世間の子供たちにも、いつもこんな先生がいてくれればいいのにな、と思いました(笑)ありがとうございました。

お礼日時:2016/03/24 15:54

#33です。

お久しぶりです。ちょっと仕事で忙しかったので、見ていなかったのですが、だいぶ進みましたね(笑)

で、ざっと見て、勝手にポイントを抽出すると
天皇(個人・制度)がえらいことについて
1. 権威があるからである。
2. その権威は「祈り」である
という話の流れになっているようなので、ここをちょっと書いてみます。

以前に私は「人間の理性では割り切れない」と書きました。結局のところ天皇が「えらい」と思うかどうかは、ものすごく人間の感情それも根源的な本能的な感情の部分に触れる、と思います。だって、世界中探しても「三種の神器をもつ、神話時代からの王族」って天皇家しかいないわけで「この領土を平定した」とか「従兄弟の跡継ぎとしてやってきて、従兄弟の土地も一緒に一つの国した」という分かりやすい理由(正当性)が見えにくいからです。

なんで天皇は偉いのか、ある意味歴史の中に埋もれた真実、ということのほうがいいのかもしれないわけです。

で、社会学的というか人間の本能のから考えてみるに、そもそも「信用」とか「信頼」というのはなにか、ということになります。たとえば、自分の家がずっとお墓を預けているお寺とか、ずっと贔屓にしている酒屋とか、歌舞伎の市川家は期待を裏切らない、とかそういう「信頼」というのはどっからくるのか、ということです。

質問者様のいう頭で割り切る考え方、なら寺なんて宗派が一緒なら替えても問題ないし(宗派を変えてもまあ、問題ないですが)、酒屋のもってくるものなんてどこで買っても一緒だし、歌舞伎は家制度が問題で新しい才能が出てこない、といういい方もできます。
 でも多くの人は「贔屓」という信頼関係を大切にしています。特に日本人は贔屓の引き倒しまでするぐらい贔屓する、といえるかもしれません。

これは結局「長くやってきたから」とか「ずっとお願いしていて裏切らないから」という感情が元になっていて「あの人に任せておけば間違いない」ということになり、これが信頼の基礎になっているといえるでしょう。質問者様個人はどうでしょうか。

で、天皇制を見た時に、天皇が「日本中の神々に対して、ずっとお祈りしている」というのは間違いない事実であるわけです。これは文献を当たってもらえればすぐに分かります。

では「なぜ天皇家は日本中の神々に祈ることになったのか」という点が重要になるでしょう。

で、ちょっとここで古代の事情を考えてみたいと思います。日本でなくて恐縮なのですが「300:スリーハンドレッド」という映画がありますが、アレ、主人公の王様レオニダスは「神」なんですね。でもご神託を得て戦争しないで、ペルシャに屈服し、でも納得いかないレオニダスは300人の精鋭だけ連れてペルシャに戦いにいくわけです。
 で当時のペルシャはものすごい強国でその王クセルクセスも「神」で「偉大なる神(クセルクセス)に従え、従わなければ死を賜ろう」というわけです。

ようするに古代の王というのは、自分の権威を高めるために「先祖は神である」とか「先祖の誰々が神と交わった(先祖は人間だけど、自分は神の血が入っている)」というやり方をして、民衆の尊敬集めて戦争に駆り出すわけです。「私は神だから、神軍が負けるわけがない、安心して私についてこい」ということです。
 あのカエサルですら「私の父は実は神(母が神と不倫していた)」言って軍団を鼓舞しています。

3世紀ぐらいの日本の豪族たち、というのはまさにスリーハンドレッドぐらいの古代王と同じで、自分が神、または神の子孫のようなやり方で民衆を束ねていたといえます。だからこそ、史実として残っている卑弥呼の時代に日食があって邪馬台国軍が総崩れになるのは卑弥呼が日ごろから「日の巫女」と称していたからだと推測されます。その力の根源である太陽が日食で弱まるわけですから、当時の兵隊の気持ちとしては「巫女の霊力が落ちた!戦争に負ける!!」という不安でいっぱいになるわけです。
 
で、天皇家がというより誰かがこれらの豪族をまとめて統一国家を作ろうとしたときに、どのように行動するか、ということです。当然ながら当時は「権威」というものは日本には存在しません。強いて言うなら、中国から金印をもらって冊封に封じられることが権威であったといえるでしょう。

統一国家日本を作ろうと思えば、この大陸の権威(しかもお土産も技術もたくさんくれる)に対抗しうるものでなければならなかったはずです。
まさに、天皇の居ない戦国時代だと思ってくれればいいわけです。

当然ながら、統一を目指す人は各豪族を力でねじ伏せるでしょう。でも戦国時代の北条家などを見ても分かるように、織田が京都で勢力を伸ばしている間、遠く離れた関東平野を、最終決戦まで体力を温存することもできたわけで、権威の存在しない戦いを全部力でねじ伏せていたら労力はものすごいかかるわけです。
また、1代でそれができても、2代目3代目と領地を維持できる保証もありません。

統一日本を作りたかった人は、同時に白村江の敗戦の問題点を熟知していたはずです。とにかく倭国の豪族がまとまらないと唐に個別撃破される、ということです。九州の一角でも唐が占領したら、その後はじわじわと占領されていくでしょう。

ですから、力でなく理を説いて「統一国家を作ろう」と各地の有力豪族を説き伏せた可能性は大いにあると思います。合理的に考えればそうなるでしょう。
 では、豪族の立場になってみるとどうでしょう。唐が攻めてきて自分の領地が無くなるのは困ります。しかし、統一日本になって自分の立場(地域の豪族としての立場)が失われるのも困ります。結局「私の地域を保全して、この地域の立場を保全してくれるなら協力する」ということになるでしょう。
 豪族たちも単に「誰かの家来になった」と思われては困るわけです。
 

ここで、リーダーたる人物は「各地の豪族の地位を保障しながら、しかも家来ではなく、でも実質的な家来になるように統一国家を作る」という難問にぶち当たります。
 まるで、民主主義の中に合法的に独裁システム(皇帝制)を作ったローマのカエサルなみに難事業であり、前例のないやり方だったといえると思います。

 基本的に家来にする場合は、古今東西人質を取るのが一般的ですが、この時はあからさまに「家来になった」と思われるのも困ります。ですから、実質的にとった人質は、豪族たちの神様だった(もちろん人間も人質とか政略結婚をしているでしょうが)といえるのではないでしょうか。

つまり「君たちはそれぞれの神様がいるが、私の神様が一番上だ、それを承服してくれれば、私がみんなの神にお祈りしよう。そうすればたとえ戦争で君たちの家系が滅んでも、ずっとその土地(お墓)は守られる」と説いたのだと思います。
 出雲の国譲りが今でも残るのは、それでも承服できなかった出雲家を実質的には滅ぼし、しかしそこの配下の人々を天皇家にひきつけるために「出雲家は国譲りで冥界の王になった(生きている王様は天皇)」として、その代りに神無月は出雲にすべての神々が集まって冥界の王に拝謁する、という仕組みを作ったのだろう、と私は考えています。


こうすることで、一気に「統一国家日本」の機運が高まり、6世紀までにヤマト王権が樹立したものである、と私は考えています。つまり最初から天皇家と祭祀はセットだったわけです。

これが戦国時代になっても、当然有効だったのでしょう。なぜなら、日本人の多く、特に大名クラスの人々の出自は古代の豪族につながるか、または天皇家の流れに与していたからです。まるっきり関係ないといえるのは、豊臣秀吉ぐらいで、多くの戦国武将は6世紀ぐらいまではさかのぼれたようです。

こうなると統一国家日本で約束した「君たちの神様にお祈りするよ」という約束はがぜん生きてきます。
今のように理性的に考えて「無宗教派」という人達がでてくるような時代ではありませんから、神様に見放されたらおわりです。そして確かに天皇は朝廷ができてからずっと各地の神々をお祈りしてきた実績があるわけです。
 
 ようするに天皇家というのは、6世紀から日本人の氏神様だったわけです。で、同時に統一王朝の王なわけです。

権力が欲しい人が、天皇に変わって支配者になるのは、鎌倉幕府以前にも平家とか藤原摂家とかやり方はいくらでもありました。でも、日本の氏神を廃止にしてしまうとなると、それはほかの氏子たちが黙っていないわけです。逆をいえば、氏神様が「お前に支配権あげる」と勅許を出せば、他の氏子たちも(心では反対でも)しぶしぶ認めるほかないわけです。
 それをしなかったかもしれない織田信長は、本能寺で殺されています。本能寺の変と天皇制廃止は関係があるといわれています。要するのほかの氏子を怒らせたのです。

他の方の回答を例に取るのはあまりよろしくないですが、でも日本人に「天皇はなんで偉いの?」と聞けば多くのひとが「日本のために祈ってくれているから」と答えるでしょう。

実際に1500年以上も祈り続けているわけですし、仏教ですら導入したのは天皇家であるといえます。私たちが仏壇をおけるのも天皇家のおかげ、といえばおかげです。

こういうのを一般的に「心のよりどころ」とか「心のふるさと」という言い方をします。日本の心のふるさとを維持してきたのは天皇家のおかげである部分も多いといえます。

こういう、日本人の本質と信頼、ある意味贔屓を得ているから天皇家は「権威」であるのだとも思いますし、それを長年維持している行為が外国からみても、評価に値するのだと思います。
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この回答へのお礼

なるほど、またまた多大なご解説をいただき、ありがとうございます!天皇の祭祀の役割の重みが分かってきたような気がします。

私の中でポイントは、お教えいただいたことの繰り返しなんですが、

①ヨーロッパ・中国の歴史に見られるように、異民族が攻めてくると最高権威が覆ることがある

②日本のように単一民族だと、最高権威は覆らない

この命題はなぜ成り立つのか?ということだったんですが…でもこれがご説明の中で藤原家や信長が~とあるように、やはり

>日本の氏神を廃止にしてしまうとなると、それはほかの氏子たちが黙っていない

ということなんですかね?細かいことですけど藤原家は天皇に替わろうとしたというより天皇家に侵入して権威を借りただけでは?単なる言葉の表現の違いだけかもしれませんが…

そして日本の武士は古代の豪族や天皇家の縁戚の流れを汲んでいるから、古代の約束に縛られてしまうってことなんですか?それが海外の歴史との違いの説明になるんですかね?そうか…でもあまりにスンナリ説明していただくとかえってキョトンとしてしまいます(笑)

前も書いたように、空気の読めない覇王みたいなのが現れて、天皇家を滅ぼし、あるいは廃位させて、数10年かそこら最高権力を握って、天皇の残党を味方につけた他勢力に逆に滅ぼされてしまったとしても、それはそれでそういう歴史として残るだけだと思うんですよね。(そういう覇王に近かったのが信長なんでしょうが…)天皇空位時代とか何とか言って…日本史がそうならなかったのはなぜか?それはやはり天皇が氏神であるということ、氏神と有力者の間に約束があるということ、それがよっぽど強力だったということですか…

お礼日時:2016/03/24 12:22

46です。



>感謝の祈りを天皇に強制される?

私の書き方が悪かったのですかね?

私は、天皇に(国民が)感謝の祈りをしなさい、、とは

回答してないつもりですが、、。

天皇陛下が、国民が安寧に暮らしていける(他国に比べて

日本ほど平和な処はありませんよね。

これは、納得してくださると思いますが)

それも、天皇陛下の日々の国民の安寧を祈ってくださる

陰のお力だと思いますが、、、。

神社の神職の人だと天皇ほどの「徳」はないと思います。

どんな神職さんでも、どうしても「私」が出てきますから。

天皇は、「無私」の方です。

私(わたくし)心がないのです。


>既に、幸福が実現されているのなら

今、幸せだったら、もう感謝の祈りは打ち止め、、ですか?

幸せになったからもう、感謝なんてしなくてもいいよ?

ということですか?

それも、随分、身勝手な考えでは?

損得勘定の考えではないですか?


125代も続けば、一人、二人、、おかしい方もおられた「カモ」

知れませんが、(それも、正直「事実」はわかりません)

私は、過去の天皇が権謀術数をして争った、、、というのを

深くは知りませんが、当時の時代の反映として、そういう行いをされた

天皇もおられたかもしれませんが、だからと言って、

「全ての」天皇を拒否することにはならないのでは?

それよりkgat0769さんは、どうしてそんなに天皇が国民を思って下さる

お気持ちを認めたくないのですかね?

どうして過去の天皇の中にいたかいなかったか分からない

権謀術数の天皇のことだけで全ての天皇を拒否、天皇批判を

なさりたいのですかね?

そちらの方が、私には不思議でしょうがありません。


こういうお歌をご存知ですか?

✳︎高き屋に 登りてみれば 煙立つ 民のかまどは にぎはいにけり


その昔、仁徳天皇が、ある日の夕暮れ、高殿から周りの民家を眺めて

庶民の家々のかまどから立ち上がる煙が薄いことから

夕飯の支度も満足に出来ない民の窮乏を察し、

三年間の租税賦役(税金の免除)を命じられた。

そしてまた自らも、衣を新調せず、宮垣が崩れ、茅葦屋根が

破れても修理せず質素な生活をし民と苦労を分かち合った。

やがて五穀豊穣。民は富、再び民の家々から盛んに炊事の煙が

立ち上がるようになった。

この歌は、仁徳天皇がそれを喜び詠った歌と言われています。

この御心は、歴代天皇、明治天皇、大正天皇、昭和天皇、

今上天皇の中にも流れています。

東電の事故で電気の節電の時、今上天皇も節電をされておられたそうです。
寒いのでせめて暖房だけでも入れてください、、と侍従が

懇願されても、服を沢山着ればよいから、、と言われて、

暖房を使うことをやめられ節電なさっておられたそうです。

kgat0769さんは、男性のようですから、気がつかれないかも

知れませんが、美智子様がご公務で着られる服は、リメイクされた

ものが多いです。

同じ服をリボンで違ったように見せられたり、ベルトで変化をつけられたり
私は、女ですから、すぐにそういうのには気がつきます。

同じ服を何度も、変化をつけて着まわしておられます。

お食事も、日常は、ジャガイモの煮っころがし、、とか。

もちろん、外国の賓客をお迎えになられる時は、豪華なディナー

ですが、それは、「日本国」がお迎えするわけですから、

国の威信?がかかっている訳ですから。

まぁ、私が、何百回と、「天皇陛下の国民を思われる真心」を

ここでkgat0769さんに、伝えても、

「馬の耳に念仏」でしょうから、ここで回答もお終いにしますね。

お付き合い、ありがとうごございました。


最後に、私はkgat0769さんより年上だと思いますので、一言。

人の真心は素直に認められる気持ちを持たれた方が宜しいですよ。

何だかんだと屁理屈を言わないで、素直に認めるものは認めるようにしましょう。
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この回答へのお礼

いや、前の天皇も今の天皇も穏やかで賢そうな方なので、それを否定するいわれはないと思うんですよ。

ただ私は世の中の現象も、できる限り理論的に理解したいと思うんですよ。理論と関係ない社会現象が山ほどあるのは分かってるつもりですが、できる限りそういう姿勢で社会を観察したいと思うんですよ。でないと社会問題が放置されていても、疑問を持たなければ気づかないかもしれません。

物事を素直に理解した方がいい、と思われるのは、ここが「超」保守的な日本社会だからじゃないですかね?

国にもよると思いますが、欧米の人とか、もっと納得のいかないことは徹底して議論しながら結論、妥協点を模索してると思いますよ。海外では案内してくれたガイドにも、対応に疑問があれば徹底して文句を言ってる白人旅行者を見たことがあります。(それが全面的にいいとは言えないかもしれませんが…)「素直が良い」というのは世の中共通の美徳ではありません。

過去の常識に疑問を持たずただ納得して受け入れているだけでは、進歩がありません。社会を進歩させた思想家、発明家たちは常識を覆した人ばかりです。

天皇が国事行為を「強制」されてないと言えるのか…?もちろんこれはkurikuricyanさんの回答と関係なく言ったことですが、私は天皇は当然強制されていると思っているので…天皇が国事行為を嫌がったらやらなくて済む、なんてことが想定できるんですかね?当然、天皇は、親でもある前の天皇から諭されたり、宮内庁から諭されたりしながら自分の運命を受け入れざるを得ない、という形に持っていかれてるんだと思いますが…

天皇家の人たちだって望んでやってるわけではないかもしれない、この視点は無くすべではないんじゃないでしょうか?

それと歴代の天皇については質問に書いてるように天智天皇はクーデターで政権を握った人物ですし、後醍醐天皇は武士をだましまくって世の中をかく乱させた人物ですよね?平安時代、藤原家が天皇家に入ってきてからしばらくは、次の行為を巡る権謀術数の時代が続いています。これは歴史の本、ある程度詳しく書かれた通史を読んでみられた方がいいのでは?あいまいな認識のまま議論しても意味がありません。

お礼日時:2016/03/23 00:59

No.44です。



「祈り」は、哀願するためのものではありません。

神様!! 私はいま、不幸せです。幸せにしてください。

などと、哀願してもその祈りは叶えられません。

だって、自分自身で「不幸せである」と思って、

その思いを掴んでいるのですから。

どのような辛い環境にいても「自分はこんなに幸せである」と

思えば、その思った通りの事が現れてくるのですから。

ですから、天皇陛下の祈りは「国の国民の安寧を」どうぞよろしく

お願いします、、という祈りではなく、

すでに、日本は、日本国民の安寧は得られている、、という

確信というか、感謝のお礼の祈りです。

kgat0769さんの、思っておられる祈りは

「神様、〜してください」という哀願の泣きつく祈りのことでは

ないでしょうか?

そういう、泣きつく祈りは叶えられません。


皇室に生まれる運命にある方達は、そして、

皇室に嫁ぐ運命にある方達は、『徳の』高い方達なのです。

もちろん、美智子様のようにご苦労される方達もおられますが、

美智子さまは、「自分に与えられた苦難は自分を、鍛え、(精神的に)

磨く砥石である、、」という考え方をされておられます。

苦難から逃げていては、その人の魂は向上しません。

既に、どのような運命に遭遇しても、それは自分自身を

磨き向上させるものでもあります。

美智子様が虐めに遭われた時も、常に「自分の何が悪かったのか?」

「自分は何を成せば良かったのか?」と、反省しておられました。

虐めた柳原白蓮を「恨む」ということはなさらなかったそうです。

世界に比類のない皇室。天皇。

これこそが、日本そのものであり、潰してはいけないものです。

国民がこの天皇を中心として一つにまとまる国柄は

「天皇国家は日本民族独特の一大文化的創作」なのです。

天皇が無くなってしまうと、日本は日本で無くなり

ただの烏合の衆の集まる集団国家になってしまい

崇高な日本国家の姿は消えてしまいます。


kgat0769さんが、不遇な人生を、もし送られているのなら

それは、「貴方自身の責任」ですね。

人は、幸せになる力を誰でも与えられているのですから。
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この回答へのお礼

感謝の祈りを天皇に強制しないといけない理由は何なんですかね?

国民がそれぞれ、感謝の祈りをささげてもいいんじゃないでしょうか?それこそ、どこそこの神社の神職の方にやってもらってもいいんじゃないですかね?

既に幸福が実現されているなら、ますます大げさな行事は必要ないのでは?心の中で祈るだけでは日本の神は認めてくださらないのでしょうか?「天皇の行事」しか認めない!というのが日本の神なんですかね?

皇室に生まれる人が徳が高い…というのも?何か証拠があるんでしょうか?何度も書いてますが、歴史上、おかしな天皇、皇族は何人も現れていますよね?権謀術数が繰り返された時代もありますよね?それとつじつまが合わなくないですか?

お礼日時:2016/03/22 11:16

は~、残念ですねぇ~♪



もう、あーあー聞こえないってーのなら最初から質問しなければいいのに。
結局あなたは何も反論できてないですよね。
だから「論理構成がすごく弱い」とか言うくせに、根拠を示せ無いんですよ♪


言いっぱなしは楽ですよね。論理構成とか根拠とか理屈とか何も必要ないですもん。


>もっと抽象的に言えば1+1=2、三角形の内角の和は180度といった数学法則は歴史と関係ありません。いつの時代も通じる法則です。

その数学の法則は不変なので通じますが、それを使えるかどうかは別です。
三角形の内角の和が180度でも、角度という概念や数字の概念がなければ意味がないのです。

そして、そういう事例は歴史上往々にしてあるのです。

>天皇のこと、天皇というのは歴史から生まれた存在で、しかも古代から日本社会の中心とみなされた存在であり、天皇制というのは2000年以上続いた制度である。

小説家の司馬遼太郎がこういってます。「天皇制という語は、えぐいことばであり、悪意がインプットされている」と、ある学者は「天皇制という呼称は、天皇陛下ならびに皇室を、憎み、貶め、罵るための用語である。」とも言っています。

逆に言えば「天皇制」という語句を使う人の思想信条をダイレクトに反映する語句とも言えます。
または単に無知なだけか・・・

また、貴方は制度と書いていますが、天皇とは制度ではありません。



>私も色々枝葉のような話も持ち出しているので、いちいち突っ込まなくていいんですよ。遊戯部屋が歴史である、とかワケのわかんない反論でボロが出ちゃってますよ。それはこれまでの投稿もずっと同様です。


比喩を理解できないんでしょうね。
もう少し読書して読解力つけましょうね。

あと、質問するときは、ちゃんと質問しましょう。
自分自身が信じる正解だけしか認めないってスタンスなら最初から正解を公表しましょう。

マスターベーションはほどほどに♪
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この回答へのお礼

もう少し表現力を身につけましょうね♪

あと、物事の分析の仕方は一種類ではないってことに気が付きましょう♪

少しずつでいいから、視野を広げていきましょうね♪

お礼日時:2016/03/21 22:32

No.43です。



回答お礼ありがとうございます。

誰でも天皇家に生まれたかった訳ではない、、というのは、

ひげの殿下で有名な三笠宮寛仁親王が、(天皇家に生まれることは)

もう、たくさん!!と仰っておられましたね。

かなりの制約の中で暮らされており、自由がない訳ですからね。

それでも、髭の殿下は、皇室の中の人としては、かなり、

おおっぴらで自由に行動しておられるように見受けられましたが、

それでも、苦しかったのでしょうね、、。

最後は、お酒に逃げてアル中にもなられましたから。


美智子様が皇室に上がられた時、散々、美智子様の嫁いびりをしたのが

NHKの朝ドラ「花子とアン」で、仲間由紀恵が演じた柳原白蓮

(大正天皇の従姉妹)と、昭和天皇のすぐ下の弟君の秩父宮妃

松平勢津子様(会津藩松平容保の孫娘)とその下の

高松宮妃 徳川喜久子様(15大将軍徳川慶喜の孫娘)の3人から

「粉屋の娘」(美智子様のご実家日清製粉グループ社長)と

虐め続けられたそうです。

特に、柳原白蓮の美智子様のイジメは陰湿だったとか。

有る事無い事の美智子様へのバッシングは、本当にお気の毒でしたね。

でも、嫁いびりは、一般の家庭でもあること。

ただ、皇室では、嫌だから、、と簡単に離婚は出来ない、、。

そういうところは、民間とは違いますよね。


天皇家の効能、、には、笑ってしまいました。

ここまでくると、私とは完全に一致を見ることは出来ないですね。

まぁ、百人百様ですから、それはそれでいいのですが、

私は、質問者さんの回答お礼を読みながら、

しみじみ自分は幸せ者だと感じました。

天皇の国民を思われる真心を感じることが出来るからです。

天皇の真心がこちら側に分かる、、、というのは、

私にも、陛下と同じ真心がある、、ということになります。

豚や牛には、「真心」はわかりませんからね。

真心の分かる人には、真心も通じます。


天皇家は神道です。

伊勢神宮をはじめ国内の神社の総元締め?が

皇室なのです。

ですから、天皇が祈りを捧げられるのは当然のことでしょう。

天皇の祈りは、キリスト教的祈りとは違いますので

そこは、誤解なきようお願い致します。

キリスト教の神は一神教ですが、日本の天皇の祈りは

八百万(やおろず)の神です。

空気に、水に、風に、、とすべての自然を神としての

祈りです。


祈りは「効能」を求めてするものではありません。

祈りは、神との「人格的交わり」として、

神と人との魂の一体感を得るためのものなのです。

天皇は、戦前は「現人神(あらひとがみ)と言われていました。

この世に人間の姿として現れた神、、、と言われていたのです。

これは、戦勝国であるキリスト教のアメリカより禁止されました。

キリスト教の神はキリストだけだからです。

秋篠宮の悠仁さまが、次の次の天皇になられると思いますが、

生まれながらに、「その立場」で育っておられるのですから

特に残酷、、ということには当たらないでしょう。

だって、悠仁さまは、「他の生活」を、一般の国民の生活を

ご存知ないのですから、、、。

美智子様や、雅子様みたいに、平民の生活をしてきた人が、

皇室に入ってその生活の中に馴染むのは大変なご苦労がおありだったと

思われますが、悠仁様、愛子様、佳子様、真子様などは、

「皇室での生活」が「普通」なのですから、、

特に残酷、、ということにはならないでしょう。

かえって皇太子の妹、黒田清子様のほうが、宮中の生活が普通だったのに

民間の2DKのマンションで暮らされること、、の方が

慣れるまで大変だったのではないでしょうか?


髭の殿下、三笠宮寛仁さまの奥様、信子様は、麻生太郎議員の妹に

なられますが、平民の生活から皇族になられたので、

精神的に病まれたそうですが、、。

今も、治療中だそうです。


何を回答しているのか、分からなくなってきました(笑)

それでは、この辺りで失礼致します。
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この回答へのお礼

祈りに効能が必要ないのなら、ますます、何のために祈られているのでしょうか?

>残酷ということにはあたらないでしょう

当たらないかもしれませんが、本人に聞いてみないと分からないのでは?
皇室の生活が普通、ということ自体が、残酷なことかもしれませんよ?

お礼日時:2016/03/21 22:39

No.41です。



またまた、失礼いたします。

お正月、国民は、ぬくぬくとお布団の中で惰眠を貪っている時、

天皇は凍える寒さの中、日本国の国民の安寧と五穀豊穣を祈られますが、

他の皇族方も、早起きをして、お風呂に入り、身を清め、

室内の窓という窓を全開して、冷たい外気とともに

天皇陛下が祈っておられる方に向かって首を垂れて

直立不動で立たれておられるそうです。

回答お礼、、の中の「ペンな天皇が出てきて国民をふりまわすかも、、

というのがありましたが、

皇室では、男児が生まれると「天皇としての教育」が行われます。

皇室の方が、よく、様々な施設を訪問され、励まされますが、

国民の方も、お礼に、、、ということで

踊りや太鼓や様々な行事をおこないますが、たまに緊張のあまり

おかしな格好で転んだり失敗をする人がおられるそうです。

周囲の人たちは、大爆笑しますが、ただ、一人、笑わない方がおられます。

天皇陛下です。

天皇陛下にまで笑われたら、一生懸命に練習してきた人は一生の心の傷

になってしまいます。

こういうことまで、天皇陛下は考えておられるのです。

そして帰られる時に、その転んだ人に必ず「良く頑張ってくれました。

ありがとう」という励ましの言葉をかけてくださるのだそうです。

これが「天皇教育」です。

生まれ落ちた時から、そのような教育を受けられていますから

国民のためにならない変なこと、、などなさるはずもありませんし、

天皇は、政治には介入出来ません。

「祈り」の方ですから。

ただ、ひたすら日本国民の為に「祈られる」一生を送られるのです。

あの大東亜戦争でも、軍部が戦争に突入する決心をした時も、

大きな声で「大反対!」を訴えられたそうですが、

天皇は政治に関わることは出来ませんでしたから、

昭和天皇の思いと反対に日本は軍部によって戦争に直入して行きました。

その軍部も、陸軍、海軍、空軍と(どの軍が戦争突入に反対してたかは失念しましたが)

戦争に反対していた軍もありましたが、

結局は押し切られて、戦争の道に入って行ったのです。


その時の昭和天皇の御歌に

「四方の海 皆、同胞(はらから)と思う世に、

など波風が立ち騒ぐらむ」

というお歌を歌われました。

これを現代語ふうに読むと

(日本を取り巻く)四方の国々は、皆、仲間だと思うのに

どうして波風が起こるのであろう

という意味になります。



三つ子の魂百まで、、と言われます。

小さい時に受けた教育は、変わることはありません。

ので、「変な天皇」が出て来る心配はありません。

私たち、一般家庭でも、教育が大事です。

学校で左寄りの教師に受け持たれた生徒は悲惨です。

一生、引きずって行きます。

反対に、小学校、中学校時代の小さい時に日本国の素晴らしさ、

天皇のありがたさ、、を学んだ子供は、自国の日本に生まれた喜びを

感じて、天皇→祖父母→両親への敬愛も学びます。

そういう子供の一生は、恵まれた人生を歩むことになります。

日本国の天皇のことを悪し様に教える左寄りの教師に学んだ

子供は、親へも反抗するようになり、その子の一生もの

不遇な人生を送ることになります。



たびたび、出て来てごめんなさいね。
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この回答へのお礼

う~ん、どうですかね…私も、天皇がすごい教育を受けておられることはなんとなく想像できます。それで100%変な人が出ない…と言えるかどうか、となると、あまり科学的な議論ではないような気がしますが…(^^;)歴史上の世界中の王様や皇帝も豊富な教育を授かっていなかったはずがない、と思いますが、それでもおかしな君主や皇帝の例は数多く残っているわけですから…上流階級のお坊ちゃんみたいな人でも、犯罪級の悪い行動を例えしなかったとしても、性格の悪いヤツなんていくらでもいると思います。ただおっしゃるとおり、天皇は政治に関わらないのだから、国に大きな影響を与えるとかそこまでは行かない、という話は成り立つでしょうね。

もちろんこれは、「あえて」否定的、意地悪な見方をした場合の話です。私も仰ってることはなんとなくわかります。天皇に極端におかしな人間が出てくる可能性は、少なくとも当分の間あまりないだろうと私も思います。私は今回の質問であえて天皇を否定する立場をとっていますから、やはりその目線でいくつも疑問を書いておきたいと思うのです。

それと「祈り」ですね…これも意地悪な言い方をすれば、「ごめん」で済めば警察はいらない、と一緒で、「祈り」で済めば警察も病院もいらなくなっちゃうんじゃないですか?国民の大半だって、機会あれば神社仏閣に行っていろんな祈りをささげているだろうし、神社の神職の方も行事の度にいろんな祈りをささげておられるのではないでしょうか?なんで今さら天皇の祈りが必要なんでしょうか?仮に今、天皇が祈りを止めてしまったとしても、そのことによって日本に災厄が次々に降りかかってくる、という可能性は低いと思うんですけどね~こればっかりは科学的な検証ができる話ではないんで、客観的な説明は無理かもしれませんが…

それに前回私は差別という言い方をしましたが、天皇だって生まれつき「祈り」がしたい!「祈り」がしたい!と思ってる方ばかりではないはずです。TV局で働きたかったかもしれないし、音楽家になりたかったかもしれません。こればかりは分かりません。でも天皇という立場であるからといって、国民はありがたいありがたいと言いながら、どんな効能があるかもよく分からない「祈り」など数々の行事を天皇に強制してるわけです。これはある意味大変残酷なことではないでしょうか?

お礼日時:2016/03/21 13:20

No.41てす。



投稿後、またまた、いくつかの入力ミスに、気がつきました。

神事をとおして天と地の間に介在されです。点ではありません。

また、東日本大震災で世界から賛嘆されです。賛嘆の前の目は入力ミス

です。

誠に、お恥ずかしい!!
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No.39です。



回答お礼ありがとうございます。

今年は、皇紀2676年になりますが、ご存知でしょうか?

日本のは、2676年続いています。

よく、中国4千年の歴史、、、などと言われますが、

中国は、明とか清とかと言って「(国土はそのままですが)

国は変わりました。

地球上に200に近い?くにがありますが、2676年も続いているのは

日本だけです。

ヨーロッパの皇帝をはじめ、中東、インド、中国、朝鮮に至るまで国王や

皇帝は、自分の国や人民は自分の「持ち物」とみなしています。

だから、人民が自分にほうしするのが当然と考えています。

しかし、日本では古来より「天皇に私なし」といわれています。

天皇は自国民の幸せと世界の平和を祈る場だと信じておられます。

天皇は国民に奉仕するものだと考えておられます。

世界の国王や皇帝とはまったく逆です。

この高貴な精神の一番になっているのが、陛下が執り行われる神事です。

お雛祭りの最上段のおだいりさまをみられたことがありますか?

天皇が被られているピンと真っ直ぐになった立纓(りゅうえい)の冠を

かぶることが出来るのは天皇だけです。

あとの役人や神官などは、途中で折れ曲がったのをかぶっています。

ご立纓は神と交信するアンテナのようなものであるからピンと

立っているのです。

天皇陛下は、神事を通して点の地の間に介在なさっておられ、

神事をなさっておられるからこそ、徳が生まれるのです。

125代になられる今上天皇。

日本では、天皇陛下が執り行われる皇室祭祀をとっても、

神社の遷宮をとっても太古の心が現在に脈々と受け継がれ、

東日本大震災で世界から目を賛嘆され目を見張られた美しい日本の

心の源にもなっています。

確かに、125代の天皇の中には、病弱のかたもおられ、

大正天皇のように精神を病まれた方もおられました。

大正天皇は、その心の優しさゆえ、日本国の責任の重さに

押しつぶされられましたが、死の床についても

日本の国の行く末を心配なさりながらなくなられました。

明治維新ののときの孝明天皇は、国民が実権を握ろうと

岩倉具視に毒殺された、、とも言われています。

ほぼ、本当のことのようです。

昭和天皇の時も、「天皇を抹殺しよう」とする国民の一部が

お食事に毒をいれていたそうです。

毒殺を心配されていたつまである香淳皇后は、自分たちに出された食事は

まず、周囲のお付きのひとたちから食べさせて天皇の命を

守られておられたそうです。

そういう天皇反対の中でも、ひたすら国民のために祈りを捧げられるのが

天皇なのです。
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No.39です。



>イギリス国王とか各国の元首が雨に濡れながら

の次を入力ミスしてしまいました。


雨に濡れながら国民のために祈って下さる方がおられるでしょうか?


を、入れてください。

すみません。
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