プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

1 細川内閣のとき、社会党(社民党)議員が比例代表の定員を250人にすることを社会党の参議院側が反対して否決されたらしいですが、中選挙区制の方が社会党にとって有利なのですか?

2 また、打開策でそのとき野党側の自民党に乗ったらしいですが、衆議院の優越は適用されないのですか?
それとも衆議院が三分の二与党に居なかったのですか?

A 回答 (1件)

1.比例に反対したのではなく、小選挙区制と導入して、小選挙区を250、比例選挙区を250の国民一人2票制にしようとしたのです。


※現在の現行制度。
日本社会党としては、中選挙区の方が当選しやすかったのです。
当時の状況としては、衆議院では自民党が分裂して新進党と新党さきがけに分党したので連立与党に数で負けました。

2.打開案の小選挙区300、比例選挙区を11ブロック200にすることに、日本社会党の一部が造反。衆議院で再可決で成立しました。
(細川政権は安定多数ではなかった)

佐川事件で細川内閣が総辞職。
引き継いだ羽田内閣でももたずに、衆議院逝去で敗北して自社の村山政権が誕生します。
参議院では、そもそもまだ自社連立が第一党でした。
細川政権が初のねじれ国会だったのです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
とても勉強になりました。
参考になりました。

お礼日時:2016/05/15 11:55

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!