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人類の初めや、宇宙の初めなどについての事が昔からすごく興味があります。

人類は猿から進化したんですよね。
そもそもその猿の初めはどこから産まれたんですか?

そして、進化したとしても今の人類のような容姿にどうしてなるのでしょうか?
人類の一番初めの人って誰なのでしょうか。


宇宙が出来たのはビッグバンが起きたからですよね。
「無」からどうしてそのような爆発が起こったのでしょうか。
そして、そのような爆発があったとするならば、どうしてそんな昔の事分かったのですか?



まだ解明されてないですか?
良ければ回答お願いします。


このような内容についての本などがあればぜひ教えて下さい。

A 回答 (6件)

私もその進化論を教えてもらい、そうなんだと思って生きてきました。



でも、今はキリスト教で言うように、神によって創られたという考え方を信じています。

日本ではかなり少数派の意見だと思いますが、こんな人もいると言うことで参考までに投稿させていただきます。
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地球上の全ての生物は、同じ遺伝暗号を共有しており


(一部、種分化してからわずかに変化したものもいるが)、
同じ生物から種分化した事が明らかとなっています。
遺伝子のDNA配列の違いを比較する事で、どのぐらい
前に分化した(交配して変異を共有しなくなった)かが
分かるので、種分化のプロセスの「遺伝子系統樹」なる
ものを描く事ができます。
それによると、今、温泉の熱湯の中や、深海の熱水鉱床
から採取された好熱菌(特に炭素を食料としない硫化
硫黄還元型)が祖先だと分かり、「古細菌」と名づけ
られています。
おそらく、彼らが誕生した40億年前の海は、火山活動
が活発で、熱水鉱床と似た状態だったのでしょう。


量子論的世界像において、有限的な存在性(=宇宙)は、
認識される事によって派生しています。
全ての存在は、量子的な不確定性に基づいており、無限に
詰め込むと存在確率の山が平らになって、無と等しくな
ります。
この「絶対無=不確定性無限」において、その無限の闇に、
認識体の仮定断面(認識可能性)の運動を想定すれば、
相対的に無の風は光になり、認識体はその光(量子相互
作用パターン)の向うに、自己の補完(相補的不確定性)
としての宇宙を認識するのです。
認識可能性の時系列化=自我仮説(時間的流れ=記憶=過去)
と、時空仮説(空間的広がり=予測=未来)の相補分化。

あらゆる時点から対発生する過去(時間軸)と未来(空間軸)
を重ねる(異なるhの時系列化(hの収束=物体収縮=宇宙膨張))
事によって、その仮想的直交基底における相補的不確定性
(不確定性原理)の可能と、その絶対確定化における無限
不確定への発散に対する経験的な階層現象表面的定性化
(いい加減に捉える)による「有限的な存在性の派生」を
可能にしているのです。
無いとは分からないことが、有なのです。
(そうして「生じた」宇宙の起源(その前)を問いたいですか?)
「人類の初めについて。」の回答画像5
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>人類は猿から進化したんですよね。


ハズレ、チンパン君達とは従兄弟、最近ネアンデルタールとは交雑出来たと報告されましたが知ってる?
>猿の初めはどこから産まれたんですか
今年になってから、恐竜が絶滅する前に既に大型哺乳類が居た、という分析が出ましたが、まだパラダイムになっていない。まだ穴兎のような奴らの子孫だったが、その段階で既にイルカからネズミまで別の祖先だと言われている。
>一番初めの人って誰なのでしょうか。
何千人も居なけりゃサルの中に埋もれちゃった。
>今の人類のような容姿にどうしてなる
チンパン君達も既に三足歩行だった、推論ではパンパスの様な草原地帯を通過したので直立した、その結果頭蓋骨が上限無く大きくなれたが、出産は非常に危険になった。
>「無」からどうしてそのような爆発が起こったのでしょうか。
なっちゃったからなっちゃった、と云う議論になっている、分からないんだ。
>どうしてそんな昔の事分かったのですか?
ハッブルの赤方遷移を調べなさい。
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生命の起源は海からでしょうな!

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人類のことを考えるには、あまりにも人類は矛盾した立場からの表現を避けられないようです。

これに気付いたのは、「人間的な、あまりにも人間的な」で有名なおそらくニーチェだったと思います。超人間或いは新人間という概念がそうだったと思います。この訳や表現は間違っているのかもしれませんが、間違いであるとは誰がいえるのでしょうか。 人間が言葉でモノを考えるものである以上、言葉で証明することが避けられないのではないか、と考えます。人間が猿から進化したモノとするのは、遠い過去にも云われていますが、何故人間とサルなのかは、いたって単純で分かりやすいモノを強引に結びつけた結果でありました。これは専門である学者等が考えだしたことであり、しかし、これには少し無理があります。それは人類を世界の動物界において、絶対であるとする立場からの表現にほかなりませんね。価値の判断基準は人類の判断による結果です。それはどんな難しい言葉で語っても同じことなのです。将来人類はマシンにとって代わられる時代がくるのかもしれませが、それを人間はあたかも望んでいるかのように、科学は進歩していくのでしょう。しかし、それで終わりではないので今度はマシンの次には、一体何によって世界は支配されていくのでしょうか。このような悲劇的なことを考えるのも人類だけでしょう。
 今日が昨日の進歩した結果なのでしょうか。では明後日は、さらに進歩しているものでなければならないことにはなりませんか。極端に時間を結果とするのは誤りだと思っています。でなければ将来が、現在よりも常に正しいことにもなりかねませんね。こんなことをいうのも人間なら、それを正しい、或るいは間違いだと判断することもまた、人間であるでしょう。超人間、超人類的存在というモノにはいまだ人類は遭遇していないので、将来そういった存在に出会えるとしても、まだまだ先のことでしょう。いまだに宇宙を語るにもアインシュタインをもちだす現代なので、とても人類の未来は明るいようです。われわれ人類はつい最近まではムシであったのと同様、未来は想像するだけです。出来るだけわれわれが想像しやすいように。また未来のわかった人類の未来なんて面白くはないのではないでしょうか。そんな未来など必要ありません。答えになっていないのかもしれませんが、分からないからこそ、人類は神をつくったのかもしれませんね。
然り。
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人類は猿から進化したんではなく、人類と猿は


共通の先祖から進化したということです。
進化は少しずつ長い年月をかけて進むので、ここからが猿だとか
これが最初の人間だとかは言えません。夜から朝へだんだんと
明るくなるので、何時何分から朝だと決められないのと同じです。

人類が今の容姿に理由があって変化したのではなく、いろんな変化をした
人類の中で、たまたま今の人類が生き残ったのです。強いて言えば環境に
適応してたんです。
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