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近年における世界の人口増加は異常なものと言えるレベルに達しているように感じます。確かに地球は資源の豊富な国ですし、技術革新という希望もあります。しかしムーアの法則も崩れ、多くの分野での技術革新が停滞の色を見せている現在、経済学者たちの『いくら人口が増えたところで、それに伴って技術が進歩するから大丈夫』という意見はあまりにオプティミズムに過ぎる気がしてなりません。歴史がそれを証明しているとおっしゃる方々もいますが、歴史上類を見ない人口増加が起こっている今、歴史がどれほどあてになるのかわかりません。そもそも、なんでも技術開発でなんとかなる、というのは人間の驕り以外のなんでもないのではないでしょうか。ここからは、私の提案とでも思ってもらえれば幸いなのですが、徹底した人口管理はできないものでしょうか?そもそも、世の中は寿命が延びることに喜びを感じたいるようですが、私はため息しか出ません。生にしがみつき続けることは本当にいいことなのですか?本来人間は50歳まで生きれば良かった方ではないのですか?それなのに、人の欲はとどまることを知らず、技術が進歩すればさらに欲が出る、永遠にイタチゴッコです。この観点から見れば、資源を活用する技術が進歩したところでさらに人の欲が肥大化するだけに思えてなりません。このままいけば、今の私たちともかく、将来の人類たちはかなり苦しい世界を生きねばならないのではないでしょうか?
それを回避するためには人口管理しかやはりないと思うのです。人間の歴史上、人口削減と言えるものは大規模災害(黒死病など)や大規模な戦争しかありません。これはこのまま人口が増え続けて、それに技術が追いつかなければいづれは第三次世界大戦のようなことになりかねないのでは無いでしょうか?その可能性を否定できる人間などいないはずです。しかし人間は『倫理観』という人類を存続させることと矛盾する概念を構築し、その矛盾を重ねすぎたように感じます。私だって一端の倫理観は持っていますから、戦争がしたいとも人を殺したいとも思いません(人を殺すという感覚には興味はありますが、実行するつもりはありません。)。その矛盾を明文化したものが法であるとさえ感じています。だから私は『技術革新などという不透明なものに頼るぐらいなら、合理的な手段として人は60〜70まで生きれば安楽死を選択することとし、夫婦は可能であれば子供を2人産む、政府は教育費等を負担する』という手段も将来の人類を考えれば、選択肢の1つとして考えるべきだと思うのです。
みなさんは、どう思いますか?

質問者からの補足コメント

  • 綺麗事ですか・・・とても美しい言葉ですね。
    つまり、人は人である以上、滅ぶしか無い種族ということでしょうか?

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/12/06 17:23
  • 御回答ありがとう御座います。
    回答者様のご意見では国家間の未開拓地争奪状態を回避できず戦争に繋がる可能性が消しきれないのでは無いでしょうか?

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/12/06 18:22
  • では、カウンターとして
    1

    そもそも、人口管理が人間の尊厳に反するという考え方自体が、人間が重ねてきた矛盾(人類の生存に対して)する考え方だと思うのですが・・・

    2

    その事実はどのようにわかるのですか?それはあまりにも主観的ではありませんか?その幸福感を出すならば、ダラダラと長く生きるより60〜70という限られた生を一生懸命生きることで、得られるかもしれない新たな幸福も議論の要素に加えねばならないのでは?

    3

    それは、あくまで可能性では?人が必ず宇宙に新たな革新を見出せるというのは、やはり人間の驕りでは?最近に宇宙産業は停滞がちのように思いますが(衛星はやたら飛ばしますけど・・・)

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/12/06 20:30
  • まだ日本におい安楽死は認められていませんが(尊厳死は認められています。)安楽死はこれから認められていく可能性は大いにあると思います。
    回答者様のおっしゃる通り、現代でも人口管理の傾向はあるように感じます。しかし、回答者様のおっしゃる通りの現在の人口管理の方法を発展途上国に適応することは不可能ではないでしょうか?なぜなら、その方法を発展途上国に用いることは、発展途上国を先進国の技術水準、倫理観水準まで押し上げる、すなわち発展途上国を先進国に近づける行為に等しいのでは無いでしょうか。現在、平等という虚言を盾に、先進国と発展途上国の格差を広げ、搾取するものも搾取されるものを作ることで均衡を保っている国際情勢下で回答者様の考えが実施されることがあるとは思えないのですが・・・

    No.4の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/12/06 23:25

A 回答 (5件)

補足をいただきまして、ありがとうございます。



>国際情勢下で回答者様の考えが実施されることがあるとは思えないのですが・・・
心配しなくても、大丈夫です。

2050年以降、世界は少子高齢化に進むと言われています。また、途上国と先進国の差はグローバル化によって小さくなっています。先進国で暮らしている人間が思っている以上に途上国との差はなくなっています。
また、倫理感でも①や②は途上国でも見られ、国連や人権団体の手によって倫理観は少しずつ変更されています。また、途上国の政治的指導者たちは人口増加の問題を教育の欠如と低年齢の出産と考え、是正に力を入れています。

技術水準の問題とありますが、途上国と先進国の生活の水準は20世紀に比べて極めて小さくなっています。アフリカや南米でもインターネットは使えますし、多くの国で携帯電話が使用できます。途上国に住む人だからと言って、パソコンや電気自動車も知らない、テレビも観たことがない、電気のある暮らしを知らない、ということは残念ながらありません。よほど辺境な地域(密林の山岳地帯や高地の山岳地帯で複数の武装勢力が争っている)なら別でしょうが、そういった地域は医療も未発達なので、子供が産まれても、その分だけ大人が死にますから、問題ないでしょう。

倫理水準の問題は、驚くべきほどに先進国と途上国の差は縮小されています。多くの国で何千年も続いた伝統や習慣を改め、近代的な生活習慣が行われています。
例えば、東南アジアや中国の西側で行われていた纏足の風習はなくなりつつあります。

そして、出生率は多くの途上国で減少傾向にあります。
インドは1960年には5.8だったのに、2012年には2.5。中国は1966年に6.6だったのが、2012年には1.6。フィリピンは1960年に7を越していたのに、2012年は3.1です。

以上の点から、途上国のみならず人類全体で人口管理が行われつつあると考えています。

ただし、2045年には起きると言われている技術的特異点へ至れば、この努力も無になるでしょう。
不老不死、人間離れした肉体を自由に交換し、あらゆる労働は機械が行う、という夢のような世界になれば、技術を享受できる特権階級以外の人間は不要となるので、人類史上で最初で最後の大規模な虐殺が行われると思っています。そのような進歩した社会に必要な人間は全世界で100万もいれば充分でしょう。
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この回答へのお礼

大変興味深いご意見をありがとう御座います。
そのように南北問題が解消されつつあるという、実情はなかなか国内にいてはわからないものですね。それは今の情報発信の担い手(マスメディア)と情報の受取手の明確な乖離が原因であるようにも感じます。しかし、2045年の大規模な人口管理というものは避けられぬのか、そこまでして技術を発展させる必要があるのか、という疑問はやはり拭えぬものですね。それが人というものだと思わざるを得ません・・・
御回答ありがとう御座いましたm(__)m

お礼日時:2016/12/07 09:59

人口管理は既に行われている。

と私は考えています。
①人口増加の原因は、思春期中の出産です。
 だから、思春期中の性への関心を禁忌とする考えを広まらせています。また、思春期中の人間と成人が交配することは違法にしています。こうすることで、人間に思春期に性に対する関心を薄れさせ、偶然による繁殖を防いでいます。
②人口増加の原因は、多産がメリットになる状況です。
 だから、多産がデメリットになる社会へ移行しつつあります。多産によって産まれた子供は20年近く労働を禁じ、能力の向上に注力させ、一定の能力以下に育った人間は最底辺の生活を行わせる社会にしています。これによって、親は多く子供を産むことで労働力を確保し稼ぐのではなく、親の稼ぎを少数の子供への教育へ費やしています。子供を一定の能力以上に育てる資力を有さない者は、最初から子供を作りません。
③人口増加の原因は、低知能です。
 知能が低ければ、人は感情や本能で動いてしまうので、無計画な繁殖を行ってしまいます。しかし、知能が高くなるように教育すれば、人は感情や本能よりも損得勘定で動くので、計画的な繁殖を行います。

④人口増加の原因は、長寿です。
 その打開策として、社会の閉塞、自殺の禁忌を緩和、安楽死です。
 人は本来、何があっても生きようとします。特に知能が低い状態は野生動物と一緒ですから、無計画に行動します。しかし、知能が高めた状態にすれば計画を持って行動します。計画をもって行動するというのは、ある程度の予測が行えるということです。それは野生状態は盲目の希望を持てたのに、知性がある状態は理性に基づいて絶望します。社会が閉塞になれば、なるほど知性のある者は絶望し、死を欲します。
 そこで、自殺の禁忌を緩和です。古来、多くの宗教で自殺は禁忌とされていました。しかし、現代社会は自殺は人に認められた権利だと考えるようになっています。
 最後に、安らかな死である安楽死です。人は死ぬ時が苦しいと本能的に知っているので、忌避します。これを安楽死という方法を用いることで、外させています。

という風な理由から、先進国では既に人口管理が行われていると私は考えています。
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徹底した人口管理はできないものでしょうか?


  ↑
技術で何とかなる、と考えるのが奢りなら
人口管理は、生命の尊厳を汚すものでは
ないですか。


生にしがみつき続けることは本当にいいことなのですか?
本来人間は50歳まで生きれば良かった方ではないのですか?
  ↑
老年的超越という概念があります。
90超えて死ぬと、苦痛も恐怖も無い、
百を超えると、たとえ寝たきりであっても
感謝の念に包まれる。
そういうことが、最近判ってきました。



将来の人類たちはかなり苦しい世界を生きねば
ならないのではないでしょうか?
   ↑
宇宙があるでしょう。
人類の力を宇宙開発に集中すれば、解決する
問題だと思います。

堕胎や避妊などをするよりも、その方がはるかに
建設的、健康的です。
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人口増加は赤道付近のみで、他は極点に近くなるほど減少します。



なので、自然に赤道付近の住民は食糧不足になり、他へ移住するのです。

かろうじでオセアニアの人口増加は、海に囲まれているので、豊富な漁業資源とバナナと果物で食糧的心配はありません。

問題は、アフリカ。中東、中国です。

幸運なのは、インド~ベトナムまでの(※カンボジア・ラオスを除く)国は、日本の農業支援で農地が改善し、生産が向上しています。
今後もブータンのように、荒れ地が農地へと変わっていくでしょう。
日本式プランテーションが地元の貧困と無気力から解放しつつあります。

また、アフリカでも、日本の工場式水耕栽培技術で、砂漠の上でも農園が可能です。

電気は太陽光パネルと蓄電池で24時間管理も可能です。

問題なのは設置のための工場建設費です。
中国同様に、日本政府で買ってやる必要があるでしょう。

ここで、日本野菜をたくさん生産し、日本のラーメン店も多く出店すれば良いのです。
もちろん工員は地元民です。

これで中国人に取られては元も子もありません。
そうして仕事を得れば、アフリカ系住民も、更に日本贔屓になるでしょう。
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将来の人類の為に生きてる人なんてほとんどおらんで。

ジジババ生かすのは年金目当てやしな。政府は税金取れればなんでもええんやし。皆必死で生きてるんやで、綺麗事など通用しません。
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