よくA型は几帳面だとかO型は大ざっぱだとか言いますよね。

私は今生物の授業で遺伝をやっているのですが
先生が「血液型は赤血球からでている糖によって違う」とおっしゃっていました。

赤血球からでている糖によって性格が違うということは
果たしてあり得るのでしょうか?
それともこれは迷信なのでしょうか?

ちなみに私自身はA型ですごく几帳面なので
肯定派が70%ぐらい占めています。。。

A 回答 (16件中1~10件)

血液型と性格の相関はよく分りませんが


血液型物質(赤血球から出ている糖鎖)は血液脳関門を越えず、
脳神経細胞にはまず作用しません。
性格というのは大脳新皮質の働きなので、
少なくとも血液型物質が性格と関係してるということはありえません。
従って「血液型」が「血液型物質」だけを決めるものなら、血液型は性格との相関がないといえます。
ところで「性格」というのは、ある刺激に対してどのような反応をどのような頻度・強度で示すかってことですよね?
なら、「あなたはどんな性格ですか?」っていう質問で得られた統計データに有為性があるとは思えません。
動物実験でやるような実験(バトルロワイヤルみたいな)環境で客観的に得られたデータから分析するのが科学的に正しい方法だと思います。
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あくまで個人的な意見で申し訳ないのですが、


他のみなさん同様、血液型と性格との関連性はないと思います。
自分のこういうところは父親に、こういうところは母親に似てるっていう感じで親の性格を受け継いでる(?)ことってありませんか?
血液型は、遺伝されるA,B,Oの3種類の因子によって決まると習いました。と、いうことは自分自身の血液型は両親からの遺伝によるものですよね?
仮に親が二人ともA型で神経質だとします。そしてその子供はO型で神経質になるとします。(あくまで例えです。)こういう場合は赤血球からでている糖によって決まるとはどうも考えられません。血液型とは関係の無い、別の遺伝子によって性格が決まると考えるのが自然だとは思いますが、血液型と性格の関連性、いつか立証されたらおもしろいですよね。
ちなみに僕の両親は二人ともA型、僕はO型で、兄と弟はA型です。両親はA型というよりむしろO型の方が近いと思うし、兄はけっこうずぼらで、弟は唯一A型と思われる性格な人です。
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赤血球から出ている糖で性格が決まるというのは考えにくいとおもいます。

でも、逆に考えてみてください。どうして同じ人間から違う糖が出てくるのか。その辺に答えがあるかもしれません。私が聞いたことあるのは、A型は大昔狩人だったので、神経質で寡黙な性格、B型は農耕民族だったので、おおらかだと聞いたことあります。
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AstroiaさんのNo.11の回答についてです。


この質問がそもそも「赤血球からでている糖によって性格が違うということは
果たしてあり得るのでしょうか? 」という事でしたから、社会学とか動物行動学とかはあまり関係無い話だったかもしれないですね。
>質問された部分については全くその通りです。
>そういう意図で回答いたしました。
という事でしたら、納得しました。

>他の多くの統計データを覆す根拠が乏しすぎます。
他の多くの統計データってのは血液型と性格は関係無いという事を表す統計データなんでしょうか?
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AB型のnag3と申します。


何故だか日常生活でもネット上でもすぐAB型だと見破られてしまいます。
っで、私の主張では、血液型の違いは性格と言うよりむしろ行動の違いに現れるのだと思います。
たとえばの話、人類の歴史で一番長い狩猟採取時代を考えた場合、食べカスなんかをきちんと離れた場所に捨てていれば、夜間猛獣等に襲われる確立も減りますし、ねずみやハエなどと言った病原菌を媒介するものと接触する可能性も減ると思います。
この行動を几帳面と捉えた場合、几帳面で掃除好きなA型と他人の目には映るのだと思います。
さて我が日本においてこの行動を考えた場合、どう言った事が考えられるでしょう。
まず日本にはその様な猛獣はいませんから、他の血液型の人に比べて有利な点は特に無いと思います。
次に病気ですが、清潔を好むので病原性の病気にはかかりにくいのではないでしょうか。そして、その事が遠因となって当然免疫力自体は弱くなって行くと考えます。
ですので文明が発達する以前の日本においては必ずしも生存に有利な血液型では無かったかも知れません。
逆に猛獣がうろつき回り、死亡率の高い病原菌を保有するねずみやハエの多い特に密林の様な地域にあっては生存に有利であったことでしょう。
そう考えると古代日本ではやはりO型、B型が地域に合った血液型だったのだと思います。
気候や経緯度の違う地域において血液型の分布に差異が見られるのはこの様な事も一因となっているのだと思います。
あまりにも猛獣等が多く、いちいち自衛の事ばかり考えていては何も出来ない様な地域ではむしろB型の方が適していたのではないでしょうか。
ですので、性格には関係無いが、人間としての原始的な行動には関連性があると言うのが私の考えです。
まぁ、単なる素人考えなので、不合理な点などございましたらご容赦下さい。
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nobor3さんのご質問に対して回答いたします。



>この事が本当だとすれば、血液型による性格の違いはあるって事じゃないですか?
>生物学的には血液型によって性格が左右される要素は無いけど、社会学的見地から見れば、周りの人の扱いによって後天的に性格が変わる事があるという事をあなたは言ってますね。違いますか?

質問された部分については全くその通りです。そういう意図で回答いたしました。
血液型と性格についての関係を一度も見聞したことがない集団に対して調査した場合の結果と、日本のように一般的に知れ渡っている集団で調査した場合の結果には激しい乖離があると思います。質問されたchemistryさんの内容に忠実に回答すれば(赤血球からでている糖によって性格が違うということは果たしてあり得るのでしょうか? )私の回答は「ありえないと思われる」という回答です。
もちろん全ての人が「周りからそう言われているから」という理由のみで、自分の性格を判断しているとは思いません。

企業での採用の例を出したのは、頭ごなしに血液型と性格を関係付ける風潮は避けるべきだと考えているからです。あまり伝聞に頼った判断は好ましくありませんが、その企業は書類審査で血液型を考慮していたとのことです。

また、私がrx78さんに同じですと回答したのは、同じように竹内氏の理論展開には納得できない点が多いからです。rx78さんが仰ってるように、他の多くの統計データを覆す根拠が乏しすぎます。「トンデモ本の世界」に載っています。

本来議論は苦手なので、nobor3さんの疑問に対して誤解のない説明をできたかどうか不安ですが・・・。納得できない節がありましたら補足をお願いします。
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ちょっと個人的意見を。



個人的な意見としては、
「性格は他人が決めるもの」だと思っています(反論あるとおもいますが)。
理由として、まず、個人で「自分はこれこれこういう性格だ」と思ったとしても、
基準が何であるかがはっきりしていないこと。
それから性格は、その人の行動・言動に表れることが多く、
行動・言動を起こしている本人は「自分はこういう性格だ」
と思いながら行動してはいないから、と私は考えています。

具体的に説明すると、
例えば「几帳面」という性格の一面として、「部屋を片付ける」
という行動があったとします。
片付けている本人にとっては、「自分が几帳面だから」という理由で
部屋を片付けたりはしないと思います。
結果的に「片付けた」ことが「几帳面という性格」で「評価」されている
のではないでしょうか?
もちろん「評価」されるわけですから、自分ではなく他人(第三者)の「評価」に
なると思います。

No.6で「特命リサーチ」の紹介をしましたが、これも半信半疑で見ていました。
こんな話もあります、程度でとどめておくのがいいと思います(説明不足でした)。

>rx78さん、Astroiaさん
詳しい意見をありがとうございます。
人間って物事に「法則性」とか「理由」を見つけたがる動物だと思いませんか?
性格に関しても血液型・星座などいろいろありますし。

長くなりました。失礼します。
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No.5の回答者nobor3です。


rx78さん、Astroiaさんの意見に一言言わせてください。
まずrx78さん、
>例えば厚さ5mの鉄板を人間が通り抜けたり、・・・
>コップの水が突然空中に飛びだしてピカチュウの形を・・・
論理のすり替えのように思えます。
>・・・確率的にありえないとしています)血液型に関しても同じでしょう。
どう同じなんでしょう?
まず、仮説を立てて、それを検証するのが科学だと僕は思っていました。
ドーキンスにせよ竹内久美子にせよ仮説を立てているわけでしょう?
過去にも突飛な仮説が、その後の検証によって、現在では常識となっているものも多いのではないかと思います。
現段階で学会で認められていないからと言って、「間違いだらけ」と決め付ける姿勢こそ、「非科学的」だと思いますよ。

次にAstroiaさん
>幼少のころから周りの人に「やっぱりA型だから几帳面だねぇ」と言われて
>育つと、元から几帳面かどうかに拘らず、自分で几帳面に行動することを求
>め、また思い込むようになるかもしれません。
この事が本当だとすれば、血液型による性格の違いはあるって事じゃないですか?
生物学的には血液型によって性格が左右される要素は無いけど、社会学的見地から見れば、周りの人の扱いによって後天的に性格が変わる事があるという事をあなたは言ってますね。違いますか?
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私もrx78さんの意見に同じです。



血液型と性格の調査に関しては、何度調査しても信頼の置けるデータで、確かに相関関係があると言う統計結果は出ていません。

また、日本では厳密な意味で血液型と性格の調査を行うことは難しいと思われます。
と言うのも、日本において血液型と性格の関係は、あまねく人口に膾炙しており、chemistryさんが仰る通りA型は几帳面、O型は大雑把と見る人がほとんどだからです。幼少のころから周りの人に「やっぱりA型だから几帳面だねぇ」と言われて育つと、元から几帳面かどうかに拘らず、自分で几帳面に行動することを求め、また思い込むようになるかもしれません。仮に調査を行って、A型の人が「自分は几帳面である」と有意な割合で答えたとしても、本当に血液型からくるものなのか、血液型以外の遺伝からくるものなのか(これも根拠のないことかもしれません念のため)、後天的に身に付けたものなのか、自分が誤解しているのか判断がつきません。殊に自分に肯定的なことを言われているとそうでしょう。

日本の社会ではあるときまで例えば「AB型、B型は採用しない」といった企業があったと耳にします(今でもあるのかもしれませんが)。いくら統計的に否定されていると言ったところで、血液型と性格は関係あると思う人が大半である社会は簡単に覆せそうにありません。

情報の選択と言う意味で、chemistryさんの判断基準のひとつになれば幸いです。

私は専門家ではございませんので、間違い等ございましたらどなたか訂正してください。
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竹内久美子に関して若干の意見を述べますと、この人物の著作はと学会でトンデモ本として紹介されているように、間違いだらけで科学的根拠はまったくありません。


タネ本にしているドーキンスの考えを理解している形跡はまったくありません。
そもそも現代の遺伝学を統計データや解析も行なわずに、可能性だけで演繹するという基本的姿勢そものが、完全に科学の領域から逸脱しています。
特命リサーチにしてもそうですが、現実に相関がないものを、可能性としては影響をあたえる可能性がありうるなどと論じることの意味がりかいできません。(バラエティー番組やエッセイストを相手にそうした議論をすること自体無意味ですが)

純粋に理論上の可能性を言えば、例えば厚さ5mの鉄板を人間が通り抜けたり、
コップの水が突然空中に飛びだしてピカチュウの形を保ちながら沸騰するといった現象も起こりうるわけです(量子力学はこれを原理的に可能、確率的にありえないとしています)血液型に関しても同じでしょう。
なお、UFOの存在を検証している科学者や、霊魂の実在を検証している科学者同様に、当然血液型と性格の相関を調べている学者もいます。しかし彼らはそれを「信じているから検証している」わけではないはずです。(そういう人物もいるにはいるかも知れませんが)いずれにせよ、相関は発見されていません。
まあ、いずれも検証されたり、発見された方が面白いのは確かなんですが・・・。

それと、血液型ベースの性格分類はその分類パターンの有効性が不明です。
性格分類といった、恣意性の高い分類は、有効性や統計データなどが伴わなければあまり意味はないと思います。
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