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カテ違いかもしれませんが。

ネイティブアメリカン チェロキー族の歴史と現況についてお聞きします。

オフィシャルサイトなどを見るとチェロキーは1901年投票権を得たという事ですが、
1961年に米国に15,000,000ドルで米国政府に土地を売ったという事でしょうか。

http://www.sing365.com/music/Lyric.nsf/Half-Bree …

この歌詞を見ると混血児はどちらからも差別されているようなのですが、実際の彼等の社会的地位、生活はどのようなものなのでしょう。

過去に英国のオーストラリアの原住民アボリジニに対する隔離政策のようなものがあったのでしょうか。

教えて頂けたら幸いです。

A 回答 (1件)

歌のような問題(差別)はチェロキーに限らずすべての


インディアンが抱える問題でしょう。いや、もっと身近では日本に居住する日系人も、夫々の国(生まれた国)の教育を受け、本人はアメリカ人、ブラジル人、ペルー人などと愛国心をもっています。しかし、日本では日本人として認められず、自国では日本人と呼ばれコウモリ的差別に遭遇しています。

チェローキーはアメリカインディアンの中では、優れた指導者に恵まれ、独自の文字を創作し、近代化に成功して当時の平均的アメリカ人よりも裕福、勝つ教育レベルが高い人々がいたようですが、白人の目には一介の野蛮なインデイアンに過ぎず土地亡者と化した白人に東部の故郷を追い出され、オクラホマに強制移住させられています。
既に近代的な生活に溶け込んでいた彼らは、他のインディアンのような集落を作らず、市民として生活したため
政府の保護も十分受けられなかったのではないかと思います。

法的にはアメリカ・インディアンのほとんどは(約500部族)連邦政府から自治権を獲得し、自らの政府、知事(大統領)、議会、学校、などをもっています、人口が最も多いアリゾナ州のナバホはナバホ語による放送局
ももっています。彼らは保留地で人間として最低の保証された生活がありますが、都会へ出て自由な生活、高い収入を求めれば差別に遭遇するわけです。保留地に残っても悲惨、出ても悲惨な生活が待っているのが実情でしょう。

少数の人々は農業、牧畜、観光業や民芸品販売で白人並みとはいえないが、あるレベルの市民生活を送っています。

チェロキーの老人と少年の日常生活を描いた『リトル・トリー』(めるくまーる社刊 ¥1,800)が図書館にあると思いますので是非一読してください。

参考URL:http://www.tabiken.com/history/doc/B/B197L100.HTMhttp://www.americanphoto.co.jp/pages/shasinshuch …
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この回答へのお礼

ご教示ありがとうございます。

約500部族もいるのですか。

>日本に居住する日系人
そうかも知れません。その当時は政府に勧められて信じて移住したのでしょうに。

>少数の人々は農業、牧畜、観光業や民芸品販売
以前 Big Sir というところにキャンプに行ったとき、ハーブの石けんを売りにきていた女性がいました。

『リトル・トリー』 ご紹介ありがとうございます。読んでみたいと思います。
残念ながらURL は開けませんでした。
アマゾンで探してみます。

いつも教えて頂くばかりで申訳ありません。

お礼日時:2004/09/05 22:34

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