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劉正礼(正史)って意外と無能ですよねwwww
鑑定家の目を気にして太史慈を上手に利用できなかったし、何より挫折を知らない奴でしたからねwwww

こいつごときが龍に准えられたのが未だに謎なんですけど〜!

A 回答 (1件)

正史に名を残すだけでもスゴいことだけどね・・。

(^^;)
その正史において、劉繇を特に無能として扱っている記述はなさそう。

「鑑定家の目を気にして」と言うけど、許劭は並みの鑑定家ではないよ。
当時のエリート層では、許劭の名を知らぬ者は居ないと言うレベルの、当代一の人物鑑定家。
曹操や袁紹などを筆頭に、ビッグネームが軒並み一目置き、彼を招こうとしたりしてるから。
無論、有名税的に、「許劭の鑑定は偏ってる!」などの批判もあったけど、それだけ許劭の鑑定は有名で、影響力もあったと言うことでしょう。
その許劭の鑑定であれば、劉繇も尊重せざるを得ないかと。

一方の太史慈は、確かに知謀も兼ね備えた勇将であったことは疑いの余地はないものの、型破りなところもあるし、多くの主君を流れ歩いてて、儒教が尊重された後漢時代において、鑑定家が太史慈を高く評価しないのは、致し方なしと言うところ。

むしろ注目すべきは、許劭は戦乱を逃れて江南に行くんだけど、許劭であれば、誰を頼ることでも出来たハズ。
その許劭が、最終的に選んだ人物が劉繇であったと言う点。

すなわち、劉繇を選んだり、太史慈を軽んじた許劭の鑑定能力には「?」が付くけどね。
許劭に選ばれた劉繇とは、当代一の人物鑑定家が頼るほどの注目株の一人であって、劉備と違って緒正しき王族の末裔の劉繇は、当時は決して凡庸と思われていなかった証左ではあるまいか?
許劭が実は凡庸な鑑定家で、単に王族あたりを中心に頼ったとしても、劉繇は劉表や劉焉と同等か、それ以上と考えたのでは?

更に言えば、劉繇は許劭に選ばれたことで、袁術あたりの妬みを買ったり、警戒感を持たれたことも考えられ。
いずれにせよ、劉繇と許劭の邂逅は、不幸な結果しか招かなかったけど、当時、劉繇や許劭が、少なくとも有象無象の扱いではなかったことは確か。
またその時点では、太史慈よりは遥かに格上なので、その後の太史慈の活躍など知る由もない劉繇らが、太史慈を軽んじたからと言って、安易に無能扱いするのは「軽率に過ぎる」と思う。
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