ある坊主が座禅を組み無の境地に入ろうと試みた。
彼は必死に無になろうと願ったのであった。
すると暫くして彼の周りから一つ一つものが消え去っていったのであった。
まず彼の知っている知人や友人が周りから消えていった。
彼の親戚一同が消え、兄弟も消えていった。
それから彼の父や母も消えていった。
その後彼が日頃可愛がっていたペットの猫も消えていった。
続いて彼の住んでいた町や村が消えた。
さらに日本という国さえも跡形もなく彼の周りから消えた。
また彼が日頃唱えていたお経もいつの間にか彼の頭から消えていた。
それどころか彼が日頃より教え込まれていた神や仏、神社仏閣の類も尽く意味を失いみな消え去った。
これに続いて彼の体もまた徐々に消えていった。
彼の足が消え、手が消え、胴体が消え、目も耳も口も鼻も次第次第に消えていったのであった。
彼の周りから多くのものが消え果て、彼はいよいよ無の境地に近づいたが、最後にどーしても消えないものがあった。
それは他でもない彼が座禅を組み無の境地に入ろうと願ったその心であった。
彼にはその心を消すことはどーしても出来なかったのである。
結局彼は無の境地の一歩手前まで近づいたが、無になることは出来なかったのである。
A 回答 (14件中1~10件)
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No.14
- 回答日時:
1.外なる存在性の探求は、その階層現象性の根源に
おいて、全てを超弦=量子定常波の励起状態として
導いた。
量子とは、時間軸(記憶=過去)と空間軸(予測=未来)
の虚数関係による等距離点の相殺=0(界面原点)
として得られ、仮説的時空への無の射影だと言える。
2.内なる存在性の探求は、「存在の認識」=我々の
感受は、感覚器官表面での量子相互作用に還元
される(光は量子そのもの、分子の接触は最外殻
電子間の電磁相互作用=量子の交換)。
五感の相関した経験の蓄積により、新たな先行感覚
(=光や音など早くて情報性の高い)の刺激において、
より生理的な感覚を励起させ、即ち「そこに行けば
何が起きるか」の予測として、空間的広がりは生じ
ている。
3.この「量子=認識の実体」の構造は「全ての存在は
量子的な不確定性(確率波動)に基づき、無限に詰
め込むと存在確率の山が平らになり、無と等しくなる。
この「絶対無=不確定性無限」において、その無限
の闇に、認識体の仮定断面の運動(プランク定数h
の収束の時系列化=物体収縮=宇宙膨張)を想定す
れば、相対的に無の風は光になり、認識体はその
光の向うに、自我仮説の補完としての時空仮説=
宇宙を認識する」という宇宙の本質に由来する。
No.12
- 回答日時:
彼がその心を消すことができなかったのは、彼が空とか無にこだわったからである。
こだわらなければ消す必要もなく、しかもそれら対象に縛される事もない。
静かであると言うのは黙っていたりじっと動かぬ事を言うのではない。何を為そうと為すまいと、煩いのないことを言うのです。
外に一切境界上(分別)において、(余計な)念の起こらないのを坐と為し、本性を見て、乱れざるを禅と為す。
われわれの本性ははじめから清浄である。それを知らないで、心を起こして清浄な様を見守ると、今度は清浄と言う妄念を生み出す。
無いと言うのは、妄念が無いのである。妄念の無い境地はあっても、無の境地などと言うものはない。それでは只の廃人になってしまう。
森で一人座っていた舎利弗が維摩に叱られたように、じっと座って心を見つめると言うのは、かえって自ら本性を隠すような事なのである。
誤解ないために言えば、無所有処、非想非非想処などに陥った時に、僅かなりとも空とか無とか、隔たりが無いとか、無一物とか、或いは影を生じない光と言うものを垣間知ることがあり、これが覚りの境地と混同されて、今でも多くの坊主が座布団や板の間に座って瞑想し、覚りに近づこうとしている。ただ、この垣間見た事をヒントに非想非非想処などから抜け出して、あらためて自己のあり方を見直すことも出来るのであるが。
No.10
- 回答日時:
その最後の心まで消えたら 彼は何の為に座禅を組んだんですかねえ?
座禅というのは雑念や欲望、本能から解放されて真理を見通す 位の考えがなくては役に立たない
と思うのですが。
宗教にしても哲学にしても道楽でやってる訳じゃないんですから
人間存在の役に立ってもらわないといけないので、無になってしまうなら自殺と変わらないです。
杜子春の様に「おかあさん」と叫んでもらわないと 無になっては親は泣き役には立たず了いです。
No.8
- 回答日時:
西洋人は言語の上に哲学を構築したが、禅宗は非言語の哲学を作っちまった。
脱構築とかいってる西洋人もいたが、東洋人は「脱」する必要さえない。だって、西洋哲学を学んでないしね(笑)
No.7
- 回答日時:
1. ニルヴァーナ(涅槃)というのは ただの観念ではないのです。
2. ろうそくの炎が消えるかのごとく 人間であることをおのが意
志において消そうとする修行を言います。
3. ヨーガの系譜でもありますが 実際に呼吸が止まることを体験
したと言います。
4. それもこれも 六道輪廻の生まれ変わりを断つためです。
5. 例のペテン師のゴータマ・ブッダなる男も 《この世とあの世
を去る》ためであり 実際に去ると言います。
6. つまり 人間がブッダになることは もう生まれ変わり(転生)
がなくなることだという仮説を立てたのでした。阿呆は死んでも直ら
ない。
★ 《無の境地》
☆ と言いますがそれは 以上のような問題であり 少なくとも そ
のような極端な仮説のもとに派生して来たものでしょう。
般若心経のほうは こうです。:
7. 色は 人間にあてはめれば 身のことです。そのあと 受・想
・行・識の四つが来ます。これらは まとめて心です。
8. 身と心とから成るヒトは 空(シューニャ)であるというのは
――シューニャは 空っぽのことですから―― その五蘊から成ると
言っても 移ろいゆかざるを得ないと見たということです。
9. そしてそのあと 空即是色とも続けられています。空っぽだが
それとして――身として・心として――現象していると言っています。
10. シューニャ‐ター(空‐性)は いわゆる非知として捉えると
分かりやすい。
11. 《- ター》は 英語の《 - ty 》に同じです。額面どおり同じ
です。
シューニャ(空っぽ)→ シューニャ‐ター(空‐性)
ブッダ(仏)→ ブッダ‐ター(仏‐性)
van-us (英: vain )→ van-i-tas (英:van‐i‐ty )
12. 《色即是空》とは 身心が 非知なるナゾ(また霊)のもと
にあると言おうとしています。したがって 非知なる普遍神のもとに
あるなら ヒトの身心も 現実であるというのが 《空即是色》です。
13. ★ ~~~~~~~~~~~~~
それは他でもない彼が座禅を組み無の境地に入ろうと願ったその心で
あった。
彼にはその心を消すことはどーしても出来なかったのである。
~~~~~~~~~~
☆ というとき そのことは 誰が・何が確認しているのですか?
その坊主自身が確認しているのですか?
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