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ソ連崩壊の時 ベラルーシや中央アジアのカザフスタンやウズベキスタンなどはあまり独立を求めてなかったようですがなぜ独立したのでしょうか?バルト三国やウクライナ、グルジアなどはロシアからの独立を望んでいたと思うのですがベラルーシや中央アジア諸国がロシアからの独立を望んでいたという話は聞いたことがありません。なぜこの国々は独立することができたのでしょうか?またロシアがクリミアを併合しましたが今後親ロシア派が多いウクライナ東部やベラルーシ 、中央アジア諸国を併合するという可能性はあるのでしょうか?詳しい方いましたら教えてください。

A 回答 (1件)

ゴルバチョフのペレストロイカによって中央アジア諸国でも民主化を目指すグループなどが僅かながら活動し始めますが


各国の共産党政権は強固でした

それが揺らいだのは1991年8月のゴルバチョフ大統領を一時軟禁下に置いた保守派のクーデター失敗です
これにより共産党の権威は失墜したのです

発足した後継のCISも統制力がなく
そこで中央アジア諸国は独立へ踏み出すのですが
各国とも在来の共産党勢力が改名、形だけで政党の多党化
実際はさほど変わらぬ権威主義体制が存続します

トルキスタンのニヤゾフはベラルーシのルカシェンコとともに独裁色の強い体制を築きますが
カザフスタンのナザルバエフ、ウズベキスタンのカリモフ、キルギスタンのアカエフもやや独裁傾向が強かった元首でしょう
キルギスタンはその後、紆余曲折がありながら民主化の道を進みますが混乱状態が続きますが
アフガニスタンの隣国で内戦状態のタジキスタンを除いたの他の三カ国は比較的安定していました

カザフスタンとトルクメニスタンは石油が豊富で他の中央アジア諸国と一人当たりのGDPを比較するとかなりの格差が出ました

一方、ベラルーシのルカシェンコはソ連崩壊後のロシアのエリツィンやプーチンに比べても非常にソ連的な人物でした

プーチンはソ連の復活は目指してはいませんでしたが
ルカシェンコのベラルーシとナザルバエフのカザフスタンと関税同盟を結成します

つまり政治的には独立(とはいえ権威主義的な政権ですが)しているが、経済規模の大きいロシア、ベラルーシ、カザフスタンは経済的には統一に等しい形に戻ったのです

経済規模が大きいだけに政治的統合となるとアメリカやEUから批判がクリミアの事件以上に強くなるのは必至でEU、特にドイツへ石油を大量に輸出するロシアには得策とはいえないのです

やがてこの三国関税同盟にアルメニアとキルギス(キルギスタンから改名)が加盟しユーラシア経済連合へ発展するのです
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この回答へのお礼

詳しく教えていただきありがとうございます!今後の世界情勢に注目したいところですね

お礼日時:2017/11/24 16:10

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