出産前後の痔にはご注意!

昔 アメリカはフィリピンに鉛筆を売っても
作り方を教えたかった。

日本は鉛筆の作り方を教えてあげた。

日本はどうして 毎回 同じ事をしてライバルを作るんでしょ??

A 回答 (6件)

それはネトウヨのおとぎ話に過ぎない。


鉛筆の芯は黒鉛と粘土からできている。黒鉛は鉱物の一種で、日本ではあまり出ない。戦前の日本は、植民地朝鮮の豊富な黒鉛を分捕(ぶんど)って、鉛筆を作っていた。また、鉛筆の軸木に適する木も限られ、日本製鉛筆の7割はアメリカ産インセンスシダー(ヒノキの一種)を使っている。
つまり、黒鉛を産出しない国は、鉛筆を自国生産するより輸入するほうが合理的なのだ。これが例えば鉄の話だったら、工業全般の大本(おおもと)だから、鉄鉱石を輸入してでも自国の製鉄業を築くのが良いわけだが、鉛筆は金額的に高が知れてるし。
それなのに、錯覚している人がいるのではないか。鉛筆は誰でも小学生でも使うもので、文明国の証(あか)しというか、「鉛筆も自給しないような国は文明国に成れてない」という錯覚があるのでないか。
20世紀前半、ドイツと日本が鉛筆の二大生産国で、輸出も盛んだった。ドイツは原料の黒鉛(の一部)を日本から輸入していたが、それは前述のように朝鮮の黒鉛だった。ドイツの鉛筆は日本製より高品質で高く売れたので、日本(朝鮮)から黒鉛を輸入しても採算が取れたのだろう。これも合理性の話である。

もし、戦前の日本が植民地朝鮮に鉛筆作りを教えてあげて、朝鮮で鉛筆生産が盛んだったなら、ご質問の文意は通ることになる。「日本は植民地朝鮮に教えたのに、米国は植民地フィリピンに教えなかった」となる。しかし、史実はそうではない。
そもそも、1920年代に入るまで(つまり日本による朝鮮統治35年間の前半は)、朝鮮人が工業を興(おこ)すのを、日本が邪魔した。当時日本は米不足で、朝鮮に対しては米を求め、農業振興を優先したのだ。のちには朝鮮からの輸入米が多くなり過ぎたほどだった。
詳しく言うと、朝鮮北部では豊富な鉱物資源目当ての鉱工業も推進したが、それは主に日本の大資本が行い、地元の朝鮮人は被雇用者側に回らせた。さすがに1920年代に入ると、朝鮮人が工業を興すのを日本が邪魔し続けたとは限らないようだが。

戦後(1957年ごろ)、日本企業はフィリピンとの合弁で鉛筆生産を行った。ただし、それは経済合理性から説明の付く話である。フィリピンは特に黒鉛の産出国ではないとしても、(朝鮮を失った)日本もそうだから、輸入原料に頼って鉛筆を生産する以上、工賃の安い国で行うほうが有利となる。
それを「フィリピンに」「鉛筆の作り方を教えてあげた」などと語るのは片腹痛い。
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今の日本のODAは必ずしもしうではないですね。


アフリカに最新設備の整った病院を建てても、その機器の扱いに対してきちんとオペレーターを育てるでもなく、壊れても修理やメンテナンスもするでもなく、使った医薬品の補充をするでもなく、病院を作ったら終わりです。
そういう批判を浴びていますね。
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日本の会社でフィリピンに進出した会社は


・トンボ鉛筆
・三菱鉛筆
です。

トンボはそのまま。
三菱は現地メーカーとしてハイユニ鉛筆として販売しています。
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作り方を教えたかった


   ↓
作り方を教えなかった、ではないでしょうか。

日本は明治維新という大きな変革をしました。
当時、西欧では既に蒸気機関車が走り、大型の蒸気船が世界中の海に出ている
ような時代です。
明治政府は日本と西欧との大きな差に愕然としながらも西欧に追いつくことを
目標に掲げ、西欧から学者や専門家や技師を高額で雇って、様々な分野で西欧の
最新の技術や国際的なルールや学問を吸収していった結果、アジアのちっぽけな
遅れた国だったのが西欧に植民地にされずに西欧に肩を並べるほどの特殊な国に
なったという経験をしました。

現在でも世界では白人至上主義的な感じです。
白人が偉くてアジア人や黒人など有色人種は白人より劣るみたいな思いがあります。
西欧は、有色人種の国とは対等の関係というよりも常に自分たちの利益になるよう
都合よく利用できれば良い、くらいに根本的に考えています。
したがって、鉛筆の作り方を教えていない、ということになります。

日本は明治維新という経験から、欧米の進んだ技術を吸収すれば遅れを取り戻し
欧米と対等になれる、という意識があり、同じ有色人種であるアジアやアフリカ
諸国に対しても自分自身が頑張れば貧しい状態から脱却できる筈だという根本的
な思いがあるのではないでしょうか。

決して白人だけが偉い訳ではない、という日本人の矜持かと思います。
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鉛筆の作り方を教えた方が、教えないより良いと思ったからです

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元々、日本も「猿まね」で作り出したから


「開発」する苦労を知らないので別にどうでもいいと思っていた。
教えなくてもいずれ彼らがマネをするとわかっていたから
だったら、教えておいて恩を売ろうと。
でも、
昨今は自分達が最先端で苦労の末に開発したものもあるので
それらについては”開発者らは”できるだけ教えないようにしているが
ボケナス政治家や技術畑を知らないクソ経営者が
昔ながらの「恩を売る」ことの真意を理解していないので
(要するにバカなので)
開発方の意向を無視して教えてしまう事も結構ありますね。
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