あなたの習慣について教えてください!!

疎外感。
専門学校に通ってる20代前半の女です。
専門学校は女子校で事情がありもう一度一年生を二回しております。
今の二年生達とは疎外感は特に感じず楽しく過ごせたのですが、今年の新一年生とはどうも波長が合いません。
19歳の子達3人と30代の方一人とでグループで居るのですが、19歳の子達3人で盛り上がってるし、30代の方は一人でいます。
話もついていけないし、放っていかれたりもするのですがグループLINEで話しても返信は来るし、お弁当は一緒に食べています。
一人でお弁当を食べようと思ってもギャル軍団に椅子を使われて一人で食べるスペースがありません。
疎外感を感じ前からストレスにはなっており休み時間とかは一人でいるのですが、お弁当食べる時や放っていかれた時もどーしたらいいのか分からなくなります。
どうしたらいいのでしょうか…
今は必死に年下の子達について行ってますがしんどくなりました。

A 回答 (1件)

辛いですね。

疎外感は一度感じるとしばらく続きます。

錯覚の一つですが、現実感を伴うので抵抗できず、苦しさは本物です。

体調が悪いとき、寒い季節などでは長く続きます。



錯覚と言ったのは、それ(阻害)が辛さの原因じゃないからです。

また阻害と言うものが実際に生じているわけでもありません。

その様に感じる状態です。

ましてや阻害されていたとしても、何か損をしているわけじゃないでしょう。


例えば、

通勤などで駅のホームや列車内が混み合いますよね。

自分も他の人も、互いを無視して感じないようにしているはずです。

その中で楽しそうに私語を話し、騒いでいるグループがあったとします。

羨ましいですか? 迷惑ですよね。

自分が阻害されているとして苦痛を感じますか?

一緒にされたくないと思うほうが自然でしょう。

もっと重要な目的があるからですよね。

状態は同じなのに辛いと感じるときとそうでないときがある。

疎外感と言うのは色んな意味で錯覚なんですよ。

本来、まったく困らないことに対して、困ると感じるわけですから。



例えば、

お腹がすいたとき、お腹が痛くなる事が有りますよね?

これはその様に感じるだけであり、実際に胃腸が傷ついている(そういうときもありますが)

わけではないでしょう?

人間の脳が、そのように出来ているわけですから、

人間関係においてもそのような動作をするんです。

対人関係においても感じたままに真実だとしてしまう人は損をし続けます。

本当に胃に疾患があるときと、単なる空腹感のときでは痛みが違います。

自然と識別ができるようになっていきますよね?


これと同じように、自分が感じる怒りや哀しみ、今みたいな疎外感、または劣等感、

好きな気持ち、幸福感、愛などもシグナルの一つでしかなく、

現実とは無関係な識別信号です。

私たちはこれらのシグナルを活用していかないといけません。

感覚から想像して、現実に起きているとしては却って不利に成ります。

その証拠(現実であるとして)を後付で探すようになると失敗が続きますよ。

疑心暗鬼生じるといいます。


例えば、

機械が故障を知らせるときLEDが赤く光ったとします。

それを見て「燃えている!」とか、「血が流れている!」と思い込む人はいないでしょう?

ところが、実際にそう思いこんでいる人がいても、私たちにはわかりません。

「やけに大げさに騒ぐな・・・あいつ。気が小さいのかな。

 まあ、一生懸命なのかもしれない。」

とか勝手に解釈し、その人の誤解を救ってあげることはないでしょう。



感というのはシグナルであり、識別信号です。

人には直観力があり、無意識の領域が多くの情報をキャッチしています。

そのシグナルが苦痛に思えても、これを利用することで多くのことを為し得ます。

例えば、「今頑張れば後で楽に成る」と思いつめることがあります。

これは休憩をしなさいというシグナルです。

これを感じたとき、一息入れると、運命が変わることが沢山あります。

頑張っても意味を成さない、別の方向に良い道がある時に生じるシグナルです。


疎外感は自分の役割が変わっているのに、いままで通りに行動しようとしたとき、

それが危険であるので生じるシグナルです。

本来は、新年、期首などの長期休暇があるときに、

振り返って環境の変化、立場の変化を思い出し、役割の変化を見つけて、

自分が演じる役作りをしないといけないんです。

自分がどんなに自分で居たいと思っても、周囲の期待が変わる場合があるからです。

「ああ、私は、彼らの立場を想像すると、

 こんな風に見えるはず。だから、こんな期待をされるだろうなあ。

 今までどおり、こんな事を言うと、違う意味に捉えられる。

 こんな感じに受け取られるはずだ。気をつけないと。」

と気がついて、こっそり練習をしておく必要があります。

これをやらないでいて、本番に突入しますと、しばらくして疎外感が生じます。

「サボってしまった。」負い目であり、自分から生じる責めです。


役作りをする準備期間であるのに、

自分の辛さばかりに目をやってしまう場合があります。

例えば、

「このあと辛いけど、我慢するしかない。覚悟を決めよう。」

とやりますと、変化に対する役作りをしていないことになります。

覚悟を決めたときは、自分の心を美しいと感じますが、結果はまったく逆になります。

周囲の期待について考えていないからです。

この期待が嬉しいものならば良いのですが、そうでない場合もあります。

是非、良いほうの期待を強化し、悪い方の期待を打ち消すように、

良いほうの印象を強める行動と役作りをしましょう。



さてこれらを知らず、

自分が感じることを本当だと思って行動を続けたらどうなるでしょう?


相手に原因が無いのに、相手を悪とすることが増えるはずです。

これを本当にやれば相手は不条理を感じます。

不条理に対する怒りは苛烈ですから、敵対が本物になります。

損をするというのは、こういう成り行きで人生の軌道を変えてしまった場合です。

”感”というのは、シグナルであり、その感じ方に意味がありません。

赤や青の様に、識別のために感覚を変えているというだけです。

劣等感や焦燥感なども、上手につきあえば、どういう時に生じているか分かります。

自分の感覚を嫌ってしまうと、それがわかりませんし、利用できません。


LEDが赤く光っていても、燃えているわけでは有りません。

「注意を引きたい」という狙いがあり、識別するために色がついています。

点滅させる場合もあります。

私たちの感覚も、沢山の工夫をして、多くのシグナルを作り出しているんです。



例えば、

新しく誰かの上司になったとき、「部下が懐かない」と悩む場合があります。

ある種の疎外感ですね?

疎外感が生じていますから、

実際は多くの期待をその人にされており、実は尊敬されているという事になります。

これが分かりませんと、人の上には立てません。

「上司として疎外感を感じる部下ほど、自分に忠誠心を持っている。」

となります。

非常に意地悪なものです。

だから、リーダーと言うのは難しいのでしょう。


貴方が疎外感を感じる以上、貴方は別格だと扱われており、

遠巻きに観察されており、

自分の先輩として、参考にできるものがないかと期待されているはずです。


普通に考えて、年上が自分と一緒に行動するときは緊張します。

この緊張には期待もあるでしょう?

これを汲み取ってもらえないと、

「あいつはダメな先輩の方。大丈夫。落ち込まないでわたし。

 きっと全部の先輩があんなんじゃないはず。

 大丈夫、わたし。わたしはちゃんと可愛がられる。」

こんな風に思いませんか?

相手の心にこんなことが生じていると考えて接していますか?

また、年上に対して普通はゾンザイに扱いますよね?

「あの人は強いから安心。これくらい何とも思わないはず。

 他の子達のほうが面倒。すぐに傷ついて疑うし。」

とか思っていませんでしたか?

そのとき年上の人が疎外感を感じているとは、夢にも思わなかったでしょう。


疎外感を消すためには、周囲からの期待を理解し、

それを役割として昇華するしかありません。

自分の期待する扱いでなくても、仕方がないんです。


年上の人が離れて見守っていることで、年下の人達の安心感に繋がります。

そういうものでしょう?

年下のなかに混ざれば、そういう役割を押し付けられても仕方がないでしょう。

お母さんとかお姉さんの役割があるということです。


同じように、年上に混ざりますと、新人とか若者の役割が回ってきます。

50歳で60歳のグループに入れば、若者役を押し付けられます。

若々しく初心な振る舞いを押し付けられます。

そんなはずが無いのですが、頑張って(思い出してw)サービスするものですよ。


最後になりますが、

人間には多くの潜在的な能力が秘められているといわれています。

五感で認知できない情報をキャッチし、答えを導く力があります。

人の脳と言うのはニューラルネットワークで出来ていまして、今のAIと同じ仕組みです。

これは考えると言う事をせず、一瞬で答えを出します。

この答えは幾つモノ種類があるはずです。

それらを感覚として教えるのですが、

色付けをして種類を増やすためには、苦痛の感覚も利用して代用せざるおえないのです。


人が潜在能力を使えないのは、これらの感覚を嫌ってしまうからです。

多くの情報を無視してしまい、そこから考えると言う事が出来ません。

人生の後半は、こうしたもの(嫌だと感じる感覚群)がどういう意味を持っていたのか、

自分で探り、マッピングをして、より賢くなっていきます。


つまり、

「感情のままに行動することは良くない。冷静になって考えるんだ。」

は本当ではないですね。

「感情そのものは色でしかないんだ。色の方には意味が無い。

 しかし、それはもっと別の意味を持ったシグナルなんだ。

 直観力の正体が感情や感なんだよ。

 色の印象に振り回せれていると、これらを活用できないんだよ。」

と言う事です。

苦痛は確かに本物ですが、悪い事は起きていないんです。


以上、ご参考になれば。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!