枕詞の「かるかやの」について。 昔和歌の中で「刈萱の」というのはどのように使われてきたのか、刈萱が歌に詠まれることによって、どういう効果があったのか、またその歴史について調べているのですが、なかなか資料がなくて困っています。レポートも占め切り間近ですし、かなり深刻・・・。
「かるかやの」が使われている和歌を調べてみて進めようと思っているのですがゆきづまってます。 ヘルプしてください!

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A 回答 (3件)

ご質問の内容を取り違えてたらごめんなさい。



図書館で正宗敦夫さんの「萬葉集總索引」(漢字篇と単語篇とがあったと思います)は調べてご覧になりましたか? 万葉集の歌だけですが、任意のキーワード(ご質問の件の場合「刈萱の」ですね)が含まれている歌は、全てこれで抽出できるはずです。
また、その他の歌集についても同様のものがあった....はず....です。(専門外なので、よく憶えてませんが(^^;)

そうして和歌の内容を見ていけば、自ずと、使われ方にどういう傾向があるか見えてくるだろうし、他にどういう資料を読む必要があるか、あなたなりの視点が定まってくるのではないでしょうか。

どんな資料を参考にすればよいか、などの勉強法は、担当の先生に尋ねてみられたら、一番適切な回答がいただけるんじゃないかと思うのですが....。ともあれ、がんばってね☆
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この回答へのお礼

ありがとうございます!!!!(^0^)
参考にさせていただきます。 萬葉集には刈萱っていうのがいっぱいありました!
記紀・万葉時代というのは枕詞が盛んだったそうですね。
まだ勉強したてで日が浅いもので、これからどんどん知識を増やして行けたらなぁとおもってます。 アドバイスしていただいて本当にありがとうございました!

お礼日時:2001/07/10 02:01

かるかやが使われている歌



うづら鳴く狩場の小野のかるかやの思ひみだるる秋のゆふぐれ(堀河百首)

み吉野の秋津の小野に刈る萱の思いひ乱れて寝る夜しそ多き(万葉)

まめなれどよき名も立たず刈萱のいざ乱れなんしどろもどろに(古今六帖)

まめなれどなにぞはよけく刈萱の乱れてあれど悪しけくもなし(古今・雑躰)


こうして見ると刈萱は恋する者が、束にした刈萱が乱れるように、自分の心が
恋で思い乱れるさまを歌うケースが多いようですね。
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この回答へのお礼

(^0^) ありがとうございます! 感動。初めて質問してみました。
刈萱っていうのは、あんまり明るいイメージでは歌われていないんですね。
ありがとうございました。  

お礼日時:2001/07/10 01:57

刈萱はイネ科の多年草ですが、


かるかやの(刈萱の)は「乱る、つか(束)、穂」にかかる言葉ですね。

刈萱と言う歌もありましたね。

うづら鳴く狩場の小野のかるかやの思ひみだるる秋のゆふぐれ(堀河百首)

これぐらいしか知りません。お役に立たないかと思いますが。

参考URL:http://member.nifty.ne.jp/tatsushi/makura/makura …
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この回答へのお礼

ありがとうございます! 
参考にさせていただきます。すごいせっぱつまっていて、偶然みつけたこのgooのページ。 質問したけれど、アドバイスが返ってきてくれてるなんて正直思ってなかったもので、すごく感動しています。 ありがとうございました!!!

お礼日時:2001/07/10 01:52

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QDQNって?

見た目がヤンキー。中身は良識的とか頭が良くてもDQN?


名前もDQNネームとか聞くけど、一昔前まではDQNと言われてた名前が当たり前になりつつある気がします。

今のDQNの定義ってなんなんでしょうか?


そもそもDQNって言葉はおかしくないのですか?

Aベストアンサー

その時代の一般常識から酷く外れた人のことです。
ですので、昔と今では対象が違います。(かぶってる部分は多々あると思いますが)

DQNってもともと「目撃!ドキュン」ってテレビ番組のドキュンを略して(?)DQNとなったもので、当時奇抜だった人を紹介する番組でヤンキーが頻繁に出演してただけです。

中身や良識じゃなくて、あくまで対外的な見た目や奇行が重視です。
そこから、奇抜な名前もいつしかDQNと言われるようになりました。

Q和歌に詠まれない鳥

鎌倉以前の和歌を勉強しております

和歌に詠まれた動植物など見て、ふと普段見ている鳥でも詠まれていないものがある事に気がつきました
白鳥(鵠くくい)、燕、烏、雀、雉です
漢文ではよく見ますが和歌では見たことが無いので不思議に思っております
倭名類聚集巻十八にはありました
これらの鳥が詠まれている和歌がございましたらお教えいただきたくお願い致します
お手数を掛けても申し訳ないので
万-14(万葉集巻第14)
古-夏(古今集夏歌)
など歌も省略して回答しても結構です
熊の樣にかつては詠まれたものでも雅でないので、消えたかと思っております
又鳴く鳴かないと言うのも大きな要因かと思います
犬猿猪猫蝶蛇トンボも無いのですが、今回は鳥に絞りたいと思っております

Aベストアンサー


八十(やそ)の港に くぐいさわに鳴く  高市 黒人
http://blog.goo.ne.jp/takamist/e/d97f90fb0ead34e2e992950c6f40e77d

つばくらめ簾の外に數多見えて春日のどけみ人影もせず  太上天皇
http://etext.virginia.edu/japanese/imperial_anthologies/fuga/AnoFuga.html

からすとふ おほをそどりの まさでにも きまさぬきみを ころくとぞなく  萬葉集 十四東歌
http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/shusei/shusei.htm

むれてくる田中の宿のいな雀我が引く引板(ひた)に立ち騒ぐなり  源師時(「堀川百首」)

春の野にあさる雉(きぎし)の妻恋ひに己(おの)があたりを人に知れつつ 大伴家持(万葉集8-1446)
http://www.asahi-net.or.jp/~SG2H-ymst/yamatouta/sennin/yakamot2.html


八十(やそ)の港に くぐいさわに鳴く  高市 黒人
http://blog.goo.ne.jp/takamist/e/d97f90fb0ead34e2e992950c6f40e77d

つばくらめ簾の外に數多見えて春日のどけみ人影もせず  太上天皇
http://etext.virginia.edu/japanese/imperial_anthologies/fuga/AnoFuga.html

からすとふ おほをそどりの まさでにも きまさぬきみを ころくとぞなく  萬葉集 十四東歌
http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/shusei/shusei.htm

むれてくる田中の宿のいな雀我が引く引板(ひた)に立ち騒ぐなり ...続きを読む

QDQNネーム

DQNネームって最近出てきた言葉ですよね

現在32歳で名前が当て字のホストみたいな名前です
DQNネームでイヤだって同僚が居るんですが
この場合もDQNネーム扱いなんでしょうか?
この人が生まれた頃なんてDQNなんて語源ないですよね・・・

Aベストアンサー

そもそもDQNネームの定義ってのがWikipedia曰く
「子供の名前に見られる、暴走族のような当て字や漫画・アニメ・ゲームなど架空のキャラクターからとった当て字の名前のように、読みづらい名前や、常識的に考えがたい言葉を(戸籍上の)名前にすることをDQNネームと呼ぶ場合がある」
との事です。

要するに過去から当て字等の珍名はありましたが、それを昨今ではDQNネームと呼ぶという事です。
生まれた時にそれを表す単語が無かったからと言って、今それを表す単語があった場合は普通それを使いますよね?

Q「友情」や「友人」を詠んだ和歌や詩。

上代、中古の文学作品で、「友情」や「友人」を詠んだ和歌や詩があれば教えてください。
恋や愛の歌は、目にしたことはありますが、友情や友人を詠んだ歌、詩は、ちょっと探したのですが見つかりません。
日本人は、いつ頃「友情」という感情を持ち始めたのか、興味があって質問しています。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

No.1です。    間違えました。
西行の歌は万葉集ではありませんでした。

万葉集の歌は高丘河内の
吾が背子と 二人し居れば 山高み 里には月は 照らずともよし
でした。   背子は異性ではないとのこと。

取り敢えず二首見つかったわけです。
下記 URL をご覧下さい。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/friend1.html

QDQNとはどういう意味か?

例えば、DQNニートとつなげると、どのような意味になるかイメージできません。

DQNってどんな状態なんですか?DQNニートとは、どんなニートなんですか?

Aベストアンサー

「目撃!ドキュン」という昔のテレビ番組が語源です。
その番組に登場する人物が粗野、非常識、馬鹿であることが多かったことから、そういった人物のことを指します。
Wikipedia に詳しくありますので読んでみるとよいでしょう。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/DQN

Q永遠を詠った俳句や和歌

タイトルの通りなのですが、使っている言葉は違っていても内容的に永遠と考えられるのものごとを対象に詠っているものを何かご存知でしょうか?

Aベストアンサー

古今和歌集には下記の歌があります。

343 わがきみは 千代にましませ さざれ石の
   巌(いわほ)となりて 苔のむすまで
◆千年も万年もあなたは、長生きをしてくださいという意味ですね。

353 古(いにしえ)に ありきあらずは 知らねども
   千歳のためし 君にはじめむ
◆千年も長寿の人はあったか、なかったかは知りませんが、
あなた様がはじめということにしましょう。

900 老いぬれば さらぬ別れの ありといへば 
   いよいよ見まく ほしき君かな
◆いずれ永遠のお別れの時が来ますが、今はあなたに会いたくてたまりません。

901 世の中に さらぬ別れの なくもがな 
   千代ともなげく 人の子のため
◆別れなどなければいいと思います。子のために千年も長く生きてください。

1083 美作や 久米の皿山 さらさらに 
    わが名は立てじ 万代までに
◆美作にある久米の皿山ではないが、永久まで浮き名をさらすことはさらさらない。

1085 君の世は かぎりもあらじ 長浜の 
    真砂のかずは よみつくすとも
◆帝の世は、永遠に続くでしょう。たとえ長浜の砂を数え尽くすことがありましたとしても。

古今和歌集には下記の歌があります。

343 わがきみは 千代にましませ さざれ石の
   巌(いわほ)となりて 苔のむすまで
◆千年も万年もあなたは、長生きをしてくださいという意味ですね。

353 古(いにしえ)に ありきあらずは 知らねども
   千歳のためし 君にはじめむ
◆千年も長寿の人はあったか、なかったかは知りませんが、
あなた様がはじめということにしましょう。

900 老いぬれば さらぬ別れの ありといへば 
   いよいよ見まく ほしき君かな
◆いずれ永遠のお別れ...続きを読む

QDQNネームのDQNって何の略でしょうか

DQNネームのDQNって何の略ですか。

ご存知の方いらっしゃいましたら教えてくださいませ

Aベストアンサー

略語ではありませんが、由来は割とはっきりしているようです。
ただ、こういった流行り言葉の由来は、特定するのが難しいので、
絶対確実な話かどうか分かりませんが、昔「目撃ドキュン」という
テレビ番組がありました。

いくつかのコーナーで構成されていたのですが、一般人が出演する番組で、
色々な人生相談?をしたり、人探しをしたりする内容でした。

何故かこの出演者に、元ヤンキーと呼ばれる人たちが多く、番組の中で、
暴言を吐いたり、暴れたりと、非常識な行動を取る様子が放送されていました。

このことから、主にネット上で、非常識、理解しがたい人物を「ドキュン」と
呼ぶようになりました。
暫く後に、この「ドキュン」が「DQN」と表現されるように
(ネットではよくあることですね)

「DQNネーム」も、外国人の様な名前を当て字で名前にしたり、
アニメキャラのような名前などを、「非常識な名前」→「DQNネーム」となったようですね。

Q星を詠った和歌

万葉集や、古今和歌集などに、月を歌った歌は、よく詠まれていますが、星だって、綺麗だし、昔からあったのに、和歌に星が歌われているのを、聞いたことがないのですが。私が知らないだけなのでしょうか?実際は星の歌があるのでしょうか?それとも、星は和歌では詠われなかったのでしょうか?もしそうなら理由が知りたいです。
宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

万葉集の中には、金星(夕づつ)と天の川を詠んだ二首しかないそうです。
http://www.home.cs.puon.net/ksyhon/WWW/HA200201.htm

GOO過去の質問
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=798105

壬生忠岑の歌(歌集)に
日くるれば山のは出づる夕づつの星とは見れどはるけきやなぞ
というのがあるようです。

星のことを“筒”といったのですね昔は。
古事記には筒の字がつく神もいますよ。

少ないのはどうしてでしょうね?
でも、古墳に北斗七星が描かれていたりもしますよね。
鑑賞するというより天文的な方が強かったのかもしれませんね。

全然関係ないんですが、数年前の、とある百貨店の
バレンタインのコピーを思い出しました。
黛まどかさんの作ったもので、うろ覚えなので
合っているかどうかかなり怪しいのですが
“夕づつの薄らピンク”みたいな感じでした。
(間違っていたらごめんなさい)
その時、夕づつとは金星のことを言うのだと知り
なるほど~と思ったのでした。

万葉集の中には、金星(夕づつ)と天の川を詠んだ二首しかないそうです。
http://www.home.cs.puon.net/ksyhon/WWW/HA200201.htm

GOO過去の質問
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=798105

壬生忠岑の歌(歌集)に
日くるれば山のは出づる夕づつの星とは見れどはるけきやなぞ
というのがあるようです。

星のことを“筒”といったのですね昔は。
古事記には筒の字がつく神もいますよ。

少ないのはどうしてでしょうね?
でも、古墳に北斗七星が描かれていたりもしますよね。
鑑賞するという...続きを読む

Qドン・キホーテにDQN(ドキュン)が集まる理由

ドン・キホーテは品揃えの多さと24時間営業という点等で市民の役に立っている優良企業という認識ですが、どういうわけか客層がいわゆるドキュンが多い気がします。

※DQN(ネットスラング)についてはWikiをご覧下さい
http://ja.wikipedia.org/wiki/DQN

店やドキュンを批判するとかでは全く無いのですが、純粋に何故ドンキにDQNが多いのかが気になりました。

ロックバンドのエアロスミスのVo.が大阪ドンキに出没したりと、その品揃え&ディスプレイ戦略は国籍問わず人気のようですが、そういうごちゃ混ぜの混沌とした感じが、DQN層に好まれるのでしょうか?

屋台とか祭りの雰囲気に似ているかもしれませんが、しかし祭りはDQNだけでなく一般人も多いので・・・。24時間営業だから夜間はそういう客層になるという理由もあるんでしょうか。

なぜ、ドンキはDQNを惹きつけるのでしょうか?

Aベストアンサー

正確に言えばDQNをメインターゲットにした商売をしているからです。

いまでこそ六本木にまで進出したドンキですが、15年ほど前は府中街道沿いにある1店舗だけの営業でした。ただ、その時点でほぼ24時間営業、ジャングルみたいな商品陳列、格安販売といまのスタイルができていて、日中よりも深夜のほうが混雑しているような店でした。

当然、当時から深夜の客層はDQNばかりです。というよりも、当時はまともな人ならドンキには行かない、という人のほうが多かったのです。

客層もDQNなら、品揃えもDQN向けです。安かろう悪かろうな商品や、やたらにファーやトラ柄・ひょう柄をあしらった商品など、そういう層に訴える商品展開をしているのです。

ただ、最近はあまりにも店舗が多くなり、大手のメーカーも販売力を無視できなくなったために、よい商品を格安で販売することも多くなり、実はドンキから火がついた人気商品というのもあるようです。

一般人が増えたのは、むしろ最近ですよ。元はDQN御用達のお店だったのです。

Q万葉集と農民(庶民)の生活を詠った和歌

社内報を担当している友人と飲んだ時に和歌を勉強していると口を滑らしたら(飲んでいる時なので少し自慢げに…(^_^;A)今度の社内報で農民の生活と和歌といったテーマで書いてくれと依頼を受けてしまいました。
貴族文化が成熟してくると、農民とかの生活は、雅でないものですから、歌になっていないので、万葉集辺りで書こうかと思い立ちましたが、数少ない知っている万葉歌の中で貧窮問答しか思いつきません。
愚かにも飲んでいる勢いで安請け合いをしてしまった小生に、良い歌をお教え下さい。m(_ _)m

それ以外の和歌でもお教えいただければ幸いです。独学している新古今には1~2首しか無いので。

Aベストアンサー

>飲んでいる勢いで安請け合いをしてしまった
濁世の憂いを払うありがたい玉箒も、度が進むと陶酔の勢いから、まるで「鍋の鋳掛けが釣鐘を請け合ったよう」な成り行きに、「酔いて狂言醒めて後悔」とは誰しもよくある、また幾度も繰り返すこと日常でありますが、それにしても大変なテーマではありますね。

「日本書紀では「百姓」「民」「庶民」「兆民」「黎民」「黎元」「居人」などをオホミタカラ・オオムタカラと訓んでいる」(小学館「古語大辞典」)ということで、「万葉集 おほみたから」で検索したら、万葉集4516首から田や畑を抽出した一覧がありました。ご参考まで。
「水土の知 万葉集の田畠に見る」http://www.geocities.jp/no_tohoku/mizututi/manyou.html

ところで歌人たちにしても、ただ花鳥風月に縁った風流韻事を専らにするだけではなく、むしろオホミタカラの現実生活の諸相に寄せる形で己の喜怒哀楽の表現を活性化させていたのではないでしょうか。

「衣手に 水渋(みしぶ)付くまで 植ゑし田を 引板(ひきた)我が延(は)え 守れる苦し(巻8-1634)」
袖が水渋で色が変わってしまうほど懸命に植えた田─それほどまでに手塩にかけた娘─を荒らしにくる外敵を追い払うため鳴子を張り巡らして番をするなど、「守れる苦し」。

「娘子(をとめ)らが 続麻(うみを)のたたり 打ち麻(そ)掛け うむ時なしに 恋ひ渡るかも(巻12-2990)」
麻撒き・麻刈り干しと手間をかけた麻糸を績=続(うむ)作業が、これもまた倦む時なく続く、それほどまでに「恋ひ渡るかも」。

「然(しか)とあらぬ 五百代(いおしろ)小田を 刈り乱り 田蘆(たぶせ)に居(を)れば 都し思ほゆ(巻8-1592)」
大伴旅人の異母妹にあたるお姫様が農繁期に自家の荘園に手伝いにいって詠んだ歌には、鳥獣から田守する番小屋での寝泊まりなどといった庶民の暮らしにほとほと懲りてしまい、とにかく「都し思ほゆ」と。よくもまあ、こんなちっぽけな田圃のくせにとこぼす歌の中にも、大化以前の耕地面積の単位取りや、穂首刈りではなく根刈りして稲束を地面に扇状に広げて干した、そんな刈り取り風景が仄見えてきます。同じ大和の地の農夫が「稲機」を発明し、それ時の政府が奨励するには9世紀半ばまで待たなければならなかったとか。

>飲んでいる勢いで安請け合いをしてしまった
濁世の憂いを払うありがたい玉箒も、度が進むと陶酔の勢いから、まるで「鍋の鋳掛けが釣鐘を請け合ったよう」な成り行きに、「酔いて狂言醒めて後悔」とは誰しもよくある、また幾度も繰り返すこと日常でありますが、それにしても大変なテーマではありますね。

「日本書紀では「百姓」「民」「庶民」「兆民」「黎民」「黎元」「居人」などをオホミタカラ・オオムタカラと訓んでいる」(小学館「古語大辞典」)ということで、「万葉集 おほみたから」で検索したら、...続きを読む


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