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『アマデウスの中で、モーツァルトの死後、サリエリはなぜ自殺を図らなければならないほど苦しまなければならなかったのか?』
の質問の答えがわかる方いらっしゃいますか?アマデウスを見たことのある方、ぜひ、この質問の答えを教えてください!!

わけのわからない質問ですみません。緊急なもので・・・

A 回答 (2件)

サリエリは音楽を愛し、努力の末、宮廷音楽家となりました。

(なんて簡単な説明でしょう!)
彼は、その才能を与えたもうた神に感謝を捧げ、彼自身の作品を愛したのです。ところが、突然現れた天才モーツァルト(下品な若僧)の音楽は、サリエリの作品を陳腐なものにおとしめ、あろうことか、密かに憧れていたプリマドンナさえつまみ食いされてしまうのです。悲劇であることは、サリエリにはモーツァルトの音楽を理解できるだけで、彼自身にはその才能がないことを知っていたことです。
そして、その嫉妬と苦しみは、十字架を燃やして、モーツァルトを出現させた神に復讐を決意するにまでエスカレートします。
サリエリには彼の音楽が全てだったのでしょう。
それが、歳月が経ち、宮廷も没落し、彼の音楽が人々から忘れ去られていくことで彼自身の存在までが否定、忘却されることに精神のバランスが取れなかったのだと思います。
アマデウスは、サリエリの回想として話が進みますが、モーツァルトを殺したというのも本当はでっち上げかもしれないという見方もあると思います。
わざわざ自分から広めていたことになってますから。
忘れ去られた自分と比べ、死後ますます評価の高まるモーツァルト。これに乗じて、自分の音楽、名誉、存在をとりもどそうとする試み。

ということで、苦しんで、自殺未遂をしますが、そこにはモーツァルトを死に至らせた罪悪感というものは無いのでは、と(私は)思ってます。あくまで、彼の芸術=音楽=彼自身が消滅する危機感で精神が破綻した。

映画のストーリーを書きすぎてはいけないのですが、キーワードとして載せますと
凡庸なるもの(Mediocrities)と天才
神と人間、芸術の永遠性と死すべき定めの人間
こんなのが、この映画の中心にあったのでは、なんて思います。
専門家の方は既に評論をされているはずですので、どなたかサイトをご存知の方が回答をくれると思います。(ごめんなさい、私は探すのがへた)
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この回答へのお礼

とても詳しく説明していただいてありがとうございました。ものすごく感謝しています!
わたしはこの映画を見ていなかったのですが、yogirinさんのおかげで、だいたいのあらすじみたいなものはわかりました。
ほんとにほんとにありがとうございました!

お礼日時:2001/07/10 12:51

サリエリはモーツァルトの天才的な才能に気づきながらもそれを嫉み、モーツァルトが自分を慕っているのを逆手に取り、善意の振りをしながらモーツァルトを精神的にも追い込んでいき死に至らせました。



モーツァルトの音楽を内心愛していたのに、どうしても自分にはその領域まで到達出来なかったその苦しみ。宮仕えの音楽家としてのプライド。モーツァルトを死に至らせた罪悪感。それらが相まってサリエリ自身も精神的におかしくなっていったのだと思います。
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この回答へのお礼

こんなに早く回答がくるとは思ってなかったのですごくびっくりしてます。
ojoryさんの回答、すごく役に立ちます!しかもこんなに詳しく説明していただいて・・
ほんとにありがとうございました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

お礼日時:2001/07/10 00:58

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