病気治療中にカツラをかぶっている人

以前の私がそうでした。

どうしてか友達は病気そのものよりも髪が気になるようでした。

完治してみれば 傷口に包帯を巻いていただけ、治ったから包帯がとれただけ。
っていうくらいのことです。
治療していたから抜けた、でも治ったから生えた。

たったそれだけのこと。

この気持ちはカツラで生活したことのある人にしか分からないのですかね。
もしかしたら病気治療前の私もそうだったのかもしれません。
あれってカツラじゃね?って言ってたかもしれません。

どうして世の中の人はそんなにカツラかそうじゃないのかが気になるのかが悩みです。


カツラだったら面白いなっていう気持ち、少しあってのことでしょうか?
病気でなくハゲでカツラをかぶっているオッサンを滑稽だと思うのと同じでしょうか。
それも今思えば何がおかしいんだろうって感じですけど。

A 回答 (1件)

同じように思ったことがありました。


転校生がそうでした。
考えれば、色々な理由は考えつきます。

誰も聞かず、噂はする、面白がる。
何を思い、言わないのか、わからないが言わない人もいた。

「なってみれば分かる」はなっていない人は分かる訳がないを理由を盾に、言う人の気付きは得られないと思います。
なったことがなくても考える人の共感理解を挫きます。

違うようで繋がりがあると思うのですが、カツラに限らず、今、感情に任せる言うべきか、考えるまでにいけない。
好き嫌い止まりの原始人になる。
好き嫌いを言える場を日常的に与えられている現状に量的に多く嫌い発言をするほど、咄嗟に感情に任せて言動する。
現実場面での学習能力が低い、と私は考えていますよ。
今後このまま教育に組みこまず放置したままだと、個人の事情に他人が好き嫌いで傷つけても自覚がない。
嫌いという己の生理を理由に他人の事情を無視する。
その行為が許されるほど、逆に自分も傷つけられるときが廻ってくる。
ということで、悪い世の中になって生きづらくするばかり。
不倫報道にしろ、自分とは無関係の人にまで、自分の憎しみ感情をあてがう。
そういう感覚とこれは繋がっている。
自分の攻撃性には自覚がない。
言う気持ち良さ優位。
面白さが考えるより優位なのですよ。
そのような言動に同意していない私は、多数派の中で黙ります。
SNSも意見は自分が気になったこと、感情的なものばかり。
せめてもの無言は主張と自己防衛ですよ。

考えれば、本当に何がおかしいんだろうですよ。
気になるなら家族内でいつまでも好き嫌いをやっていろ。
意見する場では考えてものを言うことは出来ないのか。
自分の好き嫌いをダダ漏れさせて人を攻撃している自覚を、日本、親、誰か教育させてくれと思います。

人間に自由になる道具を持たせると考えない人は、これほど我欲に負け、一瞬で堕落できるものだとも思います。
カツラに限定出来ない、思いやりとかにすり替えると、感情優位には反発心を煽り逆効果。

人格形成の時期にいる子には大人がだらしなくて申し訳ないですし、よい歳をした大人が失いかけている価値感がある、問題かもしれない。

意味のある質問ありがとうと思います。
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この回答へのお礼

深いです。
好き嫌いで人を攻撃。
正しいことを言った(つもり)人のドヤ顔。

一般的に正しいと言われる意見を自分の意見のように通す。
が、裏ではカツラを笑い、関係もない人の病気が気になる。
心配ではなく興味本位で。

お礼日時:2018/02/07 22:09

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