古代哲学とヘーゲルの弁証法思想の関係についてA4レポート用紙5枚書かなくてはなりません。締め切りがせまっているのであせってます。誰か教えてください。

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A 回答 (2件)

未だに締め切りを過ぎていないのでしょうか?え~し~

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以下の本が参考になると思います。

図書館などで探してみてください。

金子武蔵訳『精神の現象学』1971 岩波
中埜肇著『ヘーゲル哲学の基本構造』1979 以文社
加藤尚武著『ヘーゲル哲学の形成と原理―理念的なものと経験的なものとの交差』1980 未来社
加藤尚武編『ヘーゲル読本』1987 法政大学出版局
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Qヘーゲルの弁証法

ヘーゲルの弁証法についてですが、
教科書では「正」を蕾、「反」を花、
「合」を実としています。
この例えが一体何を意味しているのかが分からないのですが、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 いちおう大学院でヘーゲル読みをやらかしていた者です。泣かされました。はい。

 まず、「実はヘーゲルは《正・反・合》という言葉は使ってない」という事実がございます。それに近いことを言っているのは、むしろフィヒテではないかと思います。高等学校の倫理の教科書などでは、わかりやすさを追求してのことか「正・反・合」としていますが。
 そして、「ヘーゲルの弁証法って何?」という問題に答えるのは、やっぱり簡単じゃありません。彼の『論理学』でも、大まかに「移行」「反省」「展開」と、3通りほどの「弁証法的運動」が語られています。それに、彼は何でもかんでも三拍子のリズムに無理やり押し込んでしまうクセのある人ですから、押し込んだモノによってはどうしようもない無理が出てワケがわかんなくなったりもしております。たぶん、彼自身、わかってない。

 が、きわめて大まかではありますが、「より全体的・包括的な見方、考え方へと上昇していく運動」とは言えようかと思います。「より全体的・包括的な方へ」です。それ考えますと、「蕾=正」「花=反」「実=合」という説明は適切とは思えません。「実」が「全体」であるかのように読めてしまうからです。No.2のkequさんが引用されている箇所は、そうは言っていません。「蕾と花と実は、同時に両立せずに交代するが、それらはその植物にとって一時的なあり方であり、それらが生まれ、消えていく過程そのものがその植物の全体である」といったあたりです。「その植物」とは蕾「だけではない」、花「だけではない」、実「だけではない」、しかして、そのすべてである、と。
 この「だけではない」というのが aufheben です。このドイツ語の動詞は、「捨てる」という意味と「保持する」という意味の両方を持つ、実にややこしい言葉なのですが、ヘーゲルはここに大きな意義を認め、好んで多用しています。「前段階の見方、考え方では、絶対的で固定的で自立的なものに見えていたものが、次段階では相対的・流動的・従属的なものとして、より全体的な認識のごく一部にすぎなかったことがわかる」、と、そんなときに、前段階の認識が「aufhebenされた」と言うわけなんです。大きく脱中心化され、価値を減じられたけれども、でも保持されているというわけで。

 ということですので、その譬えの意味は、実は「蕾も花も実も、それだけでは植物の全体ではない、それらが交代するサイクル全体こそが、その植物の全体像である」といったあたりです。

 このへんの説明で、実は別のところに書いた「仮面ライダー編」てのもあるんですが…すいません、ちょっと見つからなくて。

 いちおう大学院でヘーゲル読みをやらかしていた者です。泣かされました。はい。

 まず、「実はヘーゲルは《正・反・合》という言葉は使ってない」という事実がございます。それに近いことを言っているのは、むしろフィヒテではないかと思います。高等学校の倫理の教科書などでは、わかりやすさを追求してのことか「正・反・合」としていますが。
 そして、「ヘーゲルの弁証法って何?」という問題に答えるのは、やっぱり簡単じゃありません。彼の『論理学』でも、大まかに「移行」「反省」「展開」と、3...続きを読む

Q【哲学思想・構造主義】今の主流は何主義ですか?古代ギリシャのプラトン(イデア)→ニーチェ(ニヒリ

【哲学思想・構造主義】今の主流は何主義ですか?

古代ギリシャのプラトン(イデア)→ニーチェ(ニヒリズム=虚無主義)→サルトル(実存主義)→構造主義→?

今は構造主義の時代?

もう構造主義は古い?

構造主義ってどういう思想なのか簡単に分かりやすく教えてください。

今の主流主流思想も教えてください。

どういう思想の流れですか?

思想の歴史の流れも簡単に分かりやすく教えてください。

Aベストアンサー

OKWaveのマルチポストの質問にも回答がついてゐましたとほり、流行を追ふことではなく、自分で考へること、それが哲学です。特別変つたことが述べられてゐるわけでもなく、部分にこだはるなとか、主体性を持てとか、生きる意味はむづかしいとか、現実ではつかめないすばらしい世界があるとか、そんな常識的に考へられることがいかにも高尚な思想であるかのやうに、もてはやされてゐるだけなのかもしれません。

Qヘーゲルの弁証法

ヘーゲルの弁証法で、

正⇔反
 ↓
 合=正⇔反
    ↓
    合

というカタチのわかりやすい例を教えてください。
 

Aベストアンサー

次のような例はどうでしょう。

貴族制⇔封建制
     ↓
  絶対王政⇔共和制
        ↓
       立憲君主制

Qヘーゲル弁証法なんですが

「ヘーゲルの弁証法とはある意見(正 テーゼ)に対して、それの反対意見(反 アンチテーゼ)とが対立するなかで、それぞれのいい点を合わせたもの(合 ジュンテーゼ)を考えだす論理」なんですか??学校でこう習ったのですが納得いかないんで・・・。わかりやすく教えてください。

Aベストアンサー

思想の例がいいんじゃないかと思って、参考程度に
自由は追求するととてつもない差別が生まれます。
一般的に貧しいものはより貧しく富めるものはより豊かになりますね。富の差が生じますね。
一方、平等は追求すると一切の自由を束縛します。
自由は制限され一番多い貧しいものにあわせると貧しくなりますね。貧しさの平等ですね。
そういう意味で自由と平等は。正と反ですね。
この正と反の壮大な文明実験が自由主義国家アメリカと共産主義国家旧ソ連の例と考えてよいでしょう。
この自由と平等を正と反とすると合とはいかなるものかということですが、自由で平等な足して二で割ったような国家は現実的に存在出来るかといえば、それはないでしょう。自由と平等の矛盾を内在し、それを乗り越える第三の道、それが合というものでしょう。
でも200年の文明実験でもいまだに解が無いところをみると合はわりと難しいことなんですよね。東洋的には中道とか中庸ですね。簡単にいいとこどりしたものが合というものでは無いということですね。

Qヘーゲルの弁証法について

あまり詳しいことは知りません。素朴な疑問なのですが、ヘーゲルにおける弁証法で、大きな役割を果たす「止揚」は、これはこうだ、という必然的な原理なのでしょうか、それともこうあってほしい、という道徳的な要請なのでしょうか。的外れな質問かもしれませんが、どうか意見を聞かせてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 申し訳ありません。逆質問になります。「必然的原理なのか、道徳的な要請なのか」というご質問は、『法哲学』序文に見える「現実的なものは理性的であり、理性的なものは現実的である」との命題に関連したものでしょうか?

 ご質問そのものに関しては、「ヘーゲルは現実を《~すべき》という当為(道徳的要請)を乗り越えて《~ねばならない》という必然・義務において捉えようとした」とお答えできます。『論理学』の第二部「本質論」の「現実性」に見える記述、ならびに『法哲学』における「道徳性」の位置付けから、そのことははっきりと申し上げられます。

 どのような問題関心をお持ちなのか、もう少し詳しくお示しいただけたら、他にも何ごとか語れると思いますが、いかがでしょう?


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