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昭和20年代から30年代(1945-1955)の環境・景気・暮らしなどをまとめて簡単に教えてもらえれば助かります。その10年間を比べてみて分かる違いなども出来たらお願いします。ネットや教科書を読んでも内容が難しく、あまり理解できませんでした。3分間程の短いスピーチを近々するので、参考にさせてもらいたいと思います。

質問者からの補足コメント

  • 1月15日(木)(2日後)までにお願いします。

      補足日時:2018/02/13 01:27

A 回答 (2件)

昭和40年前後に、日本は高度経済成長により、一大転機を迎えます。


どんな転機か?と言うと、戦後の焼け野原からの復興に向かって、国や国民が、急速に「豊か」になったワケです。

高度経済成長時代は、別名「一億総中流」とか、世界からは「最も成功した社会主義国」などとも揶揄されたのですが、貧富の格差などが、余り無かった時代です。
ちなみに現在は、それがやや二極化傾向(世界的にはそれが普通なんだけど・・)で、「勝ち組」「負け組」などとも言われますね。

では、終戦直後はと言うと、まず「一億総貧乏」くらい。
物資が乏しい時代で、特に「食糧」など現物の価値が高いと言うか、とにかく物資が乏しいから、カネを出してもモノが手に入らない様なところからスタート。
私の父などは、「口減らし」のため、農業をやってる地方の親戚に、ちょくちょく預けられたそうです。
そこから復興が始まって、復興が本格化すると、各種の生産活動も活発化し、高度経済成長を誘引したワケです。

その頃の状況は、たとえば発展途上国などをイメージすれば良いのですが、身近で言えば、「サザエさん一家」とか「ちびまる子」の世界感?
すなわち、祖父母と同居とかは当たり前で、ご近所さんともやたら懇意。
それはなぜか?と言うと、要は「貧しかったから」に他なりません。
それが高度経済成長期を経て豊かになって、「核家族化」みたいなも発生しました。
それ以前は、新婚夫婦だけでは、家庭や生計の維持が難しい時代だったんです。
家族とかコミュニティーで、助け合って生活してきたってことです。

たとえば、面白いことに、少子化の現代の方が、保育園問題とかが発生してるでしょ?
第一次ベビーブーム,第二次ベビーブームの頃は、両親が共稼ぎでも、同居の祖父母(波平さんやフネさん)が子供の面倒を見たり、ご近所(伊佐坂先生とか、裏のおじいちゃん)で預かり合ったりするのも普通だったので、さほど問題にはならなかったんです。
だからサザエさんでも、時々、パートやバイトする話の回がありますが、そんなのも気軽に出来るワケ。

「向こう三軒両隣り」って言う言葉はご存知ですかね?
たとえば、「引っ越ししたら。ご挨拶に行かねばならないお宅」みたいな使われ方もしますが、なぜご挨拶に行かねばならないか?と言うと、行く行くは親戚付き合いみたいな感じになる可能性が高いんです。
私が完全にが物心が付いた昭和50年前後でも、ご近所には必ずじーさん,ばーさんがゴロゴロ居たし。
「向こう三軒両隣り」のご家庭の家族構成や間取りくらいは、当たり前の様に知ってました。
一方では、ご近所のガキどもが、ウチの家で晩飯を食って帰る風景なども、そんなに珍しくなかったし。
逆に他所のお宅でご馳走になることもしばしば。
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この回答へのお礼

丁寧に説明してもらい本当に助かりました。例なども上げてもらったおかげで分かりやすかったです。本当にありがとうございました。

お礼日時:2018/02/15 20:08

それは無理です。


過去には情報を伝える手段がありません。
二日後の一月には…
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この回答へのお礼

無茶な質問をしてしまい、本当に申し訳ないです。もう一度詳しく調べてみたいと思います。

お礼日時:2018/02/15 20:11

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