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デッサンなど訓練を積み重ね、技巧上達の果てに到達するものが「写真のような絵」ですが
「写真のような絵」を見てもカーボン紙トレースで描いたものか全く分かりません。

よって、
パースやデッサンの良し悪しよりも「写真のような塗装処理」を評価されているのでしょうか?

上達すればするほど「カーボン紙トレース並の正確な絵」に近づくのでジレンマがあります。

私の質問の本意は
・「評論家は作者の制作様子を見てないからカーボン紙トレースはどんどんやるべき。
  ただし、マスコミなど誰にもアトリエ内のカーボン紙の存在を知られてはいけない」
・「実際、ファンの前で公開制作をしてカーボン紙使ったら非常に格好悪いので
  その際に困らないようにフリーハンドでカーボン紙トレース並の正確さが可能な技術を
  習得するべきだ」

上記のどちらが正解でしょうか?

「写真のような絵」だけが「価値ある絵」ではありませんが、
 ここでは「カーボン紙トレース」が邪道なのか正道なのか知りたいです。

補足
・カーボン紙が当たり前の版画業界は除外します。ここでは油絵内での範囲でお願いします。

質問者からの補足コメント

  • いいえ、油絵

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/03/14 15:54
  • ご回答ありがとうございます。

    ・ところで、「はかり棒」・「デッサンスケール」はデッサンで用いる<立派な公認の技術>ですが
     これらの技術を利用して写真から油絵の下書きに複写したら、それは邪道とお考えでしょうか?

    ・仮にオーダーメイド肖像画制作会社でカーボン紙トレースしているとします。
     それは無価値と思いますか?
     私は先生から「絶対、「似た他人の顔」になってはいけない」「似た兄弟の顔もダメ」と
     指導されたので肖像画においてアタリ線などの下書きがない絵は信用できません。
     目の位置など1mmでも違いがあると他人の顔になります。ので正確性を求める肖像画においては
     カーボン紙トレースは適しているのでは?と思っています。
     どう思われますか?

    ・「トレースはどんどんやるべき、そして制作状況を公開します」というスタンスの成功した画家が
     居ますが、どう思われますか?やはり買いませんか?

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/03/14 16:25
  • ご回答ありがとうございます。
    貴方の価値観を否定する意図は全くありません。あなたの価値観で問題ないです。

    ①貴方は「はかり棒/デッサンスケール」を初心者用補助道具と捉えており、プロはそんなもの
     使わずにフリーハンドで描くべきだと考えたのでしょうか?
     それとも「写真から模写せず現物から模写するべき」(はかり棒/デスケ使用可)でしょうか?

    ②実際、「写真並に写実的な具象画」があった場合、もし可能であれば
     作者に「これ写真からトレース?現物からフリーハンド?」と確認してから
     感動するかどうか評価を下したいという本心があるのでしょうか?

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/03/14 20:30
  • 相手の本心を聞き出すために質問の本意(詳細)を省くインタビュー手法があります
    私の質問本意に構わず自由に本心で答えて欲しかった意図でした
     ホキ美術館ご存知ですか?具象画美術館です。私も感動しませんでしたが例外で磯江毅のような絵は好きです。現時点では「写真のような絵」は目指していません。理由はホキ美術館です

     また申し訳ないですがお願いします。回答の是非は任せます
    路上のCDラジカセで好きなビートルズが流れていたら感動しますか?
    そのCDがビートルズか高精度コピーバンドか分からない状態です
    簡潔に申すと
    貴方は最初に「その人の目と技術を通して描かれたものでないと」と述べました
    「フリーハンドで実力で描いた絵」と
    「カーボン紙など道具で描いた絵」の(名画贋作並の)同じ絵があり、
    どのように「その人の目と技術で描かれた絵」か判断しているのか知りたいのです
    (私の質問はおかしいと思いますが)

    No.4の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/03/15 14:31
  • 回答は(おそらくあなたと同じ)いいえです。
    アーティスト達は自分の展示会で展示物を充実させるため自然とA0サイズ以上の大サイズ画になります。大サイズ画なので画像をキャンバスにプロジェクター投影の上に塗装したり、9割スタッフ1割作者が筆入れる作品だったり、デッサンスケールや定規も使う、それが標準となっている制作状況において「この状況でカーボン紙トレースは認められているの?」と疑問が湧いた次第です。
     これに関しては貴方の「作者が決める事」で納得です。
    が、本人の手が1割しか入ってない作品が標準になっている状況において、貴方の「その人の目と技術を通して描かれたものでないと」の基準があり、前補足で述べた「感動した同じ絵」があった場合、(識別不可だけど)どの様に(論理破綻しないように妥協して)落とし所を決めているのか考えが知りたいのです。

    No.5の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/03/15 18:16
  • 騙していません。贋作の話ではありません。物の例えで贋作並に同一性が認められる同じ絵の事です。

    「フリーハンドで実力で描いたリンゴの絵」と
    「カーボン紙など道具で描いたリンゴの絵」の(名画贋作並の)同じ絵が

    並列して設置してあります。貴方はそれらを同時に鑑賞したとします。

    どのように「その人の目と技術で描かれた絵」か判断しているのか知りたいのです。

    貴方の意図は下記で合っていますか?
    貴方にとって感動を覚える良い絵を見かけました(購入してません)、後日、その絵の制作に
    はかり棒/デッサンスケール使用が判明したら
    「その人の目と技術で描かれた絵」の非該当になり、がっかりする。それだけの話。

    No.6の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/03/15 23:32

A 回答 (6件)

>どの様に(論理破綻しないように妥協して)落とし所を決めているのか



んー、落とし所というのは無いのかも知れません。
私自身深い造詣があるわけでもありませんし、知らぬが仏で墓場まで行けたのならそれはそれで良いのだろうとは思います。
ただ真実を知ったときはものすごくがっかりするだろうし、怒りも覚えるかも知れない。
以後、そういう人や世界とは距離を置くのは間違いないでしょう。

あとは騙された自分を戒めつつ、そこから学び取って自らを向上させるしか無いでしょうね。
あえて言えば、それが落とし所なのかな。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

騙していません。購入後の話でも贋作の話ではありません。物の例えです。名画贋作並に同一性があるという意味です。
あなたの目の前にリンゴの同じ絵が2枚並んでいます。
一方は「フリーハンドで描いた絵」、一方は「はかり棒/デッサンスケールなど道具使って描いた絵」。
この状況で貴方の「やはりその人の目と技術を通して描かれたものでないと」の基準でどのように機能/評価/判別/判断しているのか知りたいのです。
名画贋作並に同一性がある絵の前で、その基準は機能しないから、どのように落とし所を決めているのか?
原因不明ですが入力したNo.6への補足が表示されない(変な所を表示する)ので一方的に質問締め切る事にしました。

お礼日時:2018/03/16 03:56

ビートルズが特に好きなわけではありませんが...


1960年当時にビートルズのコピーバンドが存在したとして、オリジナルを知らなければコピーバンドで感動したかも知れません。
オリジナルの存在を知らないままなら、コピーを好きになるかもしれません。

では逆にお聞きします。
あなたがコピーバンドだったとして、ファンが出来たとします。
オリジナルの存在を隠しますか?
ファンを騙し続けますか?
そんなことにあなたの存在意義があるとお考えになれますか?
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何にこだわってるのかまったく、さっぱり理解できませんが.....



①貴方は「はかり棒/デッサンスケール」を初心者用補助道具と捉えており、プロはそんなもの
 使わずにフリーハンドで描くべきだと考えたのでしょうか?
 それとも「写真から模写せず現物から模写するべき」(はかり棒/デスケ使用可)でしょうか?

プロだろうが初心者だろうが、自分を通して描かれていない線に意味があるとは思えないというだけです。
写真からでも現物からでもそこは気にはなりません。空想だって構わない。

②実際、「写真並に写実的な具象画」があった場合、もし可能であれば
 作者に「これ写真からトレース?現物からフリーハンド?」と確認してから
 感動するかどうか評価を下したいという本心があるのでしょうか?

そんな考え方をしたことは一度もありません。
なぜなら、具象画に対しては感動したこともないし、感動の対象だとも思っていないからです。
あるとすれば、「上手な絵だな」と感心するくらいです。
ビートルズを聴いて感動したとしても、ビートルズのフルコピーバンドを聴いて感動しないのと同じです。
本物の音は彼らの感性を通して絞り出された音なのに対し、コピーバンドは単にレコードの音に近づけることだけが目的で出てくる音だから意味がないんです。

「写真のような絵」を目指しておられるようなので、道具を駆使して描かれたら良いのではないですか?
プロセスよりも成果に意味があるのでしょうから、それをコソコソ隠す必要もないでしょう?
最初に書いたとおり、描く人が決めればいい話だと思います。
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私の個人的な価値観でいいんですよね?



・ところで、「はかり棒」・「デッサンスケール」はデッサンで用いる<立派な公認の技術>ですが
 これらの技術を利用して写真から油絵の下書きに複写したら、それは邪道とお考えでしょうか?

はい。

・仮にオーダーメイド肖像画制作会社でカーボン紙トレースしているとします。
 それは無価値と思いますか?
 私は先生から「絶対、「似た他人の顔」になってはいけない」「似た兄弟の顔もダメ」と
 指導されたので肖像画においてアタリ線などの下書きがない絵は信用できません。
 目の位置など1mmでも違いがあると他人の顔になります。ので正確性を求める肖像画においては
 カーボン紙トレースは適しているのでは?と思っています。
 どう思われますか?

そういうのは、写真がない時代に自分の姿を描かせた時代の話であって、それはそれで需要があったでしょう。
現代においても多少の需要はあるのでしょうが、それは芸術という分野の絵画だとは思えませんね。

・「トレースはどんどんやるべき、そして制作状況を公開します」というスタンスの成功した画家が
 居ますが、どう思われますか?やはり買いませんか?

トイレに飾る害のない絵としてなら買うかも知れませんが、心を豊かにするために求める絵画としては買わないと思いますね。

もし自分がプロの芸術画家だとすれば、そういうプロセスで描く絵に人生を無駄使いしたいとは思えない。
お金を稼ぐ手段と割り切った仕事ならありえますがね。
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描く人が自分の価値観で決めれば良いことです。


極限まで写真のような絵に価値を見出す人もいれば、そんなものに何の価値もないと考える人もいる。
空想だけで描く人もいれば写真を見て描く人もいるし、現場を見ながら描かないと価値がないと思う人もいる。
カーボン紙で下書きしたければそれでも良いし、正解とか不正解とかいう問題でもないでしょう。

個人的には、カーボン紙で下書き(デッサン)した絵には興味を持てませんし、お金を出すきにもなれません。
やはりその人の目と技術を通して描かれたものでないとと思っています。
また、「トレースはどんどんやるべき。でもそれを知られてはいけない」って、健全な芸術家の精神とは思えない。
「この青の出し方は私だけの秘密」というのとはわけが違います。
どちらかと言うとものすごくインチキな考え方でしょう。
技術習得のプロセスとしてはありかも知れませんが。
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白黒の絵?

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