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第二次世界大戦の太平洋戦争では、日本軍=海戦のイメージが強く、我が母校でも、真珠湾攻撃、ミッドウェイ海戦、マレー沖海戦といった海の戦いを取り扱った教科書で、第二次世界大戦を学びました。では、陸軍は一体どういった戦いが有名なんでしょうか?
また、硫黄島の戦いでは、戦艦による艦砲攻撃や爆撃などで、三日で堕ちる。と言われたのに、実際は1ヶ月もかかったみたいです。
なぜこんなに日本軍は耐えたのでしょうか?

A 回答 (11件中1~10件)

硫黄島からの手紙を見ればわかりますが島全体を要塞にして栗林将軍の指揮の下で戦いました。


ww2での日本陸軍の戦いかたはベトナム戦い方にも影響を与えました。
硫黄島ではありませが一人で二百人のアメリカ兵殺した船坂弘軍曹などの活躍などがあります
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マレー作戦なんか、読むと、ヒャッハー日本軍スゲーってあなたの大好きな話でいっぱいなんじゃないかな。

その後、敵性華僑といって中国人大虐殺、これもあなたの大好きな話でしたっけ。
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陸の戦いで思い出すのはペリリューの戦いですかね。

日本の兵力の4倍ものアメリカ兵が押し寄せてきた戦いで当初は2、3日で陥せるとアメリカは踏んでいましたが日本の必死の抵抗やゲリラ戦に持ち込んだ戦い方などでアメリカは大損害を被ります水際でアメリカ兵が多く死にビーチが米兵の血で染まったことから今でもそこのビーチはオレンジビーチと呼ばれています。結局日本軍は玉砕するも玉砕までにかかった時間は二ヶ月半。さらにアメリカの被害や出て行った資金も莫大な数になりました。この結果アメリカ軍は日本軍との戦方を一から考えないといけませんでした。しかもこの戦いで賞賛できるところは現地住民の死傷者が0だというところです。日本軍が最初に原住民の避難をさせていたのでこの結果になりました。
硫黄島も単純にゲリラ背に持ち込んだからです
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>陸軍は一体どういった戦いが有名なんでしょうか?



・シンガポール攻略戦

当時のイギリス極東における要でしたが、
マレー沖で主力艦が沈むなど、日本の攻撃で追い詰められ、
司令官のパーシバル中将が降伏を受け入れました。
この時にあまりにも見苦しい対応だったので
山下中将が「(降伏は)イエスかノーか」と迫りました。

・フィリピン攻略戦

当時のフィリピンは米国の統治下にありましたが、
日本の攻撃で追い詰められ、司令官のマッカーサーは
後をウェンライト中将に任せ部下を見捨てて逃走しました。
この時の発言が「I shall return」
マッカーサーはこのことをものすごく恨んでいたので、
ミズーリでの降伏文書調印式にウェンライト中将と
パーシバル中将を招待しました。

・インパール作戦

中国を支援する連合国が、物資を供給するための
いわゆる援蒋ルートを遮断するために行われた作戦。
補給が続かず多くの犠牲者を出したため、
無謀な作戦の代名詞にもなっています。

・大陸打通作戦

泥沼の日中戦争と言われますが、初期の上海事変からの南京占領、、
それに続く広東攻略戦以後は大きな軍事行動は少なくなりました。
戦争末期に中国からの連合軍攻撃を阻むため行われたもので
実は日本陸軍が史上最大規模の動員兵力で行った作戦。
一応成功はしましたが、初期の目標は太平洋方面の劣勢で
あまり有効ではなくなりました。

・パレンバン攻略戦

日本の空挺部隊が本格投入された作戦。
戦前は「空の神兵」として有名。

・沖縄攻略戦

ある意味有名です。
ちなみに、この時戦死した米軍のバックナー中将は
第二次大戦において米軍で交戦中に死亡した最高位の軍人。




>なぜこんなに日本軍は耐えたのでしょうか?

陣地構築等の準備をしっかりとしていたから。

初期の上陸作戦であるタラワ攻略戦では、日本側は水際で
防衛していましたが、弾薬庫と司令部に直撃を受けたので、
まとまった作戦がとれずに数日で全滅しました。
ただし10倍の戦力差でも米軍の死傷者は非常に多く、
以後は十分な事前準備で艦砲射撃等を行うようになりました。
このように、水際殲滅という上陸直後で装備が不十分な時に
攻撃する方法に対して、それを研究をした米軍によって
艦載砲の攻撃や爆撃で陣地がつぶされました。
そこで、敵を上陸させて敵味方が混在すれば味方の被害を考えて
艦載砲等が使いにくくなるので、ある程度上陸させて攻撃しました。
硫黄島以外にも、先年天皇陛下が御幸されたペリリューなども
この方法で長期に持ちこたえました。
(ペリリューでも第一海兵師団の司令官が
 「2,3日で攻略できるから土産に日本の司令官の
 刀を持って帰ってくれ」と余裕でしたが、
 日本軍の抵抗で全滅判定を受けるありさまでした)

ちなみに、艦載砲はたしかに直撃すれば大損害ですが
地下だと当たらなければどうということはないものです。
水際殲滅では発砲で位置が知られて直撃されるので
被害が増えます。
また、よく言われる万歳突撃は装備や兵員が底をついたため
捕虜になるより突撃を選んだから。
補給の無い島嶼戦では物資がなくなれば徹底抗戦するのは困難で
硫黄島などのように移動して補給を受ける環境を整備して
持ち場を離れることを認めればそれなりに抗戦できました。

捕虜が少ない理由は、リンドバークの手記にあるように
米軍が捕虜を取ることを面倒がって降伏した日本兵を
殺害したことも一因と思われます。
これは同じ地域でも対応した米軍を比較して
捕虜の数に顕著な差があることからも判ります。
(「捕虜は取らなくていい」と命令した指揮官もいるそうです)
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硫黄島では「玉砕はしないで最後の一人になるまで戦う」が全員のモットーだったので、米軍は日本軍よりも被害が大きかったのです。



 これが、日本軍のお決まりのパターン(失礼)の玉砕をしたら、米軍はかなり軽微な被害であっと言う間に硫黄島を占領する事ができたのです。

 ただし実際に戦った人はこの世の生き地獄だったと本に書かれてました。
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> 第二次世界大戦の太平洋戦争では、(中略)


> 陸軍は一体どういった戦いが有名なんでしょうか?

大まかには以下のURLを参考に。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5 …

> また、硫黄島の戦いでは、(中略)
> なぜこんなに日本軍は耐えたのでしょうか?

よそが短期間で陥落したのは、総員突撃して自ら玉砕したからでしょう。硫黄島での最高指揮官だった栗林忠道について書かれた本が幾つも出ていますので、読んでみてはどうでしょうか。ちなみに、栗林は陸軍の師団長で、指揮下には海軍部隊も入っていたみたいです。
http://www.shinchosha.co.jp/book/135281/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%97%E6%9E%97 …
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人に聞いてばかりじゃ面白くないでしょ。


雑誌丸のバックナンバーでも買ってみて。
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>陸軍は一体どういった戦いが有名なんでしょうか?


 ⇒フィリピン・マレー攻略戦、ビルマ攻略戦とか。

>硫黄島の戦いでは、戦艦による艦砲攻撃や爆撃などで、三日で堕ちる。と言われたのに、実際は1ヶ月もかかったみたいです。なぜこんなに日本軍は耐えたのでしょうか?
 ⇒日本軍がそれまで行っていた水際迎撃作戦を捨て、地下陣地を構築して持久戦に転換したから。それから、戦艦の砲弾でも爆弾でも、一定の深さをもった地下壕をつぶすのは至難の業だったそうで。そこにこもった兵士を掃討するには結局ひとつひとつ歩兵でつぶしてゆくしかなかったようです。だから時間がかかったと。
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誰かに次ぐと言うよりかはご自分のタダの趣味ですね」←まっ 此処は あなたの頭の中の世界・・



あなたが そう思うのなら そうでしょうね・・
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世界大戦の子孫への教訓は 其処では無いと思うよ・・



悲惨な結末にしか ならない戦争を 未来に継がない事を教えただけだとしか・・

あなたの観点が其処なら それはあなたの自由だが 世界大戦の本当の意味は 絶対其処では無い・・と 言い切れる・・
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この回答へのお礼

誰かに次ぐと言うよりかはご自分のタダの趣味ですね。

お礼日時:2018/04/05 07:37

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