アレルギー対策、自宅でできる効果的な方法とは?

なぜですか?
頭の悪い人間や努力できない人間、性格の悪い人間や倫理観のない人間は殺してしまうか、奴隷のような立場を与えれば良いという考えもあると思うのですが、なぜ人権が存在すると考えられ守らねばならないと考えられていて、そのように社会はできているのですか?
感情論ではなく、歴史や事実、理屈に基づいて教えてください

A 回答 (8件)

「その方が、国という単位で見てトータルで得だから」です。



社会的貢献があろうとも、疾病事故その他で障害を負ったら「あなたには、もう人権はないよ」とか「あなたの人権は制限するよ」となれば、努力も貢献もしないでしょう。したとしても、自己のためだけで、危険な要素を少しでも感じれば逃げ腰になるはずです。「障害のある子には人権はないよ」となれば、ただでさえ大変な出生に更にブレーキがかかります。

イメージ的には、米軍などの「どんな犠牲を払おうとも、仲間を助ける、助けに行く」と旧軍の「また、特攻に失敗したのか。次は敵に被害を与えられなくとも、確実に戦死してこい」では、どちらが忠誠心を発揮するかの違いです。

そこまでの仕組みを解説(手の内を晒した、という方が適切)した法はないので、事実に基いた説明ではありませんが、理屈上は上記の通り「得だから」です。
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その様な人が多い民主主義だからでしょう、多数決で決めるとそうなるって事です。


何が良くて何が悪いかはその時代によって違うだろうし、在日に生活保護を遣ってる国ですからしょうがないでしょ。
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>頭の悪い人間や努力できない人間、性格の悪い人間や倫理観のない人間は殺してしまうか、奴隷のような立場を与えれば良いという考えもあると思う


優生学ですかねぇ・・・・一時期流行ったんですよ。まあ現代の人はほとんど生まれていない時代のはなしですが・・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%84%AA%E7%94%9F …

んで、この優生学ってのが行き過ぎたんですよ。それによって歴史的な大虐殺みたいな話になっちゃったのです。
そっからですかね?人権とか言い出したの。
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> なぜ人権を守らなければいけないのですか?



一言で言えば、それが法律やルールだからで。
また、「法治」が進むと、自然に人権や人命は尊重されていくことになるのですよ。

たとえば、人類最初のスポーツとも言われる「レスリング」などは、初期にはルールも何もない、殺し合いの様なものも多々存在します。
要は相手を戦闘不能状態にすれば勝ちで、殺しても再起不能にしてもOKでした。
そこから、目潰しやら金的などは反則などとする「ルール」が出来、現在の様な、少なくとも死亡事故はまず無い、かなり安全な競技へと進化を遂げたワケです。

戦争とかでも、昔は皆殺しとか、市民への攻撃や暴行など、何でもアリだったものが、国際法やハーグ条約などで、市民への攻撃とか捕虜の虐待などを禁じ、人権や人命の尊重に向かいます。

逆に、21世紀の現在でも、充分に人権が担保されていない国はゴロゴロしてますが。
日本の近くで言えば、北朝鮮などは世界でもトップレベルの人権無視国だし、大国の中国も人権軽視の国として、国連などの国際機関から是正勧告なども受けてます。
これらを総じて言えば、独裁国やら軍事政権などで、「法治」よりは「人治」の色合いが濃いんですね。
すなわち、人権は何によって担保されるかと言うと「法」なんだけど、為政者や政権の中枢が、立法や司法も掌握していれば、「法」より上に「人」が来ちゃうワケです。

まあ、為政者や中枢の人物にとっては、非常に都合は良いのですが・・。
ただ、国としてはかなり不利なんです。

なぜかと言うと、同じルールを共有する国々には、相手にされにくいから。
たとえば質問者さんがレスリングするとして、相手のみ「目潰しやら金的攻撃がOK」なんて言う条件では、戦えないでしょ?
サッカーでも将棋でも、同じルールを共有するから、一緒に競技が出来るワケで、違うルールの相手とは、同じ競技はできないんです。

ビジネスで言えば、「奴隷OK」と言う国と、価格競争しても勝てませんし。
奴隷と言う国民は、決して豊かにもなれませんし、下層が多くて貧しければ、国も豊かにはなれません。
その典型の様な国が、北朝鮮などです。

人権などをルールを守る国の一つが日本であって、いわゆる先進国と言うカテゴリーに含まれる各国も同様。
結果や事実から見れば、人権尊重国や法治国家の方が、豊かで幸福なんですね。

無論、人権の概念は、損得勘定で発生したものではありませんが、人権を尊重した結果、民主主義の様な合理的な社会システムも成立し、更にその結果、多くの国民が豊かで幸福で安全で・・と言う国に発展したワケです。
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現代の私たちの持っている人権という思想は、17世紀イギリス革命から18世紀後半から19世紀前半のフランス革命を通して形成されたものと考えられます。



逆に言えば、それ以前は人権と言う思想はありませんでした。
封建制度の下で、人には優劣があり、領主は、領民に対し絶対の権力を持っていました。
すなわち、頭が悪く(教育がありませんから)、努力のできない(努力しても生活は変わらない)、性格が悪く倫理観がの無い領民は殺してしまうか、領主の奴隷として暮らしていました。

歴史的に見ると、人権という発想が無く、奴隷のような立場の人間のいる社会は無数にあり、むしろ人間社会ではそちらの方が多数派に思います。
そして、どのような人が奴隷のような立場になるかというと、基本的には生まれか、民族か、戦争の敗者であって、能力・倫理観などと言うきれいごとで支配階級・奴隷階級が選ばれることはありませんでした。

北朝鮮の金日成も、カンボジアのポルポトも、ソ連のスターリンも、倫理的理想社会を目指したはずでしたが、結局支配階級の独裁と、平民の奴隷化を生んだだけです。

頭の悪い、努力できない、性格の悪い、倫理観のないといった基準は、極めてあいまいで、通常は支配階級の恣意的支配の口実に陥ります。
結局、支配階級の恣意的抑圧を避けるためには、イギリス権利の章典、フランス人権宣言に見るような、人権は全ての人間に平等に与えられた権利とするしかなくなります。
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感情論ではなく、歴史や事実、理屈に基づいて教えてください


 ↑
人権、という概念はキリスト教に由来する
モノです。

キリスト教の神は全知全能の創造神です。

人間を創ったのも神ということになっています。

神が人間を創ったのだから、その人間の利益を
奪ったり、命を奪うことが出来るのは神だけで
あって、人間が奪うことは許されない、
と考えます。

人間以外の動植物やモノは違います。
あれは人間のために神が創ったのだ、とい
うことになっています。

この場合、神を持ち出したのでは、異教徒には通じません。
それで、人権、という概念を持って来たのです。

人権は自然法によって与えられた権利だから
侵害できない、という構成をしたのです。

自然法=神

なのです。
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ここでなんたるかから初めて、現代社会の在り方まで人権を主軸に語るのはかなり難しいと思います。



膨大な史実(啓蒙期から確立までの思想の流れなども含めて。「人」とは?から始まりますw)、論争、哲学的な解釈(理屈)や事件を盛り込んで現代社会が人権を守ろうとするのかうまく語れる方果たしていらっしゃるのか・・・。

テーマが大きすぎるかもしれないですね。
うがった見方をすると質問文冒頭のちょっときついものの言い方などから「お遊びなのか」という印象すら受けますが、
悪いテーマではないと思います。ただこういったところではもっと適当な質問範囲や条件があると思います。
どうせイチから知りたいならご自分で文献をひもといていかれたほうがよろしいかと思います。

回答でなくて申し訳ありません。
あえて今言えるだけのことを少しだけ。
「人権」などというものは無くても生きていけます。実際「人権」が謳われる前にも私たちの祖先は存在したわけですから。今この瞬間でも地球上に「人権」が存在しない場所というのはたくさんあります。そしてそこでも人間が生きています。「人権」はその概念が存在した時期と存在しなかった時期が明確にあり、その概念が確立したあとでは厚く保護されているところと、黙殺されているところがあります。
それぞれでそこに生きる人たちに何が起きるのか比較してみると、「人権」がどんな役割を果たしているか見えてくるかもしれません。(ここで史実となると大変スグル)
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基本的人権が言われるようになったのは、現行憲法からです。

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