[PR]ネットとスマホ OCNでまとめておトク!2つの割引で月額基本料が【永年1,300円/月割引】

最近NHKの新撰組を見ているのですが、私にはどうして新撰組がうけるのかわかりません。
このドラマが、というわけではなく、新撰組の存在自体のことです。
ペリーが来て、新しい時代が来そうな時、武士ではなかった人が武士になりたくて組をつくったんだけど、結局は内輪もめばかりの、内部殺害ばかり。。(浅間山山荘事件のひとたちと同じにみえるのですが、こっちは悪者あつかいですよね)
池田屋事件も、結局は日本の開国、(発展)を遅らせてしまったわけだし、歴史上足を引っ張った存在にみえてしまうのですが。。

新撰組が支持される理由はなんなのでしょうか?
坂本竜馬や明治維新の話がすきなひとも、また新撰組をすきなのでしょうか??

歴史をわかってないので、変な質問なんだとおもいますが、教えてください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (9件)

新撰組も坂本龍馬も


現在のそれらのイメージを作ったのは司馬遼太郎と言われています。
popo22さんの発想は、司馬以前の多くの日本人のそれと何ら違いはないと思います。戦前や戦後間もなくは新撰組は悪役の暗殺集団というイメージでした。「鞍馬天狗」では悪役で出てくるのがよい例です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

なるほど、理解できました!
おへんじありがとうございました

お礼日時:2004/10/17 18:24

 どんなものでも見る人や見方により感じ方は変わるものです。

『新撰組』にしても、今まで色々小説やドラマになってきて、その数だけ『新撰組』の見方があると思います。

 実は今『壬生義士伝』のDVDを見終わったところで涙が出て仕方ありませんでした。NHKの大河ドラマの出来の悪さは昔から有名(史実と違う、原作と違う、原作に登場しない人が登場する)で、ほかの本を読むかしないと分からないんじゃないでしょうか。

 幕末から明治にかけての時代は、思想は違っても日本人一人一人が上から下まで身分に関係なく一生懸命駆け抜けた時代であり、短命で散っていった人も多くいた時代です。日本人は死んでしまえば敵・味方を区別しない国ですからそういう生き方が日本人に好まれてきたんだと思います。(パッと咲いてパッと散る『桜の美学』に通じるところがあると思います、『鮎』が好まれるのも同じ理由ですが)

 NHKの大河ドラマを見ている人なら『壬生義士伝』はいいと思いますね。あと悪く言う人もいますが司馬遼太郎の小説は日本史の知識ゼロの外国人にも分かるように書かれた小説でいいと思いますよ。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございました
参考になりました!!!

お礼日時:2004/10/17 18:26

明治政府にしてみれば、憎っくき敵ですから徹底的に朝敵あつかいをして、鞍馬天狗世代までは、新撰組大嫌いな人が大半だったのではないでしょうか、しかし、戦後、埋れていた記録や書籍が着目され、それまでの宣伝が嘘であり、無思慮で野蛮だったのは、討幕派であった事が徐々に明らかになってきたからだと思います。

新撰組が登場するまで京都は、浪士の狼藉蛮行で酷い状態で治安も無ければ京都守護職の面目も丸つぶれでした。新撰組登場で治安は飛躍的に良くなり、当時の京都での評判は抜群で隊士はモテモテ、入隊希望者は続々と集まりました。(中には、多くの討幕派の間者も含まれており、正体がばれて処刑又は切腹になった者もいました)。たしかに初期の新撰組(芹沢一派が居た頃)は、本気で評判を落としましたが、その後の評判は、非常に良かったのですが、明治政府公認の悪者になってからは、一方的な情報操作で評判を落とし、今その嘘に気が付いた人たちにより再評価されているのだと思います。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

お返事ありがとうございました
参考になりました!!!

お礼日時:2004/10/17 18:27

歴史の展開には殆ど影響のない新撰組ですが、


 1)純粋であること
 2)強いこと
この2点が、人を魅了するんじゃないでしょうか?

覚めた目で批判すると、志の高い青年のくせに世の中の流れの大局を見極める事は得意でなかったり、組織の秩序を維持するため手段に「粛清」を選択してみたりと、不細工なまでにバランス悪い連中で、ご指摘の通り浅間山荘事件の連合赤軍と通じるものがあるとおもいます。
しかし、信じたものに命をかける純粋さと強さは、その不細工さを差し引いてもなお、多くの人が無意識のうちに持っている「美学」を刺激するんじゃないかと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございました
参考になりました!!!
武士が、もう時代の流れを感じ倒幕に傾いていくなかで、武士ではなかった新撰組がお上のために守ろうとするのは、やはりどこかで大局を見極める力がないように思えてなりません。くにのため、人々のためというよりは「武士」や「お上」を守りたかったように思えて、共感できないのかもしれません。また香取信吾演じる近藤がいつも、だまっていて、自分はこうしたい、ああしたいというところが少ないので、ますます何がやりたいの?とおもってしまったのだとおもいました。

お礼日時:2004/10/17 18:34

毎週見ている一人です。


「忠臣蔵」と共通する要素があると思います。
長い歴史の中で比較的短期間にドラマが完結し
登場人物が多彩、もちろん多くの脚本家が
何度となく大衆に受け入れられるように改善改良し
多くの日本人が登場人物の人となりを理解している。
一言で言えば話が有名だという事が一番の要因だと思います。
中年以後の人達には一度以上ドラマを見ている筈ですし、
その時々の自分の過去の余韻に浸り、いつも口ずさむ
愛唱歌のような意味合いもあると思います。

それぞれの中身については歴史観から意見は分かれると思います、
現在のイラク情勢にも重ねて考えられるますし、
見方によってはどちらもテロリスト集団ともいえます。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

お返事ありがとうございました
参考になりました!!!

お礼日時:2004/10/17 18:43

新撰組は好きではありませんが、分析すれば・・・



「滅びの美学」ですね。
時代の流れに逆らって、負けると分っている戦に命を懸ける・・・白虎隊も同じでしょう。(動機の純粋さにはだいぶ差がありますが)

「ラスト・サムライ」での、侍としての生きざまをかたくなに守る姿勢に、共感を覚える日本人が多いということです。

尤も、ご指摘のように「新撰組」は侍の出身ではなく、武士の魂が根源にあるとは言えませんが、結果がそのように見えるから受けているということでしょうね。

浅間山荘事件の犯人たちと比較するのは、時代背景からして無理だと思います。
当時は、いわば「戦争」状態で、新撰組は幕府軍に参加した兵隊で、寄せ集めによる統率の不徹底はあっても、「公的な軍隊」ですから、その行動に対する非難も少ないわけです。
一方、赤軍は、テロによる国家転覆が目的ですから、いってみれば「アルカイダ」と同じです。つまり、「犯罪者」ですから、評価されないわけですね。
尤も、革命が成功していれば、今頃は新撰組どころではない「大英雄」でしょうけど・・・

この回答への補足

あの時代列強がアジアに進出してきて、もたもたしていたら、他のアジア諸国のように植民地にされていたのではないでしょうか?そういう意味では、それまで200年(くらい?)泰平な世だった江戸時代をすて、ちょんまげを切り、刀をとって、士農工商をやめ、勉強をし、近代化をすすめていくことになった、討幕派や明治維新の人たち、それについてった庶民はすごいなと思います。それに比べると、従来に固執している新撰組が新鮮ではないし、内輪もめばかりでダイナミックさもないようにおもえます。

補足日時:2004/10/17 18:56
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございました
参考になりました!!!

お礼日時:2004/10/17 18:44

新選組がうけるワケとしては、日本人特有のいわゆる『判官贔屓』でしょう。


滅び行くものたちに対する哀悼と惜別の念から来ていると思います。

日本史上最強にして最後の剣客集団をもってしても、時代の流れには逆らえず、崩壊していく……
そんな状況に対してある種の美しさを感じても、それは可笑しくはないと思います。

歴史上足を引っ張った、とありますが、それは後世の我々が歴史という名の結果を知っているから言えることであって、当事者たちではある彼らはそこまで分かりません。

土方らがつくりあげた『局中法度』による内輪もめの内部殺害も、彼らのような寄せ集めの烏合の衆が、流れていく時代の中で生き延びるためには、必要だったと思います。

悪と必要悪。
改革と保守。
生と死。

そんな相反する極限の状態の中で、生きて、そして死んでいった彼らに対し、人気が出るというのも、うなずける話だと思います。


無論、彼らがただの殺人集団として、忌み嫌っている人たちだってたくさんいますよ。
それはそれで仕方のない話です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございました
参考になりました!!!
私はあのドラマを詳しく見ていないせいか、新撰組がなにを守ろうとしていたのか、わかりません。お上でしょうか、武士という地位でしょうか?
京の町の治安をよくしたという面からみると、人々のためなのか。しかし仲間を殺すことでしか解決していないし、近藤が、坂本竜馬や西郷隆盛のように国のビジョンをしっかりと描けていたのか疑問です。なにかあれば、アイズ公に従うばかり。
後世の世代だからこそ、そこまで支持しなくていいのではないかとおもえます。
自害でしか物事を解決しない姿勢は、いまの自爆テロとにているのではないかとさえ、思えてきました。(いいすぎかも)武士の道とははたしてそんなものなのでしょうか。

お礼日時:2004/10/17 18:52

popo22さん始めまして。

小生京都壬生寺と同じ町内に生まれ育ち八木邸の今の住人とは同窓生ですが決して新撰組にいい感情は抱いていませんよ、どちらかといえば小さい頃から悪者のように思っていました。新撰組がうけていると言うよりは、NHKの大河ドラマであると言うブランドと今をときめく三谷幸喜脚本、香取慎吾主演その他、今流行りの人気タレントを多数起用しているから幅広い層にうけているだけだと思うのですが。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございました
参考になりました!!!

お礼日時:2004/10/17 18:54

 日本の社会ってわりと古いもの戦いじゃ


ないですか。

 新しいものは何かいい方向に社会を
変えてくれるイメージがあるんで、

新撰組が新鮮組って語感で伝わって
印象がいいのでしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございました
参考になりました!!!

お礼日時:2004/10/17 18:25

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q新撰組の魅力って何ですか?

新撰組ファンの方は多いと思いますが、どうしてそこまで新撰組は人気があるのでしょうか?

自分の抱いている新撰組のイメージは
・幕藩体制を終わらせ天皇中心の政治に動こうとしている時代の流れを読めずに、
・農民が武士に憧れ、
・憧れたがゆえに局中法度で変に規律を守ろうとして、背いたら仲間であっても殺す。
・更には尊皇攘夷派の人間を池田屋事件で殺害し明治維新を数年遅らせた。
・その後大政奉還が終わった後も、無意味に「武士らしくあろう」として抵抗して死んでいった。
というものです。(間違ってたら指摘してください)

日本の歴史上それほど大きなエポックメーキングな事件を起こしたわけでもなく、かと言って、信長や竜馬のように、「ああ、もっと生きていてくれれば、日本をどんな風に変えてくれるだろう」という期待が持てる人物というわけでもない(と、自分は思っています)。

新撰組ファンの方、一言で語ってくれても良いですし、長く熱く語ってくれても構わないので、教えてください。(決して新撰組批判を目的とはしていません)

ちなみに、評判の高い「燃えよ剣」は過去に2度ほど読もうとしましたが、2度とも途中挫折してしまいました。

新撰組ファンの方は多いと思いますが、どうしてそこまで新撰組は人気があるのでしょうか?

自分の抱いている新撰組のイメージは
・幕藩体制を終わらせ天皇中心の政治に動こうとしている時代の流れを読めずに、
・農民が武士に憧れ、
・憧れたがゆえに局中法度で変に規律を守ろうとして、背いたら仲間であっても殺す。
・更には尊皇攘夷派の人間を池田屋事件で殺害し明治維新を数年遅らせた。
・その後大政奉還が終わった後も、無意味に「武士らしくあろう」として抵抗して死んでいった。
というものです...続きを読む

Aベストアンサー

時流に逆らい、鉄の規則に縛られた緊張した日々を送り、『武士らしくあろう』として無意味に死んでいく・・・というのは、ある人が見れば間抜けかもしれませんが、また別の人から見ればたまらなく魅力的で共感できる生き方だったりするのかもしれませんね。

一般に新選組というと『倒れゆく幕府のために戦い続け、節義を守り抜いて散っていった』という悲壮美みたいなものが、やっぱり一番の魅力なんだろうと思いますが・・・
ただ、私は二十年くらい前に『燃えよ剣』を読んで土方歳三のファンになったというありがちな人間なんですが、私にとって土方歳三の魅力というのは『悲壮美』という暗いものではなく、もっと明色な感じです。
すなわち、もともと田舎剣術に励んでいたに過ぎない農民の子が、時代の混乱に乗じて成り上がったというサクセスストーリー。アメリカンドリーム。そういう明るい痛快さを感じます。
倒幕側の人間は新選組の中でも特に土方を怖れ、彼が隊士を率いて巡察にくると蜘蛛の子を散らすように逃げたと言いますが・・・もとこれ単なる農民剣客だったにもかかわらず、威風堂々と京の町を闊歩する土方さんはさぞかし気持ち良かったろうなあと、その場面を想像すると思わずニマニマしてしまいます。

またこの人は、真剣を握っての個人的な戦闘力はもちろんのこと、新選組の実務を掌握するチームリーダーとしても、後には京都時代とは少し違う『戦争の指揮官』としても能力を発揮したそうで、そういう多才ぶりにも惹かれます。腕も立つし頭も切れる、度胸は据わってるしおまけに美男子で女にもモテる、私も『男はかくあらねば』と思った一人です(笑)。

土方歳三個人のことばかり書きましたが、近藤勇や沖田総司についてもおおむね似たように感じます。剣の腕だけを頼りに混乱に乗じてのし上がった彼らについては、悲惨な末路に同情するよりは『よくやったなあ、痛快だったろうなあ、それなりに本望だったろうなあ』という感じですか。

彼らの行動が正しかったのか、歴史的意義はあったのかとなるとこれはまた別の課題でしょうし、私にはその辺りはよくわかりませんが・・・新選組には『男のロマン』みたいなものをついつい感じてしまいます(笑)。

時流に逆らい、鉄の規則に縛られた緊張した日々を送り、『武士らしくあろう』として無意味に死んでいく・・・というのは、ある人が見れば間抜けかもしれませんが、また別の人から見ればたまらなく魅力的で共感できる生き方だったりするのかもしれませんね。

一般に新選組というと『倒れゆく幕府のために戦い続け、節義を守り抜いて散っていった』という悲壮美みたいなものが、やっぱり一番の魅力なんだろうと思いますが・・・
ただ、私は二十年くらい前に『燃えよ剣』を読んで土方歳三のファンになったという...続きを読む

Q何故新撰組は?

何で新撰組は教科書にちっっとも載っていないんですか?
人を斬ったりはしましたが、一応「警察」ですよね。
ドラマになるぐらい有名なのに、教科書には新撰組の事はかすってもいません。
なので最近まで新撰組は架空の組織だと思っていました(恥
父に聞くと
「あれは人斬りの集まりだから子どもの教育上よくないと思ったんだろ」
と言われました。
詳しく教えて下さい。

Aベストアンサー

人斬りの集まりだから、ということではないと思います。歴史における新撰組の寄与度が少ないためではないかと思います。幕末、維新で活躍した人物で挙げられるのは、大久保利通、西郷隆盛、木戸孝允等維新の三傑と言われる人物や、高杉晋作、坂本龍馬などがいますね。そのほか、思想家としては吉田松陰、佐久間象山などがいます。また、幕府側の人物としては、徳川慶喜、松平容保、勝海舟、榎本武揚などが挙げられます。これらの人物に比較して新撰組の歴史への影響力というのは少ないのではないでしょうか。確かに、池田屋事件では尊皇攘夷の志士を何人も逮捕したり殺害しています。そのために明治維新が遅れたと言われていますね。しかし、それにしてもそれほど大きな事件ではありません。それよりも文久3年の8.18の政変、文久4年の禁門の変、第一次長州征伐等の方が重大事件です。上に述べた以外にも新撰組に関係しない重要な人物や事件は幾らでもあります。明治以後、新撰組は歴史小説等で紹介され、その生き方に共鳴する人がたくさん出て、有名になりましたが、歴史の流れの中では主役とはなりえず、単に脇役にしかないのではないでしょうか。ですから、私は新撰組は赤穂浪士とほぼ同じものであると考えています。

人斬りの集まりだから、ということではないと思います。歴史における新撰組の寄与度が少ないためではないかと思います。幕末、維新で活躍した人物で挙げられるのは、大久保利通、西郷隆盛、木戸孝允等維新の三傑と言われる人物や、高杉晋作、坂本龍馬などがいますね。そのほか、思想家としては吉田松陰、佐久間象山などがいます。また、幕府側の人物としては、徳川慶喜、松平容保、勝海舟、榎本武揚などが挙げられます。これらの人物に比較して新撰組の歴史への影響力というのは少ないのではないでしょうか。確か...続きを読む

Qなぜ新選組は戦い続けたのか?

 新撰組はずっと新政府軍と戦ってました。
何回も負けたのに何故戦い続けたのでしょうか?

 回答お待ちしております。

Aベストアンサー

新撰組は戊辰戦役は戦い続けた、というのは問題です。

 新撰組は箱根戦役の時点で、甲陽鎮撫隊(こうようちんぶたい)に改称させられ解散したことになっていますし、
 幕命としては奥羽越列藩同盟との共同戦線に正当性はありません。

 従って、鳥羽伏見から箱根までの戊辰戦役までしか戦績はありません。

 隊員自身も多くが脱退している現状をみれば、事実上、大政奉還によって新撰組の存在意義はなくなっているとも言えます。(解釈次第ですが)

 ただ、彼らは戦い続ける必要性があったと考えるべきでしょう。

 逆上・逆恨みの激しい長州の被害妄想の維新志士は、
禁裏を犯し、国内を内乱状態にし、テロ活動に励んだ外道・野蛮人で、それを取り締まった新撰組に正当性は揺らぎません。
所詮は明治維新は暴力革命であり、しかも全く形式的正当性も踏まないものです。

 長州の私怨の対象として、新撰組・会津藩は徹底的にイジメられる運命だったでしょう。

 つまり、好まなくとも、長州の連中が攻撃してきたと考えるべきでしょう。

 戦う意思がなくても、逆恨みで人の尊厳を傷つけるような行為ができる長州人が明治時代の主役だったという事実は、
「戦う気のない人間すら、戦いに追い込んだ暴虐無道の所業」
というべきものでしょう。

 新撰組は新政府軍と戦ったのというよりも、暴虐無道の長州のテロリストと戦わざるを得なかった・・・という歴史観の方が妥当であり、

その暴虐無道の長州の明治維新を見つめなおすためには、新撰組は戦い続けることを選んだのかもしれません。

 
 

新撰組は戊辰戦役は戦い続けた、というのは問題です。

 新撰組は箱根戦役の時点で、甲陽鎮撫隊(こうようちんぶたい)に改称させられ解散したことになっていますし、
 幕命としては奥羽越列藩同盟との共同戦線に正当性はありません。

 従って、鳥羽伏見から箱根までの戊辰戦役までしか戦績はありません。

 隊員自身も多くが脱退している現状をみれば、事実上、大政奉還によって新撰組の存在意義はなくなっているとも言えます。(解釈次第ですが)

 ただ、彼らは戦い続ける必要性があったと考え...続きを読む

Q新選組って、京都で嫌われてた?

こんばんは!
最近友人と大河ドラマに付いて話をしていたときに、その友人から「京都の人って本当は新選組嫌いでしょ?」と言われ、ビックリしてしまいました。
私は京都市の近くに住んでいますが、そんなことは知りませんでした。
本当に京都(京都市)の人は新選組が嫌いなんでしょうか?
またそれは何故でしょうか?

具体的なお話を(こんな事があったから嫌い、見たいな)ご存知でしたら、ぜひ教えてください。

では、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

漫画やドラマなどで美化されたイメージがあるので、最近、新撰組が好きって人が増えてますが、実際の新撰組は漫画やドラマのように美男子ではありませんし、町の人間の迷惑など考えず、かなりやりたい放題で実際は幕府の威を借りたチンピラ集団でしかありません。
もともと武士ではありません。
今で言えば芸能人にあこがれて上京してきた田舎のチンピラってところでしょう。
それを幕府に利用されて人殺しの許可を得たので喜んで人殺しをしていた集団です。

有名な池田屋事件では店の主人は新撰組が踏み込んだ時、逃げろと言って、倒幕派の人間の味方をしていることからも分かるように世間の人は倒幕派の味方です。
もちろん、新撰組が幕府から貰っている金を落としてくれる店の人たちは感謝していたかもしれませんが・・・

警察手帳を持ったヤクザっていうのが、新撰組の真の姿です。

逆に坂本竜馬や桂小五郎に代表される倒幕派の人間は、本物の武士ですし、これからの日本のことを本当に考えているインテリも多いですし、刀を振り回して迷惑をかけることはなかった訳です。

これで世間の人がどちらを応援していたかは、一目瞭然でしょう。

漫画やドラマなどで美化されたイメージがあるので、最近、新撰組が好きって人が増えてますが、実際の新撰組は漫画やドラマのように美男子ではありませんし、町の人間の迷惑など考えず、かなりやりたい放題で実際は幕府の威を借りたチンピラ集団でしかありません。
もともと武士ではありません。
今で言えば芸能人にあこがれて上京してきた田舎のチンピラってところでしょう。
それを幕府に利用されて人殺しの許可を得たので喜んで人殺しをしていた集団です。

有名な池田屋事件では店の主人は新撰組が踏み込...続きを読む

Q子供を産んだことのない女性の特徴

子供を生んだことのある女性と、そうでない女性とは、肉体的精神的に、どのように違うのでしょう

か?というのは、うちの会社には、女性の管理職が二人いるのですが、

二人共、40歳を越えて独身。もちろん、子供はいません。

私の妻は、私との間に、3人子供がいて、年齢も、その二人と同じくらいです。

妻と彼女たちを比べると、言葉では言い表せにくいのですが、肉体的にも精神的に

も、妻の方が丸みや優しさがあるような感じがします。それに比べて、件の二人は、ちょっと何か殺

伐とした乾いた感じと言いましょうか、冷たいような、そんな印象を受けます。

もともと、女性の体というのは、子供を生み、育てるような、機能になっているわけで、そのような

機能を、40歳過ぎてまで利用しないということは、やはり何か精神的、肉体的に、影響を

及ぼすのではないか、と考えるのですが。皆様はいかがお考えでしょうか?

Aベストアンサー

結婚はしていましたが、子どもに恵まれなかった叔母がいました。(過去形なのは、60代で亡くなったからです。)
肉体的には、出産した人よりも卵巣がんにかかりやすいと聞きます。実際、叔母は卵巣がんで他界しました。

わたしにとっては尊敬できる叔母でしたが、子どもがいる人と比べると、「何か違うな」という気持ちはありました。
以下、「何か違う」という部分について言います。

子どもがいる人は、精神的にも、肉体的にも、常に子ども中心の生活になります。
妊娠、出産してから、少なくても成人するまでの間、責任が伴う生活を強いられることになります。
その間20年です。自分のことならまだしも、自分以外のひとつの人格を持った人間として、毎日毎日接していかなければなりません。その覚悟が必要になってきます。

当然、精神的に鍛えられます。精神的に強くならざるを得ない状況になります。
それと同時に、母親としての温かさ、やさしさを併せ持たなくてはいけません。
子どもに対しての強さと温かさ、これが同時に必要になってくるのだと思います。
これが母性と言われるものではないでしょうか。

子どもを持たない人は、ひとりの人間を育てる仕事ではありません。
専門的な仕事を持ったとしても、自己責任で向き合えばいいだけです。
子どもに対しての責任、自分のことだけを考えればいい責任、その大きさや覚悟には大きな違いがあるはずです。

子どものいない人は、良くも悪しくも自分の生活中心です。
衣食住、すべてにおいて、自分が欲しい物を好きなだけ買えます。
子どもがいると、そういうわけにはいきません。
まずは、子どものこと(もの)、その次に自分のこと、です。
自分以外の人間のことを優先に考える習慣、これが知らず知らずのうちに身についてしまうのかもしれません。

「子をもって知る親の恩」という言葉がありますが、「親の気持ちはこうなんだ」、「親は、こんなふうに自分を育ててくれたんだ」と理解できるのは、子どもを持ってこそ、本当に理解できるものです。
子どもを産んだことのない人は、その言葉を本当の意味で理解できていないように思います。
親の気持ちや、その有り難さは、実際に自分が親になって経験したからこそ、理解できることではないでしょうか。

結婚はしていましたが、子どもに恵まれなかった叔母がいました。(過去形なのは、60代で亡くなったからです。)
肉体的には、出産した人よりも卵巣がんにかかりやすいと聞きます。実際、叔母は卵巣がんで他界しました。

わたしにとっては尊敬できる叔母でしたが、子どもがいる人と比べると、「何か違うな」という気持ちはありました。
以下、「何か違う」という部分について言います。

子どもがいる人は、精神的にも、肉体的にも、常に子ども中心の生活になります。
妊娠、出産してから、少なくても成人するまでの...続きを読む


人気Q&Aランキング