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先日、友人と、犯罪者の、犯罪を犯す時点での精神状態に関して
議論になりました。
私は、現行の憲法にあるように、
心神耗弱の者は、この罪を減ず。
心神喪失の者は、この罪を罰せず。でしったっけ?
これでいいと思う、というか、
やはりそのようでなければならないと思うのですが、
彼は、そのようなことだから、佯狂が出てくるんだ、
結果的に重い罪を犯した者は厳重に処罰すべきだ、というんです。
確かに、法で罰する意味とは、次に起こる犯罪の抑止力にあるのだし、
罰しないことによって佯狂の犯罪者が出てくるのでは意味がありません。
特に、私は先日、堤真一主演の「憲法第39条」を観たばかりなので、
佯狂に関しては結構考えさせられました。
でも、ちょっと乱暴すぎないでしょうか。
犯人が次の犯行にうつるのを防ぐ必要性はあると思うのですが、
正常な人と同等に扱い同等の罰をくだすというのまではちょっと…。
そして、彼はこうもいいます、殺人のような重大犯罪を犯す者は、
その瞬間は、そもそも正常な精神状態ではないだろう、
正常か異常かという議論自体が無意味なのではないかと。
そう言われて、私は何も言い返せなくなってしまったんですが、
実際、普段正常な人間が瞬間的に異常な心理に陥って犯罪を犯すのと、
普段から異常な人間が異常な心理で犯罪を犯すのとはどう違うのでしょう。
この二者の犯罪の差異を誰か説明して下さい。
また、正常と異常とを的確に判断するということは可能なのですか?
教えて下さい。

A 回答 (6件)

 1.異常な心理もその本人の持つ性質の一部であるから、


  裁かれて然るべき。
    
 2.その普段から異常と言う人は、社会的責任を持っていないのでは
  ないか?
  なんらかの障害で法律的に子ども扱いされている人ならば、
  異常な心理を持つかどうかという事ではなくて、
  子ども扱いされているというその一点で罪を免除されてるのでは
  ないか?

  人の行動は、常に外部の影響を受けているので、現実的には
  全て責任転嫁する事は可能です。例えば社会が悪い、育った環境が悪い、
  夏の太陽が悪い等。
   異常な心理が自分の意志に反して犯罪にせきたてたというのも
  同じような理論です。現実には正しいかもしれませんが、
  法律はそういうものとは別で、
  罪に対しては情状酌量というところを残しながらも
  ある程度罪に対して、因果応報といった事をしないといけないのです。
   
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この回答へのお礼

なるほど、正常か異常か的確な判断がつくのか、ということ以前に、法律にはその性質故の穴がある、ということに思い至りました。
そうすると、法律の中にある情状酌量という論理とは本当に不完全なものなのですね。破綻してますね。
今回、他の方の意見も参考にして自分なりに考えてみたところ、法治国家に生きる者として、足下を揺るがされたような気がします。
自分を罰するもの、自分を守るものである法律が実はこんなに不完全な曖昧模糊としたものだったなんて、と思わされました。
まあ、人が人を裁くなんて、そんなものなんでしょうねえ。
いろいろと考えさせられました。ありがとうございます。

お礼日時:2001/07/17 16:49

正常と異常とを的確に判断するには、当然、基準が必要です。


しかし、そんなものがあるのでしょうか?
まぁ、権力と権威によって基準ができていますが、、、

>実際、普段正常な人間が瞬間的に異常な心理に陥って
>犯罪を犯すのと、普段から異常な人間が異常な心理で
>犯罪を犯すのとはどう違うのでしょう。
これは、議論の余地がものすごくある問題だと思いますが、
私個人は、犯罪を計画するという状態が、すでに異常だと思います。
ついカッとなって、という精神も問題ですが、むしろ、
綿密に冷徹に犯罪を計画する精神の方が、異常ではなかろうかと、、、

いずれにせよ、法律というシステムで、全てを解決する
事は不可能です。
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この回答へのお礼

なるほど。そういう考え方もありますね。ありがとうございます。

お礼日時:2001/07/17 16:24

詳しい者ではないのですが、分裂病という病気は、神経症や鬱病と違って普段からコミュニケーションが取りにくい状態に置かれます。

つまり、完全な狂気ではないにせよ、普通の人が理解できない妄想に取り付かれ、それに沿った言動を繰り返します。例えば、宇宙からの電波が僕に世界を守れと言っている…というように。そのとき自分がおかしいかもしれないとは、ほとんど考えません。その延長線上で起こった犯罪は、彼に正常な判断能力がなかったとして、裁かれません。ただし、そのような人が犯罪的行為に荷担する確立は、特別に高いわけではありません。笠原嘉の『精神病』(岩波新書)によれば、犯罪率は刑法犯で0.1%、有罪人員は0.6%だそうです。

今回の大阪の事件は、詐病ですよね。佐賀のバス乗っ取りの少年も、確か精神病とは、診断されていないし、神戸の連続児童殺傷事件の少年も「その傾向がある」とされただけでした。その意味では、精神病者による犯罪の例をわたしは知りません。

正常と異常の違いは極めて相対的です。精神分析家のエーリッヒ・フロムは、『正気の社会』の中で、普通手を1時間以上洗う人は異常だといわれるが、手を一時間以上洗う人が大多数を占める社会においては、それは異常ではなくなると言っていますし、精神医学者のジャック・ラカンは、神経症者と普通者の間に構造的な差異は無いといっています。ただ、妄想や幻想の中で社会的な生活ができなくなることは、正常ということはできないように思います。

その意味で、犯罪に対して平等に罰を与えることは、万人に平等とはいえません(そこにあるのは報復の感情だけです.目には目を、歯には歯をだけでは、法治国家は崩壊します)。これは少年法に関しても同じです。社会的なハンディを考慮しないで、量刑を決めるのは、極めて不平等だといえます。痴呆のおじいさんが誤って火事を起こしたとき、その罪は問えません。小さな子供が悪気無く万引きしてしまった場合、その子に罪は問えません。精神の病気に関しても同じことが言えると思います。その意味で、彼等の病院における処遇を検討することは極めて重要なことだといえるでしょう。

この回答への補足

正常と異常の境目が、妄想や幻想の中で社会的な生活ができなくなることにあるのならば、
犯罪という反社会的な行為を行うことは異常性が顕われたということではないのですか。
私にとっては残虐な手口で無差別殺人を行うことは、異常以外の何者でもないように映ります。
しかし、正常と判断されれば当然罪を受けなければならない。
異常性が見つかれば罪は減らされる。
普段から社会的な生活ができなかったとみなされる者は罪を減らされ、普段は社会的な生活ができていたとみなされる者は罪を受ける、
ということにはならないのでしょうか。
犯罪の瞬間に異常性の発露があった場合と、連続して異常な心理状態の中で罪を犯した場合との、二者の間の違いは何ですか?
そして、裁く際にそれを正確に読み取ることは可能なのですか?

補足日時:2001/07/16 06:29
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この回答へのお礼

いろいろ考えさせられました。ありがとうございました。

お礼日時:2001/07/17 16:27

映画「39条」も見ていませんし、法律も知りませんが、日頃思っていることを言わせてください。



私は犯罪者には、「罪」に値する「罰」を与えて欲しいと思います。
『心神喪失』かどうかは関係ありません。
『心が病んでいるかどうか』も関係ありません。
『犯行に至る経緯』も関係ありません。
『次の犯行の危険』も関係ありません。
『社会復帰の可能性』も関係ありません。
現在でもなく、過去でもなく、未来でもなく、犯してしまった犯罪に対して、罰を与えて欲しいのです。
それが「万人に平等」だと思います。

たとえば、自分に不都合なことをされたとき、相手を殺したいと思う心を、異常とは言い切れないと思います。
従って、「正常な精神状態だから犯罪を犯さない」とは言い切れないでしょう。
そういう点では、正常とか異常とかという論議には意味がないと思います。

だから、「罪を犯した事実」に基づいた「罰」を与えるのがよい、と言いたいのです。

しろうとが出しゃばってすみませんでした。

この回答への補足

それはとても「目には目を、歯には歯を」の考え方ですねえ。
しかし、「罪を犯した事実」自体が心神喪失状態、心神耗弱状態や少年などの責任能力を持たない者の犯罪においては
そもそも存在しない、という言い方もできるのではないでしょうか。
正常な精神状態ならば、人を殺すのは罪であることはわかります。そういう理屈が通用します。
しかし、心神喪失者に正常な精神状態の人と同じコードが適用できるかというと、
そうではない、罪を罪とわからずに犯してしまう場合が多いのではないでしょうか。
だからこそ、現行の法律ができたのではないでしょうか。
怨恨による殺人も、金目当ての殺人も、異常者の殺人も全て同じ罪では、
むしろ、万人に平等とはいえないのではないでしょうか。
結果だけを見るなら、それこそ過失致死も殺人も区別がつけられなくなってしまうのでは。

補足日時:2001/07/15 23:36
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この回答へのお礼

そういう考え方もあるのか、と、参考になりました。確かに加害者目線で考えるのも、それはそれできりがないことですよね。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/07/17 16:39

>、殺人のような重大犯罪を犯す者は、


その瞬間は、そもそも正常な精神状態ではないだろう

 殺人をして罰せられるのは、ある人を殺そうと思い立ち、それを実行して、結果を発生させたことを根拠とします。たとえ殺人の瞬間の精神状態がどうであれ、人を殺そうと思い立って実行したからには、殺人罪として罰せられます。例えば、人を殺す目的で、罪を免れるために自ら酒酔い等の心身喪失・心神耗弱に陥って殺人を犯した場合、たとえ殺人の瞬間に心神喪失・心神耗弱状態でも罰せられることになります(通説)。

この回答への補足

なるほど。しかし、心神喪失・耗弱状態に陥ったのも故意なのかどうかの判断も難しいですよねえ。
うーん。

補足日時:2001/07/15 23:27
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この回答へのお礼

参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2001/07/17 16:37

正常と異常の線引きがどこにあるんでしょうか


何をすると異常で何をしないと正常なんでしょうか
y---katoさんも言われているように、犯罪を犯すその瞬間、正常で有り得るものでしょうか その瞬間だけとるのなら、全ての犯罪者は心身耕弱、心身喪失になりますね
心の病だと減刑されるんですか 体の病の人は減刑されないのに 心を病んでいれば何でもOKなんですか 殺された人は殺され損ですね 心の病の人に殺されるために生まれてきたんでしょうか
外国では精神疾患があっても、それなりの判決が出ます 精神疾患があるように偽る事も可能なんです 
私は精神疾患があっても、犯罪は犯罪ととらえるべきと考えています
今、この国に精神が健康そのものと胸を張って答えられる人、何人います?
私は精神疾患者です 鬱病です

この回答への補足

うーん。確かに、被害者の方からすると、計画的な犯行で殺されようが、
精神異常者に殺されようが、同じことですよね。
ただ、被害者の側に立ってのみ考えるとすれば、極端な話、
過失致死であっても殺人と同じ扱いということになってしまい、
加害者の話は誰も聞く耳を持たないというようなことが起こり得ます。
やはり、その行為に至る過程だとか心理というのは大切ではないかと思うんですが、
まあ、日本の裁判ではちょっと過程を重視しすぎる傾向があるらしいのですが、
やっぱり殺そうと思って殺したのと、ただわけもわからず殺したのでは、
遺族の心情も多少は変わるのではないかと思いますし。
たとえば小さな子供が店の商品を黙って持って帰ってしまったとしても、
法律以前に誰も罰する気にはならないでしょう。店の被る損害は同じなのに。
ただ、正常か異常か、物事の分別がつく状態かどうかを判断するのは、
外から見て判断するしかないわけですから、
果たして正確に判断することが可能なのかなーと。

補足日時:2001/07/15 21:52
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この回答へのお礼

確かに正常と異常の線引きは難しいですし、精神がまったく健康そのものなんて人はいないのかもしれませんね。
参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2001/07/17 16:35

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