女子の「頭皮」のお悩み解決の選択肢とは?

テレビでアメリカの50年代を放映していたのですが、
なぜ、当時のアメリカ人の多くは黒人を嫌っていたのでしょうか?

オバマ政権時代に車でアメリカを旅行しましたが、
一応、普通に黒人も白人も暮らしていますし、
人権を口実に他国に軍事介入しても問題にならないほど
平等や差別に対する悪感情は人々の中では当たり前の正義であるように思います。
アッパー階級ではPCについても厳しく考えられワトソンなど
ノーベル受賞者ですら没落するレベルです。

しかし、50年代(特に南部)には現代とは想像できないくらいの酷い差別が
極々一般的にあったのには驚きました。
また、そのドキュメンタリーでは、当時の女性学生が出ており
同じ教室で授業を受けるくらいなら廃校になったら方が良いと言って
実際に廃校を受け入れていたり、州知事が知事が分離すれども平等とか普通に語っていたり
なぜ、そこまで黒人を嫌っていたのか理解に苦しみます。


なぜ、当時の彼らは黒人がそこまで嫌いだったのでしょうか?

また、その強い差別意識がありながら、
なぜ現代のレベルまで減退というか殆ど真反対になったのでしょうか?

A 回答 (26件中1~10件)

今はイランやアラブなどのイスラム人がテロなどで嫌われていますが、不法移民関連でメキシコ人があそこまで避けられ嫌われているとは知らなかったです。

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>なお、この質問の回答でもいくつか出てきていますが、人が元来持っている能力については如何お考えでしょうか?



#19にいただいたレスを拝見しました。ええと、それはテーマが広すぎて一言では申せませんが、誤解を恐れずにできるだけ簡略化して書きます。

まず、家具だって、磨けば光るし、放置すれば朽ちます。昨今ではEテレで障害者自身が作る番組などがありますが、例えばダウン症児も、時間を掛けて養育すれば、いわゆる健常者以上の力を発揮するのは、すでに多くの当事者が証明しています。また、IQだって単なる指数なわけで、IQが高くてもそれをまったく発揮できなかったり、誤った方向に発揮する人も大勢います。したがって、どんな人であれ、その人に合った環境などに恵まれれば、さまざまな能力を発揮するはずだと私は思っている、というか、それが(いろいろ言う人はいても基本的には)当たり前だとされているとも感じています。

ただ、その「合った環境」が何であるかを判断するのは案外と難しいです。例えば、何ごとも一長一短ですが、ギフテッド云々の教育にも「それに便乗できなかった子が劣等感を抱く」「便乗できた子も専門分野に特化した偏った教育を受ける羽目になる」という欠点もあります。

とはいえ、幸い、少なくとも先進国には「セーフティーネット」というものがあり、良くも悪くも「選択の自由」があります。つまり、海外のギフテッド教育が合っていそうだと感じれば、移住することも可能ですし、逆に、鉄棒から挨拶までを教えてくれる日本の公立学校を好んで日本に暮らしたがる外国人もいます。また、そこまでせずとも、日本でも国内で、合った教育機関を見つけることも可能です。

そこで話を本題に戻します。『ドリーム』の主人公の実在のモデル、キャサリン・ジョンソンの父は、黒人が中卒で終わるのが一般的だった時代に、子供たちが高等教育を受けられる地域にわざわざ家を借り、そこから200キロ近くの道のりを、当時の自動車の品質と道路状況の中で勤め先まで往復するという生活を8年間続けたそうです。結果、キャサリンはNASAで成功したわけですが、これは父親が「努力と根性で何とか」したからだとも言えると思うんです。そして妻子もそれに応えて、父親半不在の中、努力と根性で乗りきったとも言えます。

もちろん、そうするのが最良の道だったのかどうかはわかりません。ともすれば、父は早々に過労死していたかもしれないし、むしろ、平凡で貧しくとも幸せな「今」を享受したほうがよかったのかもしれません。でも、こうした先人の努力と根性によって、多くの黒人は貧しさや差別から脱してきたのも事実です。そしてこれは、父親が「教育の権利」「受け入れ可能な公立学校」といった「セーフティーネット」を活用したからできたことだとも思います。

で、私が大事だと感じるのは、以下のようなことです。人は何ごともなく幸せでいられるなら、どこでどう暮らしても同じです。しかし、多くの人はそこそこ大きな困難に行きわたります。ほんの一例ですが、「落ちこぼれること」もそのひとつです。で、落ちこぼれた時に、そこそこのことしかできなくても、引きこもりや不良として生きてはいけます。ただ、そこで本人や周囲の者が多くをなげうって、情報収集に勤しみ、友人知人や公的な無料相談窓口を駆使し、こっちの助けがダメならあっちの助けにあたってみる、を繰り返していくと、それなりのものは得られる、ということを私もある程度は身をもって経験してきました。

「努力と根性」という言葉は好きではありませんし、ある人が漢字を10回書くという「努力」でそれを暗記できても、別の人は100回書いても暗記できないことがあると思います。でも後者の人だって、例えば、その漢字を使った文を5種類書けば、同じ漢字をただただ100回書くよりも暗記できたりします。その「自分に合った前進の仕方」を探すのも「努力」のうちだとは思います。

ちなみに、私自身は(おっしゃるような)「学生の頃になぜこれが理解できないのだろうかと感じることがあり、大人になってもやはり微妙な答えしか用意できない人」だったように思います。成績は酷いものでしたし、会社員時代も融通が利かないところがありました。それが「ああ、作業ってこういうことなのか」みたいに"合点がいった"のは、かなり近年になってからでしたし、そういう向上は、50歳代になった今も日々あります(衰えの方が今は多いかもしれませんが)。

なので、その人のわずか30年だとか、30年の中の数時間だけを見て、その人を判断するのは、それこそやや差別的とも言えるのではないかとも思ってしまいます。それこそ、その人に何かを気付かせる環境が、それまで与えられなかっただけなのかもしれません。反面、今からでもその人に合ったものが与えられれば、その人は、世間一般の人とは全く違うとてつもない能力を発揮して、社会にも貢献するかもしれない、というのが私の考え方ではありますね。回答になっていますでしょうか。
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。
障がい者が健常者以上の才覚を発揮という話についてですが、人生や社会という有限の時間やリソースの中では残念ながらその才覚を開花させることが出来ない人が圧倒的で多く(発揮する人が科学史を100年進歩させてたりしていますが)その人たちには光が当たってないような気がします。成功者しか取り上げて居らず、その他大勢はリソースを無駄遣いしているわけでどうなのだ?と思う時もあります。そして、その人たちにかかる血税に耐えられないみたいな論調です。私自身は大して納税していませんので保護できるならした方が良い。自分も落ちぶれるかもしれないのでその制度は良いと思います。ただ、やまゆり園の事件はではその犯人の論調に共感する声もネットで見かけました。
もっと言えば、チンパンジーなどに頑張って環境を見つけたり教育すれば人同様に価値のある人材になるのでしょうか?昔のパリ万博で檻に入れた黒人を展示していたのはその差違が分からないという考えがあったのではないかと思う時もあります。経済的な意味でも、社会的な価値としても犬1匹と同程度で売買されていたとも聞きます。ただ、理想論を言えば、チンパンジーも環境さえ良ければ手話を覚えたり、それが進めばもしかすると人以外の動物との橋渡しが出来るなど、社会的に価値のある人材になる可能性もありますが一般に莫大な社会的リソースを必要としますし難しいような気もしています。

何が言いたいかと言いますと、理想としては分かるのですが、人の寿命は短く、人生や社会という有限の時間やリソースの中でそこまで求めるのはなかなかに難しいと思うのです。

あと、その数学を理解できなかった人ですが、就職しても長続きせずたまに誰かからお金を借りていますし、社会に貢献するかもしれませんがやはり距離を取りたいところです。今40歳くらいです。

お礼日時:2018/05/11 01:00

白人至上主義というものです。


黒人より白人は優れているという考えからです。
それで、黒人であるだけで十分な教育を受けれず、犯罪に走る人が増えて、黒人は、犯罪を犯す人というレッテルを貼ったわけです。
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簡単にいえば黒人奴隷を使っていたからです。


精神論的な話をしますが、参考程度に聞いてください。
またこれはあくまでも1つの説なので、異論があることを承知します。

アメリカ人の気質の1つには、フロンティア・スピリット(開拓魂)というのがあります。これはアメリカが、ヨーロッパからの移民でできた国だからです。
移民達は開拓の際、前から大陸にいた先住民たちを虐殺しました。
インディアンへの虐殺については詳しく知っているでしょうか?聞くに堪えない程の残虐さです。
彼らは虐殺行為を正当化するため、これは神に許された行為。だとして正当化ししました。

もう1つあげますと、ヨーロッパでは昔から動物を使役または動物の肉を食べるということを行ってきました。

つまり、こうはっきり言ってしまうと批判来るでしょうが、敢えて言うと、自分たちとそれ以外、という考え方です。

私は以前質問アプリでアメリカ人に聞いたことがあります。祖先が行ったインディアンへの虐殺行為についてどう考えてるんですか?と。そしたらこう返ってきました。アレは開拓にとって必要なことだった、それだけだよ。と。
質問者さんは黒人差別について、その差別の心が理解できないと言いましたが、どうやらそういうことのようです。やんわり伝わったでしょうか。
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黒いのってなんか汚いから

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黒人は差別されてるという自覚があるなら


子供を産まなければいいのに
なぜ子供をまた同じ目にあわせるのか謎
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。最近の日本では自分よりも良い生活が出来なければ子供を産まない。こんな考えの人が凄く増えているらしいですね。ただ、少し時代を遡ると必ずしもそうではありません。

お礼日時:2018/05/06 22:37

黒くて汚いから

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>これが問題であれば、当時も黒人を支持する人はいたと思いますし、教養を育てるような場を作るなど積極的な行動はしなかったのでしょうか?



#18にいただいたお礼を拝見しました。教養を育てるような場を作るなど積極的な行動は、もちろんされていましたよ。まず、奴隷が教育を受けることは法律で禁じられてはいたのですが、解放宣言直後の1863年には、ノースカロライナ州で初の黒人向けの学校が設立されたそうです。

ただ、奴隷が大勢いた南部は人口密度もまばらな大農園地帯だったので、学校もその分、少なく、また、蓄えがなく、差別されていて、教育がなければ、学費も通学費も稼げないし、働かないといけないので通学や勉強に時間を割けませんよね。

さらには、すでに教育者の素養を備えていた白人らは(全員ではないにせよ)、黒人に対して差別的になりがちだったわけですし、黒人の教育者が育つまでには時を要したわけで、教育者の賃金格差もありました。近年の日本でも男女で賃金差があったりするわけですし、百歩譲って雇用者側に立ち、「黒人の方が教養に欠けているかもしれないし、生徒の教育に投資したところで白人ほどの地位は築けぬだろう」と思ったとすれば、「黒人」をそのまま「日本の女性」とか「日本の貧困家庭」に置き換えることも可能かと思います。

逆に言えば、教育や機会が少しずつ普及して機が熟したからこそ、キング牧師のような人や、彼の力となれるほどの大衆が現れたとも言えましょう。また、御膝元のワシントンDCでは教育者の人種による賃金格差がなかったという情報もあります。

また、キング牧師は有名ですが、より地道なフリーダムライダーズなどさまざまな運動はあったわけで、それに対して、白人らも初めは二の足を踏みながらも、大切な黒人使用人のために応援を買って出るなどの動きに広まっていったわけです。

ちなみに、「黒人=奴隷」ではなかった(例えばアフリカなどの)国々では、それなりに教育が育まれていたわけですが、いわゆるグローバル化が進むのはジェット旅客機が普及してからですから、1950年代にはどの国も井の中の蛙の状態だったわけです。

現に、そもそものご質問にオバマ氏の名前を挙げていらっしゃいますが、バラク・オバマは母が白人で、父はアフリカからの優秀な留学生でしたし、バラク本人も子供時代を海外のインドネシアで過ごしましたよね。これもまた、教育やグローバル化の典型的な例だとも感じます。ちなみに私はバラク氏と同い年で、バラク氏がインドネシアにいた頃にアメリカにいた日本人です。そういう"垣根のなさ"がようやく一般的になり始めていた時代が来ていたわけです。

なお、教育については「the first school for african americans」でグーグル検索するといろいろな英文の情報がヒットしますよ。

>よくテレビで見る印象と違いがありすぎて違和感も感じています。

いや、私が申したようなことを物語るドラマや映画はたくさんありますよ。もとはといえば、私もそういうものを観て、資料で裏をとってきた経緯があります。

最近の作品ですと、映画『ドリーム』があります。NASAが実際に、1960年代初頭の宇宙開発に活用していた"人間コンピュータ"チームの物語で、チームメンバーは全員が黒人のしかも女性でした。映画と史実は微妙に異なりますが、史実では、主人公の父親が教育に重きを置き、非常に苦労して娘にいい教育を受けさせ、娘は数学で頭角を現し、ついにはNASAに起用されたそうです。

映画とは違い、史実では、NASAでは人種差別を一切感じなかったと主人公のモデルは言っているそうです。とはいえ、差別を差別とも思わない、いい意味での図太さが彼女を前進させたというのもあるのでしょうけれど。ちなみに、映画では、差別というよりは"人種格差に対する無知"ネタで観客を煽っておきながら、"事務処理能力"という実力で白人らの信頼を勝ち取っていく物語に仕上がっています。原題は「Hidden Figures」。"(人間コンピュータにしか解明できなかった)隠れた数々の数値"と"日の目を見ない人たち"という意味を掛けています。以下が作品と史実を比べたサイトです。
http://www.historyvshollywood.com/reelfaces/hidd …

あ、そのサイトを見て思い出しました。この映画にも出ているMahershala Aliは昨年、オスカーを受賞し、黒人監督によるその出演作『ムーンライト』は作品賞に輝きましたが、関係者は貧困地帯で育ちながら、演技や映画製作の教育をしっかり受けているんですよね。壇上でも、Aliが「師匠がこう考えるように指導してくれた」と発言していましたし、そもそも映画のもととなった素材は、とある演劇教室のために書かれた台本でした。私はこの映画を観ましたが、やはり素質と教養と教育がないと作れないものだと感じました。ほかにも『ブラックパンサー』や『ゲット・アウト』など、黒人社会の成熟や、環境の違いによって差別の有無が生じる状況を、黒人自身が描いた作品はたくさんあります。

また、黒人差別からは微妙にそれますが、名脇役のジョン・レグイザモは高校時代に先生から「ろくに勉強もしないのに、教室でみんなの邪魔ばっかりしてる暇があるなら、演劇教室にでも行け」と言われ、ここまでに至ったのだと語っていました。

いずれにしても、差別や機会不均等は「なくなっていくもの」ではなく、むしろ、「うっかりしていると、すぐに逆戻りするもの」だとは感じます。
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。

確かに現代でもアメリカはドライブすると広大ですし学校も簡単ではありませんね。何となく学校のイメージを寺子屋みたいな感じで想像していました。

また、米国の映画は娯楽系しか基本見たことが無く「ドリーム」は見たことがありませんでした。ただ、タイムレスという娯楽SFのアメドラでも取り上げられていました。ただ、当時にも才能がある黒人女性がいた程度の浅い見方しかしていませんでしたが、裏側にはそのような親の努力もあったのですね。これから、映画を見る時の見方にも影響しそうです。

差別についてですが、教育以外にも清潔さや服装、場合によっては住んでいる家など結構身近なことが原因で差別感情が生まれる可能性があるというのは驚きました。ただ、実際には教養のないグループがあれば避けたりしますし、服装で人を判断することもあるわけで、経済格差やハード、教育の格差が差別感情の発露に密接に関係しているとは思っても見ませんでした。

余談ですが、現在富の再分配などが言われていますが差別を産まない土壌を育てるという意味でも重要な物だと考えるようになりました。
とても示唆に富む無回答ありがとうございます!



なお、この質問の回答でもいくつか出てきていますが、人が元来持っている能力については如何お考えでしょうか?
もし良ければお聞かせ下さい。

私もですが、この質問に答えている人の中にも、持っている才能という物が異なり(IQなど)、それが差別の原因だと見る向きもあるかと思います。
クラスメイトを見て、学生の頃になぜこれが理解できないのだろうかと感じることがあり、大人になってもやはり微妙な答えしか用意できない人もいます。
日本では努力と根性で何とかなる。何とかしなさいと言う、ある意味努力で何とかなる程度の競争になるよう社会が設計されているような気もします。
しかし、アメリカでは個人の持っている才能を可能な限り伸ばそう、ギフテッドなど積極的に活用しようなど、個人の持っている資質のような物に重きを置かれている印象があります。
本人の持っている能力の差、これを認める社会では差別は残り続けるのではないかと思ったりもするのです。
かといっても誰もが平等な社会主義国家というのも流行りませんし・・・

お礼日時:2018/05/06 22:34

奴隷解放宣言が1862年。

その年に生まれた人たちは1950年代に80歳代。奴隷とともに育った子供たちは、その時点で現役世代でした。

つまり、1950年代にはまだ黒人が「人種的に知性と教養がなく、教育も施されておらず、ゆえに何をしでかすかわからないものだ」と思われていたし、そう教え合っていたのです。

なぜそう教え合っていたかというと、そのほうが奴隷制度を保つために好都合だったからです。また、そう教えて、奴隷制度を保ってきたため、黒人の多くは実際に教養や教育や衛生を育む機会を奪われ、奪われたまま解放された元奴隷たちは、生活がままならず荒れました。なので、冒頭の価値観は、1950年代の時点ではあながち嘘ではなかったのです。もとはといえば、白人らがそうしてしまったのですが。

ではそもそもなぜ奴隷制度があったか。それは広大な南部の農園を運営するうえで好都合だったからです。ではちなみに、南部の農園主は悪で、奴隷を解放した北部は善だったのでしょうか。必ずしもそうではなかったことが、近年わかってきました。

農園を作れるほど気候が温暖ではない北部は、工業化に便乗して、工業に使える労働力を求めるようになりました。そこで、南部の奴隷を解放させ、二束三文で雇うことにしたのです。南部にだって慈悲深い農園主はいましたが、奴隷だった大勢の人たちに賃金を払わないといけなくなってしまったので、手放さざるを得なかったのです。

ただ、黒人たちは、ただでさえ差別されているので、自由になったところで読み書きを学べるわけではありません。それで貧困や荒廃がはびこったのです。

しかし、少しずつ教育が進み、社会の意識が変わり、「人の資質は、人種に関係ないんだ」ということを証明していったのです。今や、米国社会を作っている人たちは、物心ついた時から黒人たちと同等に遊び、同等に学び、ほかの人種同様に優秀で品格のある黒人を大勢見てきました。余談ながら、私も1970年前後に、そんな米国社会の一員でした。

日本でも似たようなことは今までたくさんありました。しかし、荒廃するのは人種が悪いからではありません。人種が悪いと思っている人たちが、機会を与えないからです。
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この回答へのお礼

実際に米国で生活されていた方のお話とても参考になります!

50年代の黒人についてはそんな感じだったのですね。確かにこれでは差別されても仕方がないですね。今の浮浪者みたいなイメージが思い浮かびました。

また、衣食足りて礼節知る こんな言葉を思い出しました。
最近、明治維新の頃の話をよくテレビで見るのですが、100年ちょっと前、日本人は海外から未開の地(野蛮人)だと思われないために、教養や西洋式のモノや憲法まで身につけたという話があります。対等に渡り合うための必至な事だと気づいていたのですかね・・・?こんな事を思ったりもしました。

ただ、これが問題であれば、当時も黒人を支持する人はいたと思いますし、教養を育てるような場を作るなど積極的な行動はしなかったのでしょうか?
キング牧師など虐げられたが非暴力ではあるが力の行使で公民権を勝ち取ったというイメージが強く、黒人が教養などを高め自然と白人に認めさせた。こんな話を聞いたことがなく、説明についてはとても納得できるのですが、よくテレビで見る印象と違いがありすぎて違和感も感じています。

お礼日時:2018/05/06 04:15

№3です



>黒いのが醜いかどうかはなぜなのでしょうか?

やはり黒っぽい色は昔から邪悪なイメージが
有るからでしょう、例えば昔から天使は白っぽくて
悪魔は黒っぽく描かれていますし、白魔術→善
黒魔術→悪と言うパターンが多いですから。
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