「食べる」ということはどのような意義を
持っているか、栄養指導論的に教えてください!!
お願いします!!

A 回答 (1件)

やはり「生命を維持し、健康を保つための栄養を摂取する」という意義が最も大きいでしょう。


そのためにはただ食事をすればいいのではなく、栄養のバランスをつねに考える必要があります。
具体的には、食品をいくつかの群(3群、4群、6群など)に分け、各群に属する食品をできるだけ広く、まんべんなく摂ることが良いとされています。
適切な食事が健康の保持に欠かせない一方で、バランスを欠いた食事は疾病の原因になりえます。
その疾病を治すにもまた食事(治療食事)が有効で、ここでは特に含まれる栄養素の量や配分が重要視されます。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qデュルケム『自殺論』について:その現代的意義と批判

日本における自殺者数は、4年連続で3万人を記録しました。この現象は、デュルケムの『自殺論』的な観点からどのように読み解けるでしょうか。また、それに対して、どのような処方箋をもたらしてくれるでしょうか。

デュルケムは、近代以降の社会における[個人]と[社会]の関係が危機的状態に陥っているために、"アノミー的自殺"が急増していると主張しています。つまり資本主義社会の急激な進展的変動が、かつて人々の欲求や生活指針を規制していた社会的な諸規範を根底から動揺させ、また人々に社会的諸規範を見失わせている。その結果、人々は止めどなく乾きがたい無規制な欲望に駆られ、自由と孤立、欲求の解放と挫折という不安定な状態の中におかれる。デュルケムの言う"アノミー的自殺"(および自己本位的自殺)は、現代の日本の自殺にも少なからず当てはまると思います。

そこで疑問です。だから個人を包摂するような新たな社会集団環境が必要だとし、デュルケムは結論として、[同業組合]を挙げています。しかし私は、社会的規範としての[道徳]の重要性をもっと前面に出してもよかったのではないかと感じました。じっさい、デュルケムの思想は道徳的色彩が強く、『自殺論』もそうでした。「道徳は自殺を抑止する」、くらいに明確に論じられてもよかったのではないか?自殺と道徳の明確な接点は何だったのか?

質問をまとめます。

(1)現代病としての日本の自殺は、『自殺論』的な観点からどのように読み解けるか。どのような処方箋をもたらしてくれるか。解釈や、ご意見をお聞かせください。

(2)『自殺論』における、道徳と自殺の関係について、明確な接点は何か(あるのか)。例えば「道徳が自殺を抑止する」という観点は可能か。

(3)最後にくっつけたようで申し訳ありませんが、デュルケム批判論者、および関連の著作(特に『自殺論』についての批判)をご存知でしたら、ご案内いただけませんか。

日本における自殺者数は、4年連続で3万人を記録しました。この現象は、デュルケムの『自殺論』的な観点からどのように読み解けるでしょうか。また、それに対して、どのような処方箋をもたらしてくれるでしょうか。

デュルケムは、近代以降の社会における[個人]と[社会]の関係が危機的状態に陥っているために、"アノミー的自殺"が急増していると主張しています。つまり資本主義社会の急激な進展的変動が、かつて人々の欲求や生活指針を規制していた社会的な諸規範を根底から動揺させ、また人々に社会的諸規範を...続きを読む

Aベストアンサー

1)について。
現代の日本の自殺は、デュルケームの類型でいうと「自己本位型」が多いのではないかという印象を持っています。自己本位型の自殺は、要は献身や信頼対象の喪失に動機づけられるわけですが、これは現代社会に顕著な特徴だからです。

社会の凝集性は極めて低下していますが、同時に個人の価値観が多様を極め、またそれを是とすべきというリベラルな観念も強くあって、社会の凝集力はどこに求めたら良いのか見当もつかない時代です。
本来人間はある共同幻想の中でしか生きられないものですから、共同体による意識・無意識の紐帯が失われると、それは結果的に自己像の輪郭さえ不明確にしてしまいます。デュルケームは『社会分業論』の中で「人は社会的存在となることでその自由が実現される」という意味のことを書いていますが、現在の社会は全くその逆に、個人の自由を唱導するあまりに個人の真の自由の獲得を困難にしてしまっています。

ここから生まれる「存在の軽さ」の意識は、色々な現象や制度によって強化されていきます。それは例えば、社会の高度化や制度化の反面として感じられる「何をやっても変わらない」というどんよりとした閉塞感であったり、医療が高度化するなど死が身近でなくなった社会ゆえの「生命感の希薄化」だったり、相対思考の行く果ての「本当のものなど何もありはしない」という虚無的な感覚であったりします。私には色々な諸条件が、デュルケームの言う自己本位型の自殺を後押しする方向に働いているように思えます。

同じ背景があっても、自殺に向かう「意味への渇き」のようなエネルギーがうまく解消されるようなシステムが社会に準備されていればいいのでしょうが、清潔志向と暴力排除が行き着くところまで行ったように思える現代社会ではそれも難しいのでしょう。

もう1点、アノミーと関連づけて現代社会について感じることがあります。
自殺は、それを全うする場合であれ回避する場合であれ、往々にして「責任」というものと関連を持ちます。この「責任」に関する社会の考え方が、近年寛容性を失っているように私には思えます。これが自殺を後押ししていはしないかと感じるのです。

何かが行われる背後には必ず「責任」が伴っているもので、事故や不測の事態には必ずこれが表面化するのですが、そこに暗黙に前提されているのは「制御」という観念です。本来、制御不可能なものに対しては責任の発生しようがないわけで、例えば雨が降ろうと雪が降ろうとそれは自然の営為であって「仕方がない」こととして社会的に許容されることです。

しかし現代社会は最終的に「責任」が出てこないと物事が収束しないという、一種の硬直性を見せています。これは、社会の中に暗黙のうちに「全てが制御可能であるべき」という感覚が共有されていることを意味するでしょう。この世の多くの事柄は本質的に制御できないことであって、もともと責任が発生しないはずであるにも関わらず、です。

この不寛容性を人間の支配欲の裏返しと見れば、これも欲望を煽る一種のアノミーと論じることができるのではないでしょうか。「誰かが責任を取るべきだ」という一見正論として語られる言説は、実は社会に蔓延する制御願望や支配欲そのものが「規範」の装いをまとうことで無節操な悪循環をもたらします。あたかも「規範」の如く語られるものが、実は根本的に欲望を昂進させてしまっているのです。

実際のところ、正確に言えばアノミーとは単に規範が後退した状態ではなくて「欲望の神格化」ですから、欲望を抑えることがむしろ良くないことである、という「規範」が蔓延した状態と言うことができます。だからこそ諦めることが難しいわけです。このように欲望が言わば覆面をして内面化された状態こそがデュルケームの言うアノミーの本来の意味に近いのでしょう。

「なるようになるものだ」「自然に任せよう」といった類の、この世の硬直性に対するアンチテーゼも散発的に説かれるのですが、個人の内面宗教としての処世術の域を出ず、無意識下の二重道徳は温存されています。

アノミーは普通「無限性の病」で豊かさの中でもたらされる焦燥感です。これを拡大して、逃げ場のない閉じられたシステムとしてペシミスティックに分析するとボードリヤールの消費社会論になりますが、実は「この世の制御可能性」についての幻想が増長されていく一種のアノミー状態はなかなか息苦しいものです。この生きづらさが蔓延し自殺は増加せざるを得ない状況にあると見ることができはしないか、という気がします。

2)について。
確かに『自殺論』でも道徳が重視されているのはご指摘の通りだと思いますし、やはりその重要性はあると言えると思います。実際、デュルケームが同業組合とか職業集団を重視するのは、それが個人に対して優位に立つ存在であって、そこから「それに従わなければならない」という道徳力が生まれるからに他なりません。同じ物への愛着を共有している、という社会性が各々の個人において発揮される時、自然にそれは集団の規範や道徳となって表れるのだ、という理解です。

自殺は、従って、この集合的な力が欠如してアノミーが生み出されたところにもたらされる、というのがデュルケームの主張でしょう。

ただ、100年後の現代から言えば、そのままで道徳を持ち込むことは無理なはなしだと思えます。解体されてしまったのは道徳そのものの規範的価値ではなくて、道徳を規範として成立させる場の存在だからです。それを権力といっても慣習といっても良いのですが、単に道徳が廃れたのではなくて、道徳を社会に位置づける基盤が既に解体されてしまっているのです。

『自殺論』では自己本位:集団本位という対概念が提示され、両者のバランスが意識されていたのに対して、アノミーの対概念ははっきりとしていません。
私見になりますが、宿命主義、つまり煽りたてるアノミーに対して現状を肯定し受け入れる方向に働く言説が分析されていれば、デュルケームの分析は今日的な意義が一層増していたように思えます。言わば「鎮め」の働きは、道徳のように集団に依存することなく機能するものではないか、と感じるからです。
(しかし強制される諦めとしての宿命主義は、やはり進歩主義的なデュルケームには許せなかったのかも知れません)

※以上、私見です。長さの割に内容がなければ…どうぞご容赦ください

1)について。
現代の日本の自殺は、デュルケームの類型でいうと「自己本位型」が多いのではないかという印象を持っています。自己本位型の自殺は、要は献身や信頼対象の喪失に動機づけられるわけですが、これは現代社会に顕著な特徴だからです。

社会の凝集性は極めて低下していますが、同時に個人の価値観が多様を極め、またそれを是とすべきというリベラルな観念も強くあって、社会の凝集力はどこに求めたら良いのか見当もつかない時代です。
本来人間はある共同幻想の中でしか生きられないものですから...続きを読む

Q色彩検定の資格を持っている方に質問!!!!!!!!!

色彩検定を受けようと思い勉強を始めました。独学なので苦戦しながら頑張っているところです。

この間、カラーカードを買ってきました。1枚ごとに裏に『慣用色名』『系統色名』『色の由来・染色方法』を記入して暗記したいのですが、何で確認・調べたらよいでしょうか?

今日書店に行って、『慣用色名』『系統色名』『色の由来・染色方法』をまとめてある本を探しましたがみつかりませんでした。。。かろうじて何色かの色についての『慣用色名』『系統色名』『色の由来・染色方法』を掲載している本はあったのですが、カラーカード程の色のバリエーションが無いため、暗記したい知識としては少なすぎました。。

もし、このような情報をまとめた本が発売されていないとしたら、『慣用色名』『系統色名』『色の由来・染色方法』はどのように確認して勉強したらよいでしょうか?みなさんはどのように勉強しているのでしょうか?

自分で少しずつ情報を集めて覚えるとしても、間違った『慣用色名』『系統色名』『色の由来・染色方法』かも知れないと思い、確実な情報を得てから頭に入れたいと思っています!

アドバイスよろしくお願いします。!!!!!!!!

色彩検定を受けようと思い勉強を始めました。独学なので苦戦しながら頑張っているところです。

この間、カラーカードを買ってきました。1枚ごとに裏に『慣用色名』『系統色名』『色の由来・染色方法』を記入して暗記したいのですが、何で確認・調べたらよいでしょうか?

今日書店に行って、『慣用色名』『系統色名』『色の由来・染色方法』をまとめてある本を探しましたがみつかりませんでした。。。かろうじて何色かの色についての『慣用色名』『系統色名』『色の由来・染色方法』を掲載している本はあっ...続きを読む

Aベストアンサー

とりあえず、色彩検定2級をもってますが、色については参考書に載っている分を暗記しておけば何とかなります。
私も独学で取得してのですが、色自体は参考書に載っている分くらいしか覚えませんでした。
ただそれぞれ違う内容の参考書を買ってみたら、色が微妙に違っていました。
編集した人の感性の違いや印刷による違いかと思いますが、あまり深く考えないほうがいいようです。
とりあえず、私が持っている色の本は「色の名前事典」主婦の友社発行、福田邦夫著です。 色の由来ぐらいしかのってませんけど・・  あと県立図書館クラスなら結構本がそろってると思いますよ。
色も大切ですが、資格を取るために勉強するのなら問題集に出てるようなところを中心にやるほうが効率がよいかも・・
私は3級と2級の同時受験だったので、3級の参考書3冊と2級の参考書2冊を、それぞれノートにまとめるということを3回ずつ繰り返して何とか合格しました。
ただ、今の仕事では色の波長や照明ぐらいにしか役にたってませんが・・・(笑)
がんばってください!!

Q学習指導要領の意義

現在、学習指導要領が存在している背景には、
全国的な教育水準を維持するためとか、
国民として共通の教育を受ける必要性があるから、
などと聞きますが、個性や独創性などが求められているはずなのに、なんで学習指導要領でそんなことを求める必要があるんだろう?と思ってしまいます。
どなたか意見をお聞かせ下さい。

Aベストアンサー

 昭和22年に学習指導要領一般編の試案というのがあって、教育基本法の理念を具体化するためだそうです。
 詳しい内容は参考URLを見ていただいた方が良いと思いますが、これがないと現実的な問題として、例えば、それぞれの学校が好き勝手に教えていたら、○○学校では教えたけど、××学校では教えてない・・・ということが生じます。これじゃあ高校や大学の入試問題が作れなくなりますよね。
 だから、共通した学習方針を作ったのでしょう。

参考URL:http://nierdb.nier.go.jp/db/cofs/s22ej/index.htm

Q詳しく解説付きでお願いします! 30分以内でできたらお願いします!!!!

詳しく解説付きでお願いします!
30分以内でできたらお願いします!!!!

Aベストアンサー

点C は、y切片 y軸との交点となるので  (1)2k+1

直線が点Aを通る場合と、Bを通る場合を考えて  y=kX+2k+1 に、(3,0) (1,4)を代入して

① 0=3k+2k+1 から k=-1/5   ② 4=k+2k+1 から K=1  よって -1/5≦k≦1 (2)

三角形の面積を二等分するためには、対辺の中点を通れば良いので、Cの対辺直線AB4の中点を考える。 (2,2)

X座標 (3+1)/2   Y座標 (4+0)/2

y=kX+2k+1 に、(2,2) を代入して  2=2k+2k+1 から K=1/4  

よって求める直線の式は  y=1/4X+3/2  (3)

参考までに。

Q栄養士の資格はもっていて 3年実務経験もしています! 管理栄養士の資格を取るだけの 学校などはあるの

栄養士の資格はもっていて
3年実務経験もしています!
管理栄養士の資格を取るだけの
学校などはあるのでしょうか?

Aベストアンサー

>3年実務経験もしています!
栄養士として実務経験を行っているならば、管理栄養士の国試を受けるための要件は満たしていますから、直接国試を受ければ学校に通わなくとも資格を取得することは可能です。
国試対策として予備校に通う、というのであれば、専門予備校はあります。
「管理栄養士 予備校」で検索をすれば、最寄りの予備校が見つかります。


このカテゴリの人気Q&Aランキング

おすすめ情報