マンガでよめる痔のこと・薬のこと

例えば日本での災害の様に自国で立て直す技術があれば良いのですが、
主にTV番組等で途上国の村に井戸を作って水を遠くの川から運んで来る必要がなくなり、村人が喜んでいる姿などが放映されています。

しかし、井戸を作った日本人が去った後、井戸にドラブルが起きても村の人は解決できないと思います。その時再び日本人が来て直してくれる保証はどこにもありません。

技術の問題は置いときまして日本でも同じ様な問題があり、老人ホームにボランティアに来た学生が老人たちの要望に無条件で応えてしまい、
介護師の方は出来るだけ自力で行って欲しいのにボランティアを経験した老人たちから
「あの時は何でもしてくれたのに・・・」と思ってしまい、逆効果になってしまう話も聞いたことがあります。

このようにボランティアにはデメリットの側面も無視できないと個人的に思います。
ボランティアを行う人達は役に立っていると思っていることもあるので、責めることもしにくいです。

皆さまはどうお考えでしょうか?

A 回答 (5件)

十分に水があるところから輸送するとか、そもそもそこから移住するという選択肢もあります。


日本では井戸を掘るのが正攻法で国内どこでも通じるからと言って気候や土壌など前提が違う場所で強引にそれで進めるのはただの自己満足です
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
テレビでは村から茂みを1時間位歩いた場所にある川から水を調達しておりました。

でも確かに文化が異なる場所に日本の方法がベストだと思い押し付けるのはあるいみ傲慢ですよね。

そもそもどうやって井戸が必要な場所を見つけたのか不思議です。
村の文化を見た限り、別の場所との通信手段も日本を知っているか自体も怪しいです。

言われてみると不可解な点が多いです。

お礼日時:2018/07/04 13:45

あのですね、ボランティアって、やってくれる人を求めるのではなく、やりたい人がをやるのです。

それが、ボランティアです。
やってほしければ、ちゃんと企業に言うのです!!
精神障がい者(福祉援助)受けながら、社会福祉ボランティアしている私の絶対的な意見です。
それは、求めた途上国の方は、井戸を作ってほしかったのです。そこで終わりなのです。
もしかしたら、ボランティアの人たちは、本当に勝手にやったのかもしれません。それでしたら、ちゃんとやった人も、社会福祉協議会に入って、ボランティア保険(300円)入って、やらなかったことも悪いです。
五分五分ですね!!
本来、私みたいに社会福祉協議会から(ボランティア)やっていると、そんなこと絶対に起こりませんからね!!
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私も精神障害を抱えていた時に自主的に東日本大震災のボランティアに行き、保険の300円を払いましたが
日本ではこれで問題ないと思います。
ただ外国になるとどうなるかわかりません。

お礼日時:2018/07/05 08:58

そのような問題があるので、いまは現地でメンテナンスできるように井戸の維持管理ができる


人材も一緒に育てるプロジェクトをしているそうです。
あの時はなんでもしてくれたのに・・メンテナンスが自分でできないから井戸が使えなくなってしまった。
そういうことは現地の人間がなんとかしなければならないでしょう。なんでもかんでもやってあげたら
いつまでたっても自立できないです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
ボランティアと何の言葉か忘れてしまいましたが
釣った魚を渡すのと、釣り方自体を教えるのでは、その後も大分違って来ると思います。

井戸のメンテナンスを現地の方が出来る様になれば、釣り方自体を教えることになるので、
自立もしやすくなると思います。

お礼日時:2018/07/04 12:51

部品を売って儲けるために現地の科学力では継続利用できない特殊な機械を使った井戸なんでしょう


デメリットの側面などではなくて自分の技術を囲い込んでるだけです
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
日本は水大国なので、江戸時代でも井戸を作ることはできました。

しかし、余程掘らないと水が出てこない地域ではやはり特殊な機械が必要だと思います。
逆に井戸の水を奪い合う争いが起きないかも心配です。

お礼日時:2018/07/04 12:47

時に善意で行った行為が 逆に悪い結果になることもある。


しかし だからといってやらないよりは 100倍マシ。

人は失敗から学ぶ。
井戸は壊れにくく 安い材料の部品に。
医療は現地でも調達できるものや 緊急性のある人優先に。
そういった工夫が よりよい形へ変えていく。

とはいえ 所詮人の手。
届かない 間に合わない どうにもならないことが 山ほどある。

だがそれでも それでもないよりは あったほうが良い。

例えば 老人ホームに訪問慰労に行っても その時は楽しくても後で余計に寂しくなる。
だがそれでも その寂しさにさえ気づかず 希望もなく暗い目で空を見ているよりは良いのだ。

人とは足りぬもの。
お互いに十分満たされる者たちが 「せめて」と手を差し出しあっている。
であれば それが届かぬことを責めるより 自分もたとえ小指の先くらいでも 差し伸べた方がマシだろう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
老人ホームに関しては全くその通りだと思います。
ただ定期的に訪問しないとやはり寂しくなると思います。

現在介護施設でも、本来介護に欠かせない仕事以外は別料金となり、国からの援助額が下がったのでその様なサービスに必死なそうです。
ただ、別料金とは言っても身の回りの世話をするだけでなく、音楽の演奏会、青春時代の映画の鑑賞会を開く等も出来ますので
毎日楽しみが無い方にとっては良いイベントになると思います。

ただ、ボランティア希望者が多すぎるのも問題です。
東日本大震災が起こった時に私は神奈川に住んでおり、ボランティアセンターに電話をしたのですが
「東北は東北の人が立て直すので、外部からの受付はお断りしております」と言われました。

妻が仙台出身でししたので、その事を話参加させてもらいました。

結局何ヶ月かして今度はボランティアの数が足りなくなり、外部からの募集もはじめました。
人は結局時間が経てば忘れてしまうというい生き物であることも痛感しました。

お礼日時:2018/07/04 12:42

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