イギリスがアジアで植民地政策をとった歴史について
(1)何故行ったのか?
(2)どのような政策を行ったか?
(3)植民地政策をとった結果、どうなったか?
イギリスの歴史と共に詳しく教えてください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (1件)

あまり自信はないのですが。


(1)基本的には紡績機械発明等の産業革命により大量生産が可能となり、そのための原料の安い仕入先と大量の製品の売りさばき先を確保するためだと私は理解しています。例えばその効果は大恐慌時にイギリス等がとったブロック経済で遺憾なく発揮されたのではないでしょうか。
(2)よく判りませんが、学校ではセポイの反乱等を習いました。
(3)植民地政策の結果は現在だと思います。植民地政策に後れをとったドイツ・日本等は先発のイギリス・フランス等に対して植民地の確保のために世界大戦になった面もあると思います。また太平洋戦争中にチャンドラ・ボーズが戦争によるイギリスの影響後退により、日本国内でインド独立を画策したことも知られています。
戦後、インドは独立しましたね。結果として第2次大戦後、所謂植民地政策というのは、民族独立の気運の高まりとともに、経済的にも得策でなくなり、ほとんど消滅したのではないでしょうか?先進国の中では、過去の植民地政策により、現在でも苦しんでいる国もあると思います。
歴史はいろんな面から見る必要があると思います。上記はほんの一面に過ぎないので、いろんな角度から検討されることをお勧めします。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qアフリカの植民地政策とアジアの植民地政策の違いは?

アフリカのほとんどはイギリス、フランスが植民地にしていますが、この両国はどのようにアフリカを植民地支配して行ったのですか?武力で圧倒したのですか?また、アジアもアフリカと同様、ほとんどが白人の支配下に置かれましたが、アフリカ植民地化と同じように行われましたか? やっぱり有色人種ってだめだったんだなあと思っています。

Aベストアンサー

支配する側の心は何も変わっておらず、本質的な違いは何もない・・・と捉えるべきだと思います。
やり方が変わったというか、進歩したという見方が正しいと思います。

 白人の植民地に対する非人道的な身の毛もよだつような残虐行為は、我々日本人やアジア人の普通の人には到底理解できないと思います。
 彼らは、最初は現地人を皆殺しにして欲しいものを全て奪い去っていますが、それでは永続的に奪い続けることができないことに気づいて、現地の人間を奴隷化して奪い続けます。しかし、これだと現地に駐在した本国人が現地人の恨みを買って、現地人の反逆などによって殺されることが増えたため、当初は締め付けを厳しくしていましたがそれでも抑えることができず・・・。
 ここにきて、狡猾なイギリス・フランスは本国人が恨まれることなく、永続的に収奪しつづける手法を思いつきます。それは、現地人のなかで支配階級(民族)と被支配階級(民族)を作り、現地人どおしで恨み争い続ける仕組みをつくることです。そして、被支配階級には一切教育を受けさせず被支配階級が反逆する芽を摘み取っています。

 今の世界の大きな問題の多くは、イギリス・フランスを中心とした白人が創り出していますが、彼らの子孫は過去の国家的犯罪行為に対して謝罪することもなく、深く反省することもありません。

何故?
多くの日本人には理解できないことだと思います。

理由は簡単です。それは彼らが信奉する宗教にあります。
彼らの心は、昔も今も全く変わっていません。
懺悔すれば、過去の行為は全て許されるので、反省できない構造になっています。

 それに対して我々アジア人は、ヨーローッパの過酷な気象環境とは比べられないぐらい豊かな環境の中で生きているため、心がとてもまともです。頭脳は教育によっていくらでも高められます。
 日本も過去に植民地政策を推し進めており、そのことによって多くの現地人を苦しめた事実については反省しなければならないと思いますが、日本の植民地政策はイギリス・フランスのそれとは全く違っていたということだけは、我々子孫の義務としてキチンと知る必要があると思います。

 「大東亜共栄圏」とは、その言葉どおりで日本人と同等にしたかったのです。
そのため、現地のインフラ整備や現地のすべての子供たちに対する教育に力を入れています。

 この思想にも欠陥があり、やり方も間違っていたと思いますが、上記のような祖先の崇高な思いだけは引き継いでいく義務があると思います。

支配する側の心は何も変わっておらず、本質的な違いは何もない・・・と捉えるべきだと思います。
やり方が変わったというか、進歩したという見方が正しいと思います。

 白人の植民地に対する非人道的な身の毛もよだつような残虐行為は、我々日本人やアジア人の普通の人には到底理解できないと思います。
 彼らは、最初は現地人を皆殺しにして欲しいものを全て奪い去っていますが、それでは永続的に奪い続けることができないことに気づいて、現地の人間を奴隷化して奪い続けます。しかし、これだと現地に駐在し...続きを読む

Qイギリス経済と植民地政策の変化

アメリカ独立戦争とフランス革命を経験した
イギリス経済と植民地政策はどのように変化
したのか教えていただきたいです。゜(PД`q。)゜。

Aベストアンサー

 イギリス経済の重商主義モデルの変更点を考えれば分かりやすいと思います。

 前半期は、いわゆるイベリア半島の国と同じように、資源を輸入してその交易の利益を国富にする形態です。
 プランテーション的なケースが典型的で、銀の大量移入による価格革命によって、欧州経済は大変化します。

 中期には、アヘン・茶の三角貿易のように、植民地市場を消費・生産の両面から利用するタイプです。
 前半期は、植民地は交易品の生産基地の意味しかなかったのに比べて、中期には、植民地を生産・消費の両面で利用できるようになります。

 後期には、南アフリカ(ブーア)のように植民地支配しながら、周辺諸国経済を間接的に支配する形式になります。
 これは特定の植民地を期点にその周辺地域を搾取・収奪する方法です。

 さて、イギリス・フランスとも本当の意味での植民地は少ないケースが多いです。
 なにせ、植民活動とは、自国の国民を定住させる・植民地の人民を自国に定住させる・・のが言葉としての本義ですから・・・

 さて、アメリカ独立戦争・フランス革命を契機にするのは、植民地経済を税制で収奪することの限界を見出したことにあります。
 つまり、植民地の政治に深く介入することは国際的干渉を誘発しやすく取り扱いが難しいということでしょう。

 ただ、植民地経営は、当時地域の地政環境・気候環境・国際関係によって大きく変化するので、変化は多様です。

 そして、植民地経営において常に問題になるのが、海賊問題でして、公海賊である私掠船などをはじめ、植民地経営のリスクは無視できないものだったことは忘れるべきではないでしょうね・・・・・

 イギリス経済の重商主義モデルの変更点を考えれば分かりやすいと思います。

 前半期は、いわゆるイベリア半島の国と同じように、資源を輸入してその交易の利益を国富にする形態です。
 プランテーション的なケースが典型的で、銀の大量移入による価格革命によって、欧州経済は大変化します。

 中期には、アヘン・茶の三角貿易のように、植民地市場を消費・生産の両面から利用するタイプです。
 前半期は、植民地は交易品の生産基地の意味しかなかったのに比べて、中期には、植民地を生産・消費の両...続きを読む

Q世界史(近現代) 従属植民地化と半植民地化の違いについて

今、学校で世界史をやっているのですが、18世紀後半頃からの帝国主義が広まったあたりの話で、

従属植民地化

半植民地化

の違いがよく分かりません。

分かりやすい説明をよろしくお願いします。

Aベストアンサー

従属・植民地化
これは、アフリカや中東で使う言葉
半植民地化
これは、中国に関して言う言葉

従属・植民地化 なり 半植民地化 という「やり方」とかがあったわけでなく、「現在のこの状態や、過去のある時点のああいった状態を、ひと言でまとめると、どうなるかね?」という事で作られるのが「歴史的言辞」となります。なので、教科書でさらっと書いてあるほど明確ではありません。

従属・植民地化をアフリカ・中東で使うのは、エジプトのようにトルコの宗主権を取り上げて保護国化したところもあれば、南アフリカのようにイギリス人植民者がけっこうあったところなど、諸々のレベルがあるのを、強引に一つにまとめて言っちゃっているからです。

中国の場合、イギリス領香港とかいう例外はありますが、基本的には、「不割譲条約」なり、鉄道施設権なり、完全には植民地になっていない状態をまとめて「半植民地」と言っています。
※ 不割譲条約とは、福建省に関しては、日本の合意なく、他国に領土を割譲するべからずとか、揚子江流域に関しては、イギリスに合意なく、他国に領土を割譲するべからずという、「植民地予約券」みたいな条約です。

従属・植民地化
これは、アフリカや中東で使う言葉
半植民地化
これは、中国に関して言う言葉

従属・植民地化 なり 半植民地化 という「やり方」とかがあったわけでなく、「現在のこの状態や、過去のある時点のああいった状態を、ひと言でまとめると、どうなるかね?」という事で作られるのが「歴史的言辞」となります。なので、教科書でさらっと書いてあるほど明確ではありません。

従属・植民地化をアフリカ・中東で使うのは、エジプトのようにトルコの宗主権を取り上げて保護国化したところもあれ...続きを読む

Q植民地政策

こんにちは。
欧米人は世界を植民地にしたため、統治政策のようなものがありかつ学問かしているのだろうとお思われます。日本で普通に生きているとそうしたものにあたりません。
アメリカの植民地みたいなこの国を考える上で統治政策について学ぶことが重要だと考えました。
欧米人の植民地支配の統治政策。どうやってアフリカや東南アジアや南米などを統治してきたのか少し専門的に知りたいです。よろしくお願いします

Aベストアンサー

国の差よりも、時代と経済の差です。
欧米人でも時代によってものすごく違います。
そもそも、16世紀の欧米の植民地政策と、日本の20世紀の植民地政策を比較するのはアンフェアであり、武士道にもとります。16世紀の欧米の植民地政策と比較すべきは、同じく16世紀の豊臣秀吉の朝鮮侵略です。

16世紀は、欧米でも日本でも、「富は奪う物」という意識が強いですから、その植民地政策は過酷なモノになりやすいです。
しかし、産業革命以降、「富は生産するモノ」ですから、だんだんとインフラ整備や教育も行われるようになります。港や鉄道が無いと、資源も商品も運べませんし、学力ゼロでは工場で高度な作業はこなせません。
さらに、20世紀になってアメリカから、「大衆大量消費社会」になってくると、自動車・家電製品を作る労働者と自動車家電製品を買う消費者が必要になってきます。さらに高度な教育と、国の独立も必要になってきます。アメリカはフィリピンを1944年に独立させる計画を立てましたが、日本との戦争で延期になりました。

「白人に植民地にされるぅ。奴隷にされるぅ。」という低レベルな本を読む前に、トヨタが奴隷を必要としているか?マイクロソフトが植民地を必要としているか?考えていただければ幸いです。

国の差よりも、時代と経済の差です。
欧米人でも時代によってものすごく違います。
そもそも、16世紀の欧米の植民地政策と、日本の20世紀の植民地政策を比較するのはアンフェアであり、武士道にもとります。16世紀の欧米の植民地政策と比較すべきは、同じく16世紀の豊臣秀吉の朝鮮侵略です。

16世紀は、欧米でも日本でも、「富は奪う物」という意識が強いですから、その植民地政策は過酷なモノになりやすいです。
しかし、産業革命以降、「富は生産するモノ」ですから、だんだんとインフラ整備や教育も...続きを読む

Q植民地政策

植民地政策について詳しく知りたいです。
植民地に対して、あるいは植民地化するには何をするのか。
著書も一般向けのものと、専門的なものでお勧めあれば教えて下さい。
よろしくお願いします

Aベストアンサー

イギリスによるアメリカの植民地政策
イギリスによるインドの植民地政策

全然別物なので、一緒くたには出来ない。

もうすこし範囲を狭めたほうが良いかと思います


人気Q&Aランキング

おすすめ情報