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「雑兵たちの戦場」やその参考文献、また網野史学などを読んでおりますが、日本で奴隷狩りをしていた人たちがいつまでいてその後どこまで行ったかは描かれても奴隷自身がどうなったのかがよく分かりません。

この日本の奴隷というのはいつからいたのでしょうか?
神奴が平安の頃からそうなったのか、もしくは戦争捕虜、乱取りで浚われた人民はまた別の扱いだったのか、双方がある時期から統合されたのか…。

また、そういった層は近代においてどうなったのでしょうか?

A 回答 (4件)

なぜ自殺してはいけないのか、という理由はたいてい嘘が述べられている。


本当の理由は、奴隷が自殺したら困るからである。
全員が貴族とか、全員がエリートという社会はあり得ないので、底辺は必要なのである。
もちろん奴隷的労働は誰でも出来るから、かけがえのない存在とは言えないし、ある程度過労死するのも折り込み済みではあるが、そうかと言って、大量に死なれたら困るのである。
権力者が自殺を禁止するのは当然であると言える。

負けたから自殺というのでは、ゲームが成り立たない。
敗者が隷属してこそゲームなのである。
隷属の義務を怠り、自殺されるとなると、勝者の意味が無くなる。
自殺とは隷属義務の放棄に他ならず、これは禁止されなければならない。

命が大事という決まり文句にも疑問がある。
そもそも人間は寿命で死ぬことになっている。
どうせ死んで無になるということから考えると、本当に命が大事かどうかは怪しい。
自殺というのは、余命の放棄でしか無く、別に永遠の命が絶たれたわけではないのだ。

敗者は「淘汰」されると言っても、本当に死なれた困るのである。
ある程度は死んでもいいが、大量に死なれたら奴隷が枯渇する。
人類は、他人を隷属させるゲームをやっているのである。
権力者は、奴隷という財産を失わないように「自殺をするな」と厳命するのである。
もちろん死んだ人間に罪は問えないが、家族という人質がいるから、そう簡単には自殺で投了というわけにもいかない。
死ぬまで奴隷状態を続けるしかないのだ。
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この回答へのお礼

自己陶酔なら他でどうぞ。

お礼日時:2018/07/12 18:50

奴隷の数は現在が史上最多だそうだ。

飢餓や死に至る伝染病の蔓延もある。政治は腐敗し、貧困者は支配者のスケープゴートにされる。収入を得ても、出費をしても、常に徴税される。遺産からも徴税され人民が富むことのないように抑制させれている。
裁判による死刑は廃止される傾向にあり、犯罪者は現場で一警官の判断により射殺される。交通事故は多発し、死人の数が街の中に掲示される。支配者は人民に自殺を求め、自殺が自由意志だとして尊重の対象にされる。
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知っている限りでは、一番古い奴婢の情報は、倭国王帥升が生口160人を魏へ送ったという後漢書ですかね。


戦争捕虜だったのではないかとも言われていますが、情報が少なすぎて確定できないのが現実のようです。

その後も時代時代によって奴隷のようなものは存在していますが、平安あたりになると奴隷の身分が形式として固まり、農奴のような職種としての特性が出てきているようです。
恐らくこういった物が将来、領主と農民のような概念へと変化していったのかもしれません。
戦国時代にも敵陣で人狩りなどをやっていたようですが、農民をさらって自領地に移住させるようなものだったそうなので、それが奴隷と言えるかどうかは微妙な気もします。
元は戦争捕虜だったものが、時代と共に変遷し、奴隷にも身分が与えられ職業化していったという感じなのかな?
穢多なども含めて詳しく調べてみたい気がしますね。
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この回答へのお礼

僕もその辺りまでは資料で辿りつけました…が、奴隷商人から買われた人民が下人として使われたり、奴隷が他の戦争で掴まって奴隷として売られた主人を買い戻す話などもあり、境界線が良く分からないのです…。

お礼日時:2018/07/12 18:51
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この回答へのお礼

ごめんなさい、流石にググって出る程度の情報はあります…。

お礼日時:2018/07/12 18:49

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