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それは神に対する正しい理解ではありませぬか。
神が何であるか正しく理解できなければいかなる宗教も成り立ちませぬ。
神が何であるか正しく理解できなければいかなる思想も哲学も始まりませぬ。
神に対する正しい理解は人間精神にとって本質的なのでありまする。
その通り、神は宇宙の法則であるというこの真理を理解することが人間精神にとって最も重要なことではありませぬか。
神は万物の根源、宇宙の法則、アルケーであり、アルケーを除いて如何なる神も存在し得ないという真理に至ることが人間精神にとって最も重要なことではありませぬか。


  アルケー本願

アルケーの神は偉大である、
アルケーの神は万物の根源である、
アルケーの神は宇宙の法則である、
アルケーの神は唯一絶対である、
アルケーの神は全知全能である、
アルケーの神は永遠無限である、
アルケーの神は永遠不変である、
アルケーの神は永遠不滅である、
アルケーの神は信じるためのものではない、拝むためのものでもない、願うためのものでもない、
アルケーの神は感じることの出来るもの、理解することの出来るものである、
アルケーの神を除いて如何なる神も存在しない、
アルケーの神ほど偉大なものはない。

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A 回答 (16件中1~10件)

わたしにとっての「神」とは、何かに責任転換することです。



悪いことが続くときの得たいの知れない不安を、神様に頼り何かのせいにすることで勇気が持てる。次に進める。

悪いことをして許されない罪に苦しみ消えたくなった時、神に遣えることで許しをこいながら、生きる希望ができる。

誰が世界を作ったのか、何か目的を人間はつけたがるため、神様という何かのせいにした。

大切な人の死を受け入れられないとき、死を弔い成仏したという得たいの知れない納得をして、受け入れられない人を前に向かせることができる。

自分で選んだ選択肢で挫折した時、神様がこうなると決めていたと、自分の責任を何かのせいにすることで自分を納得させる。




神様は、人が自責の念で苦しまないように生まれた存在。
人間が自我を壊さないために責任転嫁する存在だと思います。だから感謝すべき存在です。

それに集団思想が加われば、集団は団結する。
正しいと思うことへの統一が生まれる。

信じるものは救われる
神のお導き
困った時の神頼み


よく考えたらめっちゃ都合いいです!
だからこそ、受け入れられない不安から人を救えるんだと思います。
すばらしい!
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(神)を示すと申すに分けてみると、なにかしらの上下関係でしょうか。



示されたものと申し上げるものの間には、時間的な暇があるでしょうか。

示すものはなにものであり、申し上げるものはなにものでしょうか。

示すものと、申し上げるものが、どのようなとき、対応があり、関係があり、調和があるでしょうか。

一体となった神は、実在でしょうか、はたらきでしょうか。(実相でしょうか諸法でしょうか)
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私は知っていますよ。


最も重要な事を…



何も考えない事。


下手な考え休むに似たり。


意味がない。
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★ 神の定義


☆ 次の質問の趣旨説明を――不案内になりますが――ごらんになってください。

【Q:一般および個別絶対性理論 ならびに 特殊絶対性仮説 または 宗教の絶対的批判】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9878075.html

【Q:神とは何か?・・・・フルボッコのご批判をどうぞ。】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/10021140.html

☆ この二本が 基礎理論です。

ほかに 細かい主題をあつかったものが 多数あります。わたしの質問履歴からでも
拾い上げてみてください。

           *

回答欄は スペースがあるので 神の定義のひとつの事例をかかげます。

【Q:普遍神という一般絶対性 および 信仰という個別絶対性の理論】 ~~~~~
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/10578838.html

1. 《絶対》とは:
 
 (あ) 経験事象としての有る無しを超えている
 (い) 因果関係から自由である

といったところの場ないしチカラである。
そのように想定しこれを 《非経験の場》とよぶ。

2. 非経験の場は 認識のあり方として 《非知》である。

 (う) 《非知》とは何か?

   経験事象
     可知(人間の能力の十全におよぶところ)
       既知(ただし 間違っていたとあとで知る場合もある)
       未知(やがて既知となるであろうと捉えたものごと)
     不可知(知り得ないと証明し得たものごと)

   非経験の場
     非知(知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾ)

3. 非知なる非経験の場 これが 《神》である。普遍神である。

4. 普遍神が 一般絶対性のことだ。




5. この普遍神は: 

 (え) 具体的にはいくつか個別には分かれていてそれぞれ特定の名がつ
    けられている。ヤハヱ―とかアッラーフとか。
 (お) また 名がついていて《有る神》である場合のほかに 《無い神》
    として捉えられ受け容れられている場合もある。

6. つまり 有神論(そしてその中には ブラフマン神もブッダもヤハヱ
ーもいる)および無神論があり これらがそれぞれ 個別絶対性を成し そ
れとして個別の神である。

7. ふつうには 名のついた個別の神を――普遍神として――無条件で心
に受け容れたとき(つまり 信じたとき) わが心には《非思考の庭》が成
る。
身と心とから成るヒトの自然本性に ぷらす α としてやどる。と表現される
ようになった。

 (か) 《信じる》と《考える》とは 別である

   【 +α(霊我)】:信じる:非思考の庭:ヒラメキ直観・良心
   ---------------------------
   【心(精神)】:考える:思考の緑野:コギト 
   【身(身体)】:感じる:感性の原野:センスス・コムニス





8. 非思考の庭――信仰なる動態――は 霊なる神を受け容れる人間たる
器(ミクロコスモス)とその霊という対象(マクロコスモス)との一体性と
して示される。

 (き) 信仰の形態は《梵我一如》なる類型として一般化し得る。

  A. ブラフマニズム:梵我一如
   梵:ブラフマン・・・・・マクロコスモス。神
   我:アートマン・・・・・ミクロコスモス。霊我

  B. ゴータマ・ブッダ:無梵無我一如(=無神論)
   無梵:空(シューニャター)・ゼロ
   無我:アン‐アートマン;ニルワーナ

  C. ブディズム:仏仏一如(=有神論)
   仏:アミターバ・ブッダ(阿弥陀如来)
      / マハーワイローチャナ(大日如来)
   仏:タターガタ・ガルバ(如来蔵)・ブッダター(仏性)

  D. クリスチアニズム:霊霊一如
   霊:神・聖霊
   霊:《神の宮なるわれ》

  E. (プラトン?):霊霊一如
   霊:宇宙霊魂(プシュケー・コスムー) / 世界霊魂(アニマ・ムンディ)
   霊:《われ》

  F. 《もののあはれを知る》:霊霊一如
   霊:かみ(超自然および 自然。普遍神の分身として捉えられている)
   霊:われ(自然本性)

  G. ユダヤイズム:霊霊一如
   霊:ヤハヱ―;(エローホ=神)
   霊:われ

  H. イスラーム:霊霊一如
   霊:アッラーフ(イラーハ=神)
   霊:われ




 9. 以上の仮説で 取りあえずじゅうぶん世界の人びとのモヤモヤと
したあたまは 一斉に晴れ上がると思うんですけれどねぇ。どうでしょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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★ (№11お礼欄) 


神について語り合うことは楽しいことだろ。
違うか?

☆ 哲学として耐え得る神の定義を得てから そういうことは言いたまえ。
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この回答へのお礼

>☆ 哲学として耐え得る神の定義を得てから そういうことは言いたまえ。


では神については詳しいと自称するあなたに尋ねます。 
哲学として耐え得る「神の定義」をここに見せてみい。

お礼日時:2018/07/13 09:13

ふつうは 回答№6で分かれ。



論証する気がないと来てるんだから №6の内容以上に説明してやる気も
出ない。

それに 超経験と経験世界との絶対の隔たりについては たぶん五十回は
説明しています。

あしからず。
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この回答へのお礼

神について語り合うことは楽しいことだろ。
違うか?

お礼日時:2018/07/12 22:13

寝言ではなく まぎれもなく譫言であった。



早く分かって。
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この回答へのお礼

まったく答えになってないね。
「詳しい人を求ムの詳しい人です」って何だよ。

お礼日時:2018/07/12 21:10

№6のお礼欄のコメント 寝言です。



理由説明もしません。
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この回答へのお礼

寝言ではない証拠として一つ教えておく。
神が何であるか、宇宙の法則が何であるかは真理の探求という人間精神の絶え間なき努力によって一歩一歩近づいてゆくものである。
すなわち神が何たるか知ることはプロセスなのであり、しかもそのプロセスは人間精神がある限り果てしなく永遠に続くプロセスなのである。
決して超経験などとして片付けるものではない。

お礼日時:2018/07/12 20:38

すいません、誤字です。


『永遠の神が神を作ることになり…』✕
『延々と神が神を作ることになり…』○
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この回答へのお礼

神は唯一つ。
それはアルケー。
アルケー以外に神は存在しません。

お礼日時:2018/07/12 21:18

そもそもアルケー=神ではないですよね。


アルケー=物事の始まり、テロス=物事の終わり、これをひらがなで表現するなた『あ(始まり)』から『ん(おわり)』
人間はアルケー(生まれることによって始まる)だし、テロス(死ぬことによって終わる)。
哲学だったと思いますよ。
アルケー=神とするなら人間も神になっちゃう…(;´Д`)
そんなわけはないです。

神にはアルケーしかなくテロスがない…という意味なら神からアルケーがスタートした。
ただし神はずっと存在していて神は生まれたわけでもないので、神=アルケーではないと思います。
神=アルケーなら、そのアルケーである神(仮に神A)を作った神がいるはずです。
その神(仮に神B)もまた神Aを作ったアルケーならば、さらにその神Bを作ったアルケーがいるはず。
神=アルケーとするなら、永遠の神が神を作る事になり、それはもはや神とは言えないでしょう。
よって神はいつからか分からないけど始まりも何もなくいつからかずっとそこ(天)に存在していたので、神=アルケーにはならないんじゃないですか?
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この回答へのお礼

>よって神はいつからか分からないけど始まりも何もなくいつからかずっとそこ(天)に存在していたので、神=アルケーにはならないんじゃないですか?


アルケーは始まりでもなく、終わりでもないです。
アルケーは永遠です。
永遠には始まりも終わりもないです。
アルケーは唯一絶対です。
アルケー以外に神は存在しません。
アルケーが唯一絶対の神です。

お礼日時:2018/07/12 21:17

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