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大河ドラマの「西郷どん」を見ていて思うのですが、島津斉彬の意志を継いだ島津久光と一橋慶喜の仲がよくないのは、何故ですか?
それと西郷吉之介が第一次長州征伐の後、一橋慶喜と仲を違えますが、その時西郷は長州と同盟を結ぶ事を考えていて、坂本竜馬がいなくても薩長同盟はあり得たのではないでしょうか?

A 回答 (7件)

久光は、斉彬の意志を継いだとはいっても、ビジョンがあるわけでもなく、人間も小さい。

西郷をつまらんことで、くびにしたように、人材を見抜く力もなかった。
慶喜にそれが見透かされただけのことかと。逆に言えば、斉彬だけが、慶喜を動かし得た・・・とも言えますね。

さて、当時、長州は尊皇攘夷一辺倒の倒幕派で、動きはクーデターを図るテロリストですね。西郷は、日本を変えたい意志はあったが、手段はぼんやりしていた。結論ありきでどちらの味方をしたわけではないので、日本を変えるビジョンを、斉彬+慶喜というつながりの流れで、幕府の改革派(と思っていた)と捉えて支援していただけ。結果、禁門の変を制して、名をあげる形になった。

第一次長州征伐も、西郷からすれば、本当は滅ぼしたいができないからおさめたとも見れるし、無駄な内戦であり智恵でおさめるのは日本のためとも取れる。ただいずれにせよ、慶喜がもはや守旧派に成り下がり、幕府に執着する、幕府のガンと化したため、西郷と慶喜の決別も、倒幕派に転じるのも必然だった・・・ということでしょうね。

薩長同盟は、龍馬中心に描けば、ファシリテータの貢献。薩摩中心に描けば、歴史の必然にのった西郷らの決断となるわけですね。長州からしても、過激派のテロリスト系とは別の、ビジョンをもつ面々がいた。すべてがあってことがなし得た。幕府にも勝海舟などのオープンな改革派がいたことも大きいですね。

司馬遼太郎は、坂本龍馬をヒーローにに、西郷は、心は熱いがビジョンがなく、その場しのぎの人・・・と捉えている影響が大きいのか、龍馬ひとりの貢献が幕末を動かした印象が、事実以上に大きくなってしまっている感は、確かにありますね。林真理子は、ちょっと行き過ぎな感はあれど、西郷のビジョナリーな部分を、デフォルメして描いている。どちらもフィクションですが、歴史の捉え方でもあると思います。実際、西郷がその場しのぎではなかった、数々の研究もありますね。
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すみません、その時代に生まれていたんですが、北海道に住んでいたのでわかりません。

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慶喜さんと仲が良い人は、ごく少数。

久光さんも大部分の人と同じ。

長州を潰したら、次は薩摩つぶしを考えてたって説もあります。
龍馬抜きの薩長同盟は成立しなかったかも。第二次長州征伐で、長州がつぶれる代償として、幕府もかなりのダメージ。そこで薩摩が立ち上がるという選択肢も。
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歴史(ノンフィクション)とドラマ(フィクション)とを混同しないでね。

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林真理子さんですから。


史実は無視して書いてる部分が多いんです。
本人も半ば認めています。
あくまでも小説ですからね。
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単に、良くないように描いてるだけです。


元が小説ですから


西郷は、長州を滅ぼすことしか考えていませんでしたよ、これは史実です。
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大河ドラマは、全てフィクションです。


水戸黄門と変わりません。
真剣に見ない様に。
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