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家制度とは簡単に言うと何ですか?現在の家族のあり方との違いは家制度は先祖代々、現在の家族のあり方は夫婦で一つの家で合ってますか?

A 回答 (5件)

すごく簡単にいいます。



家制度とは「財産を代々受け継ぐための方法」です。

日本では田畑を自分で開墾した場合その土地を「未来永劫自分(と自分の子孫)のもの」にすることができると定められています。これを墾田永年私財法といいます。

一生懸命開墾した初代に子供が10人いたとして、その子供全員に田畑を分けると、2代目達は初代の1/10しか土地をもらえず、一生懸命開墾しても同じ規模になるとはいえないし、小さいまま分割すれば、3代目はさらに小さい土地しか受け継げず、暮らしていくことができなくなるかもしれません。

だから、田畑を「一人の人間に相続させる」ことで、それ以外の家族も養えるようにしたのが「家制度」の根幹です。

田畑だけでなく、商家や芸人なども「家制度」を利用していきます。

そのため例えば歌舞伎や茶道・華道などには「家元制度」が残り、一子相伝で芸だけでなく子弟や財産、舞台装置などを受け継いでいったのです。

このため「ひとりだけ財産を引き継いだ者」は「親が私を指名し他から私が次の家長」ということを意識しているため「先祖祭祀も自分の責任」ということになっていったわけです。

現在の夫婦は、こういうしきたりから離れるために「男女の合意のみに基づく」と民法に記載されているので、男女が合意すれば家庭を持つことができますし、十分な資金と環境があれば、二人だけで子供を育てて生活することも可能です。

しかし、現実には親の補助を受けたりすることも多く、また家業を継ぐこともあるので、家長制のような風習が色濃く残っている地域もあります。
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家制度とは、法律的な捉え方、社会学的な捉え方、家族的な捉え方で多少の違いはあります。

しかし、元々は夫婦を単位としてその子どもを含む家族の、職業とか生活様式、資産管理の方法などの価値観を先祖から継承して、その家の有り様に基づいた生き方をするのが家制度です。従いまして、祭祀継承した者がその家系も継承したのです。従いまして、家系を継承した者はその価値観も継承します。

一方、現在は戦後の憲法の下での生活ですので、家制度のあった戦前までのような家系継承の意識はありません。しかし、家制度がまかり通っていたときは、その家の系譜としての価値観を有していたので、ひとつの考え方も持っていました。

今は、個人主義の時代です。そん中での結婚ですので結婚当事者だけの問題になっています。おっしゃるとおり、現在の家族のあり方は夫婦で話し合って決めれば良いのです。夫婦単位。つまり、家単位になっています。しかし、何事を決めるにも判断するにも、夫婦・家族の自由ですが、土台となるものの考え方は、家制度の名残のある家庭で育った人の方が、奥の深い考え方を身につけているように思います。
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家制度とは簡単に言うと何ですか?


 ↑
家族は1つの会社みたいなもので、
家長であるお父さん(女性の場合もある)
が、家族に対して大きな権力を持つ社長で、
お母さん子供達は社員。

子供はお父さんの許可がなければ、結婚も
出来ない。
その反面、お父さんは家族を養うなどの
重い義務を負担する。

何事も家存続が中心になります。
嫁入り、というのは、女がその家に入る
という意味になります。
名字が変わるのは、家の一員として認める
ということです。
中韓などは、結婚しても、家の一員とは
認められません。
だから、名字はそのままで夫婦別姓、いや
嫁さんだけ別姓になります。




現在の家族のあり方との違いは家制度は先祖代々、
現在の家族のあり方は夫婦で一つの家で合ってますか?
  ↑
家制度だと、家の存続が第一になります。
だから、先祖代々と受け継がれて行きます。

祖父祖母父母子など一族郎党になり
大家族になりますが、現代家族は夫婦と子が中心の
いわゆる核家族になりがちです。

現代では核家族すら減少気味で、単独世帯が
増えています。

尚、少子化の原因は家制度の崩壊に大きな原因が
あると言われています。
婚姻は、家の存続の為に行うものだから婚姻は家に
対する義務と考えられていたからです。

現代では、婚姻は個別男女の結合に過ぎません。
婚姻すべき義務、なんてのはありません。

高齢化問題も家制度崩壊と関係しています。
大家族なら、じじばばの面倒は家族でみることが
できますが、核家族では無理です。
だから、政府の負担が大きくなるわけです。
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ちょっと歴史の勉強から始めます



縁があればでいいので 日本史の教科書や参考書などで
平安時代の「もともとの禁裏」の場所と 現在の京都御所の場所を比較してみてください
かなり 東に移動していることがわかります

なぜこんなことになってしまったのかと言うと
当時の結婚の形態が
「妻問婚」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%BB%E5%95%8F …
と言われる形態で
たとえ天皇であっても 妻の家の一員になっていたので
天皇も 嫁さんも その嫁さんの父親である藤原氏も 同じ場所(今の京都御所)に住んでいたからです

日本において 質問主さんがお考えの「家制度」が出来上がっていったのは意外と新しく
江戸時代初期に 徳川家康が 当時としては支配的な考え方であった
「豊臣秀頼が元服したら 徳川家は豊臣家に臣下の礼を取らなければいけない」
というものに逆らって 結局豊臣家を滅ぼしてしまった一連の過程によって
当時の多くの大名から 逆の仕打ちを受ける可能性を恐れて
そうならないための「理由付け」「理論武装」として
中国文化圏では広く「儒教」として受け入れられていた「幅広い概念」のうち
徳川家にとって都合がよかった部分だけを「儒学」として取り入れたことによって
戦時中までの「家制度」が 武家社会から段々と浸透していったものです
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家制度とは family business に由来するもの。

family business を未来永劫、継続し繁栄させる為に生まれた、社会的な仕組み。
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Q『家制度』ってなんですか?

こんにちはよろしくお願いします。
31歳(女)会社員(既婚)です。

今は、結婚すると男女がそれぞれの親の戸籍を
出て、新しい戸籍を作りますよね?
だから、『嫁に来た』とか、『婿に入った』と
いう表現はおかしいと、よく聞くんです。

それでお聞きしたいんですが、昔は
嫁に来る方が義父母の戸籍に入るような
制度だったのですか?婿に入る人が
養子縁組をするような制度だったのでしょうか?

よく、『昔のお家制度の名残で・・・』と
聞くのですが、そういった制度はいつごろまで
続いていたのでしょうか?

Aベストアンサー

旧戸籍法では、

長男が戸籍の筆頭者となり、以下その長男がなくなるまで、全員がその戸籍に入る形でした。
つまり長男の配偶者もその戸籍、子供たちもその戸籍で、男子の子供が婚姻した場合は、その配偶者は入籍ということで同じ戸籍に入り、新しい戸籍が作られることはありません。
女子の場合は婚姻によりその戸籍を離れます。
これが長男が生きている限り何代でも同じ戸籍に入り続けますので、ひ孫、やしゃごと何世代も同じ戸籍に入ったわけです。
(特に養子縁組をする必要はありません。)

現在の戸籍法とは相当違う仕組みということです。

ちなみにその戸籍の筆頭者である長男がなくなると、長男の子供の長男に引き継がれます。


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