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1. 組織宗教への批難です。次の命題を問います。

〇 イエスを聖なるものとして祀る自己欺瞞 

イエスは 神の子キリストとして 自由勝手にハリツケになったので
あるが――なぜなら おまえらのためにおれが自分の命に代えてその
原罪をあがなってやる ありがたく思えなどと言うわけがない―― 
ところがこれを いけにえにされたのだと捉えて わざわざ後からそ
の犠牲となったイエスを聖なるものとした。

これは 理論ないし思想としては ただのルサンチマンを煽る馬鹿げ
たものであり その欺瞞をただしいものとして押しつけるのは 或る
種の犯罪行為である。そのオシツケに屈する人びとのよわさは やは
り共犯である。
 


2. 《第三項排除――つまり第三項として犠牲を作り出すという内
容――の理論》があります。
 
自分たちの集まりや社会の中から 《異質〔と見なした​者〕を排除す
る》といううごめきについてです。
 
今村仁司が理論づけました。『排除の構造――力の一般​経済序説』
(1992)です。
 
この理論を借りて イエス・キリストがその排除された第三項である
という見方 これを提出して問いの趣旨を説明します。




 
§ 1 人には《承認欲望》がある

3. 人は 存在として人びととの関係において 社会​的である。
しかも主観は 独立した歴史知性であるゆえ ​自由な関係を希求する。
しかもその自由の実現を 特に社​会集団としては まちがって追い求
める傾向もあると言う。

4. 簡単に言うならば 集団の中の一人だけを例外つまり除​け者に
して あとは互いにひとしく自由や平等をたのしむ​といった傾向であ
り むろんこれは 間違った道筋であるというも​のです。

5. 一人ひとりは独立した主観であっても基本的に人間は ​社会関
係的な存在であるからには 互いによる承認を喜ば​しいものとして受
け取る。人からみとめてもらえれば う​れしい。そのときややもする
と この承認を 自分から​追い求めて行く傾向を持つ。たとえ誰か特
定の一人の人をワルモノや除け​者にしてでも。・・・



§ 2 承認欲望が 模倣欲望をうながす。

6. この承認欲望が衝動のごとくにさえおのれの身にはたら​くと 
《みんなと同じでありたい願望》=《模倣欲望》を​持つ。みんなと同
じであれば 安心するという習性。つま​り 承認されていると思うこ
とがたやすくなる。

7. そしておそらく この模倣が世の中全般に行き届いた段​階でも 
その一様性つまりは《全員による同じ歌の大合唱​》という情況だけで
はまだ 相互の承認が完成したとは見​なさない。こういう気難しい一
面もあると言う。



§ 3 模倣欲望は 承認欲望が満たされていちど安心したの​もつかの
ま なおまだ不安が潜んでいるようなのだ。

8. そこで これなら安心だという一定の判定基準を持​とうとする。
この誰れにとっても見やすい共通の基準とな​るものが 《第三項》で
ある。具体的には 《のけ者》と​言えば早い。
 
9. 除け者を除け者とする同じひとつの態度を共有するなら もう
何が来ても安心だということであるらしい。



§ 4 第三項とは みんなから隅へ追いやられるものである​。

10. 追いやられ仲間ではなくなるという意味で 第三項と称​され
る。

11. このときその〔小単位としての〕社会は 《一》対《他​の皆》
という構図をつくる。《 一 》となった第三項は た​しかに 《除け者》
として扱われる。

12. つまりは 第三項を皆で排除する構造が出来て初めて 人​とし
ての互いの承認が実現するというわけらしい。そうしてこそ​ 人びとは
安心して 安定した《仲良し》状態となり 《秩​序》を楽しむと言う。

13. このような傾向をじんるいは 悲しいかな残念なことに 持​
っているのだと。



§ 5 もっとも そもそもにおいて《自由》を前提していた​ように そ
の自由への変身を人びとが成しうるとも説いて​います。

14. 自由への変身は 第三項やあるいは《異者》の 受容をとお
して​ わたしたちは獲得することができると。

15. また 模倣欲望を実行している最終の過程で その互いに互
いを模倣するという《流行やファッション》​の現象においてもその反
面にはつねに起こると思われるように 《みんな​と違いたい願望》が 
これもじつは同時に はたらくだろうと考えられています。

16. 反模倣つまり みんなと違っていたいとい​う欲望 そしてそ
れと並んで 《異者》となり異者を受け容れるとい​う行為 これらに
よって 自由への変身を人びとは勝ち取​れる。その道はある。



§ 6 排除された第三項は 歴史的にキリスト・イエスであ​ると言い
あるいは 資本主義社会における貨幣のこと​であるとも論じていた。

17. 第三項は それがいわば見事な排除であった場合には ​排除
し切ったあとで ぎゃくにそれを人びとは《聖化》す​ると。

18. 人びとからは呪われて去ったと見なされたその除け者を​ 今
度は排除の成功のあとにはぎゃくに偉大な生け贄と見なし それに聖
性を付与する。

19. それに​よって なお人びとは安心するというその仕組みなの
だ​。つまり 十字架上に去って行った者を 絶対の聖者としてこんど
は一転して崇めるようになる。

20. つまり今度は 除け者の第三項を《聖なる第三項》として 
み​なであがめる。このことを通して あらためて​社会における秩序と
安寧をたしかなものにする。

21. 菅原道真は 聡明で真面目な人間だったらしくしかもワケも
なく左遷されたらしく その死後には天神様として生前における《の
け者の第三項》扱いが《聖なる神》としてまつられるという扱いに変
わったという。そんなカラクリ。
 


§ 7 イエス・キリストの事例に見られるような《​聖なる除け者(第
三項)》といった扱いは これも まち​がいであると考えられるのに 
有力なかたちでその歴史が続く。

22. 死後になってひるがえって評価を《聖なる者》と見なすよう
になったあとでは この《聖化》――つまりは そういう通念ないし
クウキ――に対してもし否定するような動きがあったなら今度は​ あ
たかも条件反射のごとくに 反動のチカラがは​たらくということらし
い。

23. 前からも後ろからも オモテからもウラからも 《第三項排
除》の歴史は 完璧を期してつづけられる。

24. 反動のチカラは クウキという同調圧力を醸し出し 出る​杭
を打つ。聖化されたイエスを悪く言うような異端分子を やはり第三
項​と見なしてその排除にかかる。

25. 異端分子が 人びとの《心の――じつはただうわべにおける
心理的な――安心と安定のみなもと》としていだかれたキリストなる
大いなる観念の共同に ただ否定的なだけではなく 真っ向から敵対
するかたちとなり ひとつの勢力さえ形成してきたときには 当然の
ごとくそれを 単に除け者とするだけではなく 明らかに迫害や戦争
にまでも発展させる。

26. ​ときに社会はこぞって容易に その戦争に飛びつくことがあ
る。そのよわさは 共同正犯を構成する。



§ 8 《自由への変身》は 異者の受容によるか?

27. ひとりの偉大な《聖なる者》をいただくひとまとまりの社会​ 
これも じつは そのまま間違いである。

28. その《聖なる者》をいただくか否かで区分した規定じたいが
すでに 除け者をみづから作ろうとしている。ただちに排除しようと
して 異端分子の起きることを待ち構えている。

29. だから他方で《ひとと違っていたい》という欲望においては 
外の異者を受け容れよと言うのであるが おそらくそれ​は――その今
村理論に逆らってでも―― まだコトの本質には​迫っていないように
思われる。(異者の受容そのことが わるいわけではない)。

30. 内外の区別ということ自体が そしてそもそも《偉大な​る聖
なる第三項》をいただくという方式じたいが どこま​でも除け者を作
り出そうとする模倣および承認の欲望のな​せるわざである。世に言う
《宗教》なるものの為す何たる自己欺瞞 !



§ 9 どこまでも《話し合い》によるしかない。

31. 模倣は 反模倣の動きがあるように 安心感のよりどこ​ろで
はない。承認されたいという欲望は かなり強いらしく 人間にとっ
ては 或る種の仕方で根源的なものであるかにさえ見える。

32. ならば とことん互いに話し合うことではないだろうか​? 
話し合いによるしか道はないのではないか?

33. 仲間意識の感覚 あるいは それの判定の基準は あく​まで
一人ひとりのこころにある。ここでは 《主観》が主​役である。あて
にならないおのおのの主観が それでも 主役である。

34. ならば互いに だめでも話し合う。それでも話し合う。​いや
でも話し合う。(ただし 待ったなしの障害があると​きには 別であ
る。相手の状態が 話し合いに耐えない様​子であるなら しばらくは
無理である)。気長に話し合う​。もっと話し合う。まだまだ話し合う。
もういやというほ​ど話し合う。

35. まづは ローマ教会の欺瞞について始めるのが 有効で有益
ではないだろうか。

36. 組織宗教は 自己解体せざるべからざるものなり。

A 回答 (10件)

おそらくは、その見えざるチャーチこそが、僧の本体で、ときに、雨が降ったり、槍が降ったりするときのカサが、僧を守る伽藍のように思います。



ひとがいないのに、堅牢な建物はとてももったいないと思います。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ おそらくは、その見えざるチャーチこそが、僧の本体で、ときに、雨が
降ったり、槍が降ったりするときのカサが、僧を守る伽藍のように思います。
☆ 槍も降るんですね。いやいや。なるほどと思います。


★ ひとがいないのに、堅牢な建物はとてももったいないと思います。
☆ わたしの感じでは そういった建物は 公園のごとく誰でも入(はい)
れて 利活用自由だといいですね。

お礼日時:2018/08/12 17:13

妙法蓮華経 方便品第二 に諸法実相として十如是が示されています。



如是本末究竟等でなにを表しているでしょうか。聞いた話では、これが菩薩の門の入り口になっているそうです。
一瞬一瞬のわたしたちの振る舞いは、そのままそれを反映して、わたしと世界は調和している、ということでしょうか。

ひとりひとりの持ち味は異なり、ひとりひとりの振る舞いは異なり、ひとりひとりの受ける結果は異なるけれども、そのはたらきとしてある法は誰にとっても平等であるということでしょうか。

この後に、さまざまに比喩が展開されているように思いますが、それらはいろいろなひとにわかりやすく噛み砕いた説明といえるでしょうか。



すこし話が飛びますが、妙法蓮華経 法師功徳品第十九 に、

是の清浄の意根を以って、乃至一偈、一句を聞くに、無量無辺の義を通達せん、͡是の義を解し已(おわ)って、能く一句、一偈を演説すること、一月、四月、乃至一歳に至らん、諸の所説の法、その義趣に随って、皆実相と相違背せじ。若し俗間の経書、治世の語言、資生の業等を説かんも、皆正法に順ぜん。

とあります。恐らく、わたしたちのはじめは、詳しくはなにも分からないが、見たり聞いたりするものを、信じて行じて、学んで、このようになることを目指しているように思います。学びながら、それを話し、意見を聞きながら、自らの行いを磨いているように思います。

それを共に行っていくものの集まりを、僧、と読んでいるのではないかと思います。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 妙法蓮華経 方便品第二 に諸法実相として十如是が示されています。

★ 如是本末究竟等でなにを表しているでしょうか。聞いた話では、これが
菩薩の門の入り口になっているそうです。
☆ なのですが それは 実践論ではないですね。

門をくぐって修行するといった道があるのだというその種の実践はあるのか
も分かりませんが 別の見方もあります。

★ 如是本末究竟等
☆ が 一瞬のうちに成るという――あるいはより詳しくは 十如是を含む
三千界がつねにわが一念なる心の一瞬のうちに成っているという―― 一念三
千という捉え方があります。

即身成仏あるいは即得往生というのと同じだと思います。

要するに ヒラメキです。

ということは 人間の能力と努力とを ヒラメキが上回るという意味にもな
ります。

ここまで書いて 次のお考えに出会って 赤っ恥になりました。

★ 一瞬一瞬のわたしたちの振る舞いは、そのままそれを反映して、わたし
と世界は調和している、ということでしょうか。

☆ ただし その《調和――あるいは世界との和解 および われ自身との
和解――》は おそらくその一瞬において成ったと思ったとき わたしたち
はその瞬間のあたかも完全な和解の状態から 弾かれて現実に戻されるので
はないでしょうか。



★ ひとりひとりの持ち味は異なり、ひとりひとりの振る舞いは異なり、ひ
とりひとりの受ける結果は異なるけれども、そのはたらきとしてある法は誰
にとっても平等であるということでしょうか。
★ この後に、さまざまに比喩が展開されているように思いますが、それら
はいろいろなひとにわかりやすく噛み砕いた説明といえるでしょうか。
☆ そうなんでしょうね。





★ 恐らく、わたしたちは・・・学びながら、それを話し、意見を聞きなが
ら、自らの行いを磨いているように思います。

★ それを共に行っていくものの集まりを、僧、と読んでいるのではないか
と思います。

☆ 小言ぢぢいから二点です。

ぢゃあ 全世界が 共和国たるサンガーラマ――見えざるチャーチ――であ
るとなりませんか? ダルマが 普遍神ないし真理であるなら。

哲学は ずるいのですが 何ごとも《おしまいから始める》と言います。修
行をするとき それを終えた地点から 出発します。

お礼日時:2018/08/11 08:55

ひとりひとりがユートピアを想像すること、各々のユートピアを語り合い、どのようにすれば、誰もが納得するユートピアはできていくかもしれません。



しかし、どんなに神を求め追究しても、一人だけ神そのものになるという話は難しく、どんなに法を追求しても、たった一人だけが法そのものを体現しているという話になると、賛同を得ることが難しいように思います。

なにか出発点になりそうなことがらはあるように思われますか。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ ひとりひとりがユートピアを想像すること、各々のユートピアを語り
合い、どのようにすれば、誰もが納得するユートピアはできていくかもし
れません。
☆ たぶんですが ユートピアはすでに漠然としたものだとしても だい
たい出来上がっているのかとも思います。平和や繁栄など。あるいは 人
間性の完成だとか。

とすれば そのような青写真と現実との違い そういった捉え方へただち
に移ったほうがよいのではないかと思います。



★ しかし、どんなに神を求め追究しても、一人だけ神そのものになると
いう話は難しく、どんなに法を追求しても、たった一人だけが法そのもの
を体現しているという話になると、賛同を得ることが難しいように思いま
す。

★ なにか出発点になりそうなことがらはあるように思われますか。

☆ 先ほどの《捉え方 もしくは 視点・視野・視座》は 理念と現実と
の調整といったことになるかと思います。


あるいは わたしのあたらしい質問ですが そのような《現実への対処の
仕方》をめぐって どのように表現するか? があります。

この切り口としては 《あやまちうるスサノヲ人間語とあやまち得ないア
マテラス普遍語(科学語&人格語)》の問題――それらの言葉をどのよう
に按配するかなど――があるかと考えます。

お礼日時:2018/08/09 21:46

国教化はとてもむずかしい問題だとおもいます。

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この回答へのお礼

ううーん。そうなのかも知れません。

昔の時代としては 社会秩序の問題があって オシヘは 一定の
役割りを担っていたかも。


ひるがえって 別の角度から見てみると やはり権力の争奪とい
った問題であるかも知れません。

人間が 神のごとくいかなる者の下にも立つまいと 心に堅く誓
ったという場合です。

なぜ そういう誓いをおこなうに到ったか? 高いところに登り
たいから? 

《権力への意志》などというのとは別に 何かあるかもと思うの
ですが。・・・


ご回答をありがとうございます。

お礼日時:2018/08/09 15:42

文のカタマリに番号が振ってあるのは、議論のためには便利であるようにしてあるのだろうとおもいます。



わたしは、全体的な雰囲気を感じ取ってみて、同じようなものごとがアタマに浮かんでいるのかどうかに関心があります。


できれば、番号ふりを活用できるところまで深く議論できるようになれるとよいのですが…
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 文のカタマリに番号が振ってあるのは、議論のためには便利である
ようにしてあるのだろうとおもいます。
☆ そうです。引用するとき その番号で示せます。

★ わたしは、全体的な雰囲気を感じ取ってみて、同じようなものごと
がアタマに浮かんでいるのかどうかに関心があります。
☆ ローマ教会は 認められ国教にまでなった。権威を付与され 財力
をもともなった権力を――国王とその支配を二分するかのように――に
ぎった。

そこからは もう勝手のやり放題。・・・いまでも マフィア関係のマ
ネーロンダリングと聖職者のペドフィルが あとを絶ちません。


★ できれば、番号ふりを活用できるところまで深く議論できるように
なれるとよいのですが…
☆ はい。と言っても 個別の歴史について くわしい実態をつけ添え
て しっかりと事態を把握しなければならないとは思っています。

お礼日時:2018/08/09 13:19

かのじょを 教会にとられたと 信じこんでるだけでしょう。


あなたに魅力がこれっぽっちもなかったというだけのことです。

何度削除されても出しゃばってくる
「ストーカーのキモイじじい」と「教会」だっから誰でも教会に逃げ込むだろ。
わからず屋 「おれが正しいの一点張りだと 人が逃げていく」ということの実証例です。

ただの逆恨みです。

 どっかいけよ

また
1.
2.

 とか かいてくんのか プげら こんな箇条書きの哲学 ないから(笑)
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この回答へのお礼

残念ながら あなたの文体のちからにあらがう知恵が 出て来ません。

非力ですまん。



ご投稿をありがとうございます。

お礼日時:2018/08/07 23:39

すばらしいお礼ありがとうございます。

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この回答へのお礼

いやいや まあ 自性清浄心は 大事ですよね。

一切衆生 悉有仏性であるならば。

はじめっから きらきら輝くようにきれい。――非思考の庭(信仰)にて。



ご回答をありがとうございます。

お礼日時:2018/08/07 08:31

仏教的には、仏法僧の三宝を大事にせよ、というと思います。



五濁が盛んな状態であるならば、ひとりひとりはどのように心がけるでしょうか。

汚れのようなものを、各々浄め、磨く必要があるように思います。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 仏教的には、仏法僧の三宝を大事にせよ、というと思います。
☆ 仏は 人間がブッダと呼ばれた場合をふくむのか? 
それとも 絶対性としての神と同じ法身のブッダのことか?

法も 神の霊なる法身のことか? または 実際のオシヘを言う
のか?

僧は もし教団ないし宗教組織のことならば ただの護教論であ
り 自他ないし内外を区別し――唯我独尊だとすれば―― その
信仰はおろか教義なる世界観も 普遍性を有するものではないと
なりますまいか?


★ 五濁が盛んな状態であるならば、ひとりひとりはどのように
心がけるでしょうか。
☆ 《濁》に具体的はありますか? やましさ反応にさからって
起こしたウソ・イツハリのことくらいでしょう 分かりやすいの
は。


★ 汚れのようなものを、各々浄め、磨く必要があるように思い
ます。
☆ ブッダターをやどすのなら そもそも初めから自性清浄心で
すよね。

お礼日時:2018/08/06 22:28

ひとは一般的には恐ろしいくらいの物まね上手であって、オオカミに育てられたこどもはオオカミにそっくりな振る舞いをする。

チンパンジーと一緒に育てられた赤ん坊は、チンパンジーの子供がにんげんのこどもに似る以上ににんげんのこどもがチンパンジーのこどもに似てきたので実験を慌てて中止したようです。

にんげんがものをまねるのは文明を維持するにはやはり大事な要素のひとつのような気がします。

一方で、こどもはおとなになる過程で、反抗期を迎え、場合によってはグレる場合があります。自立できるようになるためには、やはりちょうど良い反抗期を経験したほうがよいと思います。

そのちょうどよさはなんであるかと問われたら、やっぱり難しいように思います。

みんながみんな同じようになり、先頭をゆくものが崖から飛び降りたら、次々に崖を飛び降りてしまったなら、やはり人類は絶滅していたように思います。

対数派と少数派のどちらが生き延びるのに適しているかもわからないし、特異なものたちのグループがたまたま生き残って子孫を残した場合でも、次世代のこどもたちの行動パターンは、特異なものが強調されるというよりも、もともとの全体のもっている分布に近いものになっているようだ、と考えられているようです。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

そうですね。ヒトとしての個人的および社会的な行動一般についての
見方では必ずしもなく 《われ》が具体的に 社会の中でおのがとこ
ろを得るといった問題とその追究の過程。これを 前提として考えて
います。

自分が自分として 仲間やそのほかの人びとのあいだで 安堵を得る
といったことが 気になっている場合です。




ものごころが着く前に幼児が 母親や周りの人びとの仕草や言葉をま
ねる。これは 人となりの基礎ですね。

その基礎が出来たあとで われの位置づけが 社会の中で どうなる
か? ではないかと思います。


そのときの《まねる》動作は まさにそのような社会における自己の
確立のためにおこなうことだと見られます。

つまり 承認を欲しているのだと思われます。

お礼日時:2018/08/05 19:30

>それは 信者の共犯。

人類の連帯責任。
なにもそこまでひとをまきこまなくても。
あなたが信者をやめれば済むことでは?
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この回答へのお礼

《呪われて磔の刑に遭った者》を その死後は あまりにもその
《除け者》の排除に成功したのを気味悪くでも思って 今度は逆
に 《聖化する》。あがめたてまつる。

そしてこの《聖なる存在》を もし人びとが貶したり否定したり
するなら その異端分子をこんどは取り締まる。

このような《制度》の形成や確立について 信者たちが・さらに
は人びと一般が 大なり小なりかかわっている。

としたら 連帯責任が生じているのではないですか?



ご回答をありがとうございます。



なお わたし自身は どの教会にも所属していません。

お礼日時:2018/08/05 07:55

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