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自治会長の谷中孝寿さん(64)が亡くなったあと、
副会長の田中孝昭さん(53)
高校1年生・鳥居幸さん(16)
小学4年生・林大貴君(10)
の三人が相次いで亡くなりました。
この3人の方々が亡くなった病院をご存じでしたら教えてください。
全員同じ病院だったでしょうか。

A 回答 (3件)

何が目的で聞くんですか?


ご遺族の方もいらっしゃるのに不謹慎ではないですか?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

事件が起き67人が次々と救急車で搬送されたのは、
1998年07月25日の夕方6時以降。
1998年07月26日
00時05分 和歌山保険所(木下純子所長)は食中毒と発表。
03時03分 自治会長 谷中孝寿さん(64)搬送先の誠佑記念病院で亡くなったのですが、
06時30分 谷中さんの解剖所見により和歌山県警は青酸中毒と発表します。
この県警の発表を受けて、病院側は青酸中毒の治療として亜硝酸ナトリウムの投与を行ったであろうと思われるのですが、3人の方々が次々と亡くなった。
この治療はヒ素中毒患者の状態を逆に悪化させることがわかっており、実際この治療をしなかった病院での犠牲者はゼロでした。
和歌山市内の中谷病院でも、チオ硫酸ナトリウムを患者全員に注射して対処しましたが、ここで亡くなった方もおられません。
亜硝酸ナトリウムの投与、あるいは、チオ硫酸ナトリウムの注射が、どのような状況で行われたのか知りたいのです。

真相が不確かな状況であることはご存知のことと思います。
真相に少しでも近づこうとすることに亡くなった方々が反対するとは思われません。

お礼日時:2018/08/12 21:56

この事件の主犯格のバックには、日本人拉致事件にかかわった北朝鮮の工作員が絡んでいる可能性があるので、あまり詮索をすると民潭や総連などと厄介なことになるので、裁判所も死刑の判決を出したが、全般が明らかになるまで、その実行がなかなか困難なようです。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

色々な見方があるもんですなあ。
>全般が明らかになるまで、その実行がなかなか困難なようです。

ということらしいですが、これは、とりも直さず『全般が明らかに』なっていないということの証左とも言えそうですね。
『全般が明らかに』なっていないのに死刑の判決を出す裁判所というのは、いったい何様なんでしょうね。

お礼日時:2018/08/13 15:30

あなたが犯人だから、それだけ詳細に知ってるのでしょう

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

頭の構造が単純にできておられるようですね。

お礼日時:2018/08/13 15:26

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