こんにちは。
突然ですが、ロマン主義、ロマン思想について
詳しく述べているHPをご存知の方、教えて下さい!

よろしくお願いしますm(_ _)m

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

MiJunです。


「音楽」には限らないのでしょうが、以下の参考URLサイトは参考になりますでしょうか?
「バッハ全集」
この中で、
http://www.yk.rim.or.jp/~guessac/VOL10/contents1 …
(第10巻 オルガン曲)
この巻で、「ロマン主義の音楽美学と哲学 ヘーゲル......中村雄二郎......170」
等はヒントになりませんでしょうか?

さらに「ドイツロマン主義」で検索すると以下の成書があります(内容未確認!)。
===================================
ヘーゲルとドイツ・ロマン主義/伊坂青司/御茶の水書房/2000.2 
シェリングとドイツ・ロマン主義/伊坂青司,森淑仁/晃洋書房/1997.8 
ドイツロマン主義とナチズム/ヘルムート・プレスナ…[他]/講談社/1995.5 
ドイツ・ロマン主義の世界/神林恒道/法律文化社/1990.10 
ドイツ・ロマン派全集/第10巻/前川道介/国書刊行会/1984.12 
ドイツ・ロマン主義絵画/ハンス・ヨアヒム・ナ…[他]/講談社/1984.11 
バーリン選集/3/福田歓一,河合秀和/岩波書店/1984.9 
ドイツ・ロマン主義/J.F.アンジェロス…[他]/白水社/1978.5 
ドイツロマン主義の哲学/林誠宏/第三文明社/1978.3 
=======================================
ご参考まで。

参考URL:http://www.yk.rim.or.jp/~guessac/bachtop.html
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お礼が遅くなってすみません。何度もありがとうございます。
書籍までこんなにたくさん調べていただいて・・・。

色々な分野で調べる事ができて、いいレポートができそうです。

本当に、ありがとうございました。

お礼日時:2001/07/24 00:21

先にロマン主義の概容を知っておいたほうがいいと思います。

誤解をおそれずあえて単純化(実際はもっと複雑ですが)すると、

フランス啓蒙主義―普遍主義―「文明」

ドイツロマン主義―個別主義―「文化」

となります

 「文明」と「文化」の意味の違いを考えてみて下さい。ロマン主義は、当時の思想潮流と密接な関連を持っています。そこを問詰めればよいレポートになると思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

説明まで書いていただいて、どうもすみません。
今回質問した訳は、ドイツロマン主義の音楽についてざっと勉強した中から
ロマン主義に対する自分の考え、意見をレポートに書かねばならないので
書籍だけでなくHPで色々な人のロマン主義に対する見解を知れたらなぁと思ったからなんです。
アドバイスありがとうございました。頑張ってレポート仕上げます(^-^)

お礼日時:2001/07/21 04:21

「ロマン 主義 思想」等でネット検索すると沢山Hitしますが・・・?


さらに、成書の検索はされたのでしょうか?

もう少し、キーワードを絞られた方が良いかもしれませんね?

補足お願いします。

この回答への補足

早速のお返事、ありがとうございます。
「ロマン主義 思想」で検索しましたが、あまり思っていたHPは
Hitしなかったんです。「ドイツロマン主義」でも同じく。。。

学校のレポートの課題なんですが、まずパソコンで検索しようと
思ったのです。図書館にも行くつもりですが。

お手数かけてしまってすみませんでした。

補足日時:2001/07/20 13:14
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qゴシック小説はロマン主義??

なぜゴシック小説はロマン主義的といわれているのでしょうか?
ゴシック小説の文学史的意義について考えてみても、ロマン主義とはいえないような気がしました。

Aベストアンサー

「ロマン主義とは何か」という定義はかなり厄介な問題です。
定義の仕方によってはゴシック小説はロマン主義的ではないという立場もあり得るかも知れません。
しかし少なくとも自然主義(リアリズム)ではないことは明らかではないでしょうか?
幻想、神秘、宿命などのゴシック小説を特徴づける言葉にはやはりロマン主義と共通している要素が有ります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E5%B0%8F%E8%AA%AC

偏見かも知れませんがロマン主義の「大衆化バージョン」という感じがします。

参考URL:http://novel-lab.com/835383568362834E8FAC90E0/

Q感想の述べ方

音楽を聴いたときの、上手な感想の述べ方を教えてください。

お願いします。

Aベストアンサー

中学生か大学院生かわかりませんので、どういったレベルの感想を述べるのかがわかりません。思いつくことを書いてみますと:

1)事実関係を勉強すること。

例えば、「熊蜂の飛行」を聴いて「ブンブンとハチが飛んでいるようだ」というのであれば小学生的です。しかし、もっと勉強すれば、「細かい音の羅列は19世紀ロシアの音楽スタイルを象徴し、それは音楽だけでなくロシアの建築、美術に通じるものがある」等々と話しが続きます。大学院レベルになれば、作曲家に関する研究はもちろん、19世紀帝政ロシアからソビエトへの政治の移り変わりまで勉強しなければなりません。

2)知的興味を持つこと。

ベートーヴェンの肖像画を見たら、どれもこれも怒ったような顔をしていますね。なぜベートーヴェンはあんな顔になってしまったのか?と考えてみるのです。小学生の答えなら「ベートーヴェンは怒りんぼ」となるでしょうが、もう少し勉強したら、ベートーヴェンは、お金に困っていて、健康状態はすぐれず、死にたいと思っていた、というようなことが出てきます。おまけにドイツやオーストリアは晴れの日が少ないとか、いろいろなことがゾロゾロと出てきます。アルプス山脈が雲を遮っているので北側が曇りの分、イタリアは晴れの日が多いとか、地理の勉強にもつながります。

手っ取り早いのは、作品を説明している記述を読むことだと思います。聴くためのヒントみたいな物がそこに見い出せると思います。CDに付いている説明書きとか、作品名をネットで検索するだけでも多くの情報が得られます。それを読んでから改めて作品を聴いてみれば、新たに想像が膨らんだりするものです。

決まった答えの無いのが芸術の大変なところかもしれませんが、反面、鑑賞する側の自由があります。どう感じようが自由なのです。そこの所もヒントになるかもしれません。

中学生か大学院生かわかりませんので、どういったレベルの感想を述べるのかがわかりません。思いつくことを書いてみますと:

1)事実関係を勉強すること。

例えば、「熊蜂の飛行」を聴いて「ブンブンとハチが飛んでいるようだ」というのであれば小学生的です。しかし、もっと勉強すれば、「細かい音の羅列は19世紀ロシアの音楽スタイルを象徴し、それは音楽だけでなくロシアの建築、美術に通じるものがある」等々と話しが続きます。大学院レベルになれば、作曲家に関する研究はもちろん、19世紀帝政ロ...続きを読む

Qロマン主義についての質問です

ロマン主義とはなにか、またその担い手たちはどういうふうにロマン主義的なのかを教えてください。
長文になっても構わないので、なるべく詳しく教えてくださればとても有難いです。

Aベストアンサー

ロマン主義(ロマンティシズム)は、18世紀末から 19世紀前半にかけてイギリスやドイツ、フランスを中心に、ヨーロッパ各地で広まった文学・芸術・思想上の自由解放をめざした流れで、それまでの合理主義への反発から、古典主義の形式の枠組みを破壊して、自由な表現を追求しようとした文芸運動です。

そういった流れの中で、それまで既成の社会体制への反抗や自然への逃避、情熱と絶望的な恋愛や、自殺志向、不合理、神秘主義等、完全なる自我の解放を主題として、心の欲求を感性のままに表現しました。

このヨーロッパでの芸術運動は,基本的には産業革命やフランス革命をへた、激動期のヨーロッパ社会の思想表現でしたが,その性格は各国における社会的・文化的状況の差によって、かなり異なっていました。

※以下、各国別に人名を挙げて、それぞれの作品傾向等を書こうと思っておりましたが、何故かキーボードの調子が悪くなってしまったことで、ここまで書いただけで疲れ果ててしまったので、大変申し訳ありませんが、主な人物を挙げるだけで、今回は勘弁してください。
ごめんなさい。

哲学:ドイツ観念論
文学:ワーズワース、バイロン、シェリー、ゲーテ、ルソー、ユゴーetc.
美術:アングル、ターナー、ゴヤ、ドラクロアetc.
音楽:メンデルスゾーン、シューマン、ショパン、ベルリオーズ、リスト、ワーグナー、マーラー、リヒャルトストラウスetc.

日本では浪漫主義と呼ばれ、
森鴎外、北村透谷、島崎藤村、与謝野鉄幹、与謝野晶子等が有名です。

※本当に、中途半端でごめんなさい。
何故か、急にキーボードの反応が異常に悪くなってしまい、キーを何回も叩かないと入力出来なくなってしまいました。
あぁ~、修理かなあー?

ロマン主義(ロマンティシズム)は、18世紀末から 19世紀前半にかけてイギリスやドイツ、フランスを中心に、ヨーロッパ各地で広まった文学・芸術・思想上の自由解放をめざした流れで、それまでの合理主義への反発から、古典主義の形式の枠組みを破壊して、自由な表現を追求しようとした文芸運動です。

そういった流れの中で、それまで既成の社会体制への反抗や自然への逃避、情熱と絶望的な恋愛や、自殺志向、不合理、神秘主義等、完全なる自我の解放を主題として、心の欲求を感性のままに表現しました。
...続きを読む

Qロマン派音楽について

私は今高校生で、タイトルの通りのことをレポート(10枚程)に調べて提出する課題を音楽の授業で出されたのですが、
このことについて詳しく説明されたサイトや、具体的にどの様な事おさえる、あるいは気をつけて書けばよいかをお教え下さい。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 ひとつの様式を、年代的な盛衰で論じるか、あるいは技術的な成果と
みなすか、はたまた一曲の途中で偶発したと考えるべきでしょうか。
 以下は、わたしが高校時代から暖めている仮説です。
 
 たとえば、ベートーヴェン《ヴァイオリン協奏曲》を聴いてみると、
どうも第2楽章あたりから、古典様式が変貌しているようです。
 ただ一人“楽聖”と呼ばれた作曲家が、ロマン派の戸を叩いたのです。
 
 協奏曲の“王者”と呼ばれるこの作品は、あたかも疲れはてた王者が、
回想に身をゆだねるように(数種の)カンデンツァが付加されます。
 のちに、つぎのような文章にめぐりあいました。
 
── ベートーヴェンの古典的な時代を燦然と閉じる作品97《ピアノ
三重奏曲 変ホ長調〔大公トリオ〕》の楽譜に“三月三日三重奏曲”
“一八一一年三月二十六日完了”と書き込んでいる。このあと秋、テプ
リッツから帰ると奔流の如き勢いで《第七交響曲 イ長調》にとりかか
る。この間四月から秋までの間本格的な作曲活動の跡はみられない。
── 小松 雄一郎・編訳《ベートーヴェンの手紙 19820118 岩波文庫》
 
 ここに挙げられた数曲に代表作“運命”を加えて、年代順にならべて
みると、たしかに大きなうねりが感じられます。
 ハイドンやモーツァルトになかった、何かが噴出しているのです。
 
18061223 初演 《ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.61 》
18081222 初演 《交響曲第5番ハ短調Op.67“運命”》
18110303-0326 作曲《ピアノ三重奏曲変ロ長調Op.97》
18131208 初演 《交響曲第7番イ長調Op.92》
18140411 初演 《ピアノ三重奏曲変ロ長調Op.97》
 
 ロマン派音楽の偉大な申し子は、超絶技巧の名人や名人芸的な指揮者
であり、近代音楽の開幕に欠かせない存在でした。一方で、欺瞞的熱狂
とみる風潮もあり、サルトルやプルーストも無批判に迎合しています。
 
 のちの人々は、音楽に麻薬のような依存性をみとめ、芸術家の非日常
への堕落を恐れました(↓)。いまや化石となってしまいましたが……。
── 諸井 三郎《ロマン派音楽の潮流 19520920 創元文庫 1956 新潮文庫》

 ひとつの様式を、年代的な盛衰で論じるか、あるいは技術的な成果と
みなすか、はたまた一曲の途中で偶発したと考えるべきでしょうか。
 以下は、わたしが高校時代から暖めている仮説です。
 
 たとえば、ベートーヴェン《ヴァイオリン協奏曲》を聴いてみると、
どうも第2楽章あたりから、古典様式が変貌しているようです。
 ただ一人“楽聖”と呼ばれた作曲家が、ロマン派の戸を叩いたのです。
 
 協奏曲の“王者”と呼ばれるこの作品は、あたかも疲れはてた王者が、
回想に身をゆだねるように(数...続きを読む

Qロマン主義について。

こんにちは。
突然ですが、ロマン主義、ロマン思想について
詳しく述べているHPをご存知の方、教えて下さい!

よろしくお願いしますm(_ _)m

Aベストアンサー

MiJunです。
「音楽」には限らないのでしょうが、以下の参考URLサイトは参考になりますでしょうか?
「バッハ全集」
この中で、
◎http://www.yk.rim.or.jp/~guessac/VOL10/contents10.html
(第10巻 オルガン曲)
この巻で、「ロマン主義の音楽美学と哲学 ヘーゲル......中村雄二郎......170」
等はヒントになりませんでしょうか?

さらに「ドイツロマン主義」で検索すると以下の成書があります(内容未確認!)。
===================================
ヘーゲルとドイツ・ロマン主義/伊坂青司/御茶の水書房/2000.2 
シェリングとドイツ・ロマン主義/伊坂青司,森淑仁/晃洋書房/1997.8 
ドイツロマン主義とナチズム/ヘルムート・プレスナ…[他]/講談社/1995.5 
ドイツ・ロマン主義の世界/神林恒道/法律文化社/1990.10 
ドイツ・ロマン派全集/第10巻/前川道介/国書刊行会/1984.12 
ドイツ・ロマン主義絵画/ハンス・ヨアヒム・ナ…[他]/講談社/1984.11 
バーリン選集/3/福田歓一,河合秀和/岩波書店/1984.9 
ドイツ・ロマン主義/J.F.アンジェロス…[他]/白水社/1978.5 
ドイツロマン主義の哲学/林誠宏/第三文明社/1978.3 
=======================================
ご参考まで。

参考URL:http://www.yk.rim.or.jp/~guessac/bachtop.html

MiJunです。
「音楽」には限らないのでしょうが、以下の参考URLサイトは参考になりますでしょうか?
「バッハ全集」
この中で、
◎http://www.yk.rim.or.jp/~guessac/VOL10/contents10.html
(第10巻 オルガン曲)
この巻で、「ロマン主義の音楽美学と哲学 ヘーゲル......中村雄二郎......170」
等はヒントになりませんでしょうか?

さらに「ドイツロマン主義」で検索すると以下の成書があります(内容未確認!)。
===================================
ヘーゲルとドイツ・ロマン主義/伊坂青司...続きを読む

Qロマン派の作曲家のピアノ協奏曲で比較的弾きやすい曲

 ロマン派の作曲家のピアノ協奏曲で比較的弾きやすい曲ってなんでしょうか?個人的には、ラフマニノフの2番が弾きやすいかなと思います。
 私のレベルは、ショパンのエチュードが数曲、英雄ポロネーズが弾ける程度です。
皆さんはどう思いますか?

Aベストアンサー

一般にはメンデルスゾーンがテクニック的に一番簡単と言われていますね。
自分自身で試した事はないです。

英雄ポロネーズが弾けるなら(音を押さえるでなく、演奏できるなら)
何でも弾けるのではないでしょうか。

個人的にはグリークが好きです。
聞くのみですけれど。

Qロマン主義のイメージ

ロマン主義(Romanticism)のイメージがいまいちよくわかりません。


広辞苑で本を引くと、

「(1)、フランス大革命後19世紀初めにヨーロッパで展開された文学上・芸術上の思潮。ブルジョアの俗物性の支配する社会に反抗して、異郷や過去にユートピアを求め、個性・空想・形式の自由を強調した。(以下略)

(2)、夢や空想の世界にあこがれ、現実を逃避し、甘い情緒や感傷を好む傾向。」


とでてくるのですが、

イメージとしては、極端な話を例にすると、

現実を見ず、小説を読んで空想する人、アニメが好きで家にこもってアニメを見ている人をロマン主義者というのでしょうか。そう考えると、男のロマンは今はアニメにあるような気がします。


また、もしよろしければ、適当な小説を紹介いただけないでしょうか。


とりとめのない質問ですが、御回答いただければ、と思います。
どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

17-8世紀に興隆した啓蒙主義に反対する立場として登場したのがロマン主義、というのが歴史的な位置づけではないかと思います。これらの概念をどう規定するのかは論者によって様々なので確定的なことは言えません。ただ、恐らくロマン主義にとって本質的な側面は、啓蒙主義的な世界観に対するアンチとして自己規定しようとする点にあるのではないかと思います。なので、[言葉をどう使うかは自由ですが] 単に「現実を見ず、小説を読んで空想する人、アニメが好きで家にこもってアニメを見ている」ことだけをもって「ロマン主義」というのは少し違和感があります。

辞書的な定義だとしっくりこないですが、以下のようなまとめはどうでしょうか。
啓蒙主義:発展した知識が個人的・社会的解放の道具になりうる、という思想。コスモポリタンな文化であり、ローカルな視点からくる制限を乗り越え、客観性を求める。
ロマン主義:コスモポリタンな視点を拒み、前合理的な直観などを復活させる。解放は論証的な知識ではなく、霊感の閃き、詩、芸術、直観に導かれねばならない。

Qクラシック音楽「バロック」や「ロマン派」などといった作風についてです。

クラシック音楽に興味を持ちよく聞いているのですが、「バロック」や「ロマン派」などといった作風と言うのは、美術と同じで当時の時代背景もあいまって変わって行ったという事ですか?

詳しい事を聞きたいのですが----。

Aベストアンサー

詳しくは書けませんが(^_^;)、大雑把に言って、

中世・・・教会による支配
バロック・・・絶対王制の成立
ロマン派・・・王政から市民へ

という社会構造の変化と無縁ではありません。
もちろん、単純に割り切れるものではありませんが、バロックは絶対王制を飾るものとして、金管楽器などを入れたはなやかでドラマティックな音楽が要求されました。

ロマン派の時代になると王政から市民へと社会基盤が移っていくことで、音楽は、王制を象徴するより普遍的なものから個人の感情を表出するものへと変化していきました。

年代は異論はあるでしょうが、

バロック音楽 1600~1750年頃
ロマン派 1800~1950年頃

太陽王ルイ14世 1638~1715年
フランス革命 1789年


ちなみに、ルネサンスは一般には教会支配からの解放と言われていますが、音楽の場合ルネサンス音楽の中心は依然として教会音楽のままなので社会構造の変化と結びつけるのは難しいかもしれません。

Qロマン主義について

 ある問い語りで得た名言――蚕が繭の中にすっぽりと入っ〔た〕平和な状態――が生まれたのは、恐らくロマン主義の影響ではないかと僕は思っています。まず、僕の理解している史的なあらましを書くと、こんな感じです。

 ――個人という概念は、近代になって発生した。さきがけとなるのは、ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約説』で、その主張は「主権があるのは財産を有するなどの特別の資格を持つ国民ではなく、人民(国籍を有するもの全て)にである」というものだった。個人としての内なる世界の誕生、そして個人的感情の尊重と想像性の開放、これがロマン主義の影響だと思います。この思想は18世紀後期からずっと現代まで、途切れることなく続いている――

 これに間違いがあれば、ご指摘ください。また、この影響下にある(であろうと思われる)作家について、著名な作家としては村上春樹についての質問が最近あがったと思います。くだんの言表にある「繭」は、そこでは「卵」であり、僕の表現では「箱」であり、いずれにせよそれは、ひとつの小さな世界であろうと思うのですが、さて、ここからが質問です。

 (1)このような「観念の共同」は忌まわしきものなのでしょうか。
 (2)忌まわしいならば、この共同幻想から独立するためにどうすれば良いのでしょうか。
 (3)この幻想とともに暮らすならば、どう生きれば良いのでしょうか。

 ある問い語りで得た名言――蚕が繭の中にすっぽりと入っ〔た〕平和な状態――が生まれたのは、恐らくロマン主義の影響ではないかと僕は思っています。まず、僕の理解している史的なあらましを書くと、こんな感じです。

 ――個人という概念は、近代になって発生した。さきがけとなるのは、ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約説』で、その主張は「主権があるのは財産を有するなどの特別の資格を持つ国民ではなく、人民(国籍を有するもの全て)にである」というものだった。個人としての内なる世界の誕生、そし...続きを読む

Aベストアンサー

冨山房百科文庫の『ロマン派文学論』の「解題」で、訳者の山本定祐は、従来の「ロマン主義」に対する見方、「無限なるものへの憧れ」という規定が、かならずしも正確なものではない、としています。

「そこからただちに夢見心地のうちに遠い世界に憧れたり、月の光を浴びた森の孤独を愛する通俗的ロマンチシズムが導き出されたのは、主として後期ロマン派の毒素に犯された感傷主義によるもので、これが長くロマン主義一般を蔽うことになる」(xi「解題」)

確かにシュレーゲル自身も、「(※文学作品における人物や個々の事件など)はすべて…より高いもの、無限なるものへの暗示にすぎない」(『文学についての会話』)とも言っている。けれどもこの「無限なるもの」というのは「隠されたもの」としての憧れの対象である、その「無限なるもの」と「有限なる存在」との失われた結びつきを取りもどそうというのが、シュレーゲル文学論の要である、と。

シュレーゲル自身はこのような言い方をしています。
「無限なるものの意識は構成されなければならない――反対物を破壊することによって」
「無限なるものという意識は存在する。ただ有限なるものという幻想が破壊されさえすれば、それはあらわれる」(『哲学的修業時代』第一部)

この「有限なるものという幻想」の破壊、すなわち「自己破壊」が「イロニー」であるというのです。

シュレーゲルは「イロニーは永遠のパレクバーゼ Parekbase である」という。このパレクバーゼというのは「作品〔古代アテネの喜劇〕の途中で、合唱隊によって詩人の名前で民衆にむかって語りかけるものである。実際それは作品の完全な中断であり、破棄である」(『ヨーロッパ文学の歴史』)

たとえば、幻想とは何かを説明しようとすれば、それこそ「月の光を浴びた森」といった「幻想的」とわたしたちに感じられるものを持ってくる、というやり方が考えられます。けれども、シュレーゲルがいうのは、劇の進行中に、合唱隊が詩人の代弁者として観客に語りかけるという方法で説明するのです。

作者がいきなり語りかけることによって、それまで感情移入していた観客は、卒然として「これは作者のいる虚構なんだ」ということに気がつく。つまりは、観客は、自分の目の前の世界を相対化する、という視点を獲得するわけです。いったんそういう目で見てしまえば、劇の外側に広がる世界が、虚構ではない、これを見ている自分が劇の登場人物ではないという保証はいったいどこにあるのだろう。いやいや、この世界は劇とはちがう、虚構などではない。だが、劇とちがうという根拠はいったいどこに? 単に、自分がそう思っているだけではないのか。ある日、合唱隊が出てきて、作者の言葉で突然話し出さないという根拠はないぞ……、というふうに、この世界の「外」に意識は向かう。こうして「無限なるものの意識は構成」されていくわけです。

通常アイロニーと呼ばれるものは、皮肉な物言いを指します。けれども、そういう言葉遣いだけのものを、シュレーゲルは「修辞学的なイロニー」「個別的なイロニー的言辞」として、本来のイロニーとは本質的に別の次元に属するものであり、「哲学がイロニーの本来の故郷である」(「リュツェーウム断片」42)。そうして西欧哲学の原点ともいえるソクラテスの「イロニー」に言及していきます。

「ソクラテスのイロニーは、徹頭徹尾本能的でありながら、しかも徹頭徹尾考え抜かれた偽装の唯一のものである。それを装うことも、つい表に出してしまう、二つながら不可能である。それを所有していない者にとっては、いくらあからさまに打明けられても依然として謎である。それを欺瞞だとみなす者以外の人たちを、それはけっして欺くことはない。世間全体をばかにするという結構ないたずらを楽しんだり、自分たちも当てつけられているのだと感じて不機嫌になる者以外の人たちを、それは、けっして欺くことはない。

そこでは、すべてが戯れであり、同時にすべてがまじめである。すべてが無邪気にあけっぴろげであり、同時にすべてが深く偽装されている。それは、人生に処する感覚と学問的精神の結合から、完璧な自然哲学と完璧な芸術哲学の出会いから生ずる。それは、絶対的なものと制約を受けたものとの、あるいは完全なる伝達の不可能性と不可欠性との、解決不可能な相克の感情をふくんでおり、かつまたそのような感情を呼びおこす。

それは、文学上のあらゆる自由のうちで最も自由なものである。それによって、われわれは自分自身を超えることができるからである。…」(「リュツェーウム断片」108)

ソクラテスは対話相手に無知を「偽装」します。自分は答えを知っていると思っている相手に対して、あいづちを打ちながらも、相手の依拠するところをひとつずつ崩していき、最後には、自分の考える正しいと思うところへと誘導していきます。これは一種の演劇、つまり、文学の助けを借りてなされていくのです。

だったら最初から大切なことをぱーんと言っちゃえばいいじゃないか、何を迂遠な、意地の悪いことをしているんだ、という見方も、しようと思えばできる。だけど、それをしない。だから産婆術なんですね。そうして、イロニーというのは、eironeia つまり「産婆術」からきている。

行為遂行言語というのがありますよね。
たとえば、「わたしはあなたと結婚する」と言うこと自体が、「結婚する」という行為にあたる。

けれども逆に、言葉にしてしまえば、内容が変質するような種類の言葉もあると思うんです。たとえば、「あなたを愛している」とか「あなたを信頼している」とかという言葉です。

もし相手を愛していたり、信頼していたりしてるんだったら、何も言う必要がないわけです。ただ黙って行為してればいいだけの話だ。だけど、それを言葉にして相手に告げることによって、「あなたを愛している(ところのわたしを愛してほしい)」という要求であるとか、もっとひどいのになると「先生はな、おまえを信頼してるぞ(だからそれを裏切るような真似をするんじゃないぞ)」という恫喝という行為として遂行されているケースが少なくない。「完全なる伝達」が「不可欠」であればあるほど、言語はそれを「不可能」にしてしまう、と言えるのではないか。

そうして、それを可能にするのが、「文学」―といっても、これは狭い意味ではなく、広義で不定型なものなんですが―なんじゃないか、と思うわけです。

> 僕をはじめ、多くの回答者は、それを教えて欲しいと思っているように考えます。

そうですね。わたしもそれを知りたいと思います。知っているのなら、ほんとにどれだけうれしいか。
でもね、その答えは、答えとして言葉に出された時点で、ちがうものに変質してしまうのではないか、とも思うんです。

ああ、これがシュレーゲルのいう「イロニー」なんだ、とわたしが思ったのは、こんな「エクリチュール」です。

何年か前に、秋田で実の娘と、その友だちを殺したとされる女性のことが、ずいぶん話題になったことがあります。その人が高校を卒業したときに送られた寄せ書きを、テレビで見たことがありました。言葉の暴力、という表現はありきたりですけれど、文字通り、殴りつけられるような言葉が、これでもか、これでもかと書き連ねられていた。けれど、そのなかに、小さな字で、ふたつだけ「お元気で」とあったんです。

それこそ、合唱隊の声で作者に呼びかけられたような気がしました。これを見ている「わたし」だったら、どうしていただろう。もしかしたら、その女性のなかに、そんな罵声を引き出すようなものがあったのかもしれない。言葉巧みに、もっと彼女をえぐるような言葉を書かなかったとは言えないのです。

それを書いた子たちが、どんな思いでその言葉を書いたか、わかりません。ごくありきたりな、建前でしかなかったのかもしれない。けれど、その子たちの意図を超えて、その言葉には、わたしを立ち止まらせるものがありました。
子供を殺すなんて言語道断だ、とか、彼女こそいじめの被害者なのだ、とかという「物語」のなかで、自分はどうなんだ、と、はっと気づかせるような。

この言葉は、その人には届いたかもしれないし、届かなかったかもしれません。わたしにはそのことはわかりません。けれども、人が、節度を持って人に相対することの大切さ、みたいに言葉にしちゃったら全然ダメになっていく「何ものか」が、その小さな言葉にはあったように思います。

おそらく、言葉は、そういうかたちで使うものなんじゃないか、って、そのときに思いました。いままで自分はずいぶんいろんなことを書いてきたけれど、その「お元気で」以上の言葉を書いたことがあっただろうか、って。

もうひとつ。その昔、新聞で詩人のアーサー・ビナードが、原爆のことを書いていたのを読んだことがあるんです(あやふやな記憶ですが)。
栗原貞子の原爆詩「生ましめんかな」を読んで、感動したビナードが、それを訳そうと思った。すると、すでに先行訳があって、Let us be midwives と訳してあったんだそうです。産婆さんになろう、だなんて、なんて即物的な訳だろう、と最初は思ったのですが、やがてそういうことなんだ、と、逆に、その詩を深いところで理解できたように思った、とあった。

わたしもこれを読んだとき、そういうもんかな、ぐらいに思ってたんですが、どこかに引っかかってたんでしょう。このイロニーが産婆術に語源を持つというのを読んだとき、思い出しました。

産婆になら、なれるんじゃないか。イロニーさえ、忘れずにいたら。世界を見、世界を見る自分を省みる視点さえ忘れずにいたら。だから、わたしたち、みんな産婆になりましょう。いや、わたしは本気でそう思ってるんです。

長くなりましたが、何かひとつでも参考になれば幸いです。

冨山房百科文庫の『ロマン派文学論』の「解題」で、訳者の山本定祐は、従来の「ロマン主義」に対する見方、「無限なるものへの憧れ」という規定が、かならずしも正確なものではない、としています。

「そこからただちに夢見心地のうちに遠い世界に憧れたり、月の光を浴びた森の孤独を愛する通俗的ロマンチシズムが導き出されたのは、主として後期ロマン派の毒素に犯された感傷主義によるもので、これが長くロマン主義一般を蔽うことになる」(xi「解題」)

確かにシュレーゲル自身も、「(※文学作品における人...続きを読む

Qザハ・ハディドの建築思想とは?

イラク出身のの建築家、ザハ・ハディド氏が近年、韓国の「東大門デザインプラザ」や東京の「新国立競技場基本構想デザイン・コンクール」などの設計競技で優秀案に選ばれ、注目を集めているようですが、彼女は脱構築主義の建築ということで評価されているそうです。

脱構築主義というのは今の建築のトレンドなのでしょうか?それともハディド氏がたまたまそういう思想を建築に取り入れて成功しただけでしょうか?

こういう建築を裏付ける思想、ここでは脱構築ですが、これは哲学の概念と対応しているのでしょうか?

哲学ではモダニズムに対するポストモダン、そのポストモダンの分野で、デリダが脱構築という概念を提唱していますが、ハディドの脱構築はそれと対応しているんですかね?

Aベストアンサー

最初の文章の引用元の記載を忘れました。
http://artprogramkt.blog91.fc2.com/blog-entry-132.html


人気Q&Aランキング

おすすめ情報