『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜ人々を魅了したのか >>

日本語を勉強中の中国人です。「知りたいです」と「知りたいと思います」の前に、「名詞+を」が正しいでしょうか。それとも「名詞+が」が正しいのでしょうか。

また、質問文に不自然な日本語の表現がございましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

A 回答 (13件中1~10件)

を も が も正しくて、意味も同じです。



知りたい は 他動詞 + 助動詞 の形ですが、助動詞 たい は 形容詞型 の活用をします。

「名詞」を他動詞の目的語と考えれば助詞 を が付きます。

助動詞 たい が形容詞型の活用をすることから、知りたい を一つの形容詞と考えると「名詞」は主語になり、助詞 が が付きます。

「名詞」がどうしたのかと聞かれれば、「名詞」が知りたいのだ というニュアンスです。こちらの方が「名詞」を若干強調した言い方になります。
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この回答へのお礼

早速ご回答いただきありがとうございます。大変参考になりました。

お礼日時:2018/10/05 21:01

>この「を」は対象(目的語)を表しません。


他動詞ゆえに、目的語(対象)がないことには、話にならない、とばかり思っていましたが、目的格ではない?。
私は家を出る→主語、目的語、述語、だとばかり思っていました。
と同時に、家、が目的?、日常使う「目的」言い換えれば目標とは、ずいぶん感覚が異なります、でも「を」を目的格と命名した、言語学者?
のすごさには驚くというか感心するやら・・・・。
逆に自動詞だから目的格不要、という意味ではありません。
助詞目的格。「に」これは収束の場合で、目標とほぼ一致します、「を」は個人的には拡散ととらえています、目標とは一致するとは思えませんが、動詞対象の対象ではあると思っています。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。参考にさせていただきます。

お礼日時:2018/10/05 21:02

*勉強中なのに、とても専門的に分析されていて、すごい!、と思いました。


*質問文には、日常的な日本語として不自然さは全くありません。


”名詞”が、たとえば”トマト”なら
トマトを知りたい
トマトが知りたい
という短文だと、どちらも強い違和感があります。

でも、先の回答者の例をお借りすると、
”名詞”が、たとえば”答え”なら
答えを知りたい
答えが知りたい
は印象は異なりますが、日本語としてはどちらも自然です。


質問の答えは、どちらが正しい、と決められることではなく、
「名詞+」の「名詞」の部分に何が入るかによって変わってくると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。参考にさせていただきます。

お礼日時:2018/10/05 20:59

No.2です。

早くに回答したのに、誰も読んでくれていないようで、いろいろな説が出てきます。
もう一度書いておきます。
[補説]「たい」が他動性の動詞に付く場合、希望の対象を表すのに、「水を飲みたい」「水が飲みたい」のように「…ヲ…タイ」「…ガ…タ
イ」の両形を、室町時代以来用いてきている。 [デジタル大辞泉]より

他動詞(ヲ格を伴う)が「たい」という「希望」の助動詞と連動した時このような現象が起きるのです。
 水が(を)飲みたい。酒が(を)飲みたい。テレビが(を)みたい。映画が(を)みたい。飯が(を)食いたい。話が(を)したい。
 
 道が(を)歩きたい。家が(を)出たい。このような自動詞には使いません。「道を歩く」「家を出る」という言い方はありますが、この「を」は対象(目的語)を表しません。
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この回答へのお礼

ご説明ありがとうございます。いい勉強になりました。

お礼日時:2018/10/05 20:58

他の回答にケチをつける意図はありませんが、個人的な受け取り方。


本音が知りたい→最大の興味は本音はどうなんだ?。
本音を知りたい→どちらかといえば知る方法はどんな方法が・・・・・。
よく考えれば表現の違いで、内容的には先の回答者と同様ともいえます。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。いい勉強になりました。

お礼日時:2018/10/05 20:55

どちらでも、十分使用可能です。


「が」主格を表現します、その文章全体で主格待遇(主役?)です。
例 「○○」この、言葉の意味を知りたいです→辞書に載っている内容そのままでOK。
「○○」この言葉の意味が知りたいです→文章全体が必要です、なぜそこでこの言葉が登場するのか・・・等を含めての説明が≫必要です。
もちろん、本来は!の話ですけど。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。

お礼日時:2018/10/05 20:55

「が」も「を」も、両方使えますよ。


ここが日本語の奥深さです。

「を」という音は、「置いてくる」というイメージです。箱にしまう感じですね。
「が」という音は、「前に出る」というイメージです。強く言う感じですね。

本当に知りたいことなら、「~が知りたい!」となります。
ちょっと手間がかかってもいいから、全部を知っておきたいという感じなら、
「~を知りたいから~しよう」となります。

箱にしまう「を」という音は、次の動きをくっつけやすいのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。参考にさせていただきます。

お礼日時:2018/10/05 20:53

両方とも正しいですが、微妙にニュアンスが異なります。




『鈴木さんの本音が知りたいです。』
『鈴木さんの本音が知りたいと思います。』
『鈴木さんの本音を知りたいです。』
『鈴木さんの本音を知りたいと思います。』

『本当のことが知りたいです。』
『本当のことが知りたいと思います。』
『本当のことを知りたいです。』
『本当のことを知りたいと思います。』

「が」を使う場合は、自然とわかる感じがします。
「を」を使う場合は、あれこれ意図して探って知る感じがします。


「鈴木さんの本音が知りたいです。」と言う人は、
きっと、なんとなく本音がわかったらいいなあ、と考えているのでしょう。

「鈴木さんの本音を知りたいです。」と言う人は、
きっと、あれこれ他人に訊き回ったり、鈴木さんを問い詰めたりするんでしょう。
場合によっては、鈴木さんの手帳やスマホを盗み見したりするかもしれません。


「鈴木さんの本音が知りたいです。」や「本当のことが知りたいです。」の場合、
「鈴木さんの本音」や「本当のこと」の側から自分のほうにやってくる(働きかけてくる)感じがします。
「鈴木さんの本音を知りたいです。」や「本当のことを知りたいです。」の場合、
むしろ自分から積極的(意図的)に「鈴木さんの本音」や「本当のこと」に向かっていく感じがします。



もう少し別の文を出します。

「水が飲みたい」や「カレーが食べたい」は、自然とそういう感情がわきあがることです。
「水を飲みたい」や「カレーを食べたい」とも言いますが、それらは
「水を飲む」+「したい」、「カレーを食べる」+「したい」
という構造を持っている感じがします。やや"もってまわった"(素直でない)表現です。


「空が飛びたい」「階段が降りたい」「二次方程式が勉強したい」という文がおかしいとは断言できませんが、何か不思議な感じがします。こういう文を読むと、頭の中に疑問符(?マーク)が浮かびます。
それは、「空」「階段」「二次方程式」を見て、「飛びたい」「降りたい」「勉強したい」という感情が生まれることが自然である、という認識が人々の共通認識として存在しないからです。

「空」や「階段」や「二次方程式」を見て、「飛びたい」「降りたい」「勉強したい」と思う人はいるかもしれないですが、それが普遍的な感情とまでは言えないです。

他方、「水」や「カレー」について、「飲みたい」とか「食べたい」と思う状況は、容易に理解できます。
つまり、「水」や「カレー」と感情とが直結しています。

この考え方を取る場合は、「が」を使います。

逆に「を」を使うと、何か意図的な感じがします。

だから、「鈴木さんの本音を知りたいです。」や「本当のことを知りたいです。」の場合には意図的な感じがするのだと思います。
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この回答へのお礼

ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。いろいろとても参考になりました。

お礼日時:2018/10/05 20:51

韓国語でも同じ構造の알고 싶다と言って、"을"(を)と"이"(が)のどちらでもその前に使えますが、少しニュアンスが違います。

日本語でも同じだと思って、その違いを書こうとしたのですが、したのNo.4.と同じです。韓国語でも、"이"(が)を使ったときに、その知りたい対象をもっと強調する意味になります。他のものではなくて、それが知りたい、ということですね。

ちなみに、韓国の有名な社会問題告発番組に"그것이 알고 싶다"(それが知りたい)というのがありますが、そのニュアンスです。あと、"이"(が)を使った場合には、その前に同じ助詞が使えないです。例えば、내가 그것이 알고 싶다(私がそれが知りたい)とは言いません。たぶん日本語でも同じだと思います。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。韓国語と日本語の構造は似ていますね。大変参考になりました。

お礼日時:2018/09/26 21:52

こんにちは。

とても勉強熱心でびっくりしました。(私もその姿勢を見習いたいです)

私は特に日本語の専門家ではありません。なので、日本語が第一言語の、普通の人の感覚としてご参考にしていただければ幸いです。
結論としては「どちらも正しい」と思います。ただ異なる少しだけ異なる印象を受けます。

「A+を+知りたい」=Aが知りたいことを単純に相手に伝えたい

「A+が+知りたい」=A・B・C・Dと色々あるが、B・C・Dではなく、Aが知りたいことを明確に相手に伝えたい

ただ、本当にニュアンス程度の問題なので、どちらを使っても相手は分かりますし、間違いではないと思います。

ひとつの意見として、参考になれば幸いです。勉強頑張ってください ✧︎ •̀.̫•́✧︎
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。大変参考になりました。勉強、頑張ります。

お礼日時:2018/09/25 23:18

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https://oshiete.goo.ne.jp/qa/10693009.html

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また、質問文に不自然な日本語の表現がございましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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大辞林 第三版
https://kotobank.jp/word/%E5%8F%B0-90713
だい【台】
二 ( 接尾 )
助数詞。
② 数量の大体の範囲を示すのに用いる。例えば「千円台」は一〇〇〇円から一九九九円まで。 「百番台の成績」 「九時台の列車」

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こんにちは、

応用日本語学科の学生です。

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・衣類

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また、質問文に不自然な日本語の表現がございましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.言葉の添削から書きます。
>白いなのでしょうか
「な」は不要です。「白いのでしょうか」が自然です。
さらに、「白い」では完全に白い色を指す意味になります。
ですが、この前の文節で「茶色っぽくて」とありますので、sobatya_cnさんのおっしゃりたいことは素麺やうどんのような白さではなく、「茶色っぽい蕎麦に比べれば白っぽい(白みがかっている)」蕎麦についてお尋ねになりたいのだと推察いたします。
その場合は、「茶色っぽい」の対になる「白っぽい」と書くと、お尋ねになりたいニュアンスが明確につたわるかと思います。
他の回答者さんが「細く白いのはソバではなく、素麺や冷や麦ではないか」と回答されているのは「白い」の使い方から、違うものを連想したからでしょう。

食材としてのソバについて。
ソバには仰る通り、色の違いがあります。

ソバの実は殻は灰色がかった暗い茶色をしており、中の胚乳部分は白いです。
参考URL:http://www.ngw.co.jp/shop/soba-nihonsoba/color/index.htm
それで、蕎麦の実は昔は挽くとソバの実が割れて最初に内側の(柔らかい)白い部分から粉になっていきました。
日本人は米でもそうであるように、ソバでも雑味のない精製度合いの高い状態を上等だとみなしていました。
だからソバも粉が白い段階で止めてふるい分け、これを一番粉(更科粉とも呼ぶ)と呼びました。
粉の白さ、挽き具合によって、白い順に一番粉、二番粉、三番粉、挽きぐるみ、などの等級を当て、ほぼ真っ白な一番粉を洗練されたものともっとも有難がったようです。
参考URL:http://www.matsuyaseifun.co.jp/soba/study/type/

更科は蕎麦を名産とする長野県の地名です。江戸時代に江戸で評判であった蕎麦屋の一つが、更科出身の人が更科の名を冠して作った店でした。
このことから更科地方では白く細いソバを名物とするようになり、転じて一番粉を更科粉と呼ぶようになった…という説と、何かを白くするために水にさらすことから更科粉と呼ばれる、という説があります。
ただ、更科ソバと書いてあれば白く細い蕎麦です。

話を戻します。
上記のごとく、ソバの内側の白い部分は胚乳ですので、大半がでんぷん質です。
外殻が多い粉と違って、麺にするときよりまとまります。食べた時に弾力があり、切れにくく、つるつるした食感の良い麺が作れます。甘みもあって蕎麦特有の風味が少ないです。
また、よりまとまるということはより細く切ることができるということです。外殻の多い粉だと麺をつなぐ成分がないため、よほどの名人でない限り、すぐ麺が切れてしまうので細く作れないのです。
だから細いソバは白っぽいのです。現代の場合、白い理由は細くするためにはツナギとして小麦粉を多めに配合するためもあります。スーパーの売り場では、ソバ粉の割合を表記しているお店もありますから、ぜひ一度ご覧ください。

蕎麦の外殻が多く混ざる二番粉以降は黒っぽい見た目になりました。また更科粉と違いあまりまとめられないので、太く切るしかありません。だからこれを格好悪い、粋でない、洗練されていないソバとして「田舎蕎麦」と呼ばれました。悪口だったわけです。
黒っぽく太い田舎蕎麦と白っぽく細い更科蕎麦は対極にあるという位置づけです。
ただ現在では蕎麦の外殻に含まれる成分は健康に良いものが多いことが分かったこと、ソバ特有の風味はこの外殻にこそ多いことから、「田舎ソバ」から蔑称のニュアンスは消えていると思います。
実際、今の蕎麦好きの人にソバとしてベストなのはどれかと尋ねると、蕎麦の味が最も濃い100%蕎麦粉を使った十割蕎麦か、少しソバの風味を犠牲にしても食感が良く作りやすい二八蕎麦か(つなぎとして小麦粉が2割混ぜられている)、で論争を始めます。更科か田舎蕎麦かで喧嘩しているのはあまり見ません。

2.
>そばがとても長くて、普通お箸で一気につけつゆに運ぶでしょうか。
大変申し訳ないのですが、仰りたいことがわかるようなわからないような文章です。今一度、文章を作り直したほうが読み手に分かりやすいかもしれません。
ソバは確かに一本が長いですね。
ソバを箸で丸くまとめても良いか疑問なのでしょうか。

食べる時には少しずつまとめて運び、麺の下のほうだけつゆにつけます。ソバ以外でも、あまりに箸を高く持ち上げるのは不作法とされます。

3.
こちらはかなり自然な文章です。
強いていうならば、「そばつゆのあと」の意味がよくわかりません。
ソバ、そばつゆ、薬味をまとめた一式が運ばれてきたはずです。
「そばつゆのあと」ですと、「そばつゆのみ運ばれてきたあと」のような限定された意味になりがちですので、「頼んだざるそばのあと」と一式を含めた言葉にするか、あるいは「食べた後」のように時間を指定する表現だとわかりやすいです。
そして、そのお湯は「ソバを茹でた湯」で正解です。温かかったはずですので、お湯と言ったほうが良いと思います。
このお湯はソバ湯と呼ばれています。
蕎麦を食べ終わった後に、お茶代わりに残ったソバツユに適宜入れて飲みます。どのぐらいソバツユを薄めるか、どのぐらい飲むかは個人の嗜好によります。
昔のいつごろか、これを頼んで飲むことが「通で、かっこいい」とされていたそうです。それがいつしか、現代ではお店の定番サービスになりました。お店によってはわざわざソバ粉を茹で湯に加えて溶かしているところもあるそうです…なんだか本末転倒ですね。
でも、ソバ粉の割合が高い二八や十割蕎麦ではソバの風味や栄養が少し溶けだしていると考えられており、
ソバの風味も残っていますから、ソバを楽しんだあとの〆としては余韻が残って良いものだと思います。

添付写真は、8月に撮っていた某スーパーの乾麺の蕎麦売り場です。この中のソバの割合が高いものをすべて買って試していたのです。

1.言葉の添削から書きます。
>白いなのでしょうか
「な」は不要です。「白いのでしょうか」が自然です。
さらに、「白い」では完全に白い色を指す意味になります。
ですが、この前の文節で「茶色っぽくて」とありますので、sobatya_cnさんのおっしゃりたいことは素麺やうどんのような白さではなく、「茶色っぽい蕎麦に比べれば白っぽい(白みがかっている)」蕎麦についてお尋ねになりたいのだと推察いたします。
その場合は、「茶色っぽい」の対になる「白っぽい」と書くと、お尋ねになりたいニュアンスが明確に...続きを読む

Q文中の「列挙する」は自然でしょうか

日本語を勉強中の中国人です。下記の「列挙する」という日本語の使い方は自然でしょうか。いくつかのパスワードの設定ルール(8桁以上、同じ数字やアルファベットはだめなど)についてお客様にご紹介する時に使いたいと思います。

パスワードの命名方法について下記に(列挙いたします)。

「あげさせていただきます」でもよろしいでしょうか。特に( )に使える動詞がたくさん知りたいと思います。

また、質問文に不自然な日本語の表現がございましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

質問文の訂正点
・「パスワードの設定ルール」→「パスワードの設定」
・「ご紹介する」→「案内する」
・「命名方法」→「設定方法」
・「列挙します」→「示(しめ)します」「挙(あ)げます」「記(しる)します」

また、全体としては、
「パスワードの設定方法については下記をご参照ください」
の言い方もいいですね。

Q受身・使役について聞きたいです

使役の場合

窓を開けて花に水をやる

他人にやらせる場合はどう表記すればいいの?

弟に、窓を開けて花に水をやらせる?  

受身の場合

Aがドアを外して運んだ。

ドアがAに外されて運ばれた?

それとも、ドアがAに外して運ばれた?

Aベストアンサー

質問者さん、
#13、#14さんへの応答許可願います。

(#13)
1.
>「弟に、窓を開けて花に水をやらせる」
「弟に窓を開けて花に水をやらせる」

これではたとえ「読点」があってもあいまいです。
「やらせる」で終わっているからでしょう。
「窓を開けて」の部分が十分に明瞭になっていません。

なるほど、それはある一面では正しいですね。

「(私は)弟に窓を開けて花に水をやるように言いました」

という文はすんなり耳に入るのですが、

「(私は)弟に、窓を開けて花に水をやらせる」

のように表現するシチュエーションが極めて少ないためなのでしょう。
ただ、たとえば、

「(私は)弟に、窓を開けて花に水をやらせる。これが私の日課です」

のような文脈であれば違和感は無いはずです。
つまり、こうしたシチュエーションを想定しさえすれば良いだけの話です。

2.
>「弟に窓を開けて花に水をやるように言いました」

と、この場合は「読点」がなくても分かります。
使役を使わず「ように」でまとめていることと「言いました」とあることから、「弟に」がこれを言った相手であることが分かります。そして、この中間部分が、言った内容だと分かります。

『「読点」がなくても』分かるのは、このように言うシチュエーションが容易に想像できるからです。
『使役を使わず「ように」でまとめていることと「言いました」とあることから』分かるわけじゃありません。
それを言うなら1の場合も、「やらせる」とあることから、「弟に」これをやらせた相手であることがわからないとおかしいでしょう。
中間部分がやった内容だと分かりづらいのは、単に、先述いたしましたように、このように表現するシチュエーションが稀だから、という理由にすぎないのです。
まさか、「ように」が無いから分からなくなるわけじゃないはず。

さらに言うなら、『この場合は「読点」がなくても分かります。』とおっしゃっておられますが、それはあくまで、そういうシチュエーションのほうが想像しやすいからにすぎません。

「弟(のため)に窓を開けて、花に水をやるように言いました」

という意味にだって十分なりますよね。
ただ、こちらのように解釈できるシチュエーションが稀であるため、それに気づかないだけです。
『使役を使わず「ように」でまとめていることと「言いました」とあることから』というのは後付けの理由にすぎない、ということにお気づきになってください。

(#14)
3.
>使役・受身はそれぞれの動詞に入れて、きちんと言えます。

ですから、それが間違いだとはひとことも言ってないですよね?
ただ、冗漫になる、と言っている。
あなたは日本語学習者に対して冗漫な日本語表現を推奨しているのですか?

4.
>日本人のなかには、はしょって、最後だけにする人がいるかもしれませんが、それは文脈に頼った悪文です。

まったく逆です。
シチュエーションに応じ、省略できるものは省略し、簡略化できるものは簡略に表現するのが文脈を活かした自然な文を形成するのです。

質問者さん、
#13、#14さんへの応答許可願います。

(#13)
1.
>「弟に、窓を開けて花に水をやらせる」
「弟に窓を開けて花に水をやらせる」

これではたとえ「読点」があってもあいまいです。
「やらせる」で終わっているからでしょう。
「窓を開けて」の部分が十分に明瞭になっていません。

なるほど、それはある一面では正しいですね。

「(私は)弟に窓を開けて花に水をやるように言いました」

という文はすんなり耳に入るのですが、

「(私は)弟に、窓を開けて花に水をやらせる」

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調べてみたのですが、ハッキリした答えが見つからなかったため質問します。

Aベストアンサー

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