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時折、自分のことを変人だと思ったり、人と違うと感じたり、特別な存在に感じたりするのは、ごく普通の感覚ですよね…?

他人の事は客観的にしか見られませんが、自分自身は脳内で思っている事など全て透けて見えるので「こんな変な事を考えるのは自分くらいだろう」、「こう思ったのは自分だけなのだろうか」などという思考に陥りがち…なのは自分だけでしょうか。


この文章でうまく伝わることを願います。

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A 回答 (4件)

変人かどうかは微妙。

やっている内容によるでしょう。
他人はどう感じるかね。世界に一つしかないということですか。
それはそれで魅力でしょう。大いに広めましょう。期待します。
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その都度、普通か、いきすぎか、毎回同じでしょうか?



自分の感じ方の対象が自分自身ですと感じたありのまま、ダイレクトにそう感じます。

でも、他人の言葉、行動は、自分からの見方、自分の意味で受け取るという面で、他人とはピッタリ同じか確かめようがないし、すり合わせほど小さな凸凹が露わになり、概念の壁を感じます。
それが魅力と感じるものを好ましいと思えば、すり合わせをします。

それだけではなく、人間の共通認識もありますが。

自分だけ、自分くらい、という思考になったときの、その時の考えを具体にする癖をつけて、提示して(質問などにするときも)検討するのですね。

どこかで、人(自分)はいつも同じ、変わらないという固定した視点があって質問者さんを不自由にしているのでは?
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① 他人の事は客観的にしか見られませんが、


・ 経験的にいうと、他人のことを客観的にしかみない人は、ほとんどいません。
・ 私も、状況次第でかなり主観的・感情的に他人(相手や特定の人物)をみています。
② 自分自身は脳内で思っている事など全て透けて見える
・ 「脳内で思っている事」がなにを指すのかがかなり難しいところです。
・ 「(私は)~~と思っている」と自己認識できていることだけを「脳内で思っている事」というのであれば、「脳内で思っている事を自分では(隠れもなく見えている=遮るものなく透けてすべてがみえる)」というのでしょう。
・ しかし、「ああつまらなかった/面白かった」とか、「やっぱり私って○○が好きだった/嫌いだった」とかのように、あることを振り返って感慨や感想を述べることがあります。 ということは、そうした振り返りをする前の時点では、自分のことが自覚認識としてはわかっていなかった時間があったということでしょう。 しかも、そのときにそれをみていた他人が「彼(あの子)は、とても嬉しそう/つまらなそう/張り切っている/困っている/辛そう」などと結構正確に推定できていることがあります。 当人(A)よりも、他人(B)の方が(A)の状態や感情、思考を正確に把握しているということは、ままあるように思います。

③ 「こんな変な事を考えるのは自分くらいだろう」「こう思ったのは自分だけなのだろうか」などという思考に陥りがち…なのは自分(質問者:1signal1さん)だけでしょうか。
・ そういう思いを持つ人は結構いるようです。 ただ「……という思考に陥りがち」という程度のことを問題にしているのであれば、その《陥りがちの程度の比較》は容易ではないです。(質問者:1signal1さん)がどの程度強く思うのか、その頻度はどうか、どのようなときに思うのかがわかりませんし、他の人々の状況を正確に知るのも難しいです。
・ 一般論でいえば、人は10人いれば10人、1000人いれば1000人が同じように考えということはまずないです。 1万人、10万人を考えると、結構変なことを対象に奇妙なことを考える人は、何人かいるはずです。 まして、10年間、100年間という期間で、誰かも考えたことがないということは、まずないのだと思います。 世界的発見に通じることになった発想や思考というのでも、考えたかどうかで言えば、誰かは思ったことがあると考えてイイと、私は思います。 論理的にもむちゃくちゃで奇妙な空想のようなことでも、同じようなことを誰かは思ったことがあると考えてイイと、私は思います。 ただ、どこの誰がいつどう考えた、思ったというようなことは、調べようがないです。 電車で隣にいる人がなにを思い考えているのか、2時間前になにを考えていたのかわからないのに、「こんな変な事を考えるのは自分くらいだろう」「こう思ったのは自分だけなのだろう」などという思いを抱くのは、《根拠のないこと》であるには間違いないです。 そのように、全く根拠がないにも関わらず、「こんな変な事を考えるのは自分くらいだろう」「こう思ったのは自分だけなのだろう」と思ったりする事実はあるのです。
・ まとも・普通・正常などの意識は自分の中で持つモノです(なぜそうした意識ができるのかには発生メカニズムにも諸説あるようですし、その意識が強くなる状況に関する説もいくつかあるようですが、ここでは問題にしません) その「まとも・普通・正常などの意識」は当人のその状況での固有のものであって、他人と同じであるとか類似であるとかの保証はなく、通常、10人いればその時点で10通りです。また同じ人物でも、「まとも・普通・正常などの意識」の内容は時や状況とともに変わるものです。その自分の意識の中にある「まとも・普通・正常」から外れている内容を自分が思い描いたりしたときに、そのままに過ごさないで、"「変なことを思った・考えた」とあえて自己認識する"のは、自省チェックの習慣が強いからでしょう。 さらに、"「こう思ったのは自分だけなのだろうか」「こんな変な事を考えるのは自分くらいだろう」と、人一般との比較対象で、自分の位置の確認を試みようとする"となるのは、社会の中での立ち位置や今後に不安を感じているとか、特殊性を確認することで自己の存在を意味あるものにしたいとかの心理が働いているのでしょう。

④ 時折、自分のことを変人だと思ったり、人と違うと感じたり、特別な存在に感じたりするのは、ごく普通の感覚ですよね…?
・ 時折の程度や、感じ方の強度、そういう感じ方をしているときの状況によって、《普通の感覚》かどうかは、世間的には評価されます。 (自分のことを変人だと思ったり、人と違うと感じたり、特別な存在に感じたりする)結果、社会生活に支障がでたり、自分の言動が萎縮したり、思考検討の作業が進まず中断や逡巡が頻発したりするようだと、それは《普通の感覚》とは言われません。
・ 逆に、「時折、自分のことを変人だと思ったり、人と違うと感じたり、特別な存在に感じたりするのは、ごく普通の感覚ですよね…?」とむやみと『私って変わってる!?』をアピールするのがトレンドの心得ているケースも、若い女性には時々あるらしいです。 もちろん、変わっているとみられるのではないかと不安に感じている面が強いために、「時折、自分のことを変人だと思ったり、人と違うと感じたり、特別な存在に感じたりするのは、ごく普通の感覚ですよね…?」とむやみと『私って変わってる!?』と尋ね、『変わってないよ。ノーマル!』と承認されるのを期待しているケースもあります。

⑤ この文章でうまく伝わることを願います。
・ うがった推測というのはどんな場合にもできるものです。 短い文章で、少量の情報しかない場合には、あと膨大な推定をしなくてはならないので、うまく状況を伝えるという面からすると、なかなか難しいことになります。 「……思考に陥りがち…なのは自分だけでしょうか」という表現を末尾に記載したのは、自分に対する不安感がもたらしたものであるとすると、その不安の元(基・ベース)になっていることをもっと具体的に書かないと、どうにもなりません。
・ 「こんな変な事」が、どのようなときに頭に浮かぶのか、どのような内容なのか、そうした思いが頭に浮かんでしまったときに生活や交際などの場面でどのような不都合が起きているのか
・ 「他人にもそのようことが起きるのか、それは普通のことなのか、私は変人なのか」などは、比較的どうでもいいことです。 1分間の瞬きが、どのようなときにどのくらい起きるのか、「他人にもそのようことが起きるのか、それは普通のことなのか、私は変人なのか」というのと同じくらい、どうでもいいことです。 なんの不都合がどういうときに起きるのか、さほどの不都合はないのか、そういう視点で考えましょう。
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おいくつですか?


年令に寄って
回答が、かわってきますからね
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