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日本語の「を」はどう発音するのですか?時には
「お」と同じに聞こえるが、時には「うぉ」→「wo」と聞こえるのです。僕の耳が悪いのかなぁ?どうしてですか?

「日本語の「を」はどう発音するのですか?時」の質問画像

A 回答 (8件)

基本的には「お」と同じ発音「o」です



ただ方言や歴史的な事情があって「wo」と発音する人もいます。私はどちらかというと「wo」と発音するほうです。

また日常「o」と発音している人でも、その「o」が「お」なのか「を」なのかを区別する場合には「うぉ」と強調する場合もあります。

したがって「お」なら「o」だけ、「を」の場合は「o」または「wo」のどちらでもありえ、区別がつきにくいと覚えるしかないでしょう。
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表記がどうのとか訛りがどうのとかでなく、短い「うぉ」だと思ったらいいです。


「を」の部分を歌に限らず全部「お」で発音してしまうと逆に違和感が出ます。
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これは日本人の間でも掲示板などでよく論争になる話題です。



まず現代の共通語では,「お」と同じ発音とされています。実際のところ,「お」とだけ発音する人は多く,おそらく多数派でしょう。

しかし方言などで「うぉ」と発音する人も多くいます。ただし「うぉ」に一貫していなくて前後の音やそれ以外の要因(歌の中など)で時には「お」,時には「うぉ」と発音されることもあります。
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英語のeをどう発音するのかよりは簡単です。

私には別に何ともないと言ったら、アメリカ人にお前はジャパニーズ・イングリッシュ話してないから良いんだ、と言われた。
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現代の共通語の発音では同じ発音(O)です。


方言として古い時代の発音(WO)が残っていることもあります。
ただし大部分はローマ字表記の(WO)につられてWOと発音するようになったものです。
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今日における標準的な発音においては, ア行の「お」とワ行の「を」に違いはありません.



ただし, いろいろな場面で「うぉ」のように発音されることもあります. 例えば Wikipedia によれば
・方言
・歌詞
などで「うぉ」のように発音されることがある, とあります.
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その話し手に訛りがあるのかもしれません。

普通は「お」と変わらないはずです。ただし、「wo」のように発音しても、意味を取り違えられることはほとんどありません。
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ワ行で、ワ、ウィ、ウ、ウェ、ウォ。



だからウォ。
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「形容詞+です」この問題は古くて新しい問題ですね。
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かんたんに言えば、「名詞/形容動詞+だ/です」の「です(1)」と、「形容詞+です」の「です(2)」は違うものだ、という分析です。(「形容動詞」を「ナ形容詞」と言い換えるのは、今回はやめておきます。)

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この「です(2)」は、「断定」の機能を持たず、「美しい」という、すでに「断定」の機能を持った言い切りの形に「丁寧さ」を加えているだけです。つまり、「断定」の助動詞ではなく、「丁寧」の助動詞です。(動詞文の「ます」に対応します)

また、「です(1)」は活用を持ち、「でした/でしたら」という形になります。
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(「でしょう」を活用形とは考えません。「だろう/でしょう」は一語の助動詞と考えます。)

それに対して、「です(2)」は活用を持ちません。
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ということで、多少の言い訳を必要としながらも、形容詞文の丁寧体として、「美しいです」は一つの位置を与えられるわけですが、さて、それがなぜ「不自然/不安定」に感じられるのか、1131tobiさんによれば「厳密には誤用」と言われてしまうのか、です。

ちょっと話の流れを変えます。
日本語の文の分析法として、文を「命題+モダリティ」という形で考えるということがあり、かなり一般的になっています。(国語学では「叙述+陳述」という、似た考え方が昔からあります。)

これによれば、文の終わりには、話者(書き手)の、その文の内容に対する「断定」や「推量」など、話者の「意志」、あるいは聞き手に対する「命令」や「勧誘」、「確認」「質問」などの、ある種の「態度」が現れる、とされます。
これは、用言のいわゆる「活用形」や助動詞によって表されるわけです。「ね」や「よ」などの終助詞もモダリティを表すとされます。

ここで問題になるのは、「丁寧さ」というのはモダリティなのか、ということで、どうも文法の中の位置づけが微妙なものです。
前からの呼び方では「文体」の一つの要素なのでしょうが、それは文を文として成り立たせる必須の要素、つまり「文法」の一部なのか。

で、私の考えでは、「形容詞+です」の不安定さは、この、「丁寧さ」が文を終結させるためのモダリティとしては不十分だ、というところにあるのではないか、となります。

「名詞/形容動詞+だ/です」の「です(1)」は、「断定の助動詞」に丁寧さが加わったもので、立派な(文を終結させる「力」を持った)モダリティですが、
   学生/まじめ です(断定+丁寧)
「形容詞+です」の「です(2)」のほうは、「丁寧さ」だけの機能しかないので、
   美しい(断定?)+です(丁寧)
という形が、文の終わり方としてどうも安定しない、と感じられるのではないか。

「美しいです」が不自然だという人も、「美しいですか/ね/よ」などにすると安定するように感じる、というのはなぜか。これに対するうまい説明は今のところないように思うのですが、どうでしょうか。(単に私が知らないだけかも)
終助詞「か/ね/よ」が文終結のモダリティとしての機能を持つからだ、と考えるとうまく説明できます。
   美しい+です(丁寧)+ね/よ/か(確認/主張/質問など)
もちろん、「でしょう」をつけても、「でしょう」の持つ「推量(あるいは確認)」というモダリティによって文として安定します。
   (たぶん)美しいでしょう。
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これは、世代が違ってもあまり変わらないようで、今の若い人も「形容詞+です」には何らかの不安定さを感じるようですが、どうでしょうか。
「「ね」や「よ」をつければ自然だから、変じゃないよ」というのは、上に述べたように「形容詞+です」の弁護にはなりません。

以上、私の考えをざっと述べてきましたが、ただ、「モダリティ」という概念は、研究者によってかなり幅があって、不用意に使われすぎている感があります。この概念そのものの検討が必要であり、いろいろ行われているようですが、私は不勉強でよく知りません。
(さらに、「文が終わる」とはどういうことなのか、「文成立の要件」となると、もう、根本的な議論になり、わけがわからなくなります。「文とは何か」ですから。)

この「形容詞+です」の不安定さ加減は、話し言葉では語調によって文の自然さが変わってくるので、微妙です。

   「どうですか?」「いやあ、なかなかがんばってますねえ。面白いです!」

などと、ある種の強調を込めた言い方をすると、それなりに自然な文として成り立つように(私には)思われます。
(語調が(文終結の)モダリティの機能を肩代わりする? 語調が文の意味を変えることは、「ある。」「ある?」など、ごくふつうのことです。単に「歩く。」と言うと描写あるいは意志に過ぎませんが、「(さっさと)歩く!」とある語調で言うと「命令」になります。)

なお、「話しことば」と「書きことば」で、後者のほうが「正式な」ことば、「正しい文法」の基準になるようなものと考えることは、私はしません。

言語学の考え方では、話しことばのほうが言語として自然な形であって、書きことばはそれに何らかの人為的な手が加わっているものだと考えます。(明治期の「言文一致運動」などを考えればよくわかることだと思います。)
言語の音韻や文法は、人間の意図とは別に、それこそ「自然言語」であって、自ずから文法の体系ができあがっていき、また変化をするものだと考えます。

「書きことばの文法」というのは、「規範文法」への傾斜を持ちやすく、「素晴らしい言語文化・言語芸術」がその後ろ盾になります。そうすると、言語としての本来の自由さ・内発的なエネルギーが失われてしまいます。それでも、話しことばはそんなことにかまわず、本来、内部にあった動きがどんどん現れてくるのだろうと思います。
それに対して、より以前の文法を持った世代がいろいろ抵抗感を持つことは、当然のことですが、それはまあ、時代の流れということで。

上に述べた私の考えは、「形容詞+です」に関しては、「単に新たな変化の一つで、そちらへ(いやでもおうでも)動いていかざるをえないもの」というのではなくて、文の作り方として少し無理があり、世代が変われば移っていくものとはかんたんに言えない、という見方です。
あと50年もしたら、どうなっているのでしょうか。あまり変わらず、「ね」や「か」をつけて使われ続けているのでしょうか。(「動詞+ないです」のほうも、興味深い現象ですが、これはまた別の話だと思います。)

もう一つ、「国語審議会」が認めた、という話ですが、「これからの敬語」自体が国語審議会の答申の一つ、ということなのではありませんか?(今、「これからの敬語」のアドレスをコピーしようとしたのですが、なんと「メンテナンス中」だそうです!)

長くなりました。最後まで読んでくださった方に感謝します。

saburoo

こんにちは。

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Q昔のテレビってチャンネルは手動で回して変えてましたよね。 あれは、なんていうのでしょうか?

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Aベストアンサー

つまみ式
ですね。
チャンネルというのは各局の(周波数ch)のことです。
回すというのはつまみを回すことからで
チャンネルが回すようになっていたので
チャンネルと言っているだけだと思います。

Q神代文字はハングルのパクリでしょうか?日本に漢字が中国から伝わる以前に神代文字が使われてていた、とは

神代文字はハングルのパクリでしょうか?日本に漢字が中国から伝わる以前に神代文字が使われてていた、とは嘘ですね、回答をお願いします、

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ハングルを元にしたっぽいものもありますが、他にも楔形文字っぽいやつとかヒエログリフっぽいやつとかいろいろあります。
https://kotobank.jp/word/%E7%A5%9E%E4%BB%A3%E6%96%87%E5%AD%97-82200
http://www.chikyukotobamura.org/muse/wr_column_8.html

そもそも、神代文字なるものが本当に存在していたなら、わざわざカタカナやひらがなを漢字から作成する必要は無かったのでは?

ちなみに、ハングルは15世紀に作成されたもので、韓国や北朝鮮で「漢字不使用、ハングルオンリー」が推奨されるようになったのが第2次世界大戦後です。

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また、質問文に不自然な日本語の表現がございましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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2 「する」を付ける。例:「お代金、確かに頂戴いたしました」

1の用法は話し手を選びそうです。
2はフォーマルな響きがあります。


美川憲一 「お金をちょうだい」

https://www.youtube.com/watch?v=N4tpN_qN0vE

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知り合いが書いた字なんですが、読めません。

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一字だと潰れているが、
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Q五十音で、わ行は、「わ」単独ではなく、「わいうえお」と唱えるのが普通なのですか?

漫才で、五十音を次のように繰り返し唱えていました。


まみむめも
やいゆえよ
らりるれろ
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質問は、わ行は、「わいうえお」と唱えるのが普通なのですか?

Aベストアンサー

言葉の調子を整えるために「やいゆえよ」「わいうえお」と唱えることはあります。

が、
現代語では、や行は、「や(ya)__ゆ(yu)__よ(yo)」です。
「い(yi)」「え(ye)」はとうの昔に「い(i)」「え(e)」の発音と区別がなくなりました。
例外的に「江戸(えど;yedo)」や「円(えん;yen)」などの表記は残っています。

わ行は、「わ(wa) ゐ(wi) _ ゑ(we) を(wo)」です。「wu」の文字はありません。
また、「ゐ(wi)」「を(wo)」は現代語では「い(i)」「お(o)」の発音と区別がなくなりました。
ただし、古い時代の発音が方言として残っている地域もあります。

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         ___
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なお、私は下記の2つの解釈が考えられ、1かなと思いました。

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Aベストアンサー

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https://dictionary.goo.ne.jp/jn/171157/meaning/m1u/%E3%81%AE/
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めっちゃ気持ち悪かったので指摘したら「誤字の方が頭悪いから」って言われました。でもその人はTwitterのプロフィールに「短気」を「短期」と表記してました。こんな人どう思いますか?

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