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馬鹿で弱い人(体力も知力も精神力もイマイチな人)とか、文武どちらも駄目な人って、
何故か、ある時、ちょっと陰湿な行為をしただけでも、無条件で「賢い」、「利口」等と褒められているみたいで儲け者の、幸せ者ですが、
しかし逆に、真面目で賢い人や、文武両道で優秀な優等生とかは、いつもおかしな中傷や、中傷を気にしないでいれば時には変に迫害を受けたりして、真面目で優秀な人達は本当、良い迷惑をしてますよね?

A 回答 (4件)

馬鹿がいるからその逆の優秀な人という立場ができあがるわけで、それだけ普段甘い蜜を吸っているのです。

代金は支払わなければいけないと思いますよ。
ちょっとくらい嫉妬されても、我慢するくらいでないと、その地位を維持できません。
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首を絞める人が多いようなのですが


亜kらかに暴力ですよね。
首輪だとか

首凝りで悩んでる人としては
つらいですね。
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精神力が弱い方は大人しくしていらっしゃいますよ。

困るのは間違いでも、無理なことでも、嘘でも、強く押し通すことで、一心に思いこむことで、本当のことにしてしまえると思っている人たちです。
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「馬鹿が通常」と周囲が認識していることが不名誉で問題だと思うし、優秀な人を中傷する方が間違っている。

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この回答へのお礼

そうですよねえ。

お礼日時:2018/11/13 12:55

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Qいいことをおしえてやろう

最近、人に回答を求めるのではなく自分でやってみろと、ある人に言われたので、やってみる。

とはいっても自分の知らないことには答えられない。
答えられる質問にはどんどん答えてやる事に決めました。

こんな心構えでいいでしょうか?

Aベストアンサー

違うと思います。

どこかのカテゴリーで、回答に対するお礼コメントでやられて現在進行中の質問者のマネをして回答してみます。

Q:人に回答を求めるのではなく自分でやってみろ
A:初めての職場に行くと先輩が、「わからないことがあったら、なんでも聞ききなよ。」と言ってくれますが、それを信じて質問すると、「なんでもかんでも人に聞けばいいってもんじゃないだろ!!まずは自分で考えて、それでもわからなかったら質問するんだよ!!」と言われて、自分なりに「まあっ、いいか、これで」と思ってやってみると、「お前、なんてことしてくれたんだ。やるまえに、わからないことがあったらなんでも聞けと言っただろ。」と怒られてしまいます。

Q:自分の知らないことには答えられない
A:知っていることとは、しょせん知識でしかないのだから、インターネットでチョチョッと調べて、たぶんこれだな、と思った新しい知識で答えればいいんじゃない?

Q:答えられる質問にはどんどん答えてやる
A:たぶん、答えられる質問に対して答えるのではなく、自分が回答したいと思った質問に答えるのだと思います。

質問に答えたいものがあったときの心構えは、以下のようなことも必要だと思います。
・こいつ、ホントか?創作とかなりすましじゃないだろな?
・それとも、現実社会で誰も相手してくれないから、この虚構の世界で相手して欲しいのかな?
・いやいや、真剣に悩んで質問しているんだと思うけど、なんでこういう質問してるんだろ?

違うと思います。

どこかのカテゴリーで、回答に対するお礼コメントでやられて現在進行中の質問者のマネをして回答してみます。

Q:人に回答を求めるのではなく自分でやってみろ
A:初めての職場に行くと先輩が、「わからないことがあったら、なんでも聞ききなよ。」と言ってくれますが、それを信じて質問すると、「なんでもかんでも人に聞けばいいってもんじゃないだろ!!まずは自分で考えて、それでもわからなかったら質問するんだよ!!」と言われて、自分なりに「まあっ、いいか、これで」と思ってやって...続きを読む

Qジェンダーの哲学

https://www.youtube.com/watch?v=yp1siFTAfWg&list=PLjRNMBifTNgy6OjUfqWPj-tmmndM0Xy91&index=13&t=0s

※参考映像

男女の不平等をなくし、お互いに自由に生きるために、我々は今後どのように
考え、行動していったらよいのでしょうか?

Aベストアンサー

日本の女性は腕力、すなわち体力で男性をはるかに凌駕していたのをご存知ですか。腕力に勝れば当然権力も手に入る。

昔の90%ほどが農家でした。それも稲作が主だ。稲作で最も重要な行事は田植えです。んで、田植えは女性の独壇場だった。男性には骨盤の都合上、前かがみで長時間行う田植えは無理なのです。だから、田植えの時は男どもの役割は、岡から苗を放り投げる役割と子守と弁当運び位のもので、残り時間は、岡で太鼓や笛に合わせて躍っているくらいなものだった。だから、昔の田植えを描いた絵は男どもが躍っている場面が定番です。

女性のその強大な労働力は日本の農家では周知の事実でした。娘さんは強力な労働力だった。だから、結婚したからといって、簡単に娘を他家に嫁がせて貴重な労働力を奪われるわけにはいかない。だから、日本の米作農家では男性の通い婚が普通だったのです。これは決して源氏物語の貴族階級だけの風習ではなかったのです。多くの村では第一子が生まれるまでは通い婚が普通で、その子供が生まれてからやっと、娘さんは夫の家に嫁いで行ったそうです。

確かに、武家では女性は子を産む以外に労働者としての役割がなかった。でも、そんな女性は日本の女性の中でほんの一部でした。圧倒的に大多数の日本の女性は、稲作農家で重要な労働力の持ち主であることが認められていた。すなわち、強力な腕力の持ち主であることが認められていた。そのことの証左として、日本の女性には財布を握る権力が与えられていたのです。

これって、西洋の女性のあり方と全く違っていますね。日本にはそんな長い歴史と伝統があった。道理で、日本の奥様方が絶大な権力を握っていると日本の男性なら誰でも認めているのですね。

日本の女性は腕力、すなわち体力で男性をはるかに凌駕していたのをご存知ですか。腕力に勝れば当然権力も手に入る。

昔の90%ほどが農家でした。それも稲作が主だ。稲作で最も重要な行事は田植えです。んで、田植えは女性の独壇場だった。男性には骨盤の都合上、前かがみで長時間行う田植えは無理なのです。だから、田植えの時は男どもの役割は、岡から苗を放り投げる役割と子守と弁当運び位のもので、残り時間は、岡で太鼓や笛に合わせて躍っているくらいなものだった。だから、昔の田植えを描いた絵は男ども...続きを読む

Qよーく考えてからのお礼文は、

返信に時間が掛かります。
考えた挙げ句、たいした文章も書けなかったりします。
なのでスピードを重視したお礼のほうが良い、という人にはご不満なのかなと思います。
どうでしょうか、これは。

Aベストアンサー

南北朝から室町にかけて全国の武将の間で連歌が流行りました。戦に出る前に数人で連歌を創作の喜びを満喫して死出の旅路に出た。日本人て世界的にも類を見ない不思議な民族だったんですね。そう言えば、日光の裏山で電気も入っていない山奥で生まれ13歳のとき初めて汽車と海を見たという、高等小学校止まりのもう亡くなった母は百人一首を全て諳んじていた。昔は今ほどの楽しみがなかったので、百人一首を遊ぶのが楽しみだったそうです。百人一首の歌どころかそのもじりまで覚えていていました。そのもじりの一つ、

  ももしきや古けて破けてけつが出て 朝の寒さにおちんこちぢまる

なんていうのも母から教わりました。昔の日本人て今の日本人とは人種が違っていたのでしょうか。

当然連歌が流行れば、連歌師なんてのが出て、連歌教師としてお金が稼げた。また、「貴方でも連歌が創れる」なんてなハウツー物の本も何冊も出版された。だいぶ昔に読んだので、誰だったか忘れてしまいましたが、確か二条良基だったかな、連歌の上手くなる見込みのある人とそうでない人の違いを述べていました。順番で自分の番になったとき、一生懸命考えて、なんとか満足のできる上手い歌をつけようと時間をかけて出しているような者は大した上手な連歌師になれない。軽ーく軽ーく考えて、大した歌でもないが、思いつくままにひょいひょい歌を出してくるような者の方が、後でどんどん伸びて行く、と書いてありました。

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Q努力は報われるというのが実感しにくい原因は「時間」の存在ですか?

人生では時間が有限だから、努力は報われるというのが実感しにくいのではと、ふと思いました。
それとも他の理由があるのでしょうか。


大体、高校・大学入試、就職、友達作り、結婚、出世など時間が限られているので何かしらを諦めなければならないのでしょうか。
私の場合は趣味が向いていないというようなことを人から言われましたが、何年も努力して勉強して人並近くに上達しました。これは、趣味だから期限がありませんでした。仕事であれば何年も人を待たせることは出来ません。

Aベストアンサー

努力が結実していないのだと思う
時間も必要だが方法論が大切

かりそめ天国 剣道が強くなりたい 2018‎年‎11‎月‎8‎日、‏‎0:20OA
チャンカワイを見ると努力を結実させる糸口はあるかも

Q認識とは何か?

認識論というものの存在を知ったのは実は数か月前のことで、その概要を
知って尋常でない興味を持ち勉強を少しづつやっていた矢先に、認識形式
とかカントのコペルニクス的転回等の質問がありました。
そして、私なりに順を追って理解したいと思い、質問をさせていただきま
した。

1.合理論と経験論の欠陥について。

2.1に対するカントの哲学の優位性について。

3.ニコライ・ハルトマンの認識形而上学の概要を教えて下さい。

4.主観と客観が一致するという仏教の依正不二について概要を教えて下さい。

5.認識とは何ぞや?

どれか一つでも結構ですし、学問の枠に収まらない持論でも結構です。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.合理論の欠点→合理性を保証する存在が必要になる。(もしくは、合理性を確証する原理が必要になる)
  経験論の欠点→経験のみで、全ての現象が把握できる理由がわからない。(経験を現象として、無条件に承認する必要がある。
2.カントの優位性
  現象の把握は、感性と悟性によりなされ、それはアプリオリに与えられていると判断。(合理性と現象(経験)は、無条件に保証される)
  現象(経験)により、純粋理性が、その合理的判断を行う事が可能になる。
  つまり、合理論と経験論の欠点を解消できる。
  ただし、純粋理性だけでは、判断不可能な問題は残る。
3.ニコライ・ハルトマンの認識形而上学
  ニコライ・ハルトマンは、認識を、心理学的、論理学的、存在論的、認識論的の4種類に分類し、それを階層的に分析しています。 認識に関して、知覚レベルまで含めるとすれば、カント的な受動的感性が要求する「物自体」の存在の知覚による情動が、その実在性の根拠となると考えています。 また、最終的な認識論において、存在論は、分離不可能なので、形而上学として、認識論を考えるしかないと判断します。
  つまり、カントが「純粋理性批判」において、純粋理性では判断不可能と考えた、形而上の問題を解決しなければ、認識論は成り立たないと言う事になります。
4.これは、他の回答者の回答のとおり、主観と客観の問題では無いと思います。(仏教的な縁起の問題でしょう)
5.認識とは、ある対象に対する、合理的な解釈が結果となる、過程と言えます。 カントにおいては、現象の純粋理性による解釈と、実践理性による解釈があります。
  どちらにしろ、我々が、現象をどのように解釈するかと言う問題になります。(形而上学的問題と考えれば、現象を与える、人間の認識の外の存在への解釈も含む事になります)

多少、誤解されている人もいるかもしれませんが、哲学者のほとんどは、人間が把握する「現象」は、ほとんどの人で同じと考えています。(カントが、悟性と理性を分けたのは、その為です)
後は、現象の理解が、人によって変わると言う事です。
良くないたとえですが、ある映画を、複数の人が見た場合、現象(あらすじ)は、同じでも、現象の関連性の解釈は異なる場合があります。
また、その映画の製作者が意図した理解を観客が得ない場合も多いでしょう。(これは、観客に与える現象が適切で無かったり、曖昧である場合によくあります)
この場合は、はたして、「真理」や「真実」とは、何でしょうか?
製作者の意図でしょうか?、それとも観客が受けた印象でしょうか?
どちらでも、変わらない「真実」とは、映像だけとしか言えないでしょう。
つまり、我々にとっては、「現象」のみしか「真実」と言えないと言う事です。(その裏に隠された意図があったとしても、わかりません)
物理学者が、物理的法則が、宇宙全般で一般的に成り立つと考える根拠は、宇宙が均一であり、特別な局所性は無いと言う概念に基づいています。(宗教の場合は、地球や、太陽、人間、その他の惑星などを特別な存在と考える場合があります)
これも、一つの観念にしか過ぎませんが、実験や観測により、成り立つ範囲を検証しようとします。(これが、科学と言う事です)

1.合理論の欠点→合理性を保証する存在が必要になる。(もしくは、合理性を確証する原理が必要になる)
  経験論の欠点→経験のみで、全ての現象が把握できる理由がわからない。(経験を現象として、無条件に承認する必要がある。
2.カントの優位性
  現象の把握は、感性と悟性によりなされ、それはアプリオリに与えられていると判断。(合理性と現象(経験)は、無条件に保証される)
  現象(経験)により、純粋理性が、その合理的判断を行う事が可能になる。
  つまり、合理論と経験論の欠点を解消で...続きを読む

Q死後の世界

「自分が死んでも自分がそれまで生きてきた世界は存在しつづける。」
という科学的根拠が示せない理由および原因について。

a)理由
b)原因

それぞれを説明して下さい。




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HXH
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Aベストアンサー

科学的根拠は示せますよ。

科学が科学的である最も基本的な根拠は、それが思索に基づいて論じられているのでなくて、経験に基づいて世界を把握しているからです。そして経験によると、この世界は時空によって把握できる。さらに経験によると時空の一部を占めている存在にはその広がりに不連続なものは存在していない。一つ二つと数えられる粒子といえども、各粒子は連続場の衣をまとって、粒子の縁は連続的に空間に広がっています。だから、貴方が死んだからといって、その時に不連続的に世界がなくなるという仮説は、経験から得られた科学的な仮説ではありません。

たとえ世界が消滅する場合にも、その消滅速度が速かろうが遅かろうが連続的に消滅するというのが、貴方が生きていた経験から得られる科学的事実です。ですから、貴方が死んでも貴方がそれまで生きてきた世界はしばく存在しつづけるというのが科学から得られる結論です。

また、ある事象の時間的長さが長いか短いかは相対的な概念であり、何か基準になる時間の長さと比べて初めて意味のある概念です。たとえば、地球の公転数が1000回たった場合の時間、すなわち1千地球年は貴方の寿命からみて長いと思えるでしょう。それに比べて、原子内で励起原子が光を放出して基底状態に落ち着きまでの時間は10のマイナス8乗秒程度です。ですが、この時間で電子は原子核の周りを百万回ほど回っています。すなわち百万電子年経ったといえます。さて、この百万電子年というとてつもない回転の数と、1千地球年というたった千回の回転数と、どちらが長い間の出来事だったのでしょう。だから、たとえ貴方にとって瞬時になくなったように見えても、連続的に消滅する事象でも、別な基準から見るととてつもなく長い間にゆっくりと消滅している事象であるとも言えるのです。

科学的根拠は示せますよ。

科学が科学的である最も基本的な根拠は、それが思索に基づいて論じられているのでなくて、経験に基づいて世界を把握しているからです。そして経験によると、この世界は時空によって把握できる。さらに経験によると時空の一部を占めている存在にはその広がりに不連続なものは存在していない。一つ二つと数えられる粒子といえども、各粒子は連続場の衣をまとって、粒子の縁は連続的に空間に広がっています。だから、貴方が死んだからといって、その時に不連続的に世界がなくなるという仮...続きを読む

Q認めたくない現実

あなたにはありますか?
それはどんな?

Aベストアンサー

おそらくあるであろうと言う事。
それは、過去に自分が過ちを犯しておきながら、それを今も知らないという事。それを今も知らないので、今も同じ過ちを継続している可能性があるという事。そしてそれを知り得ない限りは、その過ちは未来にも続くであろうという事。

自分の外に悪がある事を見るのは簡単である。自分の内に確かに存在する悪を自らで見いだすことは容易では無い。自分自身の影に隠れてしまうからである。そこで、他人からの指摘が大いなるチャンスとなる。その指摘が的を得ていようが外していようが、他人から得たその言葉をきっかけに自らを省察する人は賢者である。一方で、聴く耳のない者、耳触りの良い言葉のみに対しての反応しか出来ない者、この様な者が人生を全うすることなくくずおれる。賢者は自己を健全化し、しあわせに至るが、愚者は自ら犯す過ちによって自己を損ない苦悩を受ける。

人は皆苦しんでいる。見難きことであるが、これを先ず人は観なければならない。

意固地になっていても埒は明かない。以上に述べた見難き真実を見て、人は初めて自己を知るのである。

Q「日本は・・・」、「日本人は・・・」”という言葉を使用できるには、どの位の外国人と交わらねばならない

このカテで、「日本は・・・」、「日本は・・・」”という言葉が使用されています。(一般的には、否定的な内容が多いようですが)
ところで、このような言葉を使えるには、外国へどの位訪問(見物・居住)したり、どの位の外国人と交わらねばならない、のでしょう?(もちろん、その軽重や深浅があり、一律はいえませんが)

Aベストアンサー

当人が希望して別の土地に赴く場合、土地や風土、文化、人に期待しているので、得てして「痘痕も笑窪」になりがちです。相手からしても、一過性のお客さんなので地は隠して笑顔で振舞うでしょう。
行った人が飽きて、その土地の人も来訪者に気を遣わなくなってから、初めて一過性でない気候や、風土慣習、文化、価値観などに触れるわけです。最初の期待は裏切られ、互いに地金が見え隠れし、上っ面でない会話になり、それでもその土地や人が好きか嫌いか段々と分かってきます。そこで諦めずに更に滞在すると、妥協できるかどうか互いに距離を測り始めます。

イメージ的には、「憧れ」→「真実が見えてガッカリ」→「でも、意外と良いところもあるね」 or 「あー、やっぱ駄目だわ、ここ」という流れです。ここまで行けば、さすがに自分が生まれ育った土地や文化、風習、価値観と、やっと比較ができるようになります。もちろん憧れからだけ始まるわけではないでしょう。仕事での赴任だから仕方なくということもあるでしょう。そうなると最初は「不安」だとか「疑念」から始まり、「でも、意外と良いところもあるね」とか「やっぱ、思った通りだわ」になり、「それでも・・・」という流れになるのではないでしょうか。

何にせよ、こういう比較ができるまでには、最短で半年、最長で5年ぐらい、下手をすると、子供が地元の学校に通うようになって初めて知ったとかもあるでしょう。時間もかかりますし、その土地での関わり方も関係します。

それでも「日本は・・・」、「日本人は・・・」とまともな比較論を語るには、そういう経験が一箇所とか一カ国では不足しています。個人的にはそういう対象は3つ以上あるべきだと思います(日本を含め4つで比較)。同じような文化風習のところではなく、例えば経済という視点で語るにしても、ニューヨークや上海などの動きが激しいところ、インドやマレーシアのように独特な地域性があるところ、アラブ地域のような特殊な価値観で動くところ、発展途上国というより後進国といった方が適切なところぐらいのパターンを経験しないと、本質的な会話にはなりません。よって、ほんの一部の分野に絞ったとしても、多分、最低で3年、可能であれば20年ぐらいの時間は見た方が良い気がします。

もちろん、ニューヨーク、ロンドン、フランクフルト、香港のように敏感で動きが早いところと比較すれば、日本が敏感であるか、日本の動きが早いかという比較論はできるとは思います。

「日本は・・・」、「日本人は・・・」に限らず、「アラブ地域は・・・」、「アラブ人の思考は・・・」なんて騙るジャーナリストもいますが、原理主義的な地域と世俗主義的な地域では全く違いますし、宗派によっても、近隣の国との友好度合いによっても、呆れる程、幅があります。それとて表の顔で、外国人や異教徒には見せない顔もありますから、一括りにしている時点で「うーん、底が浅い」と看過されます。いえ、別にアラブじゃなくて、「アングロサクソンは」とか「インド系の民族は」とか「東南アジアでは」とかに置き換えても良いんですよ。

>(一般的には、否定的な内容が多いようですが)

否定、批判をするには、より多くのサンプル、より多くの経験、より長期スパンでの比較ができないと難しいでしょう。それができていない癖に批判ぶったり、挙句、自分の足元である日本の知識、理解が不足していたりすると、識者のみならず敏感な人にそれを直感的に察知され「こいつw、浅いな」と見透かされる訳です。
また、こういう言い方をする人は「インドネシアと比べて日本は」とか「パナマ人と比べて日本人は」とは言いません。仮にスペインと比較する人がいればキーワードは「情熱」だったり、イタリアと比較する人がいればキーワードは「デザインセンス」だったり「享楽性」とかだったりしますが、そもそもそういうステレオタイプな捉え方から抜け出せずに無分別に批判しているようですと、「うーん、こいつwww」と思われたりします。思われている人はそんなこと想像だにしていないでしょうけど。
ドイツの職人的工業製品と日本の大量生産工業製品の比較で批判しているような人は、実は日本人には多いような気がしますが(しまった、私自身も「日本人は・・・」を言ってしまったw)、単に工業そのものの考え方の根底に根ざしたアプローチの違いであって、どっちが好きか嫌いかはともかく、実はどっちが優れているという結論には至らない方向違いの議論だったりします。

当人が希望して別の土地に赴く場合、土地や風土、文化、人に期待しているので、得てして「痘痕も笑窪」になりがちです。相手からしても、一過性のお客さんなので地は隠して笑顔で振舞うでしょう。
行った人が飽きて、その土地の人も来訪者に気を遣わなくなってから、初めて一過性でない気候や、風土慣習、文化、価値観などに触れるわけです。最初の期待は裏切られ、互いに地金が見え隠れし、上っ面でない会話になり、それでもその土地や人が好きか嫌いか段々と分かってきます。そこで諦めずに更に滞在すると、妥協...続きを読む

Qこれは何だと思いますか

やわらかい単なるかたまりです

Aベストアンサー

この形はなんだ、と思います。

やわらかい単なるかたまり、ってなんなのだと思います。

IGって何なのだ、と思います。

文字を日本語に訳してほしい、と思います。

なんで白いんだ、と思います。

なんとなく知的世界を思わせるのは、なんで?と思います。

ヒントがあるとすれば、それは工業製品です、とか。
または、医療の世界です、とか。

答え。
テクノロジー。

その根拠は
斜(はす)に構えているから。
または、不均衝だから。

要するに、なんだかわかりません。

Qこの人(質問者)には明らかに無理でしょという事は?

また「度しがたい愚考」と評されるかもしれませんが。

私(質問者)がやろうとしている事、目指している事、意図している事
が推測できる方にお尋ねしたいのですが、

それらの事で、この人(質問者)には明らかに無理でしょ、
と思えることは何ですか?

~~~~~
質問に不備、言葉足らずな面が大あり、そもそも質問自体がおかしい
かもしれませんが
一人で考えあぐねてもどうにもならないのは確かなので
質問させていただきました。

~~~~~
追記
基本的に私の質問はいつも、私自身を調べるために行っています。
これも意味不明でしょうか。

Aベストアンサー

無理ですね。

貴方には

貴方を諦めさせることは。

質問して

例え誰か無理だと言われたとしても、

カナ


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