AKB48の推しメンをセンターにできちゃうかもしれない!? >>



※参考映像

男女の不平等をなくし、お互いに自由に生きるために、我々は今後どのように
考え、行動していったらよいのでしょうか?

「ジェンダーの哲学」の質問画像

質問者からの補足コメント

  • 男って何ものでしょうか?

      補足日時:2018/11/16 12:28
  • やっぱ、カッコいいよね。

    「ジェンダーの哲学」の補足画像2
    No.8の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2018/11/17 05:18

A 回答 (8件)

日本の女性は腕力、すなわち体力で男性をはるかに凌駕していたのをご存知ですか。

腕力に勝れば当然権力も手に入る。

昔の90%ほどが農家でした。それも稲作が主だ。稲作で最も重要な行事は田植えです。んで、田植えは女性の独壇場だった。男性には骨盤の都合上、前かがみで長時間行う田植えは無理なのです。だから、田植えの時は男どもの役割は、岡から苗を放り投げる役割と子守と弁当運び位のもので、残り時間は、岡で太鼓や笛に合わせて躍っているくらいなものだった。だから、昔の田植えを描いた絵は男どもが躍っている場面が定番です。

女性のその強大な労働力は日本の農家では周知の事実でした。娘さんは強力な労働力だった。だから、結婚したからといって、簡単に娘を他家に嫁がせて貴重な労働力を奪われるわけにはいかない。だから、日本の米作農家では男性の通い婚が普通だったのです。これは決して源氏物語の貴族階級だけの風習ではなかったのです。多くの村では第一子が生まれるまでは通い婚が普通で、その子供が生まれてからやっと、娘さんは夫の家に嫁いで行ったそうです。

確かに、武家では女性は子を産む以外に労働者としての役割がなかった。でも、そんな女性は日本の女性の中でほんの一部でした。圧倒的に大多数の日本の女性は、稲作農家で重要な労働力の持ち主であることが認められていた。すなわち、強力な腕力の持ち主であることが認められていた。そのことの証左として、日本の女性には財布を握る権力が与えられていたのです。

これって、西洋の女性のあり方と全く違っていますね。日本にはそんな長い歴史と伝統があった。道理で、日本の奥様方が絶大な権力を握っていると日本の男性なら誰でも認めているのですね。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

私が今住んでいるところは「米どころ」です。

農家の小柄なおばあちゃんの手がグローブみたいにごついのを見たときは驚きました。

また、男でも女でも、首や腕が太くて、ラガーマンみたいにガッチリした体格の人が
多いのは何故だろうとも思っていました。

貫禄のある女性がいますね。男どもはどうも重みがなくて、酒ばかり飲んでいる。

そういう文化の名残なんですかねえ。

お礼日時:2018/11/15 22:01

男、勝者、強さについて。


個性は色々あるでしょうが、基本は男が女子供を、強い者が弱い者を守って生きていく、って事でいい様に思います。これを不平等とは言わない。男にはそれだけの力、資質があるからです。こんな風に言うと、力のない男性は男じゃないのか!と言う者がいるかもしれないが、そう言う人たちは自信が無いだけです。私はそう言う気構えがあれば力は自ずと出てくると思っています。

今はヘイトが流行っています。ヘイトが流行るのは自分を生きていない人が多いからです。つまり、悪い事は他人の所為にするってやつです。ヘイトはなすりつけです。
自分を生きるには戦わなければなりません。何と戦うのかと言うと、自分と戦わなければならないのです。自分に勝つものが他にも勝つのです。自分の悪を敢えて明らかにせんとする勇気、これが勝者の持つ武器なのです。
ところが、敗者の遠吠えがそこいら中で聞こえていますよ。如何程、自分をおろそかにしている者がいるかが分かる。勝者の雄叫びは、あったとしても静かなものなのでしょう、なかなか聞こえない。
勝者は自分を、そして他をも護り通すものです。人の何を護るのかと言うと、心を護るのです。それが人として強いということではないでしょうか。


ジェンダーと"人"について。
さて、ジェンダー、つまり社会的性別、役割は男女の二種類しかないわけではありません。それこそ沢山あるはずです。人を単純化して見るのは面倒くさがりのする事です。しかしながら、"人と言う普遍妥当なもの"はあるでしょう。
それは言葉で示すと"真人"と言うことになるのです。
それは特別高尚な存在では無いが、真人はつまらないことをしない、言わない、他者にさせない。余計なものを捨て去った存在であり、しかも十分をはるかに超えたものを備えている存在です。
これを真に理解するには自らがそうなるしかない。そう言う性質のものです。
リンゴの味を言葉でいくら説明しても、その味は解らないようなものです。実体のあるものは実体に触れない限りは、いくら頭で、考えの上で転がしてもそれだけでは理解出来ないのです。


自由について。
自由と言うのは、制御が効いていると言うのが第一段階にある上で実現する二段構成になっているのではないでしょうか。
この問題に還元すると、社会関係において自身に敢えてタガを嵌めて形を作るのが第一段階としてある。男は男らしく、女は女らしくと言う風に。しかし多様性の顕現する時にはどうしてもこのタガが緩んでしまう。それが今の時代だと思います。だからこそ一層、自己を統制する賢さ、勇気、忍耐を持たなきゃいけない。
前段と矛盾するようなことを言いますが、男は男らしく、女は女らしくある努力をし、その上で個性を表わせばいいのです。美しい男、カッコいい女がいても良い。優しい男、強い女がいても良い。愛嬌のある男、インテリな女がいても良い。
それが本当のジェンダーなんじゃないでしょうか。
男らしさとは守れる強さ、女らしさとは、、、これは女性に聞かなきゃ分かんないな。いたわりとか?
この回答への補足あり
    • good
    • 0
この回答へのお礼

キサラギさんはまだ30代で、青年の部類の割には古風なところがありますね。
男が強い、ということにかなりアレルギー反応があるのが現代なのに。

私は年齢的にはもう青年ではありませんし、「男は強く逞しく、飯をモリモリ
食って、涙は見せてはいけない」と教えられて育ったものですから、自分も強
く逞しくそして優しくありたいと思ってきました。男はそれがいいと思います。

ヘイトをする男たちは要するに「気に入らないから憎む」のだと思います。こ
れは幼児的わがまま以外の何物でもないでしょう。そう、半人前の男です。
仰るように、自分と戦っていないということだと思います。

この自分と戦うということの中に女性が絡んでくる重要な二点があると考えて
います。

一つは母親の保護(支配)から脱することです。もう一つは、世の女性の考えて
いることを読み切るということです。細かいところまでは無理でしょうし必要
もないと思いますが、出来うる限り理解するということです。

女性は力のない男、頭の悪い男と認めた場合、まず馬鹿にしてきます。それも
支配だと思います。ここから脱しないと男としての自信が持てないと思います。

女性は力があって、頭のいい男性にはガラリと態度を変えます。悪いとは思い
ません。それが女性というものですから。

男は柔軟性がありません。自分の考えに命を懸けてしまうほどに。女性は柔軟
性があります。
だから、男が強く賢くなり一人前になって、女性が柔軟性を持って合わせてゆ
く、というのがいいと思いますが、現在は男女が難しい状態なので、試行錯誤が
しばらく続くのでしょう。
本当の「男らしさ・女らしさ」を模索することを含めて。

エマは「性別に関係なく、自由で感情的で強くあっていい」と言っています。
その通りだと思います。
例えば、ラオウみたいに生きたい男子はいるでしょう。ならば、そうしたらいい
んです。
でも、今はそれがとてもできにくい。何故かといえば、ヘイトがたくさんいて、
気に入らないものを憎むからだと思います。
ま、それに負けないというのも自分との戦いだと言えるでしょうけれど。

お礼日時:2018/11/17 05:17

https://www.asahi.com/articles/ASLCF4QJQLCFULBJ0 …

~~~~~~~~~

生活大きく変わる

だとか変化とか
これまたないか意味が有るのでしょうか
    • good
    • 0

私は家がワンマン社長だった父の支配下に在ったので、不満は持っていました。



高校は女子75%の高校に入ったので女子が多かったです

多くの女性を見て育ちました。尊敬する女性も多かったです。

河島英五じゃないですが また一つ女の方が偉く思えてきた また一つ男のずるさが見えてきた

結局は昔腕力に勝っていた男が女性に労働を押し付けて自分は楽をしていたのです。

偉そうな事を言って来たのです。言う事を聞く女性を妻にして子供を作ってきた進化です。

実際にはDNAのY遺伝子に闘争本能とか雄の本能があるので勝つために頭を使います

女性はコミュニケーション力が発達しているようです。

遺伝子的には男性がXYのヘテロに対して女性はXXのホモになるので その遺伝子が十分発揮されるのは

女性の様です。だから女性の方が長生きなのでしょうか?

女性が居ないと人間は滅びます。男は10分の一でもいいのでは?^^
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ハルさんの男女観にはいつもながら賛成できないですね。

私は幼いころは父親が大好きで、母親があまり好きではありませんでした。
何故かと言えば、母親は必ず朝に父親に対して愚痴やら文句やらを言うんです。
そして、夫婦げんかになり、ちゃぶ台がひっくり返されるわけです。

皆、母親に同情しましたが、私は密かに父親に同情しました。何故、あんなに
言わないといけないのか?何故夜に子供が見ていないときに言えないのか、と
思いました。

女性は多かれ少なかれ、下から目線で男性を責めるということをします。男性は
口では大抵かなわなくて、手が出てしまう。
お互いにコントロールしようとするということだと思います。

このことをエマは「男性が認められるために攻撃的になる必要がなくなれば、女
性が言いなりになる必要はなくなる」と言っているのだと思います。

つまり、男女共に間違いがあるということです。男性ばかりが悪いわけではあり
ません。

>女性が居ないと人間は滅びます。男は10分の一でもいいのでは?

人間の男は種馬じゃないですよ。男だって恋愛をして、幸せな結婚をしたいのですよ。
あなたも男だから分かるでしょうが。

お礼日時:2018/11/15 02:02

突っ込みどころ満載の動画でしたね。

財布の紐を握らしてもらえない西洋では、彼女のような人を使って、私たち女性にも男と同じ自由を与えよというのは切実なんでしょう。

個人も社会も国家も、先ず、互いにどこが違うのかということを認識し合い、その違いを認め合い尊重しあって、互いの持っていない物を相補い合うというのが、世の中の安定と前進の大前提です。人々の違いや文化の違いのことを個性というのですから。それを、違いはないはずだ、皆同じじゃないかと言いだし始めると、個性の否定になり、相補うのではなく、一方側のやり方の押し付けになってしまう。それを避けるためには、我々は同じであることを強調するのではなくて、違いを強調しないと危険です。

早い話、この動画のエマ・ワトソンは女であることを全面的に強調する化粧と服を着て人々に自分の主張を訴えている。私は、女である彼女が出来るだけ女性として美しく見せ着飾ることに全面的に賛成です。だって、それが彼女の個性なんだもの。ただ、彼女のその個性を強調した態度と、彼女の話の内容の間の矛盾やギャップに付いて行けないのです。どうやら彼女は、その矛盾に気が付いていないようですね。女性には女性としての魅力と女性でなければできない能力がある。男性には男性としての魅力と男性でなければできない能力がある。その違いを認めて、お互いにない部分を補い合って幸せな人生を歩んで行くのが、人々に安定と前進をもたらす。

多分、女性が財布の紐を握らしてもらえない西洋の文化は日本の文化と違って、この、個性を認め合う社会や、相補い合う社会にも増して、切実な女性蔑視の文化が蔓延しているのでしょう。だから、このような矛盾した演説が受け入れられてしまうのでしょう。

ここで、川柳を一つ。

 女房を 言い負かす 馬鹿な奴

日本の女性は、この川柳に象徴された文化を理解できる国に生まれることができて幸運でしたね。西洋の女性の不運さに、ご同情申し上げます。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

彼女を国連でスピーチさせた意図は仰るようなことであったかと思いますが、
実際はそれを越える反響を呼び起こしたのではないでしょうか。

それは、女性の権利の主張を訴え続けている中で、女性の男性に対する憎しみ
が増大していることに気が付いたということにポイントの一つがあると思いま
す。

女性の権利を主張し続けているうちに、過去にいかに女性が低く見られてきた
かということを考えてしまい、男性に対する憎しみが募ってしまう。

欧米のことはよく知りませんが、日本において女性の権利が男性に比べ認めら
れていないという点はないと思います。

にもかかわらず、過去の歴史と憎しみが、大きな力になって女性が男性を常に
責めようとする。

男性が女性に「綺麗だね」と言ったり、デートに誘うだけでセクハラになるな
んて明らかにおかしいですよね。

霞が関で女性用のトイレが男性用より少ないとか、相撲の土俵に女性が上がっ
た時に注意されたことが、大騒ぎするほどの大問題だと思いますか?
満員電車で男性が皆万歳して乗っているらしいです。(私は今田舎暮らしなので
体験していませんが)異常だと思いませんか?

彼女の言うコントロールです。女性が男性をコントロールして、男性が不自由
を感じて生きているということです。

勿論、男性の暴力は問題ですが、彼女の主張は、どちらかと言えば男性擁護で、
つまり、権利の主張が行き過ぎているということにポイントがあるということだと
思います。

彼女はまだ若い女優さんです。百戦錬磨の先生から見れば、言葉遣いなども適切
ではなく、論理的でないところがあるでしょう。

「違いを探すより、同じであるところを探しあうことによって、より自由になれる」
と言っています。

先生が仰るように、違いをキチンと認識しなければ平等はあり得ないと私も思います。
しかし、ここでは彼女は、対立せずに、共感して愛し合うべきだ、ということを言っ
ているのだと思います。

それは、「ジェンダーを二つの相対するものでなく、高い視点で全体を見るべきだ」
と表現されていると思います。

違いを認識したうえで愛し合うべき、ということですから、彼女が着飾ってバッチリ
メイクをしたことと主張の内容とは矛盾はしないと思います。

お礼日時:2018/11/15 01:27

「男女の不平等」とは、何でしょうか?



こんな画像の前に、ご相談者が定義する、「男女の不平等」なるものを、
明確にすべきではないでしょうか?

何が悪くて、何が良いのか?
それを明確に定義もせずに、「雰囲気」だけで、騒いでもしょうがないでしょう。

具体的には、何を指しますか?

人間には男女しかありません。
男女の差によって、どのような利益や不利益が有るのでしょうか?

日本の男女関係の何処が悪いのですか?
何万年、何千年の歴史を通じて、日本人の社会は形成され、その中で、
「男女間のあり方」みたいなものが、変遷を重ね現代に至っています。

この長大な歴史を否定してまで、改善すべき事柄は何なのでしょうか?

先ず、ご自分の足元を明確にして、それからの話ではないか、と
思います。
「はやり」でするような話ではないし、アフリカやアジアや中南米で
時に発生する「悲劇的な不平等」と日本のそれは、自ずと正確も内容も
異なると思います。

それを「ジェンダーフリー」と言う流行り言葉(しかもキリスト教的価値観の)で
一括して扱おうとするのは、問題がありませんか?

私は、そのような昨今の「はやり」に大いに疑問を持っています。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

あなた、いつもイライラしてますね。

このような偉そうな、説教じみた回答をよくしていますね。
何様なんだろう?

年寄りの愚痴を投稿するところじゃないんだから、こんな投稿は
これっきりにしてもらわないと、迷惑ですね。

そして、これは頭の固いあなたに答えられる問題じゃないと思いましたね。

お礼日時:2018/11/14 15:25

男女の不平等を無くしたいのなら、


男も女も、全く同じ事をやれば
よろしいです。

女性達も、荒海での漁労、熱風の溶鉱炉作業、
深山ダム建設労働、機械工場で汗と油にまみれる重労働、
凶悪犯人との格闘、猛火に飛び込む消防活動に
進出すべきです。

良い所だけつまみ食いしようとするから
いつまで経っても平等にならないのです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

そういった重労働を女性に強制するわけにはいきませんが、男性の苦労を知るという
ことでは意味はあるでしょう。

私は近頃実感するのですが、男性は女性のことをよく知りませんが、女性も男性のこ
とを知らないということです。

なのに、男性が女性のことを理解するべきだということばかり強調されています。この
ことがすでに不平等であり、対立を生んでしまう要素のひとつではないかと考えていま
す。

この部分は同じ意見ですかね。

お礼日時:2018/11/15 00:11

この話は深く、永遠と議論できるので


答えという答えは、現在の時点まだ出す事が難しいです。

まず第一にできる事は
女だから男だから。という固定概念をなくす事からだと思います。
でも、難しい事もある。女性だからできる事や男性だから出来る事もあるでしょう。それを明確化し、お互いのそれ以上でもそれ以下でもない事は干渉しない事。

もっとも難しいのは
宗教的問題や国々の風潮、家々や家族、血筋の家訓や言い伝え、教えをどう打破していくかです。

パッと書くだけでこれだけの問題があるので、深い話ですね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

自由とか平等とか幸福あるいは人間とは、人生とは、などの我々が真に知りたい問題ほど
固定的な正解というものはありませんので、「考えない」ということになりがちであると
思いますが、重要なことを考えないということはマズいことであるので、その時点での回
答をそれぞれが持つべきだと思います。

男、女というもののこれまでの認識の中で、間違った固定観念がお互いを不自由にしてきた
ということは間違いないでしょう。より正しい認識を共有するためには、様々な人の意見に
耳を傾けるべきでしょう。固定観念を変えるということは大変なことだと思うからです。

仰るように、宗教などの文化的なものを変化させるということは更に容易ではないでしょう
が、インターネットを使った新しいコミュニティーの力がそこで発揮されるかもしれないと
いう期待は私は持っています。

お礼日時:2018/11/15 00:02

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q人間 生きる目的や意義や意味が無かったら寂しいでしょうねえ?

人間として生きていて 生きる目的や意義がなく 意味のない一生だったら

非情に空しいし、寂しいでしょうねえ。

人間の生きる意味や目的は何でしょうか? ズバリ言って?

Aベストアンサー

>どういう事が出来れば「悪くない人生だったな」と思えるんですかねえ?

美味しいものを食べて、
綺麗な景色を見て、
美しい音楽を聴く。

そういう時間を大切な人と共有できればなお可。

Q気付かなかった真実

「男が女のすべてを学んだ時に初めて女の上にゆける」
こう言った人がいました。

これは真理でしょうか?

※今時ですから言いにくい部分もあるかと思いますが、哲人たちのご意見を乞う。

Aベストアンサー

#18です。お礼ありがとうございます。
>男が女から生まれたという、どうしようもない「引け目」とともに、母親に
躾られたという、一度女性に支配された経験を心に強く持つのだと思います。

ですから、男は女をよく知って、その精神的な支配を乗り越えないと、どうも
一人前にならないような気が、これは経験上ですが思ってきたのです。

また、男は女に認められることが大きな幸せであり、それにより男としての自
信がつくという生き物であると思います。

ここまで全く同意です。そもそも「男」というものの本質は「女性を得るために様々なことをする」動物と言うことに尽きるでしょう。

>男にとって、女の存在は不思議なことに極めて大きなものであることは間違い
ありません。

逆もまたしかりだと思いますが、女性はこういうことはまず語りません。女性は
男性よりはるかにガードが堅いものです。その固いガ―ドのスキを狙い、女性の
本心、ありのままの姿を知ることが、ひょっとしたら男にとって一番勉強になる
のかも知れないなどと思います。

私の女性に対する見解は少し違います。男が「女性を求める」本質をもっているなら、女性は「どれだけ自分を高く売れるか」という本質だと考えます。

だからやみくもに安売りはしませんし、ガードが堅いことこそが「売値をつり上げる」ことにつながると思います。手の内を見せずに掛け金を吊り上げるポーカーと同じです。
だから「女は目を見つめたまま嘘がつける」でしょう。


>戦争のことについては以前少しやり取りしましたね。これを語ると長くなるので
今は止めまして、「憎しみ」のことについて少々。

>戦場では武装しているから男性でなくてはならないということはないのではない
か?
危険な作業場であっても、基本的に機械化されているので、男性でなくてはなら
ないということもないのではないか、と。

戦争や憎しみを別としても、自然災害や火災・犯罪などの問題が残ります。男は常に「(戦争も含めて)女子供やその他家族さらに財産などを守る」存在であったといえますし、今でもそれは変わりません。現代は「機械化」されているのでそれが見えにくくなっているだけです。

>それにより女性の男性に対する信頼が崩れ、侮蔑が生まれる。男性というものは
先ほど申し上げたように、女性から認められず、信頼されず、まして侮辱されな
どしたならば、たちまち自信を失うものです。

女性が男性に対する信頼が薄れたのは皮肉なことに「機械化」が進んだからです。
目に見える形で「男性に護ってもらう」必要性を感じなくなっているからです。だから「なんでも自分でできる」と思い、自分の行動や権利を縛ろうとする男性を憎むのです。

>女性が女性の権利の主張をするほどに過去にいかに差別を受けてきたかを知ることになり、男性に対する憎しみが募るとは、エマが言っている通りでしょう。

逆に権利を主張しない(できない)、イスラム女性はむしろ「男性に守られていて安心」であると評価する人も多いです。権利を主張し平等であればあるほど「憎しみが増す」のは皮肉だと思います。

私は男性も含めてまずは「人間は自分一人では何もできない→社会が必要」と知ることが重要だと思います。男性だけでも社会は成り立ちませんし、女性だけでも成り立ちません。

それを踏まえたうえで「各々ができることをきちんと行い(男女の別なく)認め合う」事が必要だと思います。

#18です。お礼ありがとうございます。
>男が女から生まれたという、どうしようもない「引け目」とともに、母親に
躾られたという、一度女性に支配された経験を心に強く持つのだと思います。

ですから、男は女をよく知って、その精神的な支配を乗り越えないと、どうも
一人前にならないような気が、これは経験上ですが思ってきたのです。

また、男は女に認められることが大きな幸せであり、それにより男としての自
信がつくという生き物であると思います。

ここまで全く同意です。そもそも「男」というもの...続きを読む

Q「マウンティング」をする人は「自信家」ではないか。

先の質問で、最後の回答をくださった方が、記事中のいくつかのキーワードを添えて以下のリンクを教えてくれました。

その時の回答をそのまま引用します


<またまたズレているかもしれませんが、おもしろい記事を見つけたので貼っておきます。
https://president.jp/articles/-/26637#cxrecs_s

マウンティング サル 優位に立ちたい 自信が無いから 
デジタル人間 感情の欠落 生きづらい
悪いのはあいつだ わたしには関係ない>

わたしはTVを視ませんし、新聞を読まない、インターネットでは、主にわたし同様、心の病を持った人のブログを読む。それ以外は専ら海外のアート・サイトを渉猟するだけで、WEBニュースもまとめサイトも覗くことはありません。ですから、最近の言葉はほとんど知りません。
「マウンティング」という言葉も初めて知りました。

以下リンクの記事より

「そもそもマウンティングをする人は、自分に自信がありません。そのため、自分よりも格下の人間をつくりだすことで、集団内での序列を少しでも高めて、上位にいるという安心感を得ようとします。」

わたしはブログを通して、自分同様に自己肯定感の極めて低い人たちを知っています。
けれども、わたしの知っている「自信のない人たち」は決して、決して「自分より格下の人間を作り出し」たり「人より優位に立ちたい」などとは露ほども思っていません。ただひたすら自己の無価値を嘆くだけです。わたしもまた同様です。

「マウンティング」とやらいう行動をとる人は、寧ろ、自己顕示欲の強い自信家であり野心家ではないのでしょうか?

「そもそもマウンティングをする人は、自分に自信がありません。」
この記事を書いた人は、如何なる根拠を持ってこのように断言するのでしょうか?

先の質問で、最後の回答をくださった方が、記事中のいくつかのキーワードを添えて以下のリンクを教えてくれました。

その時の回答をそのまま引用します


<またまたズレているかもしれませんが、おもしろい記事を見つけたので貼っておきます。
https://president.jp/articles/-/26637#cxrecs_s

マウンティング サル 優位に立ちたい 自信が無いから 
デジタル人間 感情の欠落 生きづらい
悪いのはあいつだ わたしには関係ない>

わたしはTVを視ませんし、新聞を読まない、インターネット...続きを読む

Aベストアンサー

そうなんですよ!

私も自信のない人、好きです
自信がない、って謙虚であることでもありますもんね
また、丁寧に物事を考えていけば
自信満々にはならないですもん

質問者さまが無力無能とは思いませんが、まあそれは置いておくとして
ある精神科医が
「自分はうつ病の患者さんが好きだし
精神科医は、みんなそうだと思う
うつ病の患者さんは優しいし礼儀正しい人が多い
元気になってくると医者にお礼を言ってくれる」

この言葉を知り
何かあった時に他人のせいにはしないで
自分が悪かったと自分を責めるような人が
うつ病になるのではと思いました

おそらく
「下をつくって、でも上に怯える」ような人が
自慢話で武装するのではないでしょうか?

「上とか下とかでなく
私は私でしかない」
と思える人が「本当の自信」がある人なのかもしれないですよ

Qよーく考えてからのお礼文は、

返信に時間が掛かります。
考えた挙げ句、たいした文章も書けなかったりします。
なのでスピードを重視したお礼のほうが良い、という人にはご不満なのかなと思います。
どうでしょうか、これは。

Aベストアンサー

南北朝から室町にかけて全国の武将の間で連歌が流行りました。戦に出る前に数人で連歌を創作の喜びを満喫して死出の旅路に出た。日本人て世界的にも類を見ない不思議な民族だったんですね。そう言えば、日光の裏山で電気も入っていない山奥で生まれ13歳のとき初めて汽車と海を見たという、高等小学校止まりのもう亡くなった母は百人一首を全て諳んじていた。昔は今ほどの楽しみがなかったので、百人一首を遊ぶのが楽しみだったそうです。百人一首の歌どころかそのもじりまで覚えていていました。そのもじりの一つ、

  ももしきや古けて破けてけつが出て 朝の寒さにおちんこちぢまる

なんていうのも母から教わりました。昔の日本人て今の日本人とは人種が違っていたのでしょうか。

当然連歌が流行れば、連歌師なんてのが出て、連歌教師としてお金が稼げた。また、「貴方でも連歌が創れる」なんてなハウツー物の本も何冊も出版された。だいぶ昔に読んだので、誰だったか忘れてしまいましたが、確か二条良基だったかな、連歌の上手くなる見込みのある人とそうでない人の違いを述べていました。順番で自分の番になったとき、一生懸命考えて、なんとか満足のできる上手い歌をつけようと時間をかけて出しているような者は大した上手な連歌師になれない。軽ーく軽ーく考えて、大した歌でもないが、思いつくままにひょいひょい歌を出してくるような者の方が、後でどんどん伸びて行く、と書いてありました。

南北朝から室町にかけて全国の武将の間で連歌が流行りました。戦に出る前に数人で連歌を創作の喜びを満喫して死出の旅路に出た。日本人て世界的にも類を見ない不思議な民族だったんですね。そう言えば、日光の裏山で電気も入っていない山奥で生まれ13歳のとき初めて汽車と海を見たという、高等小学校止まりのもう亡くなった母は百人一首を全て諳んじていた。昔は今ほどの楽しみがなかったので、百人一首を遊ぶのが楽しみだったそうです。百人一首の歌どころかそのもじりまで覚えていていました。そのもじりの一...続きを読む

Q人間には逃れることのできない苦しみが3つあります。 病の苦しみ、老いの苦しみ、死の苦しみ これが人間

人間には逃れることのできない苦しみが3つあります。
病の苦しみ、老いの苦しみ、死の苦しみ
これが人間にとって一番の苦しみでしょうか?
これらの苦しみからしたら人間関係などの苦しみは取るに足らないものでしょうか?
しかし人間関係の苦しみから自殺するような人間もいますよね。

Aベストアンサー

生まれた以上、かならず通る道だと思います。
まだ経験していませんが、この3つの苦しみを味わった時の自分が、穏やかにそれを受け止められる生き方をしていきたいと思っています。
授かった命、まっとうしたいと思っています。

Q絶対的に正しいことを定義してみました。

絶対的に正しいことを演繹的に定義してみました。

私たちは「大切なものを守ることは正しい」と感じます。(うん、そりゃみんなそう思うね)
では「最も何よりも大切なものを守ることは最も何よりも正しいとなる(まあ、当然そうなるな)

では「群れにとって最も何よりも抜群に大切なものは群れの命でしょう」(まあ、そりゃ~、そうだろうな)
それでは「最も何よりも大切な群れの命を守ることは最も何よりも正しい」となります。(そうなるね)
逆から言えば「何よりも抜群に最高に正しいことは群れの命を守ることである」となる。(そりゃ~そうだろう)

つまりその群れにとって、「絶対的に、何よりも最高に正しいことは群れの保存、存続である」と言うことが導かれる。
結論、その群れにとって、何よりも、絶対的に、最高に正しいことは群れの存続、群れ社会の安寧秩序を守ることである、となった。

私は哲学は素人なもので、どこか間違っていないでしょうか?よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>詳しくは下記のリンクを覗いてください。絶対善を定義していますから。読まれましたら、コメントください。

読みました。

例えばイギリス人が、物事の正しさを問う時は、「何が正しいかは、歴史に答えがある。」として、歴史の知見で正しさを考えます。(半分ステレオタイプです。)

例えばムスリムが、物事の正しさを問う時は、「何が正しいかは、コーランやハディースに答えがある。」として、コーランやハディースを出典にして正しさを考えます。(意外とステレオタイプではありません。)



私がミスリードしたのかもしれませんが、あなたの文章は、「僕の考えた絶対に正しい事」を主張しているだけにしか思えませんでした。また、「絶対」と言う言葉は、他人からは胡散臭く聞こえるので私はあまり使いません。

Q存在理由=レゾンデートルの味

人は、それぞれ(仕事や近親者への情愛など)何かしらの具体的な存在理由を実感して生きているものだと思います。しかもそれは一つではなく数えれば限り無くあるでょう。言葉にはし尽くせない程に。

ところが、自分一つのシワの少ない頭を過信して、それだけであーだこーだ考え、しょぼい人生の言い訳作りをする事が哲学だと思っている様な人は、レゾンデートルをあまり実感出来ずに狭い思考空間の中に自己を幽閉してしまっている様です。

その様な人には何が起これば、自己の存在理由を味わう事ができるのでしょうか。
たとえばそれは喪失感でしょうか、失って初めて気付く様な大切なことなど。

Aベストアンサー

存在理由など考えないで生きている人が大半なのではないでしょうか。考える暇もないというか、時間に忙殺されてる人も多いし、逆に何も考えずに時間に流されている人も多い。ただ、その前提には個人的なゆるぎない背景というものがあるはずです。家族への愛情、仕事に対する情熱など。
存在理由、立ち止まって考えることができる時って、きっと出会いや別離、深い喜びや悲しみに遭遇したときなんでしょうね。そう思います。

Q存在論をどう考えますか? 存在性理論から。

存在性理論と言うのは所謂「存在」と言うものが「どの様にして存在しているのか」を明らかにした理論です

それを語るにはまず「存在とは何か」と言う事を問いかけねばなりません。

私は今の学界、哲学界が「存在」とは何だと説明しているのか知りません。何故ならその定義は学者によって違うし

余りに難しく説明する人が多いからです。

存在と言う言葉が今どのように使われているか そこから考えて行きましょう。

一つの流れは人間存在中心主義。我思うに我ありから実存主義などに至る「我れ」の存在論です。

もう一つは科学などで、或いは日常に使う「この部屋には酸素分子が存在していると考えられる」と言う

「ある」と言う意味での存在である。

私は此処で回りくどく説明しなければならない しかしそれではみなさん飽きてしまう

ですからザックリと分かりやすく説明を加えます。

つまりはデカルトから始まる「我れ」と言う存在は精神の事であり 精神とは心の事であり、心理学が究明する世界でもあります。

その掴み所のない精神をこねくり回しても 灯台下暗しでいまだに分からない。

私はその様な哲学界を背に「では 精神は何で出来ているのか?」と考えてみた。つまり精神の成分である。

精神は言葉で出来ているのか シナプスの伝達物質で出来ているのか 脳波で出来ているのか・・・・・

何だろうと考えた。結果 精神は様々なエネルギー(質量も含む)の持つ「性質」で出来ていると言う結論に当たって説明が付いた。

つまり人間の体がCHINOPS系で出来てDNAによって秩序立ってる様に 人間の心は様々なエネルギーの持つ性質で出来ており

その性質の反応、作用、相互作用で出来ている。自我(自己)を中心として主体化した性質の秩序立った反応、学習、思考によって

精神は誕生する。人間の脳を中心とした内面と人間が感じる外面と人間の持つ愛と理性で精神は出来ている。欲望や本能も影響する。

と言う事です。

ここから言える事はデカルトから実存主義までの「我」は実はどのようなエネルギー、物質の持つ質量も持つ「性質」がその正体だった

と言う事です。分かりやすく言うと 酸素分子の持つ性質も精神を構成する性質の一つと言う事である。

唯物論で言う「性質」も唯心論でいう「精神」も同じ質のものだったのです。

そこで私は存在を定義しました 随分前にですが。存在とは(個性ある)性質を持ったエネルギー(質量を含む)と言う事になります。

これはまだ存在性理論のほんの入り口ですが 後、進化論の普遍性やエントロピーの増大・安定・減少を論じ存在性と言う性質の働き

を論じて行かなければなりません。それを書いた、やや長いHPが此処にあります↓

http://www2u.biglobe.ne.jp/~yuniko37/

これをざっと読んで間違っているところを指摘して下さい。何処に間違えがあるでしょうか?

存在性理論と言うのは所謂「存在」と言うものが「どの様にして存在しているのか」を明らかにした理論です

それを語るにはまず「存在とは何か」と言う事を問いかけねばなりません。

私は今の学界、哲学界が「存在」とは何だと説明しているのか知りません。何故ならその定義は学者によって違うし

余りに難しく説明する人が多いからです。

存在と言う言葉が今どのように使われているか そこから考えて行きましょう。

一つの流れは人間存在中心主義。我思うに我ありから実存主義などに至る「我れ」の...続きを読む

Aベストアンサー

https://www.youtube.com/watch?v=xGficZ-CAUI&list=PL1yfjZppO7NRfKzVKmFYNz7Tc6icO26jQ&index=2

色々分かりました、ハルさんのことも。

私もこの歌は好きです。アグネスは本当に心を込めて歌っているように思います。
だから、この詩は彼女の本心でもあるのでしょう。彼女は純粋で頭のいい人だと思
います。ただ、正直言うと、あんまり好きなタイプではありませんでした(笑)。

彼女のことを偽善者扱いしている人達がいることを知っています。
また、山本伸一の詩がいくつか提供されているということからも、創価学会と中国
韓国あるいは北朝鮮との特別な関係を指摘する声がネット上でたくさんあることも
もちろん知っています。

確たる根拠のない連想ゲーム的邪推であると私は思います。新興宗教が金儲け以外
の目的があるわけがないという固定観念の上に立った連想的思考ですね。

何事もキチンと認識しないといけないとつくづく思う今日この頃です。アグネスに
対する私の認識もある種の固定観念に囚われていたようです。何故そう思ったかと
言えばよく知らないで評価していたことが分かったからです。

ハルさんが主張する、平和、人権、極めて大切であるにもかかわらず、人々は何故か
その正確な認識に戸惑っているように思えてなりませんでした。様々な思惑が社会に
渦巻いているからだと思います。

人類の平和と幸福の為に、その一点においては少なくとも連帯すべきです。そのため
にも、つまらない固定観念は一つづつ捨てていかなくてはいけませんね。

https://www.youtube.com/watch?v=xGficZ-CAUI&list=PL1yfjZppO7NRfKzVKmFYNz7Tc6icO26jQ&index=2

色々分かりました、ハルさんのことも。

私もこの歌は好きです。アグネスは本当に心を込めて歌っているように思います。
だから、この詩は彼女の本心でもあるのでしょう。彼女は純粋で頭のいい人だと思
います。ただ、正直言うと、あんまり好きなタイプではありませんでした(笑)。

彼女のことを偽善者扱いしている人達がいることを知っています。
また、山本伸一の詩がいくつか提供されているということからも、...続きを読む

Q人間の主体は精神であり、精神性質で出来ている。存在性によって存在する 是か非か?

形而上学とか霊とか魂とか心とか言葉とか色々科学が扱わない世界がありますが

それらは皆、性質で出来ている(クオリアも性質で出来ている)

性質とは何か 辞書を見れば 物事の「本来の特徴」と書いてあります

私はこの語感に異議を唱えます。性質とはもっと作用、相互作用のあるものです。

質だけならそれ程ではありませんが性と言うのはもっと(特徴より)動的あものです。

何故ならば時間が止まらないからです。時間が止まらない以上全ては動的であり変化します。

性質も作用するものであり ただの特徴ではありません。

特徴を辞書で引くと「他と異なって、特に目立つしるし、特色」とあります。

精神を説明するとき脳の性質、ニューロン・シナプスの性質、脳内物質の性質等々

性質が精神を実現してる事は明らかです。

霊や魂も 心や自然等の性質が現れたものだと考えます。異議がありますか?

この事は重大な問題なのです。人間の根本的な問題なのです。是か非か!?

Aベストアンサー

造語すべきですよ。

「性質」では一般的な意味があるから、紛れてしまいます。

その言葉が磨かれていったときに初めて、主観と主観の合意を超えて
客観性が生まれてくるのでしょう。

Q素朴な質問シリーズなんですが お知恵を貸して貰えると助かります 続、善悪の定義 (  ̄▽ ̄)ニャリ

素朴な質問シリーズなんですが
お知恵を貸して貰えると助かります
続、善悪の定義
(  ̄▽ ̄)ニャリ
誰でも、自分自身は善であると
信じて生きていますが

本当に自分自身が善であるって
どうやって定義してるのでしょうか?

突拍子もない質問なんですけどね(笑)

善悪とは、集団から教えられるとおもいますが
まず最初に、両親なり家族、
それが、1番小さな集団であって

そこから、村なり町の集団があって
解りやすく言うと、学校なり近所ですね

それより大きくなると、
宗教なり倫理や道徳なんてなってきますが


集団の教えから離れ
個人的な善悪の判断を迫られた時に
どうやって定義付するのでしょうか?

( ̄~ ̄;)個人的には、どうあっても
善であると、思い込んで生きているが
その、大前提に疑問を抱いた時に

もしも、この世の中に善悪なんて存在しないかも?
でも、自分自身は善であるはずなんだが・・・

そんな状況はまずおこらないでしょうが
おきたとしたら

他人と比較して、他人を悪にしてしまう
悪を造り上げてしまうのかな?
あれは、間違えてるから、悪であって
自分自身は間違えてないから、善である
と、なるのかな?

今ここに居るわたしは、善か悪か解らないが、それで良いじゃないか
と、定義付を辞めるのかな?


誰しも、自分自身が善でありたいとは思われますが

はたして・・・

ほんまに突拍子もない
素朴な疑問なんですが、お時間のあるかた
貴重な回答をお待ちしてますm(._.)m

素朴な質問シリーズなんですが
お知恵を貸して貰えると助かります
続、善悪の定義
(  ̄▽ ̄)ニャリ
誰でも、自分自身は善であると
信じて生きていますが

本当に自分自身が善であるって
どうやって定義してるのでしょうか?

突拍子もない質問なんですけどね(笑)

善悪とは、集団から教えられるとおもいますが
まず最初に、両親なり家族、
それが、1番小さな集団であって

そこから、村なり町の集団があって
解りやすく言うと、学校なり近所ですね

それより大きくなると、
宗教なり倫理や道徳なんてなってきますが

...続きを読む

Aベストアンサー

地球に ついていえば
" 世の便利 " は 総て ヒト に
とって…であり 他の イキモノ には "利 " ではない

神が 自分に似せて 人型を造った時点で もう 神と同じ
他の生き物に君臨する
" 荒ぶる神の ようなモノ "
を 落としてしまったのである

バベルの塔 事件で 原語が違ってきて また 理解の能力の
優劣も 出来てきた
捉えように より 善 悪 が
各々ちがってきた
もし 言葉なるもの(知恵の実)が 無く 想いを 脳から 脳へ 伝える事 反映 できれば
争いの 元となる モノも
無くなるし
国々で 異う "神 " も
同じに なるであろう

行動で 云えば 宮﨑駿 の
『もののけ姫』が 語っている
他方から みれば 善 であり
また 他方からは 悪 に なる
それは
一方からは " 生きる為に必要な もの" であり
もう 一方では " 生きる為に取り除きたい もの " なのである
利便 快適 を 相対するもの からみれば 搾取であり
また 同時に 糧である(対する位置に 居るものに取れば)

パンドラの匣に 残った
総ての悪 災 禍 が 去った後に残った 希望
そのひとつは
忘れ去る能力なのだ と思う

ただ 総ての 欲を 葬り去れば
無 に しかならない
待つのは 死 (無)である


と こんな事 考えてみました

浅かったら ごめんね

地球に ついていえば
" 世の便利 " は 総て ヒト に
とって…であり 他の イキモノ には "利 " ではない

神が 自分に似せて 人型を造った時点で もう 神と同じ
他の生き物に君臨する
" 荒ぶる神の ようなモノ "
を 落としてしまったのである

バベルの塔 事件で 原語が違ってきて また 理解の能力の
優劣も 出来てきた
捉えように より 善 悪 が
各々ちがってきた
もし 言葉なるもの(知恵の実)が 無く 想いを 脳から 脳へ 伝える事 反映 できれば
争いの 元となる モノも
無くなるし
国々で 異う "神 ...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング