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楽しい気分や愉快、爽快な気分の中に、何やら、少し、イライラや怒りや過去の恨み辛みとかも混じったようなおかしな感情になるのは、(特にコーヒー類とかで)カフェインをよく摂るようになってから、どうもそれが多くなった気がします。
やはり、カフェイン中毒の症状によるものでしょうか。

A 回答 (3件)

その可能性は捨てきれないですね。


カフェイン中毒の精神的症状に、焦燥感や緊張、パニックなどもありますからね。
中毒まではなっていなくても、離脱症状による抑鬱や不安などの症状が出ているのかもしれません。
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精神的な事が大部分

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カフェインは関係無いと思う

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Q昭和脳ってどういう意味ですか?

昭和脳ってどういう意味ですか?

Aベストアンサー

昭和時代の影響を強く残している考え方や感覚のこと。

Q私は死んだほうがいいのでしょうか? 生きてるのが辛くなりました。

私は死んだほうがいいのでしょうか?
生きてるのが辛くなりました。

Aベストアンサー

とにかく寝なさい。
寝てる間は辛いこととか感じないから。
寝たいぐらい疲れてるから死にたいと思うのだよ。

Q回答は自由です。 回答ではなくただの煽りも良いです。 解決ではなく意見を聞きたいだけですので。 現在

回答は自由です。
回答ではなくただの煽りも良いです。
解決ではなく意見を聞きたいだけですので。

現在、高3ですがバイトも部活も勉強もせずに好きなことをしてるしょうもない学生です。しかも親の財布から金を抜き取ります。母親からは3~4週間に1000円ほど。ばあちゃんからは1週間に10000円ほど。
母親から取り始めたのは去年の冬。ばあちゃんから取り始めたのは小学生終盤から中学の始め。何年もやり、いたに付きました。
こうすれば気づかれない。いや、気づいても自分自身のせいにするぐらいで怪しまれないという自信があります。
なぜ盗むようになったのかは自分ではわかりません。ですが、保育園の時に友達のポケモンのシールが羨ましく、寝る時間に皆が寝静まり先生が部屋を出たタイミングで友達のバックを漁って弁当箱を出しシールを剥がしとりました。それを何回もした記憶があります。どこで盗む思考になったんだと我ながら疑問です…w
それから親の金を盗むことも始めました。ですが最初は失敗の連続で3か4回ぐらい叱られました。それでも反省せずやり続け今になります。
累計すれば50万円以上は盗んで使ったと思います。ゲーセンで5万使うやら、課金15万やら、カードを何箱も買ったりと。
今は熱中してることや旅行費に使っています。
こんなにずっと挫けず盗み続けた俺は精神異常者でしょうか?それとも根っからの性格からでしょうか?
意見ください。

まるで武勇伝のように語ってすみませんでしたm(_ _)m

回答は自由です。
回答ではなくただの煽りも良いです。
解決ではなく意見を聞きたいだけですので。

現在、高3ですがバイトも部活も勉強もせずに好きなことをしてるしょうもない学生です。しかも親の財布から金を抜き取ります。母親からは3~4週間に1000円ほど。ばあちゃんからは1週間に10000円ほど。
母親から取り始めたのは去年の冬。ばあちゃんから取り始めたのは小学生終盤から中学の始め。何年もやり、いたに付きました。
こうすれば気づかれない。いや、気づいても自分自身のせいにするぐらいで怪しまれない...続きを読む

Aベストアンサー


精神異常者かどうかはあまり関係ないですよ。
そもそも、精神疾患の判定基準というもの自体が極めて曖昧なものなので。
何度も何度も改訂されているぐらいですし、普通の人と確固たる境目があるわけじゃない。
その意味では、人間は誰しも何らかの精神異常を抱えているものです。


さて本題です。
他の方がおっしゃるように、クレプトマニア(窃盗症)の要素はありそうですね。
端的に言うと、あなたが盗んでいるのはお母さんとおばあちゃんの愛です。
愛されてこなかったという無意識的な不満が、あなたの深層心理にあり、それが彼女たちの持っているお金を盗ませている。

お金は彼女たち(だけではありませんが)にとって大事なものですよね。
しかし、あなたは「あなたにとっての大事なもの=愛」を彼女たちから与えられてこなかった。
なので、その代償として「彼女たちにとっての大事なもの=お金」を奪っている。
あなたにとっては正しい論理であり、おそらくそれほどの罪悪感は覚えてないのではないかという気がします。

本来求めていたのはお母さん(あるいはお父さんの可能性も高い)からの愛情で、ただ、お母さんだと気づかれやすいし、気づかれたときの叱責が怖かったため、その代理としておばあちゃんから盗みを開始したという可能性も大いに考えられる。
自信がついてきたし、怖さも薄れてきたので最近はおかあさんからも盗むようになったということなのでしょう。
叱られることは、あなたにとっては、むしろ愛情の証拠として嬉しいことになっているようにも感じられる。

難しい問題ですが、おかあさんだけでなくお父さんとも、よく話し合うのが良いかと思います。
話し合うというより、不満をぶつけるという形が、むしろ有効です。
お父さんとお母さんの関係性についても不満はもっているのではありませんか。
そういうことも含めて、一方的でも良いのですべて吐き出してみてください。


専門家に介在してもらうとすれば、精神分析的心理療法が有効と思いますが、基本は、物事を論理的に、且つ冷静に分析し、その解決策、または改善策を探る、ということです。
カウンセリングが有効になる場合も多いので、気が向かれましたら試してみるのもよいでしょう。
ただ、薬物を併用する術者も多いので、その点は注意が必要です。

◎カウンセリング
・臨床心理士検索サイト(日本臨床心理士会)
http://www.jsccp.jp/area/
http://www.jsccp.jp/near/pdf/gui03.pdf
《認知行動療法》
・認知行動療法センター
http://cbt.ncnp.go.jp/guidance/about
・東京認知行動療法センター
https://tokyo-cbt-center.com/

◎相談窓口
・SNS相談(LINE・チャットで相談できる窓口がたくさん掲載されています)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000199724.html
・こころの健康相談統一ダイヤル
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188813.html
・心の耳 電話相談
http://kokoro.mhlw.go.jp/tel-soudan/
・心の耳 メール相談
http://kokoro.mhlw.go.jp/mail-soudan/

◎18歳以下の方であれば、下記のような無料窓口もあります。
・チャイルドライン
https://childline.or.jp/
・子供(こども)のSOSの相談窓口(そうだんまどぐち)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06112210.htm

推測が多くて失礼になっているかもしれませんが、あくまで可能性ということでご寛恕のほどを。


精神異常者かどうかはあまり関係ないですよ。
そもそも、精神疾患の判定基準というもの自体が極めて曖昧なものなので。
何度も何度も改訂されているぐらいですし、普通の人と確固たる境目があるわけじゃない。
その意味では、人間は誰しも何らかの精神異常を抱えているものです。


さて本題です。
他の方がおっしゃるように、クレプトマニア(窃盗症)の要素はありそうですね。
端的に言うと、あなたが盗んでいるのはお母さんとおばあちゃんの愛です。
愛されてこなかったという無意識的な不満が、...続きを読む

Q「良かったです」「素晴らしいです」はもう世の中に認められたのでしょうか。

「歌わないです」について、間違った文だという質問が出ています。
(回答しようとしたらこの人からブロックされています。どうしてブロックされたか全く心当たりがありません。仕方なく、質問の形で話に加わります)

 形容詞「素晴らしい」に「です」をつける言い方は、一部の人にあり得ないと判断されています。これは本来、「素晴らしゅうございました」といったものです。ところが「ございます」を使う人があまりいなくなって、「形容詞」を丁寧形で表現することが出来なくなりました。そこで登場したのが「素晴らしいです」です。ところがこれに対する賛成者は<少ないです>。
そして、それに加えて「過去形」までもが加わってきました。「素晴らしっかったです」「よかったです」「楽しかったです」。否定的な人々には、一層違和感が加わりました。ではどう言えばいいのか。「素晴らしゅうございました」「楽しゅうございました」
 いくら何でも、そんな古めかしい言い方に戻れるものかという否定派は今もあります。ところがここでまた、「素晴らしかったです」「よかったです」を、「素晴らしかったでしょう」「良かったでしょう」と、「う」をつければスラスラ通じてしまいます。こんな話がこのサイトでも続けられてきました。
 さて、今度の質問は「歌わないです」が間違っているという話。これが、「美しくないです」だったらどうなるのでしょう。「歌わない」の「ない」は打消の助動詞。「美しくない」の「ない」は形容詞。「形容詞」+「です」は間違いという人がいても不思議ではありませんが、「助動詞(ない)」+「です」はあっても、また不思議ではない。(「ません」が普通ですが)
 皆さんのご意見をお伺いしたいと思います。

「歌わないです」について、間違った文だという質問が出ています。
(回答しようとしたらこの人からブロックされています。どうしてブロックされたか全く心当たりがありません。仕方なく、質問の形で話に加わります)

 形容詞「素晴らしい」に「です」をつける言い方は、一部の人にあり得ないと判断されています。これは本来、「素晴らしゅうございました」といったものです。ところが「ございます」を使う人があまりいなくなって、「形容詞」を丁寧形で表現することが出来なくなりました。そこで登場したの...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。

「形容詞+です」この問題は古くて新しい問題ですね。
私の思うに、はっきりした解決、というか、こうなれば落ち着く、ということの言い難い問題です。文法の体系性という点で、小さな矛盾を含んでいると思うからです。

「用言+ないです」のほうでは、「ない」が2種、あるいは3種に分けられるということは、異論の少ない(いろいろ言う人はいますが)ところだと思います。
「形容詞」「助動詞」と、「補助形容詞」。この点については、1311tobiさんが紹介された chiebukuro の解説がわかりやすく、私も勉強になりました。(私は、意味がほぼ同じで活用などが同じなら、品詞をごちゃごちゃ議論することもないだろう、という怠惰な考えだったので、あまりまじめに考えたことがありませんでした。要は、同じ語形が「多少」違った使い方をされるだけで、「基本的な」ところは一緒だろう、と思っているのです。)

皆さんが触れられていない点で、私が重要だと思うのは、「です」にも2種類ある、という考え方です。
これは、たぶん私の学生時代(ン十年前です)から言語学のほうではそうだったと思うのですが、確証はありません。私はずっとそう考えてきました。
今回、改めて国語辞書の記述を見、辞書の付録の「助動詞活用表」などを見て、「です」が一つしかない(「丁寧な断定」という用法)ことにちょっと驚いたくらいです。まあ、国文法の分析が言語学(少し前の「日本語学」)と違うのはよくあることですが。

かんたんに言えば、「名詞/形容動詞+だ/です」の「です(1)」と、「形容詞+です」の「です(2)」は違うものだ、という分析です。(「形容動詞」を「ナ形容詞」と言い換えるのは、今回はやめておきます。)

上に書いたとおり、「です(1)」のほうは、「だ」の丁寧な形、です。「断定」(この用語は好きではありませんが)の助動詞で、丁寧さによって形が分化します。
   学生 だ/です   まじめ だ/です

それに対して、「です(2)」のほうは、「だ」とは対立しません。
   美しいです (×美しいだ)
この「です(2)」は、「断定」の機能を持たず、「美しい」という、すでに「断定」の機能を持った言い切りの形に「丁寧さ」を加えているだけです。つまり、「断定」の助動詞ではなく、「丁寧」の助動詞です。(動詞文の「ます」に対応します)

また、「です(1)」は活用を持ち、「でした/でしたら」という形になります。
   学生でした   紅葉の名所でしたら、例えば、、、
(「でしょう」を活用形とは考えません。「だろう/でしょう」は一語の助動詞と考えます。)

それに対して、「です(2)」は活用を持ちません。
   ×美しいでした (美しかったです)  ×美しいでしたら (美しかったら)

(ここで、「美しいなら」の「なら」を、「だ」の活用と見るか、という問題も関係するかもしれませんが、まあ、これは「なら」をどう考えるかという、もっと複雑な問題になります。私は、「だ」と「なら」は、少なくとも現代語では、別物と考えます。)

ということで、多少の言い訳を必要としながらも、形容詞文の丁寧体として、「美しいです」は一つの位置を与えられるわけですが、さて、それがなぜ「不自然/不安定」に感じられるのか、1131tobiさんによれば「厳密には誤用」と言われてしまうのか、です。

ちょっと話の流れを変えます。
日本語の文の分析法として、文を「命題+モダリティ」という形で考えるということがあり、かなり一般的になっています。(国語学では「叙述+陳述」という、似た考え方が昔からあります。)

これによれば、文の終わりには、話者(書き手)の、その文の内容に対する「断定」や「推量」など、話者の「意志」、あるいは聞き手に対する「命令」や「勧誘」、「確認」「質問」などの、ある種の「態度」が現れる、とされます。
これは、用言のいわゆる「活用形」や助動詞によって表されるわけです。「ね」や「よ」などの終助詞もモダリティを表すとされます。

ここで問題になるのは、「丁寧さ」というのはモダリティなのか、ということで、どうも文法の中の位置づけが微妙なものです。
前からの呼び方では「文体」の一つの要素なのでしょうが、それは文を文として成り立たせる必須の要素、つまり「文法」の一部なのか。

で、私の考えでは、「形容詞+です」の不安定さは、この、「丁寧さ」が文を終結させるためのモダリティとしては不十分だ、というところにあるのではないか、となります。

「名詞/形容動詞+だ/です」の「です(1)」は、「断定の助動詞」に丁寧さが加わったもので、立派な(文を終結させる「力」を持った)モダリティですが、
   学生/まじめ です(断定+丁寧)
「形容詞+です」の「です(2)」のほうは、「丁寧さ」だけの機能しかないので、
   美しい(断定?)+です(丁寧)
という形が、文の終わり方としてどうも安定しない、と感じられるのではないか。

「美しいです」が不自然だという人も、「美しいですか/ね/よ」などにすると安定するように感じる、というのはなぜか。これに対するうまい説明は今のところないように思うのですが、どうでしょうか。(単に私が知らないだけかも)
終助詞「か/ね/よ」が文終結のモダリティとしての機能を持つからだ、と考えるとうまく説明できます。
   美しい+です(丁寧)+ね/よ/か(確認/主張/質問など)
もちろん、「でしょう」をつけても、「でしょう」の持つ「推量(あるいは確認)」というモダリティによって文として安定します。
   (たぶん)美しいでしょう。
   (どうですか?)美しいでしょう?

これは、世代が違ってもあまり変わらないようで、今の若い人も「形容詞+です」には何らかの不安定さを感じるようですが、どうでしょうか。
「「ね」や「よ」をつければ自然だから、変じゃないよ」というのは、上に述べたように「形容詞+です」の弁護にはなりません。

以上、私の考えをざっと述べてきましたが、ただ、「モダリティ」という概念は、研究者によってかなり幅があって、不用意に使われすぎている感があります。この概念そのものの検討が必要であり、いろいろ行われているようですが、私は不勉強でよく知りません。
(さらに、「文が終わる」とはどういうことなのか、「文成立の要件」となると、もう、根本的な議論になり、わけがわからなくなります。「文とは何か」ですから。)

この「形容詞+です」の不安定さ加減は、話し言葉では語調によって文の自然さが変わってくるので、微妙です。

   「どうですか?」「いやあ、なかなかがんばってますねえ。面白いです!」

などと、ある種の強調を込めた言い方をすると、それなりに自然な文として成り立つように(私には)思われます。
(語調が(文終結の)モダリティの機能を肩代わりする? 語調が文の意味を変えることは、「ある。」「ある?」など、ごくふつうのことです。単に「歩く。」と言うと描写あるいは意志に過ぎませんが、「(さっさと)歩く!」とある語調で言うと「命令」になります。)

なお、「話しことば」と「書きことば」で、後者のほうが「正式な」ことば、「正しい文法」の基準になるようなものと考えることは、私はしません。

言語学の考え方では、話しことばのほうが言語として自然な形であって、書きことばはそれに何らかの人為的な手が加わっているものだと考えます。(明治期の「言文一致運動」などを考えればよくわかることだと思います。)
言語の音韻や文法は、人間の意図とは別に、それこそ「自然言語」であって、自ずから文法の体系ができあがっていき、また変化をするものだと考えます。

「書きことばの文法」というのは、「規範文法」への傾斜を持ちやすく、「素晴らしい言語文化・言語芸術」がその後ろ盾になります。そうすると、言語としての本来の自由さ・内発的なエネルギーが失われてしまいます。それでも、話しことばはそんなことにかまわず、本来、内部にあった動きがどんどん現れてくるのだろうと思います。
それに対して、より以前の文法を持った世代がいろいろ抵抗感を持つことは、当然のことですが、それはまあ、時代の流れということで。

上に述べた私の考えは、「形容詞+です」に関しては、「単に新たな変化の一つで、そちらへ(いやでもおうでも)動いていかざるをえないもの」というのではなくて、文の作り方として少し無理があり、世代が変われば移っていくものとはかんたんに言えない、という見方です。
あと50年もしたら、どうなっているのでしょうか。あまり変わらず、「ね」や「か」をつけて使われ続けているのでしょうか。(「動詞+ないです」のほうも、興味深い現象ですが、これはまた別の話だと思います。)

もう一つ、「国語審議会」が認めた、という話ですが、「これからの敬語」自体が国語審議会の答申の一つ、ということなのではありませんか?(今、「これからの敬語」のアドレスをコピーしようとしたのですが、なんと「メンテナンス中」だそうです!)

長くなりました。最後まで読んでくださった方に感謝します。

saburoo

こんにちは。

「形容詞+です」この問題は古くて新しい問題ですね。
私の思うに、はっきりした解決、というか、こうなれば落ち着く、ということの言い難い問題です。文法の体系性という点で、小さな矛盾を含んでいると思うからです。

「用言+ないです」のほうでは、「ない」が2種、あるいは3種に分けられるということは、異論の少ない(いろいろ言う人はいますが)ところだと思います。
「形容詞」「助動詞」と、「補助形容詞」。この点については、1311tobiさんが紹介された chiebukuro の解説がわかりやす...続きを読む

Qこのカテでをよく目にする ”世俗(世俗的)”という言葉の反対は何でしょうか?

このカテで ”世俗(世俗的)”という言葉をよく目にします。
この言葉は、私にはよくわかりません。
ところで、この ”世俗” の反対の言葉は何でしょうか?

Aベストアンサー

世間一般、普通という意味ですから
>ところで、この ”世俗” の反対の言葉は何でしょうか?
その意味から考えたら「高踏」が対義語としては適切かもしれません。

Q解決ができない案件の言い方 解決が困難 願いや希望をかなえる事は困難 という状況下に「無理です」と言

解決ができない案件の言い方

解決が困難
願いや希望をかなえる事は困難

という状況下に「無理です」と言わずに、もし希望を持たせる言い方にするなら、どんな言い方になりますか?

逆に
解決が出来そうな案件
願いが叶いそうな案件と
比較した場合、どんな言葉の違いが出て見分けがつきますか?

Aベストアンサー

>もし希望を持たせる言い方にするなら、どんな言い方になりますか?

全力で対処いたします。
可能なかぎりご希望に沿えるよう全力を尽くします。

>どんな言葉の違いが出て見分けがつきますか?

上手くいく確率が高い場合、主観を表わす表現が無い、または少ない。
たとえば、「全力」「可能な限り」などは、話者の主観次第でどうとでも解釈できるのでアテにできない。

必ず対処いたします。
間違いなくご希望に沿えるよう全力を尽くします。

といった表現になる可能性が高い。

Q「高校時代ろくに勉強しなかったんだから、大学に入っても意味ない。留年して終わりだろう」って親に言われ

「高校時代ろくに勉強しなかったんだから、大学に入っても意味ない。留年して終わりだろう」って親に言われたんですけど、共感できますか?

親は正しいですか?

Aベストアンサー

そんな親、アホだろう。

鼓舞するつもりかもしれないけど、手法が陰湿で低俗すぎるね。

Qお客様は神様なんてのは所詮建前であって、 客はカモ が本音ですよね?

お客様は神様なんてのは所詮建前であって、
客はカモ が本音ですよね?

Aベストアンサー

こんにちは、honiyonです。

客はカモ。否定はしません。
質問者さんも客の立場になることも当然あります。つまり、客がカモなら、質問者さんもカモということに。この世の人はみんなカモ。

カモはカモ同士、仲良くしましょう。
それができない、はぐれカモは、社会からはじき出されます。

Qここは引きこもりの溜まり場ですかね? まともな質問は解答が来ないw 揚げ足取り、批判のみ書き込まれる

ここは引きこもりの溜まり場ですかね?

まともな質問は解答が来ないw

揚げ足取り、批判のみ書き込まれる


ヤフー知恵袋と同時に同じ質問しても

まともな質問は
こっちは解答無しw

Aベストアンサー

今日のネタは面白くない。
もっと面白く、楽しいネタが作れるはずのあなたがこんな風に煽るのは宝の持ち腐れ。
いつもの、笑えるやつ、面白いやつをリクエストするよ。

マジ、勿体無い。

もっとシャレの分かるヤツだと思ってたのに。。。


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