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私自身のことではないのですが、
幼なじみに絵に描いたような幸せな子がいるのです。
今まで26年間、「順調」以外現せないほど幸せな子です。
最初に書いておきますが、妬みでもひがみでもありません。

幼い頃から親の仕事柄もあり、割と裕福な子でした。
幼稚園、小学、中学、高校と何事もなく終わり、
20才の頃結婚し、ダンナも同級生なのですが、
とても理解のある、若いのにダンナの鏡とも思えるような
尊敬できるオトコです。
先日3人目の子供が産まれ、何とも家族みんな幸せそうです。
金銭的にも恵まれ、専業主婦で良い物に囲まれて生活しています。

一方私は、幼い頃両親の離婚、今まであまり良い縁もなく、
今付き合っている彼との間にできた子も流産。
今はお互い結婚したいが彼の借金の問題などがあり、共働きは決定的。
それでも私は私なりにいろいろあったけど幸せを感じています。

最近思うのですが、友人のような子は、いつかこの幸せに
ドーンとなにか危機が起きたりするのだろうか・・・
と考えます。
やはり仲の良い友人なので今のまま幸せにいてほしいのですが、
この子は何を話しても『経験したことないからわからない・・』ばかりなので、
どんな危機がおこっても耐えられるのか心配だったりします。
それは余計なお世話なんだろうとおもいますけど・・・。

幸せってつづくものですかね?

A 回答 (10件)

いますよね~絵に描いた様な幸せな人生送れている人。



→最初に書いておきますが、妬みでもひがみでもありません。
 との事ですが、本当にそうなら、すばらしいです。
 私は妬みひがみ、バリバリです(苦笑)
 自分で自分の事が嫌いになる程です。

でもですね、何かことわざ?でもあったと思うんですけど、「隣りの芝生は青く見える(でしたっけ?)」って事ですよ。
自分にないものを持っている人がただ単に良く見えるだけですよ。彼女が順風満帆な人生なら、あなたの様な経験はしたくても出来ないわけで、あなたのおっしゃる通り、危機的な状況になった時何も出来ないでしょうね。
 私も荒波ももまれる人生を送っていますが、こういう経験はみんなした事ないでしょう!ってな感じで、受け止めてます(苦笑)。
 最後に私の持論ですが、幸せは人類皆平等に分けられていると思います。今が辛くても先に良い事が待っている。
 彼女の幸せだって、これから先続くかわかりません。って恐い事言ってしまいましたが、
性格のわる~い私は、いつもそんな事考えちゃってます・・・嫌ですねぇ。
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この回答へのお礼

本当に小さいときからの友達なので、
一人っ子の私には姉妹のような存在でした。
結婚出産のときは置いて行かれるように思ったりしましたけど、
子供達も自分の甥・姪のように思えます。
変な話、家族に近いのでその子に妬みやひがみが出ないんだと思います^^

結果、幸せと感じれればいいんですね^^
どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:38

禍福はあざなえる縄のごとし


照る日もあれば曇る日もあるのが人生でしょう。
幸せが続くかは誰にも分かりません。

ひとつだけ言えるかなと思うのは
幸せに見える人って、苦労しても
苦労を笑い飛ばすというか
苦労を苦労と思わないような強さを持っている
ところがありますよね。プラス思考かな・・
もちろん、お友達のように苦労を知らない方も
いますけど、それはそれでしょう。

日本人の幸福か不幸かって、人類全体から
みたらかなりずれた話かと思いますよ。
産まれ落ちた所がたまたま某隣国だったら
とても生きていかれませんよね。

幸福か不幸かって、けっこう相対的なものなのかも。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:48

ある人には「苦」であることが、別の人には「苦」でないことがあります。


逆に、ある人には「幸」であることが、別の人には取るに足らないことである場合もあります。

貴方のお友達は、何か「苦」と思えるようなことが生じてもそれを「苦」としてとらえず、
無意識のうちに「幸」に変える能力が生まれながらに備わっている人なのではないでしょうか?
または「苦」を避ける(られる)ような選択の仕方、ものの見方をしているのでは?

”家が裕福である”ことが、必ずしも万人に「善」であるとは限りません。
また、”容姿端麗”であることが、いつも「幸」ではなく、「苦」としている人も少なからずいるでしょう。
物質的な幸せだけを言うのであれば、家庭の事情などが「ハンデ」となる場合もありますが、
良い縁、良いパートナー、良い物を引き寄せるのは、結局は、その本人の生命のPowerだと思います。
(少々、宗教っぽいにおいがしてきましたが、私は宗教家ではありません。念のため)

貴方があらかじめ書いているように、”妬み”などの気持ちからの質問ではなくて、
ただ”運勢”や”運命”などの観点から「幸せは継続するか?」と聞きたいのでしょうが、
「すると思う、思わない」というアンケートを採りたいならまだしも、
「継続する」、「継続しない」などの明確な結論は、誰からも得られませんよ。
”運命”は良くも悪くも変わる(変えられる)ものだし、「幸せと不幸せは表裏一体」ですから、
結局は、その人が「その出来事に対して、どう感じるか」だと思います。

逆に、そのお友達からすれば、経験豊富な貴方のことがうらやましいこともあるかも知れませんね。

まぁ、いろいろ書きましたが、

>幸せってつづくものですかね?

に対して、一言で私の私見を述べるなら、
「続くも終わるも、その人次第」です。
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この回答へのお礼

>良い縁、良いパートナー、良い物を引き寄せるのは、結局は、その本人の生命のPowerだと思います。

確かに・・。そんな子かもしれません。
明るい子でなにか惹きつけられる感じの子です。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:46

読んでいて、少し怖くなりました。


、、、というのは、
やはり私の友人にも、そういう、誰が見ても、絵に描いたような幸せな友だちがいました。
適齢期には結婚し、だんな様は仕事ができる方のようで、順調にゆとりある生活をして、
自分たちの楽しみ、ゴルフだとか、趣味なども多岐に渡り、念願のマイホームも手に入れたり、
地方にはマンションも持っていて、人に貸したりしているので、老後までしっかり人生設計
されているように、感じられました。

若い頃から長年の友達です。
私は結構、そういった羨ましい状況を見ていても、
イイナ、イイナ、、、と言いながら、人の幸せを受け止めて一緒にもっともっと! と自分の
ことのように喜んだりすることはあっても、あまり妬みを感じたりはしない方なのです。
所詮、そのあたりは人は人、自分は自分、ときっちり分けて考えているので、執着しないのでしょうね。
それに、みんな良い時も悪い時もあるじゃないですか、、、。
はたから幸せそうに見えても、夫婦には人にわからないような悩みの1つや2つ、誰にもあるものですよね。
その幸せな友達には、子供がいないので、ペットをかわいがったりして心を満たしていたんですね。
私などは、賃貸でペットなども飼えないし、ほんとに恵まれている彼女に便乗して、よく、写真を
見せてもらったり、お話聞かせてもらったり、幸せのお裾分け、を気持良く受けて、一緒に楽しんでました。

が、そんな友人の会社の友人、に、そういったことまで知ってか、知らずか、酷いことを言う人
がいました。
1つずつ、その幸せが失われたりして、、、
というような、意味ありなことを言ってきたのだそうです。
話を聞いて、なんて心が狭いんだろう?と、そんなこと思っても、口にしてはいけないことくらい、
わからないのかな? 可哀想な人だと感じました。
そんな人とは、おつきあいは切れたみたいですが、かなりショックだったようで、友人はしばらく、
気にしてたみたいです。

その後、会社の人間関係で辛いことがあったり、ペットが亡くなってしまったり、長い時間の経過には
幸せな友人にもいろいろあったそうです。
関連あるとは思いませんが、純粋に幸せなこと、楽しいことを分かち合いたいために、友人に話す、、、
私も無防備に、何の悪気もなくしてきたこともあります。
そういうことが、時として人に妬まれ、無神経といわれ、貶めたがるような人の怖さ、というものを
彼女の体験を通すことで、客観的に教えてもらった気がしました。
あまり人の幸せを横目に、卑劣なこと考える人は嫌ですが、すぐ人のことが気になる、比較する人
というのはたくさんいるので、自分を守ろう、と感じました。

幸せが続くかどうかは、その人次第だと思います。
そんな妬んだり妬まれたり、という場に出会っても、
権利もない人が
何か手をくだしたり、企めば、神様ではありませんから、誰もリスクは自分の身に帰るものですからね。

自己中という意味ではなく、人の事より、自分自身を常に中心において生きる、一生懸命になることが
大切なのじゃないかと思っています。
優等生ぶるわけでは決してないですが、事実、まずは自分の心が豊かに満たされていなければ、人の幸せを
喜ぶこと、人のために力になることはもとより、人と支え合うことすら、バランスとれず、不可能ですからね。
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この回答へのお礼

貴重なおはなしありがとうございました。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:41

そういう、幸福を独り占めにするような人も、いると思います。


皇太子妃だって、皇室にはいらなければそんな絵に描いたような幸せな人生だったのでは。専業主婦というのはいわば依存した存在だから不安定だけど、皇太子妃の場合は超一流のキャリアウーマンだったわけだし。

私は障害児の子どもがいるのでそういう友人が多いのですが、中に、障害児が生まれてさえいなければ、パーフェクトな人生だっただろうな、、、という人が何人かいます。
夫は一流企業のエリートサラリーマン、高級住宅地に一戸建て、障害のない子はエリート予備軍、、、。
しかも家族はきわめて仲がよろしい。
たまたま障害児が生まれた家庭だけでも何人もいるんだから、生まれてない家庭はその数百倍。

世の中不公平だけど、しかたないっす、、、。

幸せな専業主婦だったけど、役員になるはずだった夫がリストラの渦中で鬱病になりそうになり、退職して事情があって失業給付も受けられず、年金が出るまでの数年間、パートに出てた年上の友人がいます。
生活のために働くということを知らない人だったので、パートに出たと知ってすごく驚きました。
とっても辛かったようですが、いい人生勉強になったと笑っていました。
こういう幸せな人は、ひがんだりせず、不幸にもおっとりと順応できるのかもしれませんね。
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この回答へのお礼

別に彼女の先の心配をしているわけではないのですが、
いろいろな話をきくと、まだ若いし、実際これから
自分にもなにがおこるかわからないですもんね。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:30

幸せって一口にいっても、受け取る方の価値観でかなり差があるように思います。


その友人の方がご自分の状況をどのくらい幸せと感じているのか、幸せな状況が当たり前になっているものなのか、それは第三者にはわからないかも知れないとも思います。

投稿者様もご自身の人生を振り返って、いろいろあったけれど幸せを感じているとおっしゃっています。
幸せの基準がそれぞれ各自で違うと思うのです。

他人と比べてしまうと、自分が感じる幸せの基準が狂うと私は感じてしまいます。

私事で恐縮ですが、自分の人生を振り返ってみて(現在40歳です)、なんだかさえない人生だなぁと思ったりしますが、世の中で不慮の事故や事件に遭遇している人々の話をニュースなどで垣間見るにつけ、大きな悲しみのなかった自分の人生はかなり守られていると痛感します。
これは確かに私にとって「幸せ」です。

今は小学生から高校生の子供が3人いて、いろんな年代の子育てを体験していますが、自分の子供の成長に不安を感じるのはきまって「他の子と比べたとき」なんですよね。

他人と比べなくていいとすれば、私は私の生きたい人生をのんびりと楽しんで行けて、大して劇的なことがなくても、大した才能がなくても自分の人生をもっともっと「幸せだな」と感じられると思います。

話がそれてしまったのですが、やはり人それぞれ、危機のない平穏な人生が続く人もいるでしょうし、なぜか折に触れ大きな事件に見舞われて波乱の人生を送る人もいるとは思います。

そして、他の人から見た幸福と、自分が感じる幸福には違いがあるかも知れない。だから、いろんなことが起きる人生を送る人が一概に不幸とは言えないとも思います。考え方次第で、起こったことを不幸にも幸せにもできると思うから。

ただ、人の人生は人のもの。
自分はただ、自分の人生を、命のある限り工夫をしつつがんばって生き抜くだけかな・・と、人生折り返しに差し掛かって思う今日この頃です。

先のことはわからないけど、いろいろあるのが人生ですもんね。
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この回答へのお礼

そうですね。
そもそも自分と比べて「幸せ」と決めてしまっている
ところがあったと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:18

こんにちは。


幸せって、
「それでも私は私なりにいろいろあったけど幸せを感じています。」
質問者様がおっしゃるような事だと思います。
お友達の方は他の人から見たら全く不幸のかけらもないと思われてますが、当人には本人にしか分からない悩みがあるかもしれないし、自分の幸せには気づかず不満におもっているかもしれず、結局なにが幸せかというのは本人が決めるものだと思います。

お友達は何時までも大事にしてください。
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この回答へのお礼

そうですね。
見た目が絵に描いたようでも何か内に秘めているものがもしかしたらあるかもしれませんね。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:16

ではこれからも、お友達をずっと観察し続ければいいじゃないですか。


あなたが知りたいのは、あなたのお友達がこの先も絵に書いたような幸せが続くかどうかなのでしょう?そんなこと、細木数子さんでも分かりません。

今まで何の苦労も経験することなく育った人間に、突然不幸な出来事が訪れたとき、耐性が無いことの何がそんなに心配なのですか?大切なお友達なら、そんなときこそ支えになってあげてはどうですか?
そして、「やっと不幸な人間の気持ちも分かる人間になったわね」と、仲間入りを歓迎してあげては?

あなたはおそらく否定するでしょうが、私には明らかに嘘だな、と思う記述が何箇所かありました。
ご自分の胸に手を当てて、良く考えてください。

>最初に書いておきますが、妬みでもひがみでもありません。
>それでも私は私なりにいろいろあったけど幸せを感じています。
>やはり仲の良い友人なので今のまま幸せにいてほしいのですが、

最後に、使い古された言葉ですが、幸せの形は人それぞれです。お友達よりもっと恵まれた環境にいながら、不幸だと嘆く人もいるでしょうし、あなたより辛い境遇にいながら、幸せを噛みしめている人もいます。
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この回答へのお礼

なんでウソだと思うんでしょうか。
こんな風におもうことがおかしいですか?
おっしゃるとおりもし何かがあったら力になって
あげようとは思ってます。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:15

母から聞いた親戚の話で、もう20年以上前の話になりますが。


>金銭的にも恵まれ、専業主婦で良い物に囲まれて生活しています。

の後、バブルの崩壊・夫がリストラ・毎日パートでやっと生活できる、という水準にまで落ちた、という親戚の人がいたとか。
あと、伯父は、そういう幸せそうな中、本屋で突然くも膜下で倒れ、その後の伯母がとても苦しそうでした。幸い、祖父がまだ現役だったので、金銭的な困難はありませんでしたが。
とりあえず、専業主婦ということなので、今の幸せが続くかどうかは
(1)この後、だんなが酒・浮気におぼれない
(2)だんなが失業しない
などにかかっていると思います。専業主婦は、楽・楽でないはともかく、だんなに何かあったときに、不幸になるリスクが高いとはいえると思います。
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この回答へのお礼

何があるかわからないですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:12

未来のことは誰にもわからないと思います。

一般論でいえば、一生不幸せが何もないという人は相当珍しいと言えると思いますが、その人がそうかどうかは誰にもわかりません。

誰にもわからないことを考えるのは無意味なことだろうと思います。リスクマネジメントとして危険に備える必要はあると思いますが、それ以上のことはまさしく杞憂と呼ぶべきものと思います。将来起きるかどうかもわからない不幸に思いを巡らし、今の幸せを失うのでは本末転倒です。
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この回答へのお礼

考えるだけ無意味といわれればそうなんですけど・・・。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/11/16 13:11

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