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「あさってお届けになります。」は尊敬語ですか?謙譲語ですか?
日本語を勉強している外国人です。この間、聴解練習をしているとき出てきたフレーズですが、文脈によると、謙譲語のはずでしたが、教科書に載っている「お~なります」という形だと尊敬語になります。どちらが正解なのかますます分からなくなりました。そこで皆さんに伺ってみたいと思います。どうぞご指導のほどよろしくお願いいたします。

質問者からの補足コメント

  • 「あさってのお届けになります。」です。見間違いました。すみません。

      補足日時:2019/01/09 10:53

A 回答 (5件)

「お届け」の接頭辞「お」が、謙譲語になったり尊敬語になったりします。



自分が、尊敬の対象となる相手の、大切な品などをお届けする場合が、謙譲語で。
逆に、尊敬する相手が、自分に何かを届けて下さった場合が尊敬語です。
従い、届けてくれると言う、相手の行為を高めて「お届けくださった」などと言います。

「お(or ご)+なる(例:お届けになる,ご覧になる)」と言うのは、基本的には相手の行為を高める尊敬語ですが。
しかし、「あさってのお届けになります。」の場合、届ける行為者は「自分」ですから、謙譲表現と解釈するのが正しいです。

後は、「○○になります」の「ます」が、丁寧語ですね。
従い、言語学的には(日本語の敬語としては)、「謙譲語+丁寧語」で、大した敬語ではありません。

言い換えますと、「あさってにお届けします」と言う意味で、この表現の方が、謙譲表現であることが、より判りやすくないですか?
そう言う意味では、「あさってのお届けになります」と言うのは、余り良い日本語(敬語)ではないと言えそうです。
敬語抜きで表現すれば、「あさってに届ける」と言えば良いものを、「あさっての届けになる」と、ちょっとややこしく表現している形ですから。

ただ、ややこしく表現した方が、丁寧とか敬語っぽい感じがするので、近年はそう言う表現が増えており・・。
それを「コンビニ敬語」とか「ファミレス敬語」などと言うのですが。

「あさってにお届けいたします」とか、「あさっての届けになる」のパターンでも、「あさってのお届けでございます」などとした方が、「謙譲+謙譲」で、より敬意が高まります。
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機械語になります。

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コンビニ用語?、あさってのお届けになります、なら聞くことありますが・・・・。


この場合の「なります」は敬語には該当しないと思います。
>「お~なります」という形だと尊敬語になります
文章の形だけで考えるから、そんな理解しかできません。
相手(尊敬すべき)の行動の表現をこの形で表せば尊敬語です、例 (相手が)お座りになります。
あさってお届けさせていただきます、等まったく異なる表現が必要です。
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この回答へのお礼

詳しく教えていただきありがとうございます。大変勉強になりました。

お礼日時:2019/01/09 21:21

「あさってお届けになります。


⇒「お届けになる」という動詞の尊敬語です。
(目上の人が)あさって(あなたに)届ける。

「あさってのお届けになります。」
⇒「お届け」という名詞の謙譲語です。
(私が)あさって(あなたに対して)届けるという状況になる。
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この回答へのお礼

ご返答ありがとうございます。そうですか、名詞の謙譲語ですか。勉強になりました。どうもありがとうございました。

お礼日時:2019/01/09 21:23

「あさってお届けになります。

」では話の内容がキチンと説明されていないので言い替えると
あさってのお届けになります。となって初めて話が完結する。
「の」は接続詞で日にちとその日にちに何をするのかを説明する為に必要。
これで尊敬語として完成。
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この回答へのお礼

ご返答ありがとうございます。そうですか、確かに「の」を見落としてしまいました。ごめんなさい。わかりました、どうもありがとうございました。

お礼日時:2019/01/09 00:00

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>①「面倒な(事)になる前」=これは「事件」が代入でき、「出来事」のことなので漢字でしょうか? ですが、抽象的で断定されていなく、漠然としているので、ひらがなのようにも思えます。

おっしゃるとおりで、「出来事」を意図する場合と、『抽象的で断定されていなく、漠然としている』場合の両方があるでしょう。
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しかし、実は他動詞としての用法もあったわけです。
【二】〔他ハ四〕
(1)香りを発散させる。
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(2)匂いをかぐ。かぎわける。   ←◎
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以上長くなりましたが、とってもとっても素敵な質問、ありがとうございました。

まともな人がたどり着くひとつの結論だと思います。
しかし、残念ながらあなたの考えが正しいことを証明できません。
理由は、当時の音声記録がどこにも残っていないからです。
そのため、みんな好き勝手なことを言っています。

私はあなたよりももう少し進んでいて、古代朝鮮語が日本語の大元になっていたと確信しています。
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         ___
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こんにちは。

「形容詞+です」この問題は古くて新しい問題ですね。
私の思うに、はっきりした解決、というか、こうなれば落ち着く、ということの言い難い問題です。文法の体系性という点で、小さな矛盾を含んでいると思うからです。

「用言+ないです」のほうでは、「ない」が2種、あるいは3種に分けられるということは、異論の少ない(いろいろ言う人はいますが)ところだと思います。
「形容詞」「助動詞」と、「補助形容詞」。この点については、1311tobiさんが紹介された chiebukuro の解説がわかりやすく、私も勉強になりました。(私は、意味がほぼ同じで活用などが同じなら、品詞をごちゃごちゃ議論することもないだろう、という怠惰な考えだったので、あまりまじめに考えたことがありませんでした。要は、同じ語形が「多少」違った使い方をされるだけで、「基本的な」ところは一緒だろう、と思っているのです。)

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これは、たぶん私の学生時代(ン十年前です)から言語学のほうではそうだったと思うのですが、確証はありません。私はずっとそう考えてきました。
今回、改めて国語辞書の記述を見、辞書の付録の「助動詞活用表」などを見て、「です」が一つしかない(「丁寧な断定」という用法)ことにちょっと驚いたくらいです。まあ、国文法の分析が言語学(少し前の「日本語学」)と違うのはよくあることですが。

かんたんに言えば、「名詞/形容動詞+だ/です」の「です(1)」と、「形容詞+です」の「です(2)」は違うものだ、という分析です。(「形容動詞」を「ナ形容詞」と言い換えるのは、今回はやめておきます。)

上に書いたとおり、「です(1)」のほうは、「だ」の丁寧な形、です。「断定」(この用語は好きではありませんが)の助動詞で、丁寧さによって形が分化します。
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それに対して、「です(2)」のほうは、「だ」とは対立しません。
   美しいです (×美しいだ)
この「です(2)」は、「断定」の機能を持たず、「美しい」という、すでに「断定」の機能を持った言い切りの形に「丁寧さ」を加えているだけです。つまり、「断定」の助動詞ではなく、「丁寧」の助動詞です。(動詞文の「ます」に対応します)

また、「です(1)」は活用を持ち、「でした/でしたら」という形になります。
   学生でした   紅葉の名所でしたら、例えば、、、
(「でしょう」を活用形とは考えません。「だろう/でしょう」は一語の助動詞と考えます。)

それに対して、「です(2)」は活用を持ちません。
   ×美しいでした (美しかったです)  ×美しいでしたら (美しかったら)

(ここで、「美しいなら」の「なら」を、「だ」の活用と見るか、という問題も関係するかもしれませんが、まあ、これは「なら」をどう考えるかという、もっと複雑な問題になります。私は、「だ」と「なら」は、少なくとも現代語では、別物と考えます。)

ということで、多少の言い訳を必要としながらも、形容詞文の丁寧体として、「美しいです」は一つの位置を与えられるわけですが、さて、それがなぜ「不自然/不安定」に感じられるのか、1131tobiさんによれば「厳密には誤用」と言われてしまうのか、です。

ちょっと話の流れを変えます。
日本語の文の分析法として、文を「命題+モダリティ」という形で考えるということがあり、かなり一般的になっています。(国語学では「叙述+陳述」という、似た考え方が昔からあります。)

これによれば、文の終わりには、話者(書き手)の、その文の内容に対する「断定」や「推量」など、話者の「意志」、あるいは聞き手に対する「命令」や「勧誘」、「確認」「質問」などの、ある種の「態度」が現れる、とされます。
これは、用言のいわゆる「活用形」や助動詞によって表されるわけです。「ね」や「よ」などの終助詞もモダリティを表すとされます。

ここで問題になるのは、「丁寧さ」というのはモダリティなのか、ということで、どうも文法の中の位置づけが微妙なものです。
前からの呼び方では「文体」の一つの要素なのでしょうが、それは文を文として成り立たせる必須の要素、つまり「文法」の一部なのか。

で、私の考えでは、「形容詞+です」の不安定さは、この、「丁寧さ」が文を終結させるためのモダリティとしては不十分だ、というところにあるのではないか、となります。

「名詞/形容動詞+だ/です」の「です(1)」は、「断定の助動詞」に丁寧さが加わったもので、立派な(文を終結させる「力」を持った)モダリティですが、
   学生/まじめ です(断定+丁寧)
「形容詞+です」の「です(2)」のほうは、「丁寧さ」だけの機能しかないので、
   美しい(断定?)+です(丁寧)
という形が、文の終わり方としてどうも安定しない、と感じられるのではないか。

「美しいです」が不自然だという人も、「美しいですか/ね/よ」などにすると安定するように感じる、というのはなぜか。これに対するうまい説明は今のところないように思うのですが、どうでしょうか。(単に私が知らないだけかも)
終助詞「か/ね/よ」が文終結のモダリティとしての機能を持つからだ、と考えるとうまく説明できます。
   美しい+です(丁寧)+ね/よ/か(確認/主張/質問など)
もちろん、「でしょう」をつけても、「でしょう」の持つ「推量(あるいは確認)」というモダリティによって文として安定します。
   (たぶん)美しいでしょう。
   (どうですか?)美しいでしょう?

これは、世代が違ってもあまり変わらないようで、今の若い人も「形容詞+です」には何らかの不安定さを感じるようですが、どうでしょうか。
「「ね」や「よ」をつければ自然だから、変じゃないよ」というのは、上に述べたように「形容詞+です」の弁護にはなりません。

以上、私の考えをざっと述べてきましたが、ただ、「モダリティ」という概念は、研究者によってかなり幅があって、不用意に使われすぎている感があります。この概念そのものの検討が必要であり、いろいろ行われているようですが、私は不勉強でよく知りません。
(さらに、「文が終わる」とはどういうことなのか、「文成立の要件」となると、もう、根本的な議論になり、わけがわからなくなります。「文とは何か」ですから。)

この「形容詞+です」の不安定さ加減は、話し言葉では語調によって文の自然さが変わってくるので、微妙です。

   「どうですか?」「いやあ、なかなかがんばってますねえ。面白いです!」

などと、ある種の強調を込めた言い方をすると、それなりに自然な文として成り立つように(私には)思われます。
(語調が(文終結の)モダリティの機能を肩代わりする? 語調が文の意味を変えることは、「ある。」「ある?」など、ごくふつうのことです。単に「歩く。」と言うと描写あるいは意志に過ぎませんが、「(さっさと)歩く!」とある語調で言うと「命令」になります。)

なお、「話しことば」と「書きことば」で、後者のほうが「正式な」ことば、「正しい文法」の基準になるようなものと考えることは、私はしません。

言語学の考え方では、話しことばのほうが言語として自然な形であって、書きことばはそれに何らかの人為的な手が加わっているものだと考えます。(明治期の「言文一致運動」などを考えればよくわかることだと思います。)
言語の音韻や文法は、人間の意図とは別に、それこそ「自然言語」であって、自ずから文法の体系ができあがっていき、また変化をするものだと考えます。

「書きことばの文法」というのは、「規範文法」への傾斜を持ちやすく、「素晴らしい言語文化・言語芸術」がその後ろ盾になります。そうすると、言語としての本来の自由さ・内発的なエネルギーが失われてしまいます。それでも、話しことばはそんなことにかまわず、本来、内部にあった動きがどんどん現れてくるのだろうと思います。
それに対して、より以前の文法を持った世代がいろいろ抵抗感を持つことは、当然のことですが、それはまあ、時代の流れということで。

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長くなりました。最後まで読んでくださった方に感謝します。

saburoo

こんにちは。

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ケースバイケースという言葉は、「時と場合による」という意味だと思いますが、
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